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第1章
第11話 結婚の話。
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メニューからこれなら食べられそうだというものを少しだけ頼み、メルテンと会話しながら時折エディにも返事をしつつ食事をとる。
近頃はメルテンと食事をしない限り昼を食べ忘れ本を読んでしまうことも多々あったため、この時間は貴重な栄養補給のタイミングになっている。
軍で夜中に少し食べるだけという生活を繰り返していたからか、レイの胃は大分小さくなってしまった。以前ならこの時間帯は肉をどれだけ食べても足りなかったのに、今はパンとサラダ、スープだけでも十分満たされてしまう。
学生時代にどれほど食べていたかを見ていたエディは、心配そうに眉を寄せた。
「レイ、もう終わり?」
「ちょっとそろそろ腹いっぱいかも」
「甘いものなら食べられるかな」
エディが店員を呼ぼうとするが、それは手で制して止める。
絶対に食えない。食えたとして、本の上に吐いてしまうかもしれない。だから幾ら好きでも甘いものは無理。
レイが拒否すると、少しだけ悲しい顔をされてしまう。そんな顔をされても食えないのだから仕方ないだろう。レイは食後の紅茶を飲みながら二人が食べ進めるのを眺めた。
「そういえば、あの見合いの話はどうした?」
見合い。
メルテンから聞かれた話にレイだけでなくエディもぴくりと反応を示した。
あの話か。レイはへらりと笑い、首を横に振って笑った。
「いやぁ、やっぱ駄目でした。婿ならもっと稼いでないとって」
「お見合いしたんだ」
「一応な。ほら、俺『ヴァンダムの種馬』だし」
結婚したくはなくてもポーズだけでもとっておかなければならない。両親の目がある内は。
エディもいつかはまた見合いをさせられるんだろう。その時はまた、自分の名前を出すんだろうか。
レイはつい先日顔合わせをした女性について思い返す。
「稼いだところで見た目も好みじゃないらしいし、まず歩み寄りできなさそうなら無理だよなって思って断っちゃいました」
「学生の頃から相手見つけておけば良かっただろ」
「いやいや、同級生はみーんなこいつに持ってかれてたんで無理です。なぁエディ、お前毎週告白されてたもんな?」
二人で一緒にいる時にエディだけが呼び出されることが一体何度あったか。その度に快く送り出しても、誰とも付き合わずに戻ってきていたのを思い出す。
友達と遊ぶ方が楽しいから。そう言って笑うエディに自分もだと笑っていたが、あの頃彼女の一人や二人……二人は駄目か。どうにかエディに興味のない彼女を作っておくべきだった。
ずっとエディと遊んで、エディのために嫌われ役も買って出て。
正直誰かと交際する気は未だにないが、いつか自分の全てを受け入れてくれる相手ができたなら、その誰かと結婚することになるのだろうか。
「身近にいるかもな、お前の結婚相手は」
「えー、いますかね?」
「お前の苦労を理解できる奴なんてそういないだろう。あんな強烈な姉がいる苦労なんて俺にもわからんが」
「メルテン中尉は奥様とどう出会ったんですか?」
メルテンは既婚者だ。既に二歳の娘もいると知ったのは図書課に移ってからのこと。
もし結婚したくなった時に何か参考になるかもしれないからと馴れ初めを聞いてみれば、メルテンは緩やかに相貌を崩した。
「妻は幼馴染だったんだ。俺が軍に入って暫くした頃、上司から娘を紹介されて、結婚を勧められた。それを話したら癇癪起こして泣き始めてな。それから紆余曲折あって今だ」
「その紆余曲折が聞きたいんですよ」
「誰が言うか」
メルテンの惚気はあまり聞けない。何度一緒に食事をしても、酒を飲ませたって妻に関しては大して話をしてくれない。
