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第ゼロ章 幼少期
001 捨て子
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土砂降りが降りしきる、とある町の大通リ。
目の前には黒髪ショートカットの女性がいて、こちらに剣を向けている。その瞳は爛々とした光を帯びており、俺を殺す気満々のようだ。どちらも雨に打たれて濡れネズミだった。
俺も抜剣していた。それを両手に構えている。声を張った。
「おい、お前。本当にやる気なのか!?」
「当ったり前だろうが! てめー殺してやる」
ボーイッシュな口調である。その黒髪の女が動いた。こちらへと走り、右前、左前へとステップを踏む。剣を振り下ろした。
カーンッ。
俺は剣で防いだ。刃同士がぶつかり合い、火花が散る。
「おい、お前! やめろ! 俺たちは仲間だろ!?」
「へっへー、仲間だからって何だって言うんだ? やめて欲しかったら、契約書にサインしやがれってんだ!」
「できるはずあるか!」
カーンッ。
また剣と剣がぶつかり合う。
女の剣術は卓越していた。気を抜けば本当に斬り殺されそうだ。右へ左へとステップを踏み、多彩な変化をつけては剣を薙ぐ。
対してこちらは本気を出せない。当然だ。相手は仲間だからだ。斬り殺すなんてことはあり得ない。しかもこの女は、これまでずっと一緒に旅をしてきた相棒でもある。ああ、どうしてこんなことになったのだろうか?
「おい、ナナキ。びびってないで本気出せって。それとも、お前の股についている物はガラス玉か?」
「うるせえ! 本気を出したら、どちらかが死ぬだろうが!」
カーンッ。
突きつけられている契約書、その名も、
――婚姻届。
俺は顔を険しくて言い放った。
「お前、どうしても俺と結婚しようって言うんだな!?」
「当たり前だろうが! 嘘でこんなことする訳ねーだろ!」
カーンッ、カーンッ。
「悪いが、お前と結婚はできない!」
「ああん? どうしてだ!? まさか、他に好きな女がいるってえんじゃねえだろうなあおいっ!」
「違う!」
「だったら、だったらあたしと結婚しやがれってんだこの野郎!」
カーンッ、カーンッ、カーンッ。
ああ、くそ。俺はこいつと結婚することはできない。明日にも魔王との一戦があるかもしれないからだ。もちろん、この女も、先頭を切って一緒に戦うことになる。命を落とす危険性があった。死線の場でこの女を、女として意識してなどいられない。そんなことになれば剣の腕がにぶるからだ。だからせめて、今日のところは、宿へお帰り願わないといけない。
俺は力を込めて剣を振るった。相手の剣を強く押し戻す。
カーンッ。
「うわあっ!」
女がバランスを崩して、それから体勢を立て直した。両手に剣を構える。
「はっはー、てめえナナキ。ついに本気を出しやがったな」
「おい、もうやめろ!」
「やめねえ! 絶対にやめられるかってんだ! あたしは、お前と結婚するんだ! お前に決めたんだ。世界で、たった一人の男なんだ!」
「今は結婚とか、そういうのは考えないでくれるか! 大体俺たちは、まだつき合ってもいないじゃないか!」
「何だよ。いきなりはダメなのか? じゃーつき合え」
「断る!」
「このクソ野郎。あたしに恥じをかかせやがって、ぶっ殺してやる!」
「おいっ! もう、やめろって!」
また女が攻めにかかる。剣を上段から振り下ろす。本気の力が込められている。がっしりと歯をかみ合わせており、こちらを睨んでいる。
ああ、どうしてこんなことになっちまったんだ。土砂降りがやけに肌に冷たい。まるで雪のようである。
◇◇◇
雨の匂いがしていた。
赤ん坊の俺は、道ばたに捨てられていた。白いフードつきのおくるみに包まれており、おぎゃーおぎゃーと泣いていた。
夜だった。やがて小雨が降り出す。なすすべも無く泣きわめく俺の元へ、ひとりの初老のおじいさんが通りかかった。右目の部分に黒い眼帯をしている。片目しか見えないようだ。それがちょっと怖い。歩いてきて、俺の体を両手で持ち上げた。
