【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

第21話 相手のいない狩り

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 働いていると日々が過ぎるのは早く感じる。
 学生の頃と一日の時間は変わらないはずなのに、レイは日を追うごとにそう感じることが増えた。
 軍部でこき使われていた頃は日付の感覚もなくなっていたがそれがないだけまだ有難い。ちゃんと少なくとも週に一日は休むことができるし、好きな本を読む時間だってある。
 ただ、時間の経過する体感が早まっているのは確かで、休みの日だって気付けば終わってしまうのが少し悲しく感じる。

「エディがいたらまたもうちょっと違って感じるんでしょうけどね」
「親友がいなくて寂しいか?」
「いーや、全然。そういうわけじゃないです」

 休日、メルテンに誘われ狩りへと赴いたレイは、揶揄うような言葉に首を振る。
 元々今日は本を読むつもりだったが、久々に身体を動かさないかという誘いに乗った。学園を卒業した途端に運動することもなくなったことで一気に体力が落ちてしまったのか、たった少し馬に乗っていただけで腹筋が痛いし疲れで休憩したくなってしまった。
 現役軍人であるメルテンに必死で食らいついていたが、獲物自体がいない。ただの遠乗りになってしまった結果に少し歯がゆく思うけれど、獲物がいないこと自体は喜ばしいことだと意識を切り替え、レイはその後のお茶の席でエディがいればと考えてしまっていた。
 貴族の嗜みでもある狩りの獲物の対象は、原生動物ではない。魔物だ。
 魔物は人々を襲う。群れがいれば騎士や軍人が討伐隊を組織するほどには厄介な人類の敵を、聖魔法の使い手は何処にいるのか肌で感じることができる。
 だからこそエディがいればまた違ったのかもしれない。馬に乗りまわっているだけで一日が終わってしまったために気付けば夕方になってしまったと感じているだけだ。

「それに、あいつがいたらいたで俺の弓矢の腕を披露するようなこともなかったでしょうし」
「まあどちらにせよ魔物がいないから披露はできなかったわけだが」
「また今度来ましょうよ、その時に見せますから」

 なんて軽口は叩いているけれど、実際レイは弓矢の扱いもあまり上手くはない。
 剣も使えず、槍や斧なんて以ての外。魔法だって下手な自覚があるが、今日は弱い魔物くらいならと思って誘いについてきたのだ。
 実際魔物に出会っていたら届きもしない弓を射っているところを憧れの先輩に見られてしまっていたから、出なかったのは寧ろレイからすれば有難い話でもあった。
 ただ、男としてそんな情けないことは言えない。だから上手いとは一言も口にせず、実力を見せるなんて言葉で濁していた。
 そんなレイの実情をわかっているのか、メルテンは年下の後輩を茶化すように微笑んでいる。
 レイは話を逸らすように遠くでお茶の席を囲んでいる女性達を眺めた。

「それにしても、メルテン中尉の奥さん美人ですね」
「やらんぞ」
「別にそういう意味じゃないですよ」

 メルテンの妻と娘、それとその友人達は狩りを見守るために来たのだが、魔物が出なかったという安心感からか先程からかなりはしゃいで会話を楽しんでいる。男連中――といってもメルテンとレイだけだが、二人はそれを眺めるように少し離れた席から見守っていた。
 レイが女性達の席を眺めていると、メルテンが小さな声で問いかける。

「嫁の隣にいる女性は平民だが未婚らしい。少し話をしてみたらどうだ?」
「え?」
「いつまで経っても親友だけとつるんでいたら、将来本当に独り身のまま過ごすことになるだろ」

 レイがエディに告白されたなんてこと、メルテンは知らない。
 だから好意で紹介してくれているだけだ。家を継がず、籍を抜く形で結婚するしかないレイにとって相手の血筋が平民でも貴族であっても関係ない。
 ただ、一応はエディに告白をされた。手首にはエディから贈られた腕輪が嵌められている。
 まだ、エディにちゃんとした返事をできていない。それに、帰るまでは待ってほしいとも言われている。
 親友相手に不誠実なことはしたくない。たとえ、断ることになっても。
 レイはゆるりと首を振った。

「女と違って、俺はまだまだ先もありますし。まだいいです」
「そんなこと言ってる間に、優良物件は皆売れていくぞ」
「まあ、そうなんですけど。でもまだ早いかなって」

 優良物件と言えばエディこそ最優良なのだけれど、それを口にすればメルテンが何を思うか。
 別に、メルテンは差別しそうにはない。軍人だ、理解だってないわけじゃないだろう。
 けれど、言うことは憚られた。

「お前にその意思がないならいいんだが。一応、今日はそのために集めたわけではないから安心してくれ」
「良かった。流石にそうだったら俺ちょっとメルテン中尉との関わり方考えないといけないところでした」

 メルテンは騙し討ちで見合いの席をセッティングするような人じゃない。知っていたが、改めて口に出されると安心する。
 レイは笑いながら腕輪に触れる。

 あの女性と無理に話をさせられて、万が一指先一本でも触れられたら彼女もクレス女史のように吹っ飛んでしまっていたかもしれない。クレス女史と違ってエディのことや腕輪のこと、魔法にもあまり詳しくないだろう平民の彼女はきっとレイが突き飛ばしたと思うかもしれない。
 そうなったら、紹介したメルテンとその家族の印象が悪くなってしまう。それはどうしても避けたいから。
 レイはちらりと腕輪を見下ろす。
 もしそうなっても、エディならうまく切り抜けられるんだろうか。あの騎士様ならきっとスマートに躱していたんだろう。
 学生時代の女生徒達への接し方を思い返しながら、ボディタッチをさらりと避けていたあの男がレイの手が触れることは一切拒まなかったことを思い出す。
 ただの親友だからだと思っていた。けれど、あれがもし、レイのことを好きだから受け入れていたとしたら。
 頭を撫でるのも、鼻をつまんで揶揄うのも、肩を叩いてみるのも、背中に腕を回して寄りかかるのも、今日のような狩りの授業でレイの馬が逃げ出して、エディの馬に二人で乗って帰った時も。

 しまった、いらないことまで思い出してしまった。レイは動揺する己を誤魔化すようにハーブティーを勢いよく飲み干す。

「レイ、どうした? 顔が赤くなってるが、酒でも入ってたか」
「いえ、違います。そうじゃないです」

 なんで今あんなことを思い出すんだ。
 絶対、今思い出すべきことじゃなかったはずだ。
 レイはハーブティーのおかわりを頼みながら、熱くなった頬を両手で覆い小さな悲鳴を上げてしまった。
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