俺はこれでも独占欲が強いんだ、なんて酒に酔ってはにかんでいたメルテンを今すぐ家に帰して愛されている妻に見せてやりたいと思ったのも記憶に新しい。
そんな関係になれるのなら、自分も結婚したいかもしれない。そう思える人が今のところいないから、きっと自分はずっと独身を貫くのだ。
「いいなぁ、そういうの」
「……レイ、学生の頃は結婚したいって言わなかっただろ? 心変わりでもした?」
「んー? いやぁ、別に結婚とか恋愛とかがしたいってわけじゃなくてさ。心から信頼し合えるような相手がいるっていいなって」
親友と似たような感じなのだろうか。将来共に歩むと誓った相手、自分にはまだわからない。
両親や姉の影響を強く受けている今のような状況ではきっとできはしないけれど。どうせそこらの女性を見つけてきたところで、持参金の話で父がごねるに決まっているから。
どうせ自分は種馬。父が見つけてくるのはどうせ旦那を亡くした未亡人だとか、金を払ってでも結婚相手を娘に宛てがいたいような問題のある家だ。
そういう人としか結婚できる望みがないのなら、最初からしたくない。
なるべく早く姉が結婚してくれればいいのに。そうすれば、家督争いの火種になりたくないなんて言って籍を抜くことだってできる。
「あ、そうだ」
籍を抜く、で思い出した。メルテンもいるがまあ聞いても問題ないだろう。
レイはエディに問いかける。
「聖騎士になる時って家から籍抜くんだっけ。もうヘンドリックス侯爵家からは?」
「いや、まだ抜けられていないよ。兄がどうしても駄目だと騒いでね。それに、祖父がまだ良縁を諦めきれていないんだ」
「良縁って、うちみたいな下位貴族にまで見合い申し込んどいて?」
「そう。……お姉さんから聞いた?」
「まあ、そこはな。それじゃああれから見合いしてんの?」
「してないよ。お姉さんとのお見合いで言ったことが祖父に伝わってしまったらしくて今は療養中なんだ」
……レイを好きだとかいうあの冗談か。それは確かに聞いたら卒倒してしまうだろう。
何処かの令嬢と良縁を結びたいと思っていた孫が、まさか令嬢の前でその弟を好きだと言うなんて。
近頃はメルテンと食事をしない限り昼を食べ忘れ本を読んでしまうことも多々あったため、この時間は貴重な栄養補給のタイミングになっている。
軍で夜中に少し食べるだけという生活を繰り返していたからか、レイの胃は大分小さくなってしまった。以前ならこの時間帯は肉をどれだけ食べても足りなかったのに、今はパンとサラダ、スープだけでも十分満たされてしまう。
学生時代にどれほど食べていたかを見ていたエディは、心配そうに眉を寄せた。
「レイ、もう終わり?」
「ちょっとそろそろ腹いっぱいかも」
「甘いものなら食べられるかな」
エディが店員を呼ぼうとするが、それは手で制して止める。
絶対に食えない。食えたとして、本の上に吐いてしまうかもしれない。だから幾ら好きでも甘いものは無理。
レイが拒否すると、少しだけ悲しい顔をされてしまう。そんな顔をされても食えないのだから仕方ないだろう。レイは食後の紅茶を飲みながら二人が食べ進めるのを眺めた。
「そういえば、あの見合いの話はどうした?」
見合い。
メルテンから聞かれた話にレイだけでなくエディもぴくりと反応を示した。
あの話か。レイはへらりと笑い、首を横に振って笑った。
「いやぁ、やっぱ駄目でした。婿ならもっと稼いでないとって」
「お見合いしたんだ」
「一応な。ほら、俺『ヴァンダムの種馬』だし」
結婚したくはなくてもポーズだけでもとっておかなければならない。両親の目がある内は。
エディもいつかはまた見合いをさせられるんだろう。その時はまた、自分の名前を出すんだろうか。
レイはつい先日顔合わせをした女性について思い返す。
