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419 大健闘
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準決勝だった。私たちの前にはたった一人の男がいる。名前はスサノ。格好はピンク色のスーツの上下だった。この男は昨日、受付窓口へエントリーをしに来た時にちらっと見た。ギルド、アイギスの盾のメンバーのはずだ。だけどペアの人間がいない。彼の仲間が何かいるとすれば、頭の上に一頭の竜が乗っかって止まっているだけだ。ヤバい雰囲気がしていた。リリイ殿の方を向くと、彼女も表情を硬くしている。
[リリイ殿、どうする?]
『どうするって、やるしか無いでしょ。相手はたった一人よ』
[しかし、ビーストがいるぞ?]
『関係ないわ。カグヤ、プレイヤーからやるわよ。竜は、飛べると思うから。私たちじゃあ攻撃が届かないわ』
[分かった]
その時、スサノがこちらへ歩いてきた。右手をズボンのポケットに突っ込んでいる。
「貴公ら、降参するのであーる。我が輩は乙女を殴りたくないのだ」
『殴りたくないって、貴方素手なの?』
彼が三メートルほどの間隔を空けて立ち止まった。フリースタイルで両手を構え、ゆっくりと動かす。
「素手が我が輩の武器であーる。ジョブはビーストテイマーからランクアップし、拳闘士になったのだ」
『ふーん、カグヤ、相手を囲むわよ』
[了解だ]
すでに二人ともポーションを持っていた。
「「使用!」」
お互いに持っていた二つの瓶が消える。ヘイストとアタックだ。
[アクセレーション]
私の足下に紫色の陣が灯った。
リリイが動いた。
『女だと思って見くびらないでよね』
「やるのであるか?」
『ソードアサルト!』
リリイが剣を突きの姿勢で直線上に五メートル突っ込む。何て勇気だろう。やはりリリイ殿はすごい。そしてスサノは避けることもせずに受けた。瞬間、竜が彼の頭から飛び立つ。
バサッ。
「仕方無いのであーる。よって死刑なのだ。さあさあさあ、我が輩を倒してみるが良い。おなごどもよ!」
スサノが地面を滑るようなステップ踏んで前後に動く。なんだこいつは!? まるでのたうつ蛇のようだ。私は恐怖に駆られて鳥肌が立った、ぞぞぞぞっ。
『カグヤ! 一気に決めるわよ』
[分かった! オーバーロード!]
唱えた瞬間、私の両目と髪が真紅に染まる。身体と剣が炎に包まれて、自身に継続ダメージが入った。STRとINT、そして動体視力と速度を急上昇させる効果である。持続時間は30秒。
私とリリイ殿が前後から切り裂こうとした。瞬間、スサノは左に滑るように移動して、そして歌うように叫ぶ。
「さあさあさあ、おなごが相手だとしても、思い切って行ってみよう! ミッドナーイ、ドラマティックスマッシャー!」
ドカンッ。
超速の正拳突きがリリイ殿の腹にお見舞いされていた。
『ぐはっ! ええぇぇぇぇえええええええ!?』
彼女が激しくノックバックされて吹っ飛んでいく。NPCの張っている結界の壁にぶち当たり、地面に落ちた。おい嘘だろ。あんなに遠くまで……。
スサノが私を向いて、手のひらをちょいちょいと振る。どうやらかかってこいということだ。私は正直びびっていた。だが、リリイ殿が離れているいま、私が頑張るしかない。昨日覚えたばかりのスキルを唱えた。
[陽炎!]
私の姿に霧がかかる。効果は、敵の攻撃を三回まで回避判定にできるというものだ。クールタイムは5分。
私は勇気を持って剣を振りかぶった。
[このっ!]
「遅い遅い、遅いのだ!」
ヒュンヒュンッ、カーン、ヒュンッ。
拳と剣が交差し、すぐに陽炎は効果を無くした。三回の回避に役立ったのだが、こちらの攻撃も全然命中しない。しかし! あと二回避ければ蝶舞蜂刺が発動して背後を取れるはずだ!
