【BL】傾国の美「男」

采女

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王都騎士団

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「すまない、遅くなった」
 婚約発表の翌日、ダディエは三時前に騎士団へ出勤した。
 執務室には、アンスヘルムだけしかいない。
「コンスタンス卿は?」
 いつもなら、まだユリエルが昼の仕事を手伝っている時間だ。
 今日は少し早めに終わったのだろうか。
「ユリエル殿は、風邪みたいですよ?」
 朝から部屋にこもっているのだとアンスヘルムは言った。

「ユリエル? ダディエだ」
 ユリエルの部屋をノックして声をかけるが、返事はない。
 珍しく鍵もかけているようだった。
 仕方がないので、ダディエは自分の私室側の扉からもう一度声をかける。
 やはり返事がないので、
「ユリエル、入るぞ」
と、声をかけて入室した。
 補佐官用の部屋は団長の私室側からしか鍵がかからないので、入るのは容易だ。
「ユリエル?」
 ダディエが部屋を見回すと、ユリエルは布団の中で丸まっているようだった。
(寝てるのか?)
 近づいて、そっと布団をめくる。
「ダディエ……殿……?」
 ユリエルは焦点の合わない目でダディエを見上げてくる。
 顔が赤い。
「おまえ、熱あるのか?」
 ダディエはユリエルの額に手を当てる。
(だいぶ熱いな……)
「すみま、せん……仕事、休んじゃって……」
「馬鹿、いいから寝てろ」

 廊下に出て、向かいのキッチンに入る。
 たらいに冷水を張って、タオルを二枚掴んで、またユリエルの部屋に戻った。
 タオルを水に浸して、固く絞る。
 ユリエルの被っている布団を剥がすと、ユリエルは何も着ていなかった。
「や……」
「……おまえ、なんで服着てないんだ……?」
「昨日……疲れて、シャワーを浴びてそのまま……」
「疲れたって……まあちょうどいい、身体拭くぞ」
 濡れタオルを腿に当てると、ユリエルは「ひぁっ」と小さな声を漏らした。
「ちょっと冷たいが、我慢してくれ」
 腿を拭き、ふくらはぎを拭き、膝裏を拭き、脚の裏まで丁寧に拭いて、タオルを折り返して反対の脚も拭く。
「ん……あ……ふぅ……ん……」
 冷たいのかくすぐったいのか、ユリエルは小さく声を上げながら、大人しく拭かれている。
 一度タオルを洗って絞り、腕から脇、胸、腹、股と拭いていくと、ユリエルのモノが少し勃っていた。
 できる限り平静に、股間も拭く。
「あっ、や……ん……ふっ……」
 声がさっきまでより甘い。
 ダディエは気付かないフリをしながら、ユリエルを反転させて、背中と尻も拭いた。
 新しいタオルに替えて、顔と首の汗を拭う。
 と、急にユリエルがダディエを突き飛ばした。
 熱があり、小柄であるとはいえ、ユリエルは腕を買われて入団した騎士団員だ。何の防御もしていないダディエは、不意を突かれてよろめいた。
「痛った……お前、何す……」
 悪態をつきながらユリエルに向き直ると、ユリエルはボロボロと涙を零していた。
「え……あ、どっか痛かったのか?」
 首のリンパでも腫れていたのかと手を伸ばすと、ユリエルは手の平で押し返す。
「や……」
「そんなに痛いのか?」
 ユリエルは泣きながら首を振った。
「だったら、なぜ泣いている」
「…………」
 ユリエルは黙ったまま、視線を逸す。
 ダディエには、意味がわからない。
「……あー、じゃあ、とりあえず服を着ろ。起きられるか?」
 言いながらクローゼットに向かい、服を取り出すが、振り返ってユリエルの方へ一歩踏み出すとユリエルが小さく拒絶した。
「や……だ……」
「え? 嫌って……そのままじゃ余計悪化するだろ」
「……来ない、で……」
(俺に触れられたくないのか? でも身体は拭かせていたのに……?)
 熱が高いせいかと思い直し、ダディエは嫌がるユリエルに近づく。
 こんな状態のユリエルを放置はできない。
「や、だ……」
 ダディエがユリエルの身体を起こそうと背中に手を回すと、ユリエルはダディエの胸を押し返そうとする。
 が、今度はダディエが反撃に備えているので、びくともしない。
「ああ、もう!」
 ダディエは、ユリエルの背に回した手にぐっと力を込め、ユリエルを抱きしめた。
 片手は背に置いたまま、もう片手で、汗ばんだ頭を掻き抱く。
「や、て、いってる、のに……」
 ユリエルはそう小さく呻いた後、ダディエに口づけた。
 まるで噛み付くような、荒く激しいキスだ。
(ユリエル……?)
 ユリエルはダディエの背に腕を回し、爪を立てそうなくらいにぎゅっと抱きついた。
 ユリエルの身体は、ひどく熱い。
(熱のせいか……?)
 ダディエが困惑していると、ユリエルはキスを続けながらダディエを押し倒した。
 背に回していた手を抜いて、ダディエの股間に触る。
 まだ柔らかいそこを強く触り、続いてベルトに手をかける。
 金具を外して前を開けると、手を入れて上下に擦り始めた。
「んっ、やめ……ユリエル、おい……」
 ダディエは制止しようとするが、キスで塞がれる。
 ユリエルはさらに激しくなった。
(こいつ、熱あるのに……)
 止めなければと思う反面、なぜか必死に求めてくるユリエルを拒絶できないでもいた。
(ああ、もう!)
 ダディエは半分自棄やけになって、ユリエルを抱いたままくるりと身体を反転させた。
 ユリエルを下に組み敷いて、自分が上になる。
 驚いて手と唇を離したユリエルに、今度はダディエが口づける。
 深く激しいけれど、丁寧な甘いキスだ。
 唇を離すと、まだ少し涙で濡れたユリエルの顔をまっすぐ見た。
「なあ、どうしたんだ?」
 問えば、またじわりと涙が滲む。
「おまえ今、別にしたいわけじゃないだろう?」
 熱はあるし、目だって潤んではいるが、『記憶』を追っている時とは違う。
 キスだって、ユリエルはあんな荒々しく求めたりはしない。
「……したい、です、よ」
 口ではそう言うが、腕はだらりとベッドに投げ出されているし、目線はダディエの方を向いていない。
「おまえが本当にしたいなら、それが前世の記憶のせいだろうと体質のせいだろうとしてやるが、今おまえが思っていることは、まったく別のことなんだろう?」
 その言葉に、ユリエルはダディエを見返した。
 そして、泣きながら叫んだ。
「したいですよ! 貴方としたい! したかった! でも、貴方が求めたのは公爵家のご令嬢だ! そんな甘い匂いをさせながら、したかったらしてやるなんて、言う、な……」
 最後はもう、涙でうまく言葉が出ていなかった。
 ユリエルは自分の腕で目元を覆った。
 こらえようとしているが、涙が止まらない。

