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近衛騎士団
すれ違い
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結論からいえば、ダディエの策は見事にはまった。
「近衛騎士団第五部隊隊長補佐官ユリエル・コンスタン卿」といえば、今や知らない貴族は王都にはいないだろう。
『新米王都騎士団員、しかも田舎男爵の四男ごときが近衛騎士団、しかも隊長補佐になるらしい。』
『ダディエ・ミルボーが囲ってるという噂の男だろう。』
『やたらキレイな男らしい。』
そんな噂の的が就任式にやってきた時点で、ものすごい注目度だったわけだが、さらにその注目の男が、模擬戦闘で第五部隊の団員を全員軽くひねり、さらには王の命令で追加された第一部隊隊長――つまり、王の最強護衛との試合で引き分けた。
良くも悪くも噂のスピードが速い貴族社会では、あっという間にユリエルの実力が広まったのだった。
しかも、悪い噂の後だ。
反動も手伝って、その美しい髪の色から「白金の騎士様」などと呼ばれているほどだ。
こうして見事にダディエの策がはまったわけだが、ダディエは正直おもしろくなかった。
「ユーリ、女にはモテないんじゃなかったっけ?」
最近はユリエルのことを「ユーリ」と愛称で呼んでいた。
「人生初のモテ期ですね」
「さっきも侍女から何かもらってただろ?」
「焼き菓子ですね。返しましたけど」
「俺は全然なのに」
「そりゃあ、公爵令嬢の婚約者に誰も言い寄りませんよ」
「そりゃそうだけど」と、ダディエは一人ごちている。
「そんなことより、明日のフィーネ嬢とのお茶会ですが……」
護衛の打ち合わせをしようとユリエルが切り出すと、ダディエはユリエルの手を引いて自分の方へと引き寄せた。
「ちょっ、まだ勤務中……」
「誰か来ればノックするだろ」
「そういう問題じゃ、んっ……」
ダディエは、真面目に仕事をしようとするユリエルの首に口づける。
「ユーリは、俺のだろう?」
「……僕は、ダディのことなん、て、ふっ、んっ、や、」
「毎晩寝てるっていうのに?」
「や、だ……め、んんっ」
「夜はあんなに求めてくれるのに?」
「んっ、ちゃんとっ……お仕事、してくださ……んむぅ」
ユリエルの小言を、ダディエがキスで塞ぐ。
最近は、こういったことが増えていた。
ユリエルは女性にモテるようになったし、雑務も含めて能力が高いので、多方面から慕われている。
一方のダディエは、ユリエルが雑務もしてしまうものだから、ほとんどすることがない。
フィーネ嬢との婚約もあり、もともと愛想を振りまくタイプでもないので、人付き合いも減っていた。
ユリエルが真っ当に女性からモテることに対する嫉妬と焦りと、日に日に王宮内での地位を確立していくことへの言い得ぬ不安と寂しさ。一人で居ることが増えたために、それらはダディエの中でより増大していた。
『いつか女の子と付き合うんじゃないのか』
『また女の子と話をしている』
『第一部隊に引き抜かれるんじゃないか』
『俺の元からいなくなるんじゃないのか』
『ああほら、また別のヤツと話をしている……』
そうやって黒く塗りつぶされていく感情を紛らわせるように、二人きりの執務室でキスを降らせ、夜は同じベッドで何度も抱く。
そういう毎日が、常態化しつつあった。
「んっ、ふう、あぁ……ダメ、ですってば……んむぅ」
ユリエルの側も、ダディエに求められること自体は決して嫌ではない。
そもそも、風邪を引いたあの日には自分の気持ちをごまかしてしまっただけで、先にダディエへの恋慕を自覚したのはユリエルの方だ。
ただ……
(お仕事しなきゃなのに……!)
