名も無きあなたのStory

雨音 休

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第ゼロ章 幼少期

002 職号下ろし

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 ハルクが俺を拾った時、体型からして一才ぐらいであったらしい。だから、彼に拾われて四年が経った頃の俺の年齢は五才ということになっていた。


 すっかりと喋れるようになった。道ばたを走り回り、遊ぶこともできる。


 この村の名前はテテトと言った。テテト村には俺と同い年の男が一人、女が一人いた。男の名前はポックル。女はスウである。他にも、一つ年上のジョウにいがいた。四人は仲間になって遊ぶようになり、鬼ごっこをしたり、かくれんぼをしたりした。


 男たちはみんなスウのことが好きだった。たれ目であり、美人というよりも可愛らしいという表現の方が似合っている。金髪は長く、目鼻立ちはすっきりとしている。か弱い乙女という言葉がぴったりだ。俺たちにとってマドンナだった。スウはラレーヴという笛を吹くのが得意であり、その美しい音色を聞くと俺たちは癒やされた。


 その春、俺とポックルは剣術道場に通うことになった。ジョウ兄はすでに門下生であり一年先輩だった。びっくりしたことに剣術道場の師範はハルクである。ハルクは俺とポックルに剣術を教えてくれなかった。別の先生を用意したのである。


 俺とポックルの先生の名前はセミヅクと言った。セミヅクはとても背が高い。195セージメルトルはあるという話だった。一見、人の良さそうなお兄さんである。顔の彫りは深く、目つきが鷹のように鋭い。セミヅクは言った。


「今日からお前たちに空の剣術を教える。正式名称、空七変流そらしちへんりゅう剣術だ」

「空七変流剣術?」

「何すかそれ?」


 俺とポックルは互いに疑問を呈する。セミヅクは快活にくははと笑った。


「くはは、剣術の名前なんてどうでも良い。いいか? お前ら。俺のことは師匠と呼べ。神様と呼んでもいいぞう?」

「神様ですか?」

「すっげー、神様かよ!」


 セミヅクはユーモアのある人だった。俺たちは笑いながら彼の指南を受けることになる。二人は木剣ぼっけんを渡された。間違ったふうに剣を振ると師匠が尻を叩きにきた。なので俺たちは集中して剣を覚えることになる。道場へ通うことをすぐに好きになれた。セミヅクと会うのが楽しみだったからだ。


 セミヅクはこう説明した。


「お前ら。空の剣術は、魔王を倒すために開発された剣術だ。お前たちもいつか、魔王を倒すために旅立つんだぞ?」

「魔王って何ですか?」

「魔王って何すかー?」

「魔王っていうのは、この国、ラコルーリャで悪さをする親分のことだ」

「俺も! 俺も魔王を倒せますか!?」

「へー、すごいっすね」

「くはは、今の段階では、まだ無理だな」


 剣術の飲み込みが俺は早かった。空の剣術の中でも、虹空という技が得意であり、相手の剣を巻き上げて柄を吹き飛ばす技だった。決まると空中に虹が立つところも圧巻である。空七変流剣術は、剣術スキルと言うようで、それぞれのスキルを決めると空模様に変化が起こるのだった。不思議である。


 代わってポックルの方は剣術が不得意のようだった。だけど空七変流には体術もある。彼は体術の方に才能があるようだった。セミヅクはそれに気づくと、ポックルに体術を念入りに教えるようになった。


 俺はポックルと試合をしたとき、剣術では簡単に勝てた。しかし剣を持たない体術の戦いでは中々勝てず、負けることの方が多かった。ここに来て、お互いの強さは五分五分である。


 ちなみに、ジョウ兄の師匠はハルクだった。ジョウ兄は自分の強さをほとんど見せない人で、本気を出すことがほぼない。というかあまりやる気が無いような気さえした。ただ一度だけ試合をした時、俺は一瞬で虹空を決められて負けたのを覚えている。一年先輩であるために、剣術を習った期間の差が出たのかもしれない。とにかく、ジョウ兄はとても強いのだが、剣術に真剣になれない人であった。


 切磋琢磨をする毎日を過ごしながら、夕方はみんなで遊び回った。それこそ悪さもした。テテト村の周囲は森で囲まれているのだが、そのモンスターの出る森に度胸試しに出かけたり、火遊びをしたりした。そんな子供たちに対して、周りの大人たちは気が気でなかったと思う。一度、森のモンスターであるラマシカを四人で倒して引っ張ってきた時のこと。ハルクはさすがに怒って四人の頭にゲンコツを落とした。


「お前たち、森に行くなと言っただろうが! 強いモンスターが出て、死んだらどうするのじゃ!」

「ごめん、パパ」

「村長さん、ごめんなさい」

「ごめーん」

「ごめんなさい」


 みんなが悲しそうな顔をして謝った。俺はハルクに初めて叩かれたこともあり、それこそぐずって泣いた。だけどその日の晩、夕食に並んだおかずはラマシカの肉だった。脂身がテカテカと光っていて、とても美味しかった。


