【第2章開始】俺とお前は親友のはずだろ!? ~姉の代わりに見合いした子爵令息、親友の聖騎士に溺愛される~

田鹿結月

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第1章

第54話 馬に蹴られてしまえばいい

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 エディは、自室に戻ると何とか昂ったそれを落ち着かせようと身体中に魔力を巡らせた。
 魔力は時間が経つごとに回復する。己を律するために鎮静の魔法を使える程度には既に回復している。
 一緒に風呂に入りたいと言ったのは、確かに下心もあるが本当に心配だったからだ。自分が風呂に入っている間、レイが気を失ってしまうのも怖かったから一緒にいて姿を見ていられるように。自分が倒れるのは放っておいてくれればいいから。

 まさか、魔力を渡すためとはいえレイにキスをされるなんて思っていなかった。キスじゃないと言っていたが、あんな熱烈に、舌を絡め合うようなディープキスをされて意識しないはずもない。
 それもあり距離を詰めてしまいたいと思ってしまったのもある。
 それが、抱いてしまえるほど進展できるだなんて。あの細くて小さな身体を穢す赦しを得られるなんて。
 レイが不安になってしまったからだとはわかっている。迎えに行くと言ったのに連絡もせずに遅れて、現れたと思えば血だらけで。人が死ぬような事件に巻き込まれたからこそエディもいなくなると思ってしまったんだろう。
 見合いに行くことすら不安がるレイが、愛おしくて仕方なかった。だからこそ、レイが望むことは全てして、レイ以外なんて見ていないと伝えられれば。

 ――だからこそ、呼び出すなんて許せない。
 エディは沈静の魔法で落ち着いた身体を見下ろし、濡れた髪も魔法で乾かして衣装部屋に入る。
 白い花束は、酔って帰った時にレイに渡したくて買ってきたものだ。タイミングを見て渡そうと思ったのに寝落ちしてしまい、仕方ないから此処に隠した。
 後で渡して受け取ってくれるだろうか。拗ねて怒って、今日はもう駄目だなんて言われるかもしれない。
 適当に服を見繕い、寒いからと着込んで玄関へ向かう。怒りを隠すこともなく玄関扉を開ければ、そこには王宮から出ることの少ないはずの王太子殿下が立っていた。

「何しに来た」
「突然お前が飛んだから安否確認をしろと。大方そうだろうと思ったが、またヴァンダムに呼ばれたか」
「レイからしたら、俺が連絡もなしに帰ってこなかったんだ。早く帰ると言っていたのに」
「お前なぁ……転移魔法の腕輪は外させろと言っただろ」
「嫌だ。それで、何でわざわざドリス本人が来たんだよ」

 隣国で騒動を起こしてから、腕輪は外せと言われた。レイの腕輪も外させて、エディの任務を妨害するような真似はさせるなと。
 誰がするか。これがあるからこそ自分は聖騎士として動けている。やりたくもない神殿を訪れるご婦人方の護衛警備も、聖女様とやらの身辺の世話もレイとの繋がりがあるからだ。
 レイがいないから猫を被る必要もない。エディがじとりとドリスを睨むと、ドリスは呆れたように溜め息を吐く。

「お前の魔力が枯渇したと報告があった。侍医に見せる必要がある」
「いらない。休めば戻る」
「聖女殿が心配していた」
「必要ない。レイと一緒にいれば癒しは十分だから」
「……お前、ただの親友なんだろう。重いと嫌われるぞ」
「今日そうじゃなくなるはずだったのに今しがたお前に邪魔されたんだけど」

 行為中に連絡をよこし、訪問までして邪魔をしたのは何処のどいつだ。
 エディはレイに聞こえないよう、怒りを滲ませドリスの胸を指先で押す。

「途中でお前に邪魔されなかったら、『誓約の魔法』も使えたのに」

 誓約の魔法。
 かつて、結婚と同等の意味を持っていた魔法。身体を重ねた相手との間に掛けられる、他を愛した瞬間にその身を文字通り滅ぼすことになる魔法だ。
 自分に向けて一方的に掛けることもできる。エディが他を愛してしまった瞬間に、この身を滅ぼすことになる魔法を掛けようとしていた。
 魔力が少ない今でもできる、自分の心臓にのみ負荷を掛ける魔法を口にすれば、ドリスは驚きに目を見開いた。

「……まさか、冗談だろ?」
「冗談でこんなこと言わない。それで? それだけが用ならもう戻るけど」
「あ、ああ、いや、医者に見せるために馬車で来たんだが」
「何度も言わせないでくれ、いらない。聖女様にも、俺のことは構わないでほしいと伝えてくれる?」

 神子だかなんだか知らないが、自分が聖騎士になったのはレイのためだ。レイが格好いいと言っていたから。
 姿を見ただけで発情したような声を上げる女達なんて興味もない。エディが少しでも怪我をすればすぐに甘ったるい声で駆け寄って来る女の何処が誰にでも分け隔てない慈悲の聖女様なんだか。
 エディが何のために聖騎士になったか、そして誰のことを想っているのかを理解しているドリスは溜め息を吐き、わかったと答えた。

「悪かった。今度謝罪の品を送る」
「レイが喜ばないものなら送り返すから」
「お前なぁ」
「次に俺を呼びだすことがあったら、その前にマクシムにその地位を渡す準備を始めた方が良いよ」

 もし次レイと何かをしている時に邪魔をしたら、その時は何をするかわからない。
 それを言外に匂わせ、ドリスを睨むとわかっているとばかりに手で制された。

「まさかそんなに進展できるなんて思わなかったんだ。マックスには渡さん」
「理解したなら早く帰ってもらえる?」
「王太子を追い出すなんてお前くらいだぞ」
「俺が追い出しているのはただの従兄であって王太子じゃない。こんな時間帯に公人が外をうろついているなんて知られたらどうなるか」
「わかったわかった、もう帰るから小言はやめてくれ」

 いいから早く帰ってくれ。今すぐレイのもとに戻りたいんだ。
 エディはドリスを追い返すと鍵を閉め、急いで客間へと戻る。外の風で少し冷えてしまった頬や手はそのままに客間へと飛び込めば、レイはシーツを剥がしたベッドに寝転び、頭まで布団を被ってしまっていた。

「レイ、ごめんね」
「……」
「本当にごめん、ドリスが来て」
「……知らない」

 ほら、やはり。拗ねてしまった。それはそうだ、あんな状態で放置なんて、自分だって怒るし拗ねる。エディは布団を捲り中に入り込み、冷たくなってしまった手でレイの身体に手を這わせる。
 冷たさにぴくんと身体を跳ねさせながらもレイは振り向きもしない。

「レイ、ごめん。こっち向いて?」
「やだ」
「続きしたい。ねぇ、レイ……」
「やだって、もうしないから」

 耳許でなるべく甘く囁いても見てくれない。
 本当に、ドリスの奴許せない。
 乗って来た馬車の馬にでも蹴られてしまえ、あんな男。

 レイが怒りながら夕飯を食べるからと厨房に逃げ出すまで、エディはレイに囁きながら縋り、許しを得たいと懇願し続けた。
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