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第1章
第38話 たまには頭痛も
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頭が痛い。風邪をひいたのかもしれない。
エディが仕事に出て少ししてから気付いた症状に、レイは暖炉の前でぬくぬくと身体を温めホットミルクを飲みながらどうしたものかを考えた。
治癒魔法は絶対ではない。だから頭にダメージがあるのも治しきれていない可能性があるから頭痛や吐き気がしたらすぐ教えてほしいとエディは言っていた。
ただこんな鈍い痛みがあの頭の怪我と繋がっているのだろうか。ただの風邪由来の頭痛だとするならば、ここで騒ぎ立ててエディを呼び出して診てもらうのも、そもそもわざわざ伝えてエディを心配させるのも忍びなく感じてしまう。
「レイくん、夜は何を食べたい?」
「魚食べたい。こないだばあちゃんが作った白身魚のソテー美味しかったからあれがいい」
アンジーとは最近、ばあちゃんとレイくんとお互い呼び合いながら話をするまで仲良くなった。洗濯から戻ってきたアンジーを近くに呼び寄せ、冷たくなってしまった手を温めてほしいと場所を譲る。
自分は織毛布があるから平気だ。他のソファに座り直しながらホットミルクを啜る。
「あち」
「もう、火傷しないようにね」
「はぁい」
体調不良であることはアンジーにも言っていない。きっと彼女も過剰なほどに心配するから。レイは気付かれないよう入念に普段通りを装いながら、アンジーに普段通りの至れり尽くせりを受け、帰るまでにこにこと愛想のいい孫役に徹した。
そして、エディが帰ってくるまで数時間。
玄関で出迎えたエディは、レイの顔を見るなり足早に近付き顔を覗き込んできた。
「な、なんだよ」
「顔色悪いけど、風邪? 頭とか痛くない? 背中のほうかな」
「……や、なんでも」
「ちょっと治癒魔法かけるから夕食の前にソファのあるサロンに行こう。ああ、でも歩かせるの心配だな」
たった一目でレイの体調不良を見抜いてしまった親友は、そんなことを言いながらレイの身体を抱き上げる。身体への負担が少ないようにと横抱きにして、揺らさないように一番近いサロンへと運ばれレイは戸惑った。
何故気付かれてしまったんだろうか。鏡で見てもいつも通りだったはずだ。聖魔法の使い手にしかわからない何かがある?
色々と考えながらも、ソファに寝かせてくるエディを大人しく見上げる。嫌がり暴れることなく横抱きに抱えられることが普段通りでないなんて、レイは気付いていない。
エディは手を翳し、レイの頭痛を取り除くために治癒魔法をかけ始めた。
治癒魔法は身体の構造を多少なりとも理解していないとできない。どこを治すのか、ざっくりとしたイメージでも脳内で考えながらでないと正しくそこに作用しないからだ。
エディはレイの頭の上で手を翳し、小さく呟く。
「ああ、やっぱり。頭痛かった? すぐに呼んでくれたら良かったのに」
「……ただの風邪だろと思ったから」
「駄目。次からは腕輪を外して俺を呼んで。他の誰かに触らせたくないから、レイの治療は全部俺がする」
エディの手が離れるとともに、痛みがもうないことに気がつく。治癒魔法とは便利なものだ、そう思いながら起き上がると、エディはその横にぽふんと座った。
「レイ、まだ少し休もう。俺の足枕にして」
「腹減ってるだろ?」
「そりゃあ、多少は空いてるけど。でもレイの身体に何かあったら嫌だからさ、お願い」
「……しゃあねえな」
お願いとまで言われてしまっては聞かないわけにいくまい。レイはエディの腿を枕にし、横になりエディを見上げた。
「エディ、そろそろ誕生日だろ。何か欲しいのはあるか?」
「いつもと同じでいいよ。レイがいればそれだけで」
学生時代はレイも金欠だったため、1日エディに付き合って図書室で勉強をするか金のかからない遊びに行くかのどちらかだった。学校の馬を借りて遠乗りをしたこともあるが、流石に今遠乗りは無理だろう。互いに仕事があるから、同じ日に休めるとも限らない。
