【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

第5話 予期せぬ再会

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 早く図書課に戻りたい。軍人とはメルテン以外と関わりたくない。
 レイは持って行けと言われた書類を不備で突き返され、散々詰られ心身共に疲弊しながら廊下の端で壁にもたれかかり落ち込んでいた。
 自分のミスじゃないのに何故怒られないといけないのか。怒るべきは適当にサインをしてこれを持って行けと言い出したあの伯爵様じゃないのか。何故ただの足になっている自分に。
 泣けてきた。泣かないけれど。
 此処はあまり人が来ない。王宮の外れでありながら神殿が管理を行なっている祭祀の間に続く廊下だからだ。
 我ながら良い場所を見つけた。此処なら休んでいても見つかることは少ない。だから此処でほんの少しだけ休憩をして、それからまた戻ればいい。
 壁に寄りかかりながら座り込み、何とか最低限の体力は回復したいと目を瞑っていると、遠くの方からコツコツと革靴が床を蹴る音が聞こえてきた。
 軍の人間じゃないはずだし、柱の影で見えないはず。誰も気付いてくれるなよと思いながら瞼を開けることなく休憩していると、足音は徐々に近付いてきた。まっすぐにレイがいる柱のすぐそばまでやってきた足音は、すぐそこで止まる。
 もしや知り合いだろうか。軍の人間だったら怒られるどころじゃ済まないかもしれない。

「レイ……?」

 よく見知った声だ。学生時代、誰よりも聞いた声。
 既視感のある声に誘われるようにしてレイが恐る恐る瞼を開けると、そこには白金色の騎士様が立っていた。

「エディ、なんで此処に?」

 久しぶりに見る親友に、レイは驚き目を見張った。何故此処に。エディは日々聖騎士として修行の日々のはずでは。
 エディも同じように驚いているようだが、何かに気付いたようでレイのすぐそばにしゃがみ込み、痩せこけてしまった頬を指先で撫でてくる。

「痩せた?」
「はは、ちょっと忙しくって」
「ちょっとどころじゃなさそうだけど。俺は祭祀の間に用があったんだ。レイは此処で何してたの?」
「んー、休憩?」

 戻ったら休めないから、此処で。流石にエディにそれは言えないけれど、自分の職場は王宮内だから此処にいたのも誤魔化せる。レイはへらりと笑い、立ち上がろうと身を起こす。
 だが、エディがそれを止めた。レイの肩を掴んだエディは、真剣な瞳でレイを見つめてくる。
 あの見合いの席での真剣な表情と、そこから続いた言葉を思い出してしまいそうになった。レイは慌ててふいと顔を逸らし、一息吐くとへらりと笑って誤魔化した。

「そろそろ戻んないといけないから離してくれよ」
「嫌だ。こんなにやつれてるなんておかしいだろ、まだ卒業して半年も経っていないのに」

 働き始めてからまだそれしか経っていなかったのか。毎日毎日激務のせいで正常な日付感覚も失われているレイは既に一年ほど経過したのではと思い込んでいた。
 冬もまだ来ていないし、それはそうか。制服だって衣替えもしていないし、そんなに経ったはずがない。
 レイはそれにも笑ってしまう。何だかおかしくなってきてしまった。
 もう少しすれば図書課に戻れる。戻れると言っても一度も働いたことのない部署だ。いちから全てを覚え直さないといけないから足手纏いになってしまうのはほぼ確実だ。
 軍の方でこき使われ、戻っても足手纏い。これから先も一生仕事に忙殺されて、友達とは会えなくなるのか。

「何度も手紙を送ったのに返ってこないから心配した」
「え? 届いてないけど」

 一度だってエディから手紙なんて届いたことがない。実家からの手紙は来ているし、その封筒の中に友人からの手紙が同封されていることだってある。けれど、エディの書いた文字は入庁以来一度も見ていない。
 心配の声に驚き思わず口にしてしまえば、エディの眉間に皺が寄ってしまった。しまった、またいらぬ心配を。
 レイはエディの眉間に手を伸ばし、指先で伸ばしてやりながら笑ってみせる。

「もしかしたら見落としてるだけかもしんないから、後でもっかい見てみる」
「見落とす量じゃないはずだ。毎週2回、速達で送り続けてたから」
「……なに、俺に何か用でもあった?」

 考えられるとすれば見合いの席で言ってしまった冗談だろうか。エディがレイを好きだとかいう、あの。
 別に気にしていないのに。
 レイが聞けば、エディは躊躇いがちに首を振り否定した。

「親友がいきなり一切の連絡を絶ったんだ、心配するに決まってるだろ」
「悪い悪い、ちゃんと見返すから」
「レイ、……王宮の仕事、もしかして辛い?」

 辛くないわけがない。
 毎日毎日朝も早くから起きて、自分の時間なんて与えられず詰られ怒鳴られながら仕事を何とかこなす日々。
 レイはエディの優しい声色に、言葉を詰まらせてしまう。

