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王都騎士団
神様と前世
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「んっ、ヤ、やめてください……!」
必死に抵抗してみるものの、壁に押し付けられた腕はびくともしない。
幼少期から文字通り死にものぐるいで鍛えてきたというのに、力の差は歴然だった。
見るからに大きい方の男が、小柄な男――というよりは少年に見える――を壁に押し付け、頭の上で両手首を束ねていた。器用に片手だけで、両手首を掴んで壁に固定している。
もう片手で、小柄な男の衣服を開けさせ、胸の突起をぎゅっと摘んだ。
「痛っ……」
鋭い刺激に声をあげたが、大きな男はまったく怯まない。
小柄な男はなんとか一撃を繰り出そうと試みるが、足はつま先しか床に着いていないので、うまく力を入れることができなかった。
その間にも、大きな男の行為は進んでいく。
さっき摘み上げた突起をコリコリと指で潰すように揉みながら、もう一方の突起には舌を這わせる。時折歯を立てて、クイ、と引っ張ったりもする。
「んう、嫌……やめてっ、んんんっ」
涙目で訴えてみても、ちっともやめてはもらえない。
さらに手が下へと伸び、ズボンへと手が掛かる。
小柄な男は、恐怖に顔を歪ませた。
「お前ら、何をしている!」
バン、と音がして扉が開かれた。
「小隊長……! おつかれさまです!」
大きな男が、慌てて礼を取る。
小柄な男は、急に手を離されて床に座り込んだが、慌てて立ち上がって礼を取った。
その姿を見て、小隊長と呼ばれた男はため息を吐く。
「ダニー、お前もか……ユリエルはとりあえず服を正せ」
「いや、小隊長もこいつと同じ部屋で過ごしてみてくださいよ……絶対耐えられないですって」
ダニーと呼ばれた大きな男は、礼を取ったまま、姿勢に似合わない悪態をつく。
「お前の言い分もわからないではないが、とりあえず独房行って来い」
「……イエス」
ダニーは、おとなしく独房へと向かっていった。
「はぁ……。で? お前はまた何もしていないのに襲われた、と?」
衣服を正し、再度礼を取った小柄な男に、小隊長は頭を抱えながら問う。
「はい……僕はただ、風呂から戻っただけで……」
「あー……風呂か……風呂な……うーん……」
小隊長は頭を悩ませる。
「確かに風呂上がりのお前はちょっとなぁ……うーん……」
「何がそんなに問題なのでしょうか……」
「無自覚なのがまた、なぁ……」
小柄な男がこういう目に遭うのは、ここに来てからすでに三度目だった。
下っ端騎士は基本相部屋で、二から四名程度が同じ部屋を使うのが普通だ。
もちろん最初は四人部屋へと割り振ったが、そうすると彼は同室の三人に犯されかけ、次に二人部屋にしてみたのだが、三日ともたずに同様の状態になり、さらに部屋替えをしてみたものの、やはりこうなってしまった。
「僕の何がいけないのでしょうか……」
そう問う姿が、すでに愛らしく、色香漂っている。
このままではまずいと、小隊長は悟る。
「あー……とりあえず、今日は一人で寝ろ。明日以降については、団長に相談して決める」
「はい……」
パタン、とドアが閉じられる。
小柄な男は、柔らかいとは言い難いベッドへと倒れ込んだ。
小柄な男の名前は、ユリエル・コンスタンという。
一応貴族名鑑に名前はあるが、コンスタン家といわれても誰もどこの家なのかわからないだろうというくらいの田舎男爵家の、しかも四男だ。そのため、平民出身と扱いはさほど変わらない。
そんな貧乏貴族なのに、幼少期にはやたらと誘拐されることが多かった。
そのため、特に騎士の家系でもないのに体術と剣術を叩き込まれた。要は護身用だ。
その策は功を奏し、それなりに平穏な十代を送ってこられたのだが……
「剣術なんて習わなければよかった……」
ここに来て、自分の剣術の腕を呪ってしまう事態になった。
護身のためにと始めた剣術の腕が認められ、王都騎士団への入団が認められたからだ。
どうせ爵位も継げない貧乏貴族にとって、王都騎士団への入団は喜ばしいことだ。親戚中が祝ったし、もちろん、ユリエル自身も喜んだ。
だが、みんな忘れていたのだ。
そもそもユリエルが、なぜ小柄な体格で体術と剣術を学んだのかを。
ふぅーっと息を吐いて、小さな窓から夜空を見上げた。
「なんで僕ばっかりこんな目に……」
手を伸ばして見れば、体術と剣術に長けた男の手とは思えないほどに華奢な腕と、白く細い手が見える。爪もきれいな桃色で、貝細工のような光沢を放っている。
鏡がないのでユリエルには見えないが、ユリエルは肌が白く、全体に華奢だ。剣を振るえるだけの筋肉はもちろんあって、しなやかな身体はしているけれど、それでもやはり細身だった。髪は白っぽい金色で、目は青みがかったグレー。一言でいえば美男だが、美男という言葉ではとても足りないほどに美しい容姿だった。
そして、この美しい容姿は、残念ながら女性ではなく男を惹きつけた。
別に普段男色ではない者であっても、関係なく惹きつけてしまう。
しかも、好きになるというよりは性欲を駆り立てられるというのに近く、地位や立場を忘れてしまうほどに欲情する者が多かった。
男が政務を忘れるほどに駆られるのだから、これが女性であれば各国の王や王子が放ってはおかなかっただろう。
まだそれであれば、実家を救う手立てになったかもしれないのに。
「なんでこんな……神様……」
何度目かわからない「なんで」を繰り返していたその時、急にくらりと目が回った。
(な……に……?)