(なん……だ……? これじゃまるで、ユリエルが俺のことを本気で好きみたいじゃないか……?)
 ダディエはダディエで、予想していなかったユリエルの反応に困惑していた。
 もちろん、夜毎の情事はすでに「仕方なく」の域は超えていて、互いに楽しんでいたという自覚はある。
 ユリエルは男だが、可愛くて仕方なかったし、そういうユリエルと肌を重ねることは楽しいことだった。
 だが、互いに男だ。
 お互いが本命は女性であると公言していたはずだ。
 ユリエルが本気で自分を好きであるなど、ありえるだろうか。
 そう考えてみたところで、ユリエルの発言は嫉妬以外に解釈しようがなかった。
 どう考えてみても、何度考えてみても、自分のことが好きなのだとしか思えない。

「ユリエルが、俺のことを好き……?」
 心の中で言うつもりが、ダディエの口からこぼれ落ちた。
 ユリエルは、ひゅっと息をのむ。
 腕で目元を覆ったまま、ふい、と横を向いた。
 最悪だ、とユリエルは思う。
 ただでさえ自分のせいでダディエに悪評が立ってしまっているというのに、なぜこんな嫉妬丸出しで感情をぶつけてしまったのか。
 距離を置いて、墓場まで持っていくべき話に違いないのに。
「……忘れて、ください」
「は?」
「ちょっと、熱でおかしくなっただけです。着替えて寝ますから、出ていってください」
「…………無理だ」
「着替えくらいできます」
「そういうことじゃない」
「熱があるんです。寝ます」
「それは知っているが」
「だから出ていってください」
「あんなこと言われて放っておけるか」
「また変な噂が立ちますよ」
「関係ない」
「ないわけないじゃないですか。貴方、公爵令嬢と婚約したばかりなんですよ」
「……なぜ知っているんだ」
「下町の平民ですら知ってますよ。ほら、そろそろ戻らないとアンスヘルムも勘ぐりますよ」
「しかしお前を放っておくなど……」
「いい加減に一人にしてください!」
 不毛なやり取りに、ユリエルが声を荒げた。
「…………わかった、夜にまた来る。ちゃんと着替えて寝るんだぞ」
 ようやく、ダディエが立ち上がる。
 裸のままのユリエルの上に着替えを置いて、部屋を出ていった。

(本当に、最悪だ……)
 ユリエルの目からは、また涙がこぼれていた。
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