【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

第19話 想いのはじまり

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 晩餐会もお開きとなり、漸く解放されたエディは誰から呼び止められても止まることなく宿泊のために用意された部屋まで戻っていた。
 聖騎士の大半が神殿に部屋を用意される中、貴族籍を抜いていないからという理由で王宮内へ部屋を準備されていたのは婚約のためか。エディは呆れた溜め息を吐き、誰も入室していないことを確認してから扉を閉めると即座に結界魔法を展開する。
 エディが心から気を許した相手以外は何人たりとも入ることのできない結界。これもまた、腕輪に掛けた結界魔法と同じくかつての大司教が聖女のために作り上げた魔法だ。
 自分が気を許しているのはレイだけだ。つまり、此処にはレイ以外が入ることはできない。
 隣国の王宮内で魔法を使うのは国際問題になりかねない。だからあらかじめ言質をとっておいて良かった。
 今回の目的はこの国に存在する聖地の結界を強化するため。魔法を使う司教はエディ達の国だけでなく周辺各国から数名ずつ集められ、その守護をする聖騎士としてエディをはじめとした選りすぐりの騎士達がそれぞれ選ばれたというわけだ。
 そんな理由があるからこそ、常に精神を乱すことがないようにしていたい。選ばれた人間は入室できるようにするから、結界を敷いてもいいかと。
 王女殿下はどうやら自分がエディに選ばれた人間だと思い込み快諾していたけれど、そんなはずがないだろう。エディからして見れば、王女であろうと奴隷の女であろうと同じにしか見えない。
 自分が選んだのはレイだけ。
 昔も今も、自ら隣にいてほしいと望んだのは親友たったひとりだけだ。

 * * *

 見つけたのは、本当に偶然だった。
 学園に入学するにあたり、エディは兄達から強く言い含められていた。
 学生である限り、皆身分は平等だという大義名分を笠に着て擦り寄る輩は多くいる。他人に心を開いてはいけないと。
 初めはあまり深く考えていなかったのだが、入学当日の数時間でエディはその理由を強く理解した。
 同学年に公爵家の人間はいない。同級生の中ではヘンドリックス家が一番高位の貴族であり、更に母の妹が王妃であり王族との繋がりも深い。そのため、エディは下位貴族の者達にずっと集られ疲弊しきっていた。
 一人になりたい。そう思いながらも表情は笑顔を保ちながら人あたりよく対応を続けていたエディはふと自分以外にも学生達に囲まれている男子生徒を見つけた。
 黒い髪、緑の目。小柄な彼は不機嫌を隠しもせず何度も首を振っていた。聞こえてくる断片的な会話を繋ぎ合わせると、どうやら彼は有名な令嬢の弟らしい。よく知らないが、可哀想に。
 それから二日、彼のことを遠くからよく見ていた。ころころと表情がよく変わる少年だ。姉の話をするなり表情を歪め、逃げ出す様は子供そのもの。
 入学から三日目、なんとか自分に侍ろうとする同級生達を撒いて人気のない図書室に辿り着いた時、彼もまた逃げてきたのか窓際の席に座り本を読んでいた。
 そこで初めて見た、愁いを帯びたような表情。西日が差し始めた窓辺に座る彼の睫毛までもが一枚の絵画のように見えてしまい、目を奪われた。
 彼と話がしたい。彼と友人になりたい。エディは近くの棚にあった読んだことのある詩集を手に、彼のもとに近付いた。

「隣、いいかな」
「どーぞぉ」

 緊張が声に乗らなかったことに安堵しつつ、もううんざりした様子で頷いた彼の言葉にほっとする。
 そして、自分を見上げて目を丸くした表情に視線が外せなくなった。
 猫のような鋭い目が大きく開かれ、綺麗な緑色の瞳がじっと自分を見上げている。慌てて立ち上がり挨拶をし、席を離れようとしてしまった彼を引き留め隣に座り、詩集を読みながらもずっと彼を見ていた。
 まだきちんとした授業も始まっていないのに、彼は地学についての本を読んでいた。視線が文字を追っているから、理解をして読み進めているのだろう。
 彼は頭も良いのか。失望されないよう自分も精進しなければ。
 ……何故、そんなことを思うのか。自分でもわからない。

 彼の名前はレイと言うらしい。有名な姉の陰に隠れた、凡庸な子。
 姉に比べればというだけで、勉強だって運動だって人並み以上にはできる。エディの贔屓目かもしれないが顔立ちだって可愛いのに下の下だなんて自虐するレイに、次第に惹かれ始めた。
 自分は頭が悪いなんて思い込んでいるレイを、己だけが理解しているような気がしていた。
 自分にだけ満面の笑みを向けるレイが、自分のことを好きなんじゃないかと思い始めた。
 思春期の妄想というのは果てしなく逞しいもので、エディはレイが自分の運命の人だと一年生の頃から感じ始めていた。
 親友という立場に登り詰めるため、必死に努力した。レイのために何でもした。もう、レイしか見ていなかったから。
 その矢先だ。レイが、心無い噂を耳にして結婚のことを口にし始めたのは。

「ほら、俺って『種馬』じゃん」

 そういって無理をして笑うレイを、抱き締めたかった。
 手を繋いで、肩を寄せて、自分と一緒にいればいいのにと言いたかった。
 けれど言えない。同性では公に恋人として振る舞えないし、結婚だってできない。
 だから、いつしかレイが勧めた聖騎士になろうと決めた。レイに結婚の悪印象を植え付け続け、絶対に誰とも結婚せずにいるようにした。
 レイに近付こうとする婿を必要とする家の令嬢達には、他の同級生をけしかけた。
 絶対に、レイを放したくなくて。

「お前、なんで結婚したくねえの?」

 喫茶店に無理言ってパーテーションを設置してもらい、他人の目を気にせずに食べられるんだと紹介してレイの好物であるワッフルを食べさせている時に心底不思議そうに聞かれた。
 レイがいるから。それは言えず、エディは笑って誤魔化す。

「あまり、ご令嬢方に興味が湧かなくて」
「ふうん? あ、お姉さん好きとか?」
「違うよ、そういうことじゃない。まず男女交際がそんなにいいものだと思えなくて」
「……色男も大変なんだなぁ」

 都合のいいように理解してくれるから、恋愛関係での鈍感さには助かった。
 レイがいつか自分を好きになってくれるまで、この想いは表に出さない。そう決めたのは親友になりたいと望んだその時からだ。
 エディはふふと微笑み、レイを見つめる。

「レイも、もう結婚とか興味ないんだろう?」
「暫くは考えるのもやめた、お前といる方が楽しいし」

 その言葉に、どれだけ心が打ち震えたか。
 きっと、レイには一生わからない。
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