今度は薬でも盛られたのだろうか。
宿舎のドアには鍵がない。
誰かが薬を盛って、夜中に訪れるつもりだったとしてもおかしくはなかった。
が、そうではなかった。
「おーい、ユーリちゃーん。ああ、今はユリウスくんか。おーい、ユリウスくーん」
ユリウスは、なんとも呑気な声を聞いた。
そっと目を開けてみると、なんとも奥行きのわからない部屋に座っていて、目の前には見たことのない服を着た老人がいる。
「……誰、ですか……? ここは……?」
また襲われるかもしれないと、無意識に胸元を掻き合せる。
しかし老人は、穏やかに笑っている。
「ははは。そんなに警戒せんでも大丈夫じゃよ。ワシのことは覚えておらんようじゃな」
「覚えて……? 以前にも会ったことが……?」
「ああ、もう二十年ほど前になるがな」
「二十年って……まだ生まれてませんが……?」
「そりゃそうじゃ。なんせ前世の終わりに会ったからな」
「ゼンセ……?」
ユリウスは首を傾げる。
ゼンセとは何か。
「おお、そうか。こっちの世界には輪廻転生の概念がないのか。簡単に言うと、お前さんはこの世界に生まれる前に別の世界で生きていて、こっちの世界に生まれ変わったということじゃな。前の世界での生のことを『前世』というんじゃ」
「前の世界……?」
「お前さん、前の世界ではひどい死に方をしてな。あまりに気の毒じゃったから、お前さんの願いを叶えてこの世界に転生させてやったんじゃ」
「転生させてやったって……ご老人はいったい……」
「おお、それも覚えておらんか。ワシは神じゃ」
そう言われても、ちっともピンとこない。言い伝えられる神様の風貌は、こんなではない。
「ああ、あいつらとは一緒にせんでくれよ? ワシは、お前さんの前世にいた神じゃからな」
「神様って、そんなにたくさんいるんですか?」
「まあ、山ほどおるぞ。特にお前さんが前世を生きた国は神だらけじゃった。木々や川にも、大事に使った物にも神が宿っておったからな。まあ、今はあの国もだいぶ減ってしもうたが」
どうにもよくわからないが、とりあえず目の前の老人を神だと仮定してみる。
そうすると、この遠近感もなくなるような奇妙な空間には説明がつく。
となると、自分には前世があり、別の世界から生まれ変わったということになるだろう。
なんとも不可思議な話で、頭はとてもついていかないが、否定する言葉も思いつかなかった。
「……願いを叶えて転生させたって言いましたよね?」
「ああ、そうじゃ。あまりに気の毒でな」
「いったいどんな……どんな死に方をして、どんな願いをしたのでしょうか」
神を名乗る老人は、目をすっと細めて答える。
「お前さんは、『生まれ変わるなら、今度は男に生まれたい』と願った」
「え……?」
今、こんなに苦労しているのに。
せめて女性ならば、高位貴族に見初められて婚姻を結べたかもしれないのに。
男になりたいと願ったのは、自分自身だったというのか。
「困惑するのも無理はないのぉ……お前さんはな、総理大臣……この世界でいうと王に近いか……王に気に入られてな。ところが、王はお前さんに入れ込んで、政治が疎かになった。さらには、大臣……そうだな、宰相らが、お前さんに手を出した。それを互いに告発しあって、失脚する者が後を立たなくなった。当然政治は滞った。だが、それは一度きりでは収まらなかった」
「傾国……」
「ああ、まさにそうじゃ。国を傾けてしまう、傾国の美女。これでは国が滅ぶと気づいた者たちがお前さんを監禁し、また、取り調べという名の拷問を受けて、お前さんは死んでしまった」