元来、過ぎるほどに真面目なユリエルは、仕事はきちんとしたかった。
それなのに、ダディエのこういった行為は日に日にエスカレートしていくばかりで、最近は「お仕事をしているかっこいいダディエ」を見ることも稀だ。
ユリエルは、自分でも自覚しないままにストレスを抱えてしまっていた。
そのストレスを、今度はダディエが自覚しないままに感じ取って、さらにユリエルに触れようとする。
今はそういう、悪循環に嵌ってしまっているのだった。
「いい加減、仕事をさせてください!」
唇から離れて胸元へと顔を近づけたダディエに、とうとうユリエルがキレた。
ドン、とダディエの肩を手のひらで押し返す。
「明日のフィーネ嬢とのお茶会の護衛についてですが、」
ユリエルが珍しく強い口調でそう話し始めると、ダディエは噛み付くようにユリエルの唇を塞いだ。
「もう! なんなんですか、さっきから!」
お互いがイライラ、ピリピリしているのがわかる。
「もういいです、どうせミルボー卿は護衛される側ですから、他の者と打ち合わせて参ります!」
ユリエルはそう言うと、ひらりとダディエから身体を離して部屋を出ていった。
(なにやってんだ、俺は……)
一人残されたダディエは、頭を抱えてうずくまった。
ユリエルが打ち合わせようとしていたのは、明日の茶会の護衛配置についてだ。
第五部隊の主である王太子妃・ハーミアと、その実妹でありダディエの婚約者でもあるフィーネ、そして、ダディエ自身もフィーネの婚約者として席に着く内々の茶会。
つまるところ、「妹と妹の婚約者とお茶をしたいわ」という席だった。
(気が重い……)
一度は悪くないと思えた婚約だったが、その後にユリエルが好きだと自覚してしまったからなのか、フィーネ嬢の好意が時折重いと感じてしまう。
こんな年上との急な政略結婚で、さぞかしあちらも気が重いだろうと思っていたのに、フィーネ嬢はずいぶんと乗り気に見えた。
それがまた、自分だけが我慢をしているような気持ちに拍車をかけて、イライラが増してしまう。
だから余計に、今日はユリエルに対して執拗になってしまっていたのだった。
(あいつ、本気で怒ってたな……)
どうにもうまくいかない。
せっかく阿呆な貴族連中にもユリエルの実力を認めさせ、どれだけ一緒にいても誰にも文句を言われない環境を作ったというのに、肝心のユリエルとの関係がちっともうまくいっていない。
自分が悪い自覚はあった。
ユリエルが周囲に認められ、王宮内で地位を得ることを素直に喜んでやれない。
仕事はほとんどユリエルに任せきり。
イライラや不安が膨らむと、ユリエルに手を出して紛らわせようとする。
(そりゃあ、こんな男好きになるわけがないよな……)
頭を抱えて、大きく溜息をつく。
ふと、夜は自分に応えてくれているが、それすらもユリエルは上司命令のつもりで応じているのかもしれないと思った。
真面目なユリエルのことだ。
断りきれずにずるずると関係を続けてくれているだけなんじゃないだろうか。
そもそも、ユリエルはもともと女性にモテる機会がなかっただけで、今はつまみ食いし放題なくらいにモテている。
魅了の体質は変わらず時々出ているようだが、ここ百合宮は王太子妃の宮だ。入れる男は極限られているし、宮内では基本的に気を張っているので、ユリエルに手を出せるような男はいない。
「なんだ……もう、俺とヤる必要もないんじゃないか……」
ダディエは小さくつぶやいた。
「近衛騎士団第五部隊隊長補佐官ユリエル・コンスタン卿」といえば、今や知らない貴族は王都にはいないだろう。
『新米王都騎士団員、しかも田舎男爵の四男ごときが近衛騎士団、しかも隊長補佐になるらしい。』
『ダディエ・ミルボーが囲ってるという噂の男だろう。』
『やたらキレイな男らしい。』
そんな噂の的が就任式にやってきた時点で、ものすごい注目度だったわけだが、さらにその注目の男が、模擬戦闘で第五部隊の団員を全員軽くひねり、さらには王の命令で追加された第一部隊隊長――つまり、王の最強護衛との試合で引き分けた。
良くも悪くも噂のスピードが速い貴族社会では、あっという間にユリエルの実力が広まったのだった。
しかも、悪い噂の後だ。
反動も手伝って、その美しい髪の色から「白金の騎士様」などと呼ばれているほどだ。
こうして見事にダディエの策がはまったわけだが、ダディエは正直おもしろくなかった。
「ユーリ、女にはモテないんじゃなかったっけ?」
最近はユリエルのことを「ユーリ」と愛称で呼んでいた。
「人生初のモテ期ですね」
「さっきも侍女から何かもらってただろ?」
「焼き菓子ですね。返しましたけど」
「俺は全然なのに」
「そりゃあ、公爵令嬢の婚約者に誰も言い寄りませんよ」
「そりゃそうだけど」と、ダディエは一人ごちている。
「そんなことより、明日のフィーネ嬢とのお茶会ですが……」
護衛の打ち合わせをしようとユリエルが切り出すと、ダディエはユリエルの手を引いて自分の方へと引き寄せた。
「ちょっ、まだ勤務中……」
「誰か来ればノックするだろ」
「そういう問題じゃ、んっ……」
ダディエは、真面目に仕事をしようとするユリエルの首に口づける。
「ユーリは、俺のだろう?」
「……僕は、ダディのことなん、て、ふっ、んっ、や、」
「毎晩寝てるっていうのに?」
「や、だ……め、んんっ」
「夜はあんなに求めてくれるのに?」
「んっ、ちゃんとっ……お仕事、してくださ……んむぅ」
ユリエルの小言を、ダディエがキスで塞ぐ。
最近は、こういったことが増えていた。
ユリエルは女性にモテるようになったし、雑務も含めて能力が高いので、多方面から慕われている。
一方のダディエは、ユリエルが雑務もしてしまうものだから、ほとんどすることがない。
フィーネ嬢との婚約もあり、もともと愛想を振りまくタイプでもないので、人付き合いも減っていた。
ユリエルが真っ当に女性からモテることに対する嫉妬と焦りと、日に日に王宮内での地位を確立していくことへの言い得ぬ不安と寂しさ。一人で居ることが増えたために、それらはダディエの中でより増大していた。
『いつか女の子と付き合うんじゃないのか』
『また女の子と話をしている』
『第一部隊に引き抜かれるんじゃないか』
『俺の元からいなくなるんじゃないのか』
『ああほら、また別のヤツと話をしている……』
そうやって黒く塗りつぶされていく感情を紛らわせるように、二人きりの執務室でキスを降らせ、夜は同じベッドで何度も抱く。
そういう毎日が、常態化しつつあった。
「んっ、ふう、あぁ……ダメ、ですってば……んむぅ」
ユリエルの側も、ダディエに求められること自体は決して嫌ではない。
そもそも、風邪を引いたあの日には自分の気持ちをごまかしてしまっただけで、先にダディエへの恋慕を自覚したのはユリエルの方だ。
ただ……
(お仕事しなきゃなのに……!)