「へ、いき」
「本当に平気なら、いつもみたいに笑ってよ」
「いつも、って」
「聞き方を変えるけど、……何があったか、俺に話せる?」
「あー……いや、大丈夫」

 お前と親友だということが知られたから敵視されてるなんて、言えるはずがない。
 何でもない。レイは首を振り、エディのいう『いつも』のように笑ってみせた。

「気にすんなって、まだ仕事覚えきれてなくて勝手にテンパってるだけだから」
「本当に? 嫌な人とかいない?」
「そんなの、……あーいや、1人だけいるけど。なんか腰とか尻とか撫で回してくるおっさんくらいだし」
「誰?」

 強いて言えるとすればあのセクハラゴリラくらいだ。茶化すようにレイが話をすれば、エディは驚くほど真剣な声色で聞いてきた。
 そんなに食いつくことだろうか。ただ親友が男にセクハラを受けているだけなのに。
 レイはあの愛の告白は絶対に冗談だと思い込んでいる。だからとへらへら笑い、エディの肩をぽんぽんと叩いた。

「大したことないって。そろそろ部署変わって元の配置に戻れるはずだからさ」
「レイ、俺は誰かって聞いてるんだけど」
「大丈夫だって、なんだよ心配性だな」

 あのゴリラに関しては一人にならなければいいだけの話だ。最悪メルテンから離れないようにすれば。
 運動能力でゴリラに勝てる気はしないけれど、逃げ足だけは早いと自負している。もしメルテンがいなくても、人目があるところに逃げ込めばきっと問題はないはずだ。
 レイは楽観的に考えている。本当に尻を狙われており、周りはレイを大した意味もなく嫌う男達ばかり。メルテン以外の誰かのもとに逃げ込んだところで、好き者に襲われる嫌いなレイを守るはずがないなんて思いもしない。

 そして、そんな状況にあるレイのことを本当にエディが知らないとも思っていた。
 聖騎士と軍の対立は皆知っている。その当事者であり、何よりも国内で強い権力を持つ侯爵家の息子であるエディが、王宮内に流れる『軍の使えない文官が聖騎士の友人』という噂を知らないはずがないのに。

 レイはエディの肩に寄りかかり、よいしょと声を出し立ち上がった。
 睡眠不足と栄養失調が祟った身体はその簡単な動作でさえふらつき、片手で持っていた書類の束を全て床に落とし壁に強く肩をぶつけてしまう。

「レイ!」
「ちょっと寝不足なだけだから平気だって」
「昔からだけど、本当に強情だな。ついてきて」
「うわ、おいちょっと」

 ついてきて、そう言いながらエディはレイの落とした書類をさっと集めてしまうと空いている手でレイを担ぎ上げた。
 荷物のように肩に担がれ、驚き抵抗しようにもエディの力には敵わない。
 学生の頃からエディの細身ながらも鍛え上げられた筋肉に勝てた試しは一度もなかった。力の入らない今の身体では尚更。

「そろそろ戻んないと怒られるから、おーい」
「黙って」

 何処まで連行されるんだ。ついてきてと言いながらこれでは誘拐じゃないのか。
 レイは今軍用のマントを身に纏っている。きらきらした聖騎士の正装を身に纏ったエディに担がれているところを誰かに見られたら、また何を噂されるかわからない。
 自分はいいけれど、エディが変な噂を立てられるのは困る。一生独り身で最低限の給料だけ貰えればいい自分と違って、エディは将来を約束されている人間だ。
 何度かエディの背中を手でぽすぽすと叩いてみるけれど効果なし。
 荷物のように担がれたままレイが連れてこられたのは、王宮内にある官吏達のために作られた簡易的な医務室だった。

「俺、何処も悪くないけど?」
「嘘だ」
「嘘じゃないんだけど……」

 何か食べて寝ればまた元気になる。ただ少しそれができていないというだけで。

 侍医は王族のための医師。従者である官吏は侍医の診察を受けることはできないため、この医務室では軽い怪我や病気のための設備しかなく、医療知識のない女官が数名滞在しているだけだ。
 医務室内にいた女官は、突然現れた男前な聖騎士に表情を隠しながらも色めき立っていた。学園を卒業して数年しか経っていない年若い女官達は、エディの存在を元々知っていたのだろう。
 エディはレイを木製ベッドに下ろしながら、そんな女官達に視線を向け笑顔を貼り付け声をかけた。

「友人が体調不良になってしまったので、こちらで少し休ませてくださいますか?」
「こちらは官吏のための医務室ですので、随意に」
「有難う。助かります。それと申し訳ありませんが、彼と少し二人で話をさせてほしくて」

 エディが侯爵家の人間であることを知っているのか、それよりも低い階級なのだろう家の女官達はエディが望むまま退室していく。
 男同士だから扉を開けておく必要はない。ぱたん、と音を立てて閉じられた扉を眺め、エディはふっと表情を消しレイを見下ろした。

「俺がどれだけ心配したか、レイにはわからないだろうね」
「ただ手紙返さなかっただけだろ?」
「……そうじゃないよ」

 苦し気に呟くエディの表情は初めて見た。学生時代だって、こんな顔を見せたことなど一度もない。
 忙しさにかまけて手紙の確認を疎かにしていたのは確かだ。けれどエディが心配したのはそこではないらしい。
 エディが何を思っているのかがわからない。どうしてそこまで心配するのかが理解できない。
 王宮の中のことを、聖騎士になるエディが知るはずがないから。レイが今どんな環境にいるのかをエディが知っていると、露ほども思っていないから。
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