「よっこらせ。おうおう捨て子とは、こりゃあ珍しいのう。まるで玉のような子じゃ。まるで玉のような子じゃ。こんなへんぴな村に赤ん坊を捨てる人間がいるとはのう。ひどい人間もいるもんじゃわい」
俺はびっくりして泣く声をさらに強めた。
おじいさんが俺の体を抱いたまま揺する。
「おお、よしよし。腹が減ってるようじゃな? 今、お乳を飲ませてやるからの」
そう言って、おじいさんは俺を自宅へと連れ帰った。木で出来た小さな二階建てだった。彼以外に家族はいない。おじいさんはすぐに家を出て行った。待っていると、彼は戻って来た。その手には哺乳びんが握られており、中には動物のミルクが入っていた。後で知ったことだが、牛乳だったようだ。
おじいさんはまた俺を抱え上げると哺乳びんをくわえさせて、灰色のソファに座った。俺は夢中になってちゅーちゅーと吸った。やはり腹が減っていたのだ。
「おお、良い飲みっぷりじゃて。お前は今日からワシの子じゃ。そうじゃ、名前をつけようか。うーん、何が良いかのう?」
俺は両手でびんにしがみついて、ただひたすらにミルクを飲む。
「ふむ、ナナキにしようか! この世界アラストリアで、名無しという意味じゃ。お前が15才になったら、自分で自分の名前をつけると良いのう! よし! ナナキに決めた。ほーれ、お前はナナキじゃぞ! ナナキ!」
おじいさんはナナキと何度も呼んだ。どうやらそれが俺の名前らしい。そしてこの日は寝入るまで、この黒い眼帯のおじいさんはミルクを飲ませ、あやし続けてくれた。
これが、最初の俺の記憶だった。
黒い眼帯のおじいさんの名前はハルクと言った。ハルクは、いつも鞘に入れた剣を腰に差しており、持ち歩いていた。刃は何度も磨かれて、鍛え抜かれた剣である。俺はその剣が気になって仕方無かった。
翌日から、家には入れ替わり立ち替わりで村人たちが入って来た。ハルクが拾った子供を一目見ようと集まってきたのである。村人たちは俺の頭を撫でて、抱っこしたり、揺すったりした。俺は良く泣く子供だった。一度泣き出すと中々やまない。しかし、村人たちはそんな俺を微笑ましい視線で眺めた。ハルクは言った。よく泣く子はよく育つものじゃ、と。もちろん、俺にはその言葉の意味が分からなかった。
村人たちはハルクのことを村長と呼んだ。ほがらかな明るい顔を声で接していた。そんな様子を見て、俺は得意になり、ハルクのことが好きになった。やがて言葉を覚える頃には、パパと呼ぶようになった。そんな俺を見て、彼はまた一段と笑顔になった。毎日毎日のように村人が訪ねてくるので、次第に村民の全ての名前を俺は覚えた。
隣家にマーヤおばさんが住んでいた。彼女も彼と同じように、連れ合いがいないようで一人暮らしだった。彼女は頻繁に我が家を出入りしては、俺の面倒を見てくれた。おしめを替えてくれたり、寝かしつけてくれたり、それこそ可愛がってくれた。俺はマーヤのことをママと呼ぶようになった。そんな声を聞くと、ハルクとマーヤは照れたように笑って見つめ合うのだった。
はいはいが出来るようになった頃のこと。俺はハルクの持っている剣が気になり、近づいてはその鞘を両手両足でがっしりと抱きしめた。
「ナナキよ、剣が好きか?」
「んぎゅ?」
「そうかそうか。剣が好きか。こりゃあ将来は、有望な空の剣士になるのう」
「もぎゅう!」
俺は、んぎゅう、とか、もぎゅう、とか、そういう声が得意だった。ちなみに空の剣士という言葉の意味はその時分からなかった。ただ、剣という言葉がハルクの腰に差してある刃物の名前であることは理解できた。
ある夜、俺は夜中に突然起きた。はいはいをして近づき、寝ているハルクの剣を抜いてみた。月明かりの下、刃が美しく光っており綺麗だった。俺は熱心にペタペタと触った。