「稼いだところで見た目も好みじゃないらしいし、まず歩み寄りできなさそうなら無理だよなって思って断っちゃいました」
「学生の頃から相手見つけておけば良かっただろ」
「いやいや、同級生はみーんなこいつに持ってかれてたんで無理です。なぁエディ、お前毎週告白されてたもんな?」
二人で一緒にいる時にエディだけが呼び出されることが一体何度あったか。その度に快く送り出しても、誰とも付き合わずに戻ってきていたのを思い出す。
友達と遊ぶ方が楽しいから。そう言って笑うエディに自分もだと笑っていたが、あの頃彼女の一人や二人……二人は駄目か。どうにかエディに興味のない彼女を作っておくべきだった。
ずっとエディと遊んで、エディのために嫌われ役も買って出て。
正直誰かと交際する気は未だにないが、いつか自分の全てを受け入れてくれる相手ができたなら、その誰かと結婚することになるのだろうか。
「身近にいるかもな、お前の結婚相手は」
「えー、いますかね?」
「お前の苦労を理解できる奴なんてそういないだろう。あんな強烈な姉がいる苦労なんて俺にもわからんが」
「メルテン中尉は奥様とどう出会ったんですか?」
メルテンは既婚者だ。既に二歳の娘もいると知ったのは図書課に移ってからのこと。
もし結婚したくなった時に何か参考になるかもしれないからと馴れ初めを聞いてみれば、メルテンは緩やかに相貌を崩した。
「妻は幼馴染だったんだ。俺が軍に入って暫くした頃、上司から娘を紹介されて、結婚を勧められた。それを話したら癇癪起こして泣き始めてな。それから紆余曲折あって今だ」
「その紆余曲折が聞きたいんですよ」
「誰が言うか」
メルテンの惚気はあまり聞けない。何度一緒に食事をしても、酒を飲ませたって妻に関しては大して話をしてくれない。
俺はこれでも独占欲が強いんだ、なんて酒に酔ってはにかんでいたメルテンを今すぐ家に帰して愛されている妻に見せてやりたいと思ったのも記憶に新しい。
そんな関係になれるのなら、自分も結婚したいかもしれない。そう思える人が今のところいないから、きっと自分はずっと独身を貫くのだ。
「いいなぁ、そういうの」
「……レイ、学生の頃は結婚したいって言わなかっただろ? 心変わりでもした?」
「んー? いやぁ、別に結婚とか恋愛とかがしたいってわけじゃなくてさ。心から信頼し合えるような相手がいるっていいなって」
親友と似たような感じなのだろうか。将来共に歩むと誓った相手、自分にはまだわからない。
両親や姉の影響を強く受けている今のような状況ではきっとできはしないけれど。どうせそこらの女性を見つけてきたところで、持参金の話で父がごねるに決まっているから。
どうせ自分は種馬。父が見つけてくるのはどうせ旦那を亡くした未亡人だとか、金を払ってでも結婚相手を娘に宛てがいたいような問題のある家だ。
そういう人としか結婚できる望みがないのなら、最初からしたくない。
なるべく早く姉が結婚してくれればいいのに。そうすれば、家督争いの火種になりたくないなんて言って籍を抜くことだってできる。
「あ、そうだ」
籍を抜く、で思い出した。メルテンもいるがまあ聞いても問題ないだろう。
レイはエディに問いかける。
「聖騎士になる時って家から籍抜くんだっけ。もうヘンドリックス侯爵家からは?」
「いや、まだ抜けられていないよ。兄がどうしても駄目だと騒いでね。それに、祖父がまだ良縁を諦めきれていないんだ」
「良縁って、うちみたいな下位貴族にまで見合い申し込んどいて?」
「そう。……お姉さんから聞いた?」
「まあ、そこはな。それじゃああれから見合いしてんの?」
「してないよ。お姉さんとのお見合いで言ったことが祖父に伝わってしまったらしくて今は療養中なんだ」
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