傾国なんて、おとぎ話級の伝説だ。
地位のある人物が、そう簡単に女なんかにうつつを抜かすとは思えない。
(思えない、けど……)
ユリウスには、それが真実であると想像できてしまう。
なぜなら、騎士団に入ってからのこの一週間ほどで、同僚や先輩騎士が我を忘れて襲ってきたのだから。
「だから、お前さんは『今度は男に』と望んだんじゃが……」
結果は見ての通りだ。
男に生まれたものの、結局は男に襲われる。
「……この体質は、どうにもならないんですか?」
「ワシにはどうにもなぁ。気の毒だとは思うんじゃが、すでに在る生については、神も手を出せん」
「……もう一度死なないと無理ってことですか?」
「死んだところで、次があるかどうかはわからんのじゃよ。今回の転生はワシが気の毒に思って手を貸したが、次の転生にはワシは関与できん。この世界の神ではないからな」
「この世界の神……」
「この世界には、輪廻転生の概念がないじゃろう? それはな、この世界の神が転生に興味がないからなんじゃ」
「じゃあ、生まれ変わることはできないんですか?」
「少なくとも、意図的に何かを選んで転生するようなことはできんじゃろうな」
つまり、この体質のまま生きるしかないということなのか。
「しかし気の毒じゃからな、少し前世の記憶を戻してやろうと思うて」
「前世の記憶を、戻す……?」
「まあ、急に全部とはいかんがな。ここより文明の発達した世界だったから、多少は役に立つんじゃないかと思うんじゃが、どうかね?」
なんとも不思議な話ではあるものの、このままでは騎士団で輪姦されて、下手をすればまた前世のように国を傾けて殺されてしまうかもしれない。この体質は神でも治せないというのならば、少しでも知識を得られたほうがいい……
「はい、お願いします」
必死に抵抗してみるものの、壁に押し付けられた腕はびくともしない。
幼少期から文字通り死にものぐるいで鍛えてきたというのに、力の差は歴然だった。
見るからに大きい方の男が、小柄な男――というよりは少年に見える――を壁に押し付け、頭の上で両手首を束ねていた。器用に片手だけで、両手首を掴んで壁に固定している。
もう片手で、小柄な男の衣服を開けさせ、胸の突起をぎゅっと摘んだ。
「痛っ……」
鋭い刺激に声をあげたが、大きな男はまったく怯まない。
小柄な男はなんとか一撃を繰り出そうと試みるが、足はつま先しか床に着いていないので、うまく力を入れることができなかった。
その間にも、大きな男の行為は進んでいく。
さっき摘み上げた突起をコリコリと指で潰すように揉みながら、もう一方の突起には舌を這わせる。時折歯を立てて、クイ、と引っ張ったりもする。
「んう、嫌……やめてっ、んんんっ」
涙目で訴えてみても、ちっともやめてはもらえない。
さらに手が下へと伸び、ズボンへと手が掛かる。
小柄な男は、恐怖に顔を歪ませた。
「お前ら、何をしている!」
バン、と音がして扉が開かれた。
「小隊長……! おつかれさまです!」
大きな男が、慌てて礼を取る。
小柄な男は、急に手を離されて床に座り込んだが、慌てて立ち上がって礼を取った。
その姿を見て、小隊長と呼ばれた男はため息を吐く。
「ダニー、お前もか……ユリエルはとりあえず服を正せ」
「いや、小隊長もこいつと同じ部屋で過ごしてみてくださいよ……絶対耐えられないですって」
ダニーと呼ばれた大きな男は、礼を取ったまま、姿勢に似合わない悪態をつく。
「お前の言い分もわからないではないが、とりあえず独房行って来い」
「……イエス」
