【BL】傾国の美「男」

采女

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王都騎士団

記憶と理性と欲求と

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(やってしまったぁぁぁぁ!)
 ダディエは叫びたいのをこらえながら頭を抱えていた。

 なぜユリエルにキスをしてしまったのか。
 そもそもなぜユリエルに身体を触らせてしまったのか。
 なぜユリエルが踏みとどまっていたのに続きを促したのか。
 後悔は山ほどあるが、事実は覆らない。

 ユリエルはあのキスの後、「失礼いたしました!」と走って自室へと帰ってしまった。
 丁寧に廊下から出て行った辺り、やはり要領は悪い。
 いや、そこではなくて。
 真っ赤になって、涙目で走っていく姿がまた可愛くて。
 いやいや、そこでもなくて。
 息苦しそうに漏れる声がまた……
(だからそうじゃなくて!)
 ダディエはもう、頭がおかしくなりそうだった。
 部下ですら二日くらいは我慢できていたというのに、自分は一日目であの失態だ。
 いくらユリエルの方から触れてきたとはいえ、説明を促したのは自分で、止め時を間違えてキスをしたのも自分だ。
 湿った髪に差し入れた指の感触や、自分の股間を擦り付けるようにして抱いた腰の感触まで、はっきりと思い出せてしまう。

 部下からの報告を、信じていないわけではなかった。
 だからこそ、新人を自分の補佐見習いとして引き上げたし、独房に入れた部下からもきちんと話を聞いて、通常よりも軽い懲罰になるよう配慮もした。
 だが、それでもどこかで「自分は大丈夫」だという気持ちがあったのだろう。
 実際、ユリエルを見て報告ほどではないと思ったし、多少の色香を感じても理性を保てている自覚があったから、問題はないと判断してしまったと思う。

(クライブを家に帰していたのがせめてもの救いか……)
 普段なら、特に何もなくとも側近を一人は置いている。
 国境付近の軍とは違い、王都騎士団は夜中に急な出動があったりはしないのだが、それでも形式上は備えておきたい。
 面倒な貴族どもと近いのもあって、平素は実力以上に体面や形式が非常に重要だった。
 そういったことに特に長けたクライブは、騎士団員でありながら剣を持つ時間よりも書類に向かっている時間の方がはるかに長い。
 団長の腕をなまらせるわけにはいかないので、執務のほとんどがクライブの仕事に回ってしまっていた。
(救いではなく……クライブが夜勤の予定を辞してまで家に帰りたがった事実を重く受け止めるべきだったのか)
 あの堅物嫁溺愛クライブが、ユリエルには近付きたくないと言い、触れてもいないのに帰りたくなるほどだったのだ。
 仕事と嫁以外に興味のない男ですら、危険だと判断する色香を持つ男。
 そんな奴がいるわけないという気持ちが、こうなった今でも多少ある。
 そのくらいに、信じがたい。

 ダディエは深く息を吐き、ゆっくりと吸った。
 呼吸を整えれば、思考も身体も落ち着く。
 剣術の基本だ。
 とりあえず、このまま朝を迎えてはならない。
 団長の自分が独房へ行くわけにはいかないが、かといってこのまま無罪放免というわけにもいかない。
 ユリエルと話をして、他の部下に示しのつく形でなんとか落とし所を見つけなければならない。

 ダディエは意を決し、廊下側の扉からユリエルの部屋をノックした。

 ダディエがユリエルの部屋をノックした時、ユリエルもまた、先刻のダディエとのことを考えていた。
 知識でしかなかった『記憶』が、ダディエとの行為で感触を伴ったナマモノの記憶へと変化していて、心臓がバクバクと音を立てている。
 自分の胸に触れてみても、まったく感触が違う。
 指で唇に触れ、ダディエとのキスを思い出すと、指を口に含んだ。
 思い出しながら、指に舌を絡ませ……
 ――コンコンコン。
 ているところに、ノックの音が聞こえた。
「ダディエだ。すまないが、ちょっといいか」
 さっきとは違う心臓のバクバク感を覚えながら、慌てて服を正す。
 いつの間にか開けていた胸元のボタンを留めて、「はい、どうぞ」と返事をした。