その朝、ハルクはたまげることになる。俺の両手が血だらけだったからだ。急いでマーヤを呼び、俺に治療魔法をかけさせた。ハルクもマーヤも冷や汗をかいており、指が落ちるところだったと言っていた。どうして二人がそんなに焦っているのか、俺にはよく分からなかった。両手のひらに痛みは無かった。ただ、心配そうに騒いでくれる二人のことをとても嬉しく思ったのを覚えている。だけどこの時から、ハルクはマーヤに剣を預けて家には持ってこないようになった。
ハルクには口癖が二つあった。一つ目はよっこらせ。二つ目は疲れた。俺はその言葉を次第に口まねするようになった。ミルクが欲しい時はよっこらせ、おしめを替えて欲しい時は疲れたと言った。ハルクはまねをされることが嬉しいようで、コロコロと笑った。
ある日のこと。つたない言葉と声でハルクに聞いた。
「ねえパパ。パパとママは、どうちて同じ家に住んでないの?」
「はは、それはな。ワシとマーヤは結婚していないからじゃ」
「どうちて、パパとママは結婚ちていないの?」
「それはなあ、色々問題があるんじゃ」
「僕はパパとママに、結婚ちてほちい!」
「ナナキよ、無茶を言うな。わしはもう歳じゃて」
「結婚! 結婚! けっこーん!」
「ナナキよ、そうわめくな。ワシはもう疲れた」
俺は泣きわめいた。ハルクはほとほと困ったような顔をした。あきらめず、俺は毎日のように結婚結婚と叫んだ。二人に同じ家に住んで欲しかったのである。彼はたまらないようで、怒ることさえあった。だけど手を上げることは決して無かった。やがて、ハルクは疲れてやつれていく姿が映った。可哀想に思った俺はもう何も言わなくなった。だけど今度はマーヤに言った。
「もぎゅう、ねえママ、パパと同じ家に住んで欲ちいの」
「ナナキちゃん。それはね、ちょっとできないんだ」
「んぎゅう、ねえママ、それはどうちてなの?」
「ナナキちゃん、あのね。大人には難しい問題があるのよ」
「やだ、やーだ! やーだやーだ!」
「もう、困ったナナキちゃんねえ」
「うおぉぉぉぉんっ!」
最後は大泣きしてわめき出す。マーヤは悲しそうに俯いていた。
そんな様子を村人たちが心配して、良くしてくれた。俺と二人の様子を見て取った大人たちが、本当に結婚を勧めてくれたのである。歳は七ほど離れているようだったが、二人はお互いに好意を持っていた。結婚騒動は村のすみずみまで行き渡って発展し、やがてハルクの方からプロポーズをした。綺麗な碧い宝石のついた指輪を贈った。
俺がハルクに拾われて二年目を迎えた春のこと。小さな結婚式が村で行われた。式の最中、マーヤはどうしてか俺の体ずっと抱えており離さなかった。ナナキちゃん、感謝してるよと何度も耳元でささやいてくれた。その日、俺はいついつまでも幸せな気分であり楽しかった。ママが、本当のママになってくれたのである。みんなの前で、二人は頬を赤らめてキスをした。神官が祝福の鐘を鳴らして、村人の全員が拍手をしてくれた。
目の前には黒髪ショートカットの女性がいて、こちらに剣を向けている。その瞳は爛々とした光を帯びており、俺を殺す気満々のようだ。どちらも雨に打たれて濡れネズミだった。
俺も抜剣していた。それを両手に構えている。声を張った。
「おい、お前。本当にやる気なのか!?」
「当ったり前だろうが! てめー殺してやる」
ボーイッシュな口調である。その黒髪の女が動いた。こちらへと走り、右前、左前へとステップを踏む。剣を振り下ろした。
カーンッ。
俺は剣で防いだ。刃同士がぶつかり合い、火花が散る。
「おい、お前! やめろ! 俺たちは仲間だろ!?」
「へっへー、仲間だからって何だって言うんだ? やめて欲しかったら、契約書にサインしやがれってんだ!」
「できるはずあるか!」
カーンッ。
また剣と剣がぶつかり合う。
女の剣術は卓越していた。気を抜けば本当に斬り殺されそうだ。右へ左へとステップを踏み、多彩な変化をつけては剣を薙ぐ。
対してこちらは本気を出せない。当然だ。相手は仲間だからだ。斬り殺すなんてことはあり得ない。しかもこの女は、これまでずっと一緒に旅をしてきた相棒でもある。ああ、どうしてこんなことになったのだろうか?