ダニーは、おとなしく独房へと向かっていった。
「はぁ……。で? お前はまた何もしていないのに襲われた、と?」
衣服を正し、再度礼を取った小柄な男に、小隊長は頭を抱えながら問う。
「はい……僕はただ、風呂から戻っただけで……」
「あー……風呂か……風呂な……うーん……」
小隊長は頭を悩ませる。
「確かに風呂上がりのお前はちょっとなぁ……うーん……」
「何がそんなに問題なのでしょうか……」
「無自覚なのがまた、なぁ……」
小柄な男がこういう目に遭うのは、ここに来てからすでに三度目だった。
下っ端騎士は基本相部屋で、二から四名程度が同じ部屋を使うのが普通だ。
もちろん最初は四人部屋へと割り振ったが、そうすると彼は同室の三人に犯されかけ、次に二人部屋にしてみたのだが、三日ともたずに同様の状態になり、さらに部屋替えをしてみたものの、やはりこうなってしまった。
「僕の何がいけないのでしょうか……」
そう問う姿が、すでに愛らしく、色香漂っている。
このままではまずいと、小隊長は悟る。
「あー……とりあえず、今日は一人で寝ろ。明日以降については、団長に相談して決める」
「はい……」
パタン、とドアが閉じられる。
小柄な男は、柔らかいとは言い難いベッドへと倒れ込んだ。
小柄な男の名前は、ユリエル・コンスタンという。
一応貴族名鑑に名前はあるが、コンスタン家といわれても誰もどこの家なのかわからないだろうというくらいの田舎男爵家の、しかも四男だ。そのため、平民出身と扱いはさほど変わらない。
そんな貧乏貴族なのに、幼少期にはやたらと誘拐されることが多かった。
そのため、特に騎士の家系でもないのに体術と剣術を叩き込まれた。要は護身用だ。
その策は功を奏し、それなりに平穏な十代を送ってこられたのだが……
「剣術なんて習わなければよかった……」
ここに来て、自分の剣術の腕を呪ってしまう事態になった。
護身のためにと始めた剣術の腕が認められ、王都騎士団への入団が認められたからだ。
どうせ爵位も継げない貧乏貴族にとって、王都騎士団への入団は喜ばしいことだ。親戚中が祝ったし、もちろん、ユリエル自身も喜んだ。
だが、みんな忘れていたのだ。
そもそもユリエルが、なぜ小柄な体格で体術と剣術を学んだのかを。
ふぅーっと息を吐いて、小さな窓から夜空を見上げた。
「なんで僕ばっかりこんな目に……」
手を伸ばして見れば、体術と剣術に長けた男の手とは思えないほどに華奢な腕と、白く細い手が見える。爪もきれいな桃色で、貝細工のような光沢を放っている。
鏡がないのでユリエルには見えないが、ユリエルは肌が白く、全体に華奢だ。剣を振るえるだけの筋肉はもちろんあって、しなやかな身体はしているけれど、それでもやはり細身だった。髪は白っぽい金色で、目は青みがかったグレー。一言でいえば美男だが、美男という言葉ではとても足りないほどに美しい容姿だった。
そして、この美しい容姿は、残念ながら女性ではなく男を惹きつけた。
別に普段男色ではない者であっても、関係なく惹きつけてしまう。
しかも、好きになるというよりは性欲を駆り立てられるというのに近く、地位や立場を忘れてしまうほどに欲情する者が多かった。
男が政務を忘れるほどに駆られるのだから、これが女性であれば各国の王や王子が放ってはおかなかっただろう。
まだそれであれば、実家を救う手立てになったかもしれないのに。
「なんでこんな……神様……」
何度目かわからない「なんで」を繰り返していたその時、急にくらりと目が回った。
(な……に……?)