 ガチャリ、とドアが開き、ダディエが部屋に入ってくる。
 ユリエルは反射的に、ぱっと立ち上がって礼を取った。
「ああ、要らない。むしろこちらが謝らなければならない」
 そう言うと、ダディエは深く頭を下げた。
「本当に申し訳ない。本来ならば私も独房へ行き、さらにしかるべき懲罰を受けるべきだが、立場上、可能ならばそれは避けたい」
 それはそうだ、とユリエルも思う。
 団長が独房にいるだなんて、騎士団全体の士気に関わる大問題だ。
「非常に身勝手で申し訳ないのだが、代わりにコンスタン卿に罰を与えてもらいたい」
 ユリエルでもお前でもなく、コンスタン卿と呼ぶ辺り、かなり本気なのだろう。
「そんなっ、団長に罰だなんてできません!」
「それでは気が済まない。他の団員への影響がないものであれば、鞭打ちでもなんでも気の済むようにして欲しい。何百回でも、何日でもかまわない」

 と、そこでまた、ユリエルの脳裏には知らない『記憶』が流れ込んでくる。
 机に手をついて、お尻を出している『自分』の後ろに誰かがいて、お尻をパンッと叩かれる。
 痛いはずなのに、記憶の中の自分は、それを気持ちいいと感じている……?

 無言をどう取ったのか、ダディエはさらに深く頭を下げ、「どんな罰でも気の済むようにしてくれ」と訴えている。
「じゃあ……」
 声に弾かれたように顔を上げると、ユリエルは熱に浮かされたような表情を浮かべていた。
(これは……)
 ダディエは、同じような表情を見た気がした。
 が、はっきりと思い出す前にユリエルが言葉を紡ぐ。
「ダディエ殿に罰が必要なら、その前に、僕に罰が必要ですよね」
「え?」
「ほら、僕は今日、盛大に寝坊したんです。寝坊は懲罰対象、ですよね?」
「ああ……寝坊は確かに懲罰の対象だが……今朝はダニーの件でショックを受けているだろうから免除すると……」
「寝坊は寝坊です」
 そんなに進んで罰を受けなくても、と言いかけて、それは自分も同じかと苦笑する。
 罰を受けたほうが楽になることもあるのだ。
「…………では、互いに罰を、と?」
 ユリエルはそれには答えず、部屋を見回す。
「残念ながら鞭はないので……手でもいいですか」
 言いながら、ユリエルは履いていたズボンとパンツを下ろし、机に手をついた。
 真っ白な尻が、目の前に突き出される。
「お願いします」
 ダディエは、ごくりと唾を飲み込んだ。
 叩くよりも、むしろかぶりつきたいくらいにエロい。
(いやいやいやいや、これは懲罰!)
 ダディエは頭を振って自分に言い聞かせた。
 大きく息を吸って、大きく吐いて。
 それから、ユリエルの傍まで歩を進める。
 少し屈んで、ユリエルの耳元で「俺の平手打ちは痛いぞ?」と言うと、机についた手にきゅっと力が入るのが見えた。
 それでも、本当にいいのかと確認を取ると、ユリエルははっきりと頷いた。

 一度尻に手を当てて、大きく振り上げて、振り下ろす。
 よくある軍の懲罰だ。
 もっとも、普段は肌に直接ではないし、懲罰用の鞭を使うことが多いが。
 ユリエルは「んああっ!」と声を上げて、手をぐっと握った。
 人生初の懲罰だろう。
 当然痛いはずだ、とダディエは思う。
 少し呼吸が落ち着くのを待って、もう一度手を振り下ろす。
「ああっ!」
 声をあげるユリエルの尻は、二回でもう真っ赤だ。
 もともと白い肌だから、真っ赤に染まっているのがよくわかる。
 さらに、三回、四回、と続けると、ユリエルは大きく肩で息をしていた。
「あと一回、いくぞ」
「ん……ああああ!」
 真っ赤になって熱を帯びた尻を見ると気の毒な気持ちにもなったが、次は自分の番だ。
「次は俺の……」
 交代するつもりでユリエルを机から起こしたダディエは、言葉を失った。
 目は潤み、口は半開きで浅く息をしていて、けれど顔からは苦痛はまったく見られない。
 むしろ頬が紅潮して、高揚しているように見える。
 そして下半身に目を遣れば、大きく勃起したモノがあった。
「お前、それ……」
 ダディエも知識としては知っている。
 痛みや苦痛を快感と捉えてしまうという、特殊な性癖を持った人がいる、と。
 貴族には加虐側で楽しみたい人間が多く、しかしそういった被虐趣味を持つ女性が少ないために、下級メイドが被害に遭うことも珍しくはない。
 ユリエルは急にはっとして、慌てて後ろを向く。
「いや、これは、その、違うんです!」
「違うってお前……めっちゃ勃って……」
「こんなこと今までになくて! 本当に初めてで!」
 後ろから見ると、叩かれた尻と耳が真っ赤になっている。
 嘘ではなく、本当にそんなつもりはなかったのだろうとは思うが……
「まさかそんな趣味まであったとは……」
「いや、だからもう、違うんですってば! また記憶が……」
「記憶? 例の前世の記憶ってやつか?」
「はい……『鞭打ち』って聞いたら、また記憶が見えて……そうしたら、自分も同じことを辿りたくなって……」
 なるほど、とダディエは思う。
 ユリエルの熱に浮かされたような表情は記憶をなぞる前兆で、前世の記憶を見ると、それを実際に追体験したくなるということなのだろう。
 にわかには信じがたいが、そう考えればいろいろ腑に落ちる。