「おい、ナナキ。びびってないで本気出せって。それとも、お前の股についている物はガラス玉か?」
「うるせえ! 本気を出したら、どちらかが死ぬだろうが!」
カーンッ。
突きつけられている契約書、その名も、
――婚姻届。
俺は顔を険しくて言い放った。
「お前、どうしても俺と結婚しようって言うんだな!?」
「当たり前だろうが! 嘘でこんなことする訳ねーだろ!」
カーンッ、カーンッ。
「悪いが、お前と結婚はできない!」
「ああん? どうしてだ!? まさか、他に好きな女がいるってえんじゃねえだろうなあおいっ!」
「違う!」
「だったら、だったらあたしと結婚しやがれってんだこの野郎!」
カーンッ、カーンッ、カーンッ。
ああ、くそ。俺はこいつと結婚することはできない。明日にも魔王との一戦があるかもしれないからだ。もちろん、この女も、先頭を切って一緒に戦うことになる。命を落とす危険性があった。死線の場でこの女を、女として意識してなどいられない。そんなことになれば剣の腕がにぶるからだ。だからせめて、今日のところは、宿へお帰り願わないといけない。
俺は力を込めて剣を振るった。相手の剣を強く押し戻す。
カーンッ。
「うわあっ!」
女がバランスを崩して、それから体勢を立て直した。両手に剣を構える。
「はっはー、てめえナナキ。ついに本気を出しやがったな」
「おい、もうやめろ!」
「やめねえ! 絶対にやめられるかってんだ! あたしは、お前と結婚するんだ! お前に決めたんだ。世界で、たった一人の男なんだ!」
「今は結婚とか、そういうのは考えないでくれるか! 大体俺たちは、まだつき合ってもいないじゃないか!」
「何だよ。いきなりはダメなのか? じゃーつき合え」
「断る!」
「このクソ野郎。あたしに恥じをかかせやがって、ぶっ殺してやる!」
「おいっ! もう、やめろって!」
また女が攻めにかかる。剣を上段から振り下ろす。本気の力が込められている。がっしりと歯をかみ合わせており、こちらを睨んでいる。
ああ、どうしてこんなことになっちまったんだ。土砂降りがやけに肌に冷たい。まるで雪のようである。
◇◇◇
雨の匂いがしていた。
赤ん坊の俺は、道ばたに捨てられていた。白いフードつきのおくるみに包まれており、おぎゃーおぎゃーと泣いていた。
夜だった。やがて小雨が降り出す。なすすべも無く泣きわめく俺の元へ、ひとりの初老のおじいさんが通りかかった。右目の部分に黒い眼帯をしている。片目しか見えないようだ。それがちょっと怖い。歩いてきて、俺の体を両手で持ち上げた。
「よっこらせ。おうおう捨て子とは、こりゃあ珍しいのう。まるで玉のような子じゃ。まるで玉のような子じゃ。こんなへんぴな村に赤ん坊を捨てる人間がいるとはのう。ひどい人間もいるもんじゃわい」
俺はびっくりして泣く声をさらに強めた。
おじいさんが俺の体を抱いたまま揺する。
「おお、よしよし。腹が減ってるようじゃな? 今、お乳を飲ませてやるからの」
そう言って、おじいさんは俺を自宅へと連れ帰った。木で出来た小さな二階建てだった。彼以外に家族はいない。おじいさんはすぐに家を出て行った。待っていると、彼は戻って来た。その手には哺乳びんが握られており、中には動物のミルクが入っていた。後で知ったことだが、牛乳だったようだ。
おじいさんはまた俺を抱え上げると哺乳びんをくわえさせて、灰色のソファに座った。俺は夢中になってちゅーちゅーと吸った。やはり腹が減っていたのだ。
「おお、良い飲みっぷりじゃて。お前は今日からワシの子じゃ。そうじゃ、名前をつけようか。うーん、何が良いかのう?」
俺は両手でびんにしがみついて、ただひたすらにミルクを飲む。
「ふむ、ナナキにしようか! この世界アラストリアで、名無しという意味じゃ。お前が15才になったら、自分で自分の名前をつけると良いのう! よし! ナナキに決めた。ほーれ、お前はナナキじゃぞ! ナナキ!」
おじいさんはナナキと何度も呼んだ。どうやらそれが俺の名前らしい。そしてこの日は寝入るまで、この黒い眼帯のおじいさんはミルクを飲ませ、あやし続けてくれた。
これが、最初の俺の記憶だった。
黒い眼帯のおじいさんの名前はハルクと言った。ハルクは、いつも鞘に入れた剣を腰に差しており、持ち歩いていた。刃は何度も磨かれて、鍛え抜かれた剣である。俺はその剣が気になって仕方無かった。
翌日から、家には入れ替わり立ち替わりで村人たちが入って来た。ハルクが拾った子供を一目見ようと集まってきたのである。村人たちは俺の頭を撫でて、抱っこしたり、揺すったりした。俺は良く泣く子供だった。一度泣き出すと中々やまない。しかし、村人たちはそんな俺を微笑ましい視線で眺めた。ハルクは言った。よく泣く子はよく育つものじゃ、と。もちろん、俺にはその言葉の意味が分からなかった。