今度は薬でも盛られたのだろうか。
宿舎のドアには鍵がない。
誰かが薬を盛って、夜中に訪れるつもりだったとしてもおかしくはなかった。
が、そうではなかった。
「おーい、ユーリちゃーん。ああ、今はユリウスくんか。おーい、ユリウスくーん」
ユリウスは、なんとも呑気な声を聞いた。
そっと目を開けてみると、なんとも奥行きのわからない部屋に座っていて、目の前には見たことのない服を着た老人がいる。
「……誰、ですか……? ここは……?」
また襲われるかもしれないと、無意識に胸元を掻き合せる。
しかし老人は、穏やかに笑っている。
「ははは。そんなに警戒せんでも大丈夫じゃよ。ワシのことは覚えておらんようじゃな」
「覚えて……? 以前にも会ったことが……?」
「ああ、もう二十年ほど前になるがな」
「二十年って……まだ生まれてませんが……?」
「そりゃそうじゃ。なんせ前世の終わりに会ったからな」
「ゼンセ……?」
ユリウスは首を傾げる。
ゼンセとは何か。
「おお、そうか。こっちの世界には輪廻転生の概念がないのか。簡単に言うと、お前さんはこの世界に生まれる前に別の世界で生きていて、こっちの世界に生まれ変わったということじゃな。前の世界での生のことを『前世』というんじゃ」
「前の世界……?」
「お前さん、前の世界ではひどい死に方をしてな。あまりに気の毒じゃったから、お前さんの願いを叶えてこの世界に転生させてやったんじゃ」
「転生させてやったって……ご老人はいったい……」
「おお、それも覚えておらんか。ワシは神じゃ」
そう言われても、ちっともピンとこない。言い伝えられる神様の風貌は、こんなではない。
「ああ、あいつらとは一緒にせんでくれよ? ワシは、お前さんの前世にいた神じゃからな」
「神様って、そんなにたくさんいるんですか?」
「まあ、山ほどおるぞ。特にお前さんが前世を生きた国は神だらけじゃった。木々や川にも、大事に使った物にも神が宿っておったからな。まあ、今はあの国もだいぶ減ってしもうたが」
どうにもよくわからないが、とりあえず目の前の老人を神だと仮定してみる。
そうすると、この遠近感もなくなるような奇妙な空間には説明がつく。
となると、自分には前世があり、別の世界から生まれ変わったということになるだろう。
なんとも不可思議な話で、頭はとてもついていかないが、否定する言葉も思いつかなかった。
「……願いを叶えて転生させたって言いましたよね?」
「ああ、そうじゃ。あまりに気の毒でな」
「いったいどんな……どんな死に方をして、どんな願いをしたのでしょうか」
神を名乗る老人は、目をすっと細めて答える。
「お前さんは、『生まれ変わるなら、今度は男に生まれたい』と願った」
「え……?」
今、こんなに苦労しているのに。
せめて女性ならば、高位貴族に見初められて婚姻を結べたかもしれないのに。
男になりたいと願ったのは、自分自身だったというのか。
「困惑するのも無理はないのぉ……お前さんはな、総理大臣……この世界でいうと王に近いか……王に気に入られてな。ところが、王はお前さんに入れ込んで、政治が疎かになった。さらには、大臣……そうだな、宰相らが、お前さんに手を出した。それを互いに告発しあって、失脚する者が後を立たなくなった。当然政治は滞った。だが、それは一度きりでは収まらなかった」
「傾国……」
「ああ、まさにそうじゃ。国を傾けてしまう、傾国の美女。これでは国が滅ぶと気づいた者たちがお前さんを監禁し、また、取り調べという名の拷問を受けて、お前さんは死んでしまった」
傾国なんて、おとぎ話級の伝説だ。
地位のある人物が、そう簡単に女なんかにうつつを抜かすとは思えない。
(思えない、けど……)
ユリウスには、それが真実であると想像できてしまう。
なぜなら、騎士団に入ってからのこの一週間ほどで、同僚や先輩騎士が我を忘れて襲ってきたのだから。
「だから、お前さんは『今度は男に』と望んだんじゃが……」
結果は見ての通りだ。
男に生まれたものの、結局は男に襲われる。
「……この体質は、どうにもならないんですか?」
「ワシにはどうにもなぁ。気の毒だとは思うんじゃが、すでに在る生については、神も手を出せん」
「……もう一度死なないと無理ってことですか?」
「死んだところで、次があるかどうかはわからんのじゃよ。今回の転生はワシが気の毒に思って手を貸したが、次の転生にはワシは関与できん。この世界の神ではないからな」
「この世界の神……」
「この世界には、輪廻転生の概念がないじゃろう? それはな、この世界の神が転生に興味がないからなんじゃ」
「じゃあ、生まれ変わることはできないんですか?」
「少なくとも、意図的に何かを選んで転生するようなことはできんじゃろうな」
つまり、この体質のまま生きるしかないということなのか。
「しかし気の毒じゃからな、少し前世の記憶を戻してやろうと思うて」
「前世の記憶を、戻す……?」
「まあ、急に全部とはいかんがな。ここより文明の発達した世界だったから、多少は役に立つんじゃないかと思うんじゃが、どうかね?」
なんとも不思議な話ではあるものの、このままでは騎士団で輪姦されて、下手をすればまた前世のように国を傾けて殺されてしまうかもしれない。この体質は神でも治せないというのならば、少しでも知識を得られたほうがいい……
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