「わかった。とりあえず服を着て座れ」
 ユリエルは床に脱ぎ捨ててあった服を拾って着た。
 そのままベッドの脇に腰掛けると、まだ少し勃っているのが見えた。
 ダディエは少し迷って、できるだけ視界に入れないように、椅子ではなくベッド脇に座った。
「整理しよう。前世かどうかはまだ疑わしいと思っているが、要するに自分の記憶ではないものが時々見える、見ると同じことをしたくなる、これで合ってるか?」
「はい、そう、だと思います。なんていうか……記憶は映像みたいな感じで感触なんかがないから……そう、『不完全な記憶』って感じがして、その不完全さを補おうとするような衝動があるみたいで……」
 言っていることは分かった。
 分かったが、これは厄介だ。
 妙な衝動に駆られている時の表情には心当たりがあるが、いつそのスイッチが入るのかはちっともわからないし、どうもスイッチが入るとユリエル自身はコントロールがきかないらしい。
 かといって理性を以って突っぱねられるかと聞かれると、ダディエ自身も自信がなかった。
「あー……じゃあ、その記憶と同じことをすれば、その後は正気に戻るんだよな?」
「え、はい、そう……ですね」
「おい、今なんか嘘ついたろ」
「いや、嘘……では……ない、です……」
「じゃあ、なんか隠したな」
「う……はい」
「もうここまでお互い醜態を晒してるんだ、隠し事はナシにしよう」
 俺もしないから、と付け加える。
「あの……正気には、戻るんです。ただ……『記憶』に感触とかが紐付いて、ものすごくリアルになってしまうので、その……思い出してしまったり、とか……」
 ユリエルの顔は真っ赤だ。
 せっかく収まりつつあった股間の膨らみも、また復活してきているのがわかった。
「思い出すって……」
「……キス、とか……」
 そう言われると、ダディエまで一緒に思い出してしまう。
「ああ、すまん! そうだ、あの謝罪に来たんだ。俺にも罰を与えてくれ! 大丈夫だ、俺はちゃんと普通に痛いから!」
 と、ユリエルの顔はさらに赤く染まった。
 その顔を見て、ダディエは自分の失態に気付く。
 ユリエルは、キスどころか、さっきの「叩かれて勃起してしまう」性癖まで思い出すことになってしまった。

 しばらく沈黙が流れ、口を開いたのはユリエルだった。
「あの……罰は、特に必要ないと思うんです……第一小隊でのことは、本当に僕は何もしていなくて、一方的にだったと思うんですけど、ダディエ卿とのことは、どちらかというと、僕の行動のせいだと思うので……」
「そうは言っても……」
「それに……あの……嫌だったわけでも、なくて……むしろ、あの……すみません」
 ユリエルは顔を手で覆って謝る。
 なんのことかと問い返すこともできたが、ダディエはそこまで人の機微に疎くない。
 つまりは、思い返して高揚するくらい良かった、もっと下世話な話、おかずにしていた、ということだ。
(俺はナイスバディな女の子を抱きたいはずなんだがなぁ……)
 思いながらも、ダディエはユリエルの肩に手を回す。
「それは正気の今でも、俺に抱かれたいってこと?」
 耳元で息を吹きかけるように尋ねると、きゅっと目をつぶる。
(ああ……野郎なのに可愛い……)
「嫌なら俺に鞭を、そうでないなら……もう一度、キスを」
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