だからいつもと同じわけにはいかないとレイは首を振った。
「一緒に過ごせるかもわかんないからそれは駄目。欲しいもの考えといてくれよ」
「……ひとつしかないけど、望めないかな」
「……俺の戸籍はちょっと」
「違うよ、流石にそれは望んでない。……あ、いや、……欲しいなとは、思うけど」
「えー、じゃあなんだ。身体? ちょっとそれもな」
「違う。揶揄わないで、それが良いって言ったらどうするつもり?」
レイは、『エディが自分のことを好きだと知っている親友』を演じると決めている。だからこうしてわざと軽口を叩いて揶揄っていた。
それにすっかり慣れたエディが少し呆れながら言えば、レイは腕を伸ばしてエディの頭を引き寄せ囁く。
「指一本ならくれてやってもいいけど、どうする?」
「……遠慮するよ」
甲斐性なし。そう思うけれどこの聞き方は本当に指を一本切り落として渡すと思われてもしょうがないか。
心臓に一番近い、左手の薬指。心はもうとうにあげてしまっているから、戸籍を移せない代わりにそこならいい。
まあ、直接言わないし濁して教えるから毎度鈍いエディには伝わらないのはわかっているけれど。
レイはならばと考えた。自分以外の何かを送るにしてもエディはなんでも持っている。物欲もないし、欲しければ勝手に買ってくるだろう。
自分だけが渡せるもの、とは。
「仕方ない、健康な親友1人分プレゼントしてやるか」
「うん、それでお願い。俺もレイが健康でいてくれることが何より嬉しいから」
「頭痛いの、なんで気付いた?」
「言っただろ、顔色が悪かったから。何年も一緒にいるんだ、それくらいすぐに気付くよ」
家族でも気付かないだろう。うちの実家の面々はレイが高熱を出しても気付かなかった過去がある。
たまには体調を崩してみるのもいいかもしれない。たった今健康な自分をプレゼントしてやると言っておきながら、頭を撫でて心配してくれるエディがまた愛おしくなり、レイは笑みを抑えることができなくなってしまった。
エディが仕事に出て少ししてから気付いた症状に、レイは暖炉の前でぬくぬくと身体を温めホットミルクを飲みながらどうしたものかを考えた。
治癒魔法は絶対ではない。だから頭にダメージがあるのも治しきれていない可能性があるから頭痛や吐き気がしたらすぐ教えてほしいとエディは言っていた。
ただこんな鈍い痛みがあの頭の怪我と繋がっているのだろうか。ただの風邪由来の頭痛だとするならば、ここで騒ぎ立ててエディを呼び出して診てもらうのも、そもそもわざわざ伝えてエディを心配させるのも忍びなく感じてしまう。
「レイくん、夜は何を食べたい?」
「魚食べたい。こないだばあちゃんが作った白身魚のソテー美味しかったからあれがいい」
アンジーとは最近、ばあちゃんとレイくんとお互い呼び合いながら話をするまで仲良くなった。洗濯から戻ってきたアンジーを近くに呼び寄せ、冷たくなってしまった手を温めてほしいと場所を譲る。
自分は織毛布があるから平気だ。他のソファに座り直しながらホットミルクを啜る。
「あち」
「もう、火傷しないようにね」
「はぁい」
体調不良であることはアンジーにも言っていない。きっと彼女も過剰なほどに心配するから。レイは気付かれないよう入念に普段通りを装いながら、アンジーに普段通りの至れり尽くせりを受け、帰るまでにこにこと愛想のいい孫役に徹した。
そして、エディが帰ってくるまで数時間。
玄関で出迎えたエディは、レイの顔を見るなり足早に近付き顔を覗き込んできた。
「な、なんだよ」
「顔色悪いけど、風邪? 頭とか痛くない? 背中のほうかな」
「……や、なんでも」
「ちょっと治癒魔法かけるから夕食の前にソファのあるサロンに行こう。ああ、でも歩かせるの心配だな」
たった一目でレイの体調不良を見抜いてしまった親友は、そんなことを言いながらレイの身体を抱き上げる。身体への負担が少ないようにと横抱きにして、揺らさないように一番近いサロンへと運ばれレイは戸惑った。
何故気付かれてしまったんだろうか。鏡で見てもいつも通りだったはずだ。聖魔法の使い手にしかわからない何かがある?