 夏祭りの日。スウ以外の男子三人が集まって、村の端っこで談義をしていた。みんながスウに惚れていることはもう分かっている。今日、三人で告白しようということになった。


 ポックルが自信満々に言った。


「へへん、スウは俺のことが好きだからな。だから絶対、スウは俺を選ぶよ」

「違うぞポックル。スウは俺のことが好きなんだ」


 俺は首を振った。


 ジョウ兄は、この時だけは熱意を込めてはきはきと喋った。右手を胸の前にガシッと掲げる。


「俺がスウをもらう!」


 ポックルと俺も唇を引き結んだ。


「みんな、抜け駆けは無しだからな!」

「分かったよ。三人で一緒に告白しよう」


 その夜、村ではかがり火がたかれていた。楽器が演奏されて、村人たちが踊っている。華やかなムードが漂う中、俺たちはスウを呼び出した。三人一列に並び、スウに告白した。


「スウ、俺とつき合ってくれ」

「スウ、好きなんだ」

「スウ、俺とつき合え」


 三人がそれぞれの想いを胸に、頭を下げて右手を差し出した。スウは困ったように笑い、誰の手も握らなかった。そして頬にエクボを浮かべて答えた。


「ごめんね。私、つき合うのなら強い人がいいの」

「俺の体術は村で一番さ」


 はっとして顔を上げたポックルが言った。しかしスウは首を振る。


「ポックルも、ジョウ兄もナナキも、師匠のセミヅク先生に勝てないじゃない」


 三人ともがっかりとした。確かに、俺たちは師匠に勝てない。まあ、ジョウ兄にとってセミヅクは師匠では無いのだけれど。


 そして男三人は振られたのだった。だけど俺たちのテンションは高かった。人生で初めて女の子に告白という勇気のある行動をやってのけたのである。この日三人は祭で出された料理をやけ食いし、誰が一番食べたかを競うゲームをした。ジョウ兄はすぐにギブアップしたが、俺とポックルは腹が壊れる寸前まで食い続けた。


 十才になった。


 今日はついに職号下ろしの日である。職号下ろしというのは、十才になった人間が、村の精霊様からステータス、そして職業を賜るのである。祭主はもちろん、村長のハルクだった。


 その日の朝食の際、ハルクとマーヤは俺に言った。


「ナナキ、今日は職号下ろしの日じゃが。ランクの低い職業をもらったとしても、決してがっかりしてはいかん。そこのところ、よく肝に銘じよ」

「そうよ、ナナキちゃん。ランクの高い職業をもらえるのは、ごく一部の限られた人間だけなんだからね」

「分かった、父さん母さん。俺、絶対、ランクの高い職業をもらってくるぜ」

「ナナキ、お前は話を聞いておらんな。ランクの高い職業じゃなくても良いのじゃ」

「分かった。父さん、ランクの高い職業だな!」

「ナナキよ……」


 この頃には、俺の両親に対する呼び方はパパママから父さん母さんに変わっていた。俺はハムエッグトーストをむしゃむしゃと食べながら、これからもらえる職業に思いを馳せた。絶対に、絶対に強い職業をもらってやるんだ。


 今、俺はこの村で一番有望視されている空の剣士だった。はっきり言って、ハルク以外の大人には負けない。位は六段だった。まあ、ジョウ兄だけはいつも本気を出して戦ってくれないのだが。


 ちなみにセミヅクは俺が8才の頃に村を旅立ってしまっている。魔王退治の旅だそうだ。あの時はさすがに泣いてしまった。彼と別れるのが悲しかったのである。その時から俺の師匠は変わり、ハルクが務めてくれていた。


 俺は朝食を食べ終えて、指で口を拭いた。壁に立てかけてあった自分の木剣を持つ。そしてちょっと散歩してくると言って外に出た。公園の岩の上にたどり着く。そこへ座り、ポケットから紙とペンを取り出した。趣味のポエムを書く。


 タイトル 職号下ろしの日


 空高く、雲は流れ。

 朝、雀がちゅんちゅんと鳴いている。

 決意に胸が震えている。

 必ず、強い職業を賜ってみせる。

 精霊様、力をください。

 そしてスウよ、強い職業を手に入れたのなら、

 俺に振り向いてくれるよな。


 よし、今の心情をしっかりと詩に出来た。


 俺はペンと紙をポケットにしまい、木剣の素振りを始める。毎朝これを500回するのが日課だった。体がすぐに熱くなる。心臓が小気味の良い振動を打っており、体に汗が滲んだ。ああ、なんて気持ちの良い朝だ。