元来、過ぎるほどに真面目なユリエルは、仕事はきちんとしたかった。
それなのに、ダディエのこういった行為は日に日にエスカレートしていくばかりで、最近は「お仕事をしているかっこいいダディエ」を見ることも稀だ。
ユリエルは、自分でも自覚しないままにストレスを抱えてしまっていた。
そのストレスを、今度はダディエが自覚しないままに感じ取って、さらにユリエルに触れようとする。
今はそういう、悪循環に嵌ってしまっているのだった。
「いい加減、仕事をさせてください!」
唇から離れて胸元へと顔を近づけたダディエに、とうとうユリエルがキレた。
ドン、とダディエの肩を手のひらで押し返す。
「明日のフィーネ嬢とのお茶会の護衛についてですが、」
ユリエルが珍しく強い口調でそう話し始めると、ダディエは噛み付くようにユリエルの唇を塞いだ。
「もう! なんなんですか、さっきから!」
お互いがイライラ、ピリピリしているのがわかる。
「もういいです、どうせミルボー卿は護衛される側ですから、他の者と打ち合わせて参ります!」
ユリエルはそう言うと、ひらりとダディエから身体を離して部屋を出ていった。
(なにやってんだ、俺は……)
一人残されたダディエは、頭を抱えてうずくまった。
ユリエルが打ち合わせようとしていたのは、明日の茶会の護衛配置についてだ。
第五部隊の主である王太子妃・ハーミアと、その実妹でありダディエの婚約者でもあるフィーネ、そして、ダディエ自身もフィーネの婚約者として席に着く内々の茶会。
つまるところ、「妹と妹の婚約者とお茶をしたいわ」という席だった。
(気が重い……)
一度は悪くないと思えた婚約だったが、その後にユリエルが好きだと自覚してしまったからなのか、フィーネ嬢の好意が時折重いと感じてしまう。
こんな年上との急な政略結婚で、さぞかしあちらも気が重いだろうと思っていたのに、フィーネ嬢はずいぶんと乗り気に見えた。
それがまた、自分だけが我慢をしているような気持ちに拍車をかけて、イライラが増してしまう。
だから余計に、今日はユリエルに対して執拗になってしまっていたのだった。
(あいつ、本気で怒ってたな……)
どうにもうまくいかない。
せっかく阿呆な貴族連中にもユリエルの実力を認めさせ、どれだけ一緒にいても誰にも文句を言われない環境を作ったというのに、肝心のユリエルとの関係がちっともうまくいっていない。
自分が悪い自覚はあった。
ユリエルが周囲に認められ、王宮内で地位を得ることを素直に喜んでやれない。
仕事はほとんどユリエルに任せきり。
イライラや不安が膨らむと、ユリエルに手を出して紛らわせようとする。
(そりゃあ、こんな男好きになるわけがないよな……)
頭を抱えて、大きく溜息をつく。
ふと、夜は自分に応えてくれているが、それすらもユリエルは上司命令のつもりで応じているのかもしれないと思った。
真面目なユリエルのことだ。
断りきれずにずるずると関係を続けてくれているだけなんじゃないだろうか。
そもそも、ユリエルはもともと女性にモテる機会がなかっただけで、今はつまみ食いし放題なくらいにモテている。
魅了の体質は変わらず時々出ているようだが、ここ百合宮は王太子妃の宮だ。入れる男は極限られているし、宮内では基本的に気を張っているので、ユリエルに手を出せるような男はいない。
「なんだ……もう、俺とヤる必要もないんじゃないか……」
ダディエは小さくつぶやいた。
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