色々と考えながらも、ソファに寝かせてくるエディを大人しく見上げる。嫌がり暴れることなく横抱きに抱えられることが普段通りでないなんて、レイは気付いていない。
エディは手を翳し、レイの頭痛を取り除くために治癒魔法をかけ始めた。
治癒魔法は身体の構造を多少なりとも理解していないとできない。どこを治すのか、ざっくりとしたイメージでも脳内で考えながらでないと正しくそこに作用しないからだ。
エディはレイの頭の上で手を翳し、小さく呟く。
「ああ、やっぱり。頭痛かった? すぐに呼んでくれたら良かったのに」
「……ただの風邪だろと思ったから」
「駄目。次からは腕輪を外して俺を呼んで。他の誰かに触らせたくないから、レイの治療は全部俺がする」
エディの手が離れるとともに、痛みがもうないことに気がつく。治癒魔法とは便利なものだ、そう思いながら起き上がると、エディはその横にぽふんと座った。
「レイ、まだ少し休もう。俺の足枕にして」
「腹減ってるだろ?」
「そりゃあ、多少は空いてるけど。でもレイの身体に何かあったら嫌だからさ、お願い」
「……しゃあねえな」
お願いとまで言われてしまっては聞かないわけにいくまい。レイはエディの腿を枕にし、横になりエディを見上げた。
「エディ、そろそろ誕生日だろ。何か欲しいのはあるか?」
「いつもと同じでいいよ。レイがいればそれだけで」
学生時代はレイも金欠だったため、1日エディに付き合って図書室で勉強をするか金のかからない遊びに行くかのどちらかだった。学校の馬を借りて遠乗りをしたこともあるが、流石に今遠乗りは無理だろう。互いに仕事があるから、同じ日に休めるとも限らない。
だからいつもと同じわけにはいかないとレイは首を振った。
「一緒に過ごせるかもわかんないからそれは駄目。欲しいもの考えといてくれよ」
「……ひとつしかないけど、望めないかな」
「……俺の戸籍はちょっと」
「違うよ、流石にそれは望んでない。……あ、いや、……欲しいなとは、思うけど」
「えー、じゃあなんだ。身体? ちょっとそれもな」
「違う。揶揄わないで、それが良いって言ったらどうするつもり?」
レイは、『エディが自分のことを好きだと知っている親友』を演じると決めている。だからこうしてわざと軽口を叩いて揶揄っていた。
それにすっかり慣れたエディが少し呆れながら言えば、レイは腕を伸ばしてエディの頭を引き寄せ囁く。
「指一本ならくれてやってもいいけど、どうする?」
「……遠慮するよ」
甲斐性なし。そう思うけれどこの聞き方は本当に指を一本切り落として渡すと思われてもしょうがないか。
心臓に一番近い、左手の薬指。心はもうとうにあげてしまっているから、戸籍を移せない代わりにそこならいい。
まあ、直接言わないし濁して教えるから毎度鈍いエディには伝わらないのはわかっているけれど。
レイはならばと考えた。自分以外の何かを送るにしてもエディはなんでも持っている。物欲もないし、欲しければ勝手に買ってくるだろう。
自分だけが渡せるもの、とは。
「仕方ない、健康な親友1人分プレゼントしてやるか」
「うん、それでお願い。俺もレイが健康でいてくれることが何より嬉しいから」
「頭痛いの、なんで気付いた?」
「言っただろ、顔色が悪かったから。何年も一緒にいるんだ、それくらいすぐに気付くよ」
家族でも気付かないだろう。うちの実家の面々はレイが高熱を出しても気付かなかった過去がある。
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