 素振りをしていると、公園にポックルが顔を見せた。のっぺりとした顔にわし鼻である。昔から見慣れているその顔つきに、俺は安堵した。素振りをやめて右手を上げる。


「よー、ポックル」

「ナナキ。お前! 俺と勝負だ!」


 彼が近づいてくる。両肩をいからせており、鬼気迫るような表情だ。


 俺は木剣で自分の肩をぽんぽんと叩いた。


「勝負って何だ?」


 ポックルがそばで立ち止まる。


「今日、職号下ろしでランクの高い職業をもらった方の勝ちだ! 勝った方がスウをもらう。負けた方は、今日以降決してスウに近づいてはならない!」

「へー、別に良いけど」

「余裕そうだな、ナナキ。お前、怖くないのか?」

「怖いって何がだ?」

「だって、弱い職業をもらったら、空の剣士として、人生詰むだろ」

「そうだな。だけど俺には分かるんだ。絶対、絶対強い職業をもらえるってさ」

「その自信はどこから来るんだ?」

「うーん、勘?」

「勘ってお前、ハァー……。まあいい。というかそろそろ、職号下ろしの始まる時間だぞ?」

「おっ、もうそんな時間か?」

「ナナキ、行こう」

「おう!」


 俺たちは歩き出す。村の催事場には臨時の祭壇が設けられていた。その上には祭主の白い服を来たハルクがいて、大人たちと共に準備をしている。俺たちの姿を見つけたスウが駆け寄ってきた。


「もう、二人とも、どこに行っていたのよ。もうすぐ職号下ろしが始まるよ!」

「わりいわりい」


 俺は頭の後ろを右手でさすった。


 ポックルはただならぬ目つきでスウを眺めている。


「ほら、私たち三人は今日の主役なんだからね。ちゃんとここにいなさい」

「分かったよ、スウ」


 そして俺たちは祭壇の下で祭の始まりを待った。ちなみに、一つ年上のジョウ兄は去年に職号下ろしを終えている。Bランクの両手剣士という職業を賜っていた。


 やがて村人たちが集まってきて、祭主のハルクが挨拶を始める。聞いている方が眠くなるような長ったらしい挨拶の後、ハルクが宣言した。


「ではこれより、職号下ろしを始める。今回、10才を迎えた村人はポックル・ヂストライト、ナナキ・テテト、スウ・ファルステインの三人じゃ。ではポックルから職号を授けようと思う。ポックルよ、祭壇に上ってきなさい」

「よ、よし!」


 ポックルが階段を上がった。祭主の前でひざまずく。ハルクは彼の頭に両手を掲げ、唱えた。


「テテト村の精霊よ。10才を迎えたこの若々しい魂に、ステータスと、祝福の職業を授けたまえー!」


 ポックルの体が光ったような気がした。しかしそれは一瞬のことである。


 ハルクは感心したように笑い、そして声を張った。


「ポックルの職業は聖拳闘士、ランクSじゃ!」


 会場からどっと拍手が巻き起こった。ポックルは興奮したように立ち上がり、両手で自分の胸をドンドンと叩いた。


「うひょー、やったぜー!」


 階段を下りてくる。そして俺に嫌な笑みを送ってきた。俺は眉間にしわを寄せる。腹に緊張が渦を巻いた。


「では次に、ナナキ・テテトよ。階段を上がりなさい」

「はい!」


 俺は言われた通りに階段を上がる。ハルクの前でひざまずいた。両手のひらを組み合わせてお祈りのポーズを取る。ああ神様、どうか俺に強い職業をください。


「テテト村の精霊よ。10才を迎えたこの凜々しい魂に、ステータスと、祝福の職業を授けたまえー!」


 ハルクが俺の頭に両手を掲げて唱える。そしてどうしたことか、ふぬけたような顔をした。彼が笑い混じりに宣言する。


「ナナキの職業は遊び人、ランクは最低のDじゃ!」


 は……。

 イマナンテイッタ?


 カナヅチで後ろ頭をぶっ叩かれた気分だった。言葉の意味がいまいち理解できない。遊び人って何だそれ? 強いのか?


 俺は顔をくしゃくしゃにして、祭壇を下りた。ポックルがニヤニヤと笑っていたのを覚えている。そのまま、スウの職号下ろしの様子を見ずに、俺は自宅への道を歩いた。両目からぽたぽたと涙がつたっている。村人たちが気の毒そうな眼差しを向けていた。


 自宅へとたどり着くと、俺は二階の自室にこもり、しくしくと泣いた。せっかく、強い職業をもらっていつかは魔王退治の旅に出ようと思っていたのに。魔王を退治することが、俺を拾って育ててくれたハルクとマーヤに対する親孝行だと思っていた。その夢が、いま閉ざされてしまった。


 これから俺は何をして生きれば良いのだろう?


 何を希望に暮らせば良いのだろうか?


 分からなかった。


 祭の後の宴会にも参加せず、俺は部屋に引きこもり、ただひたすらにぼーっとしていた。これは数日後に知ったことだが、ポックルとスウはつき合うことにしたらしい。この日から、俺は二人と距離を置くようになった。本当、無様だと思った。

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