村人たちはハルクのことを村長と呼んだ。ほがらかな明るい顔を声で接していた。そんな様子を見て、俺は得意になり、ハルクのことが好きになった。やがて言葉を覚える頃には、パパと呼ぶようになった。そんな俺を見て、彼はまた一段と笑顔になった。毎日毎日のように村人が訪ねてくるので、次第に村民の全ての名前を俺は覚えた。
隣家にマーヤおばさんが住んでいた。彼女も彼と同じように、連れ合いがいないようで一人暮らしだった。彼女は頻繁に我が家を出入りしては、俺の面倒を見てくれた。おしめを替えてくれたり、寝かしつけてくれたり、それこそ可愛がってくれた。俺はマーヤのことをママと呼ぶようになった。そんな声を聞くと、ハルクとマーヤは照れたように笑って見つめ合うのだった。
はいはいが出来るようになった頃のこと。俺はハルクの持っている剣が気になり、近づいてはその鞘を両手両足でがっしりと抱きしめた。
「ナナキよ、剣が好きか?」
「んぎゅ?」
「そうかそうか。剣が好きか。こりゃあ将来は、有望な空の剣士になるのう」
「もぎゅう!」
俺は、んぎゅう、とか、もぎゅう、とか、そういう声が得意だった。ちなみに空の剣士という言葉の意味はその時分からなかった。ただ、剣という言葉がハルクの腰に差してある刃物の名前であることは理解できた。
ある夜、俺は夜中に突然起きた。はいはいをして近づき、寝ているハルクの剣を抜いてみた。月明かりの下、刃が美しく光っており綺麗だった。俺は熱心にペタペタと触った。
その朝、ハルクはたまげることになる。俺の両手が血だらけだったからだ。急いでマーヤを呼び、俺に治療魔法をかけさせた。ハルクもマーヤも冷や汗をかいており、指が落ちるところだったと言っていた。どうして二人がそんなに焦っているのか、俺にはよく分からなかった。両手のひらに痛みは無かった。ただ、心配そうに騒いでくれる二人のことをとても嬉しく思ったのを覚えている。だけどこの時から、ハルクはマーヤに剣を預けて家には持ってこないようになった。
ハルクには口癖が二つあった。一つ目はよっこらせ。二つ目は疲れた。俺はその言葉を次第に口まねするようになった。ミルクが欲しい時はよっこらせ、おしめを替えて欲しい時は疲れたと言った。ハルクはまねをされることが嬉しいようで、コロコロと笑った。
ある日のこと。つたない言葉と声でハルクに聞いた。
「ねえパパ。パパとママは、どうちて同じ家に住んでないの?」
「はは、それはな。ワシとマーヤは結婚していないからじゃ」
「どうちて、パパとママは結婚ちていないの?」
「それはなあ、色々問題があるんじゃ」
「僕はパパとママに、結婚ちてほちい!」
「ナナキよ、無茶を言うな。わしはもう歳じゃて」
「結婚! 結婚! けっこーん!」
「ナナキよ、そうわめくな。ワシはもう疲れた」
俺は泣きわめいた。ハルクはほとほと困ったような顔をした。あきらめず、俺は毎日のように結婚結婚と叫んだ。二人に同じ家に住んで欲しかったのである。彼はたまらないようで、怒ることさえあった。だけど手を上げることは決して無かった。やがて、ハルクは疲れてやつれていく姿が映った。可哀想に思った俺はもう何も言わなくなった。だけど今度はマーヤに言った。
「もぎゅう、ねえママ、パパと同じ家に住んで欲ちいの」
「ナナキちゃん。それはね、ちょっとできないんだ」
「んぎゅう、ねえママ、それはどうちてなの?」
「ナナキちゃん、あのね。大人には難しい問題があるのよ」
「やだ、やーだ! やーだやーだ!」
「もう、困ったナナキちゃんねえ」
「うおぉぉぉぉんっ!」
最後は大泣きしてわめき出す。マーヤは悲しそうに俯いていた。
そんな様子を村人たちが心配して、良くしてくれた。俺と二人の様子を見て取った大人たちが、本当に結婚を勧めてくれたのである。歳は七ほど離れているようだったが、二人はお互いに好意を持っていた。結婚騒動は村のすみずみまで行き渡って発展し、やがてハルクの方からプロポーズをした。綺麗な碧い宝石のついた指輪を贈った。
俺がハルクに拾われて二年目を迎えた春のこと。小さな結婚式が村で行われた。式の最中、マーヤはどうしてか俺の体ずっと抱えており離さなかった。ナナキちゃん、感謝してるよと何度も耳元でささやいてくれた。その日、俺はいついつまでも幸せな気分であり楽しかった。ママが、本当のママになってくれたのである。みんなの前で、二人は頬を赤らめてキスをした。神官が祝福の鐘を鳴らして、村人の全員が拍手をしてくれた。
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