「さあさあ乙女よ。我が輩に一撃でも決めてみるが良いのであーる!」
彼は独特なステップで地面を滑り、私の攻撃をヒラリヒラリと回避する。くそ、攻撃が当たらないじゃないか! まるで遊ばれているようだった。こいつはアレだ。ナギ殿と同じで、現実での武術経験者だ。
彼が唱えた。
「さあさあさあ! 乙女が相手だとしても、割り切って行ってみよう! ファンタズィー、ロマンティック、ブローウィング!」
ドドンッ。
彼の右拳が私のみぞおちに決まる。
瞬間、真上に吹っ飛ばされた。
[ぐあああぁぁぁぁああああああ!]
天井の結界にぶつかってバウンドし、私の身体が落下する。
彼は紙タバコを取り出してライターで火をつけた。
シュボッ。
「さあ、バルンゴよ、乙女を焼き殺すのだ」
「がうあうっ」
宙を舞っている私に、飛行していた赤い竜がブレスを吐いた。
「ゴァッ!」
[うっ、うっ、うわああぁぁあああああっ!]
私の身体は激しく燃え盛り、HPが一気にゼロになった。瞬間、必殺スキルが発動する。スキル名、恋する乙女は無敵なの。HPが全回復し、全ステータスが倍化した。腰の周りにピンク色の蝶が舞う。スキルクールタイムが全て冷却した。テンションゲージが消費されてゼロになる。
私は着地に失敗した。両手両足で地面につき、バウンドして地面を転がる。
顔を上げると、スサノが見下ろしていた。
「乙女よ、生き返るような必殺スキルを持っていたのであーるか?」
[ひ、ひいぃぃぃぃ!]
私はおびえて地面に尻をつけて後ずさる。このピンク色の蝶々は自身の視力を限界まで高める効果であった。スサノの顔が鬼神のように見えてとても恐怖だ。背筋に悪寒が走る。ぞくぞくぞくぞくっ。
いつしかオーバーロードの効果が切れて、身体と剣から炎が消える。両目と髪も元の色に戻っていた。継続ダメージも無くなる。
「さあさあさあ、トドメを刺してやろう。カカト落としであーる」
心が完全にすくみ上がっていた。見えるはずの攻撃なのに、身体に力が入らない。
ガンッ!
[ぐああぁぁああっ!]
相手のカカトが私の頭に直撃し、顎がガクッと下がる。いまVITがリリイ殿並に高くなっているおかげで、HPが五分の一ほどしか減らない。だけど、だけど私はもうダメだ。まるであの時のようだ。そう、カバネにレイプをされている時と同じ気分だった。
一瞬、視界が砂嵐になった。
既視感。
マゾヒスティックなテンションが私の心を支配していく。
同時にイケない快感が飛来した。
「うぬ? HPが硬くなったのであーる。それでは、これでどうなのだ? 波動滅去離夜!」
ボオオオオオッ。
相手の両手から破壊の波動がほとばしる。まるでカ○ハメハだ。それを浴びて、私のHPと心がめちゃくちゃになっていく。
髪から、脇から、膝裏から、足の指から、汗ともつかない水しぶきが溢れ出た。
痛みと快感がせめぎ合う。スサノの両手の波動から、逃げたいけど逃げたくない。心が痛くて気持ち良い。このままダメージを受け続けていれば、私は変われる気がした。どうしてか分からないのだけど、強い自分に生まれ変われる。マゾの直感だった。
自然と背中が弓なりにしなる。背中がキツいっ! 背中が折れてしまうっ!
こんなの嫌だ! だめだっ、もう、もうだめなんだ! 背中が折れてしまうんだっ! いやだっ! いっ、いやだあぁぁあああっ!
――瞬間、意識が闇に落ちた。
あの匂いがした。人が恥ずかしい時に発する、あの匂いだ。
カバネのレイプによって砕けた散った私の心のパズル。あの時、シグレ様が懸命にピースを拾い集めてくれた。
そのピースを一枚一枚くっつけてみると、以前とは比べものにならないほどの、男に媚びを浮かべた私が出来上がった。
パズルに映る自分。
誰だ? この女は。
分からない。
しかし、そうか。
これが新しい自分なのだ。
以前とは違う垢抜けた顔つき。
今までとは目力が全然違う。
新しい私の目はまるで、鋭いような、射貫くような、威圧的で、どこか不安に揺れていて、困っているような、今にも泣き出しそうな、それでいて蠱惑的で、色っぽくて、いやらしくて、はしたなくて、恥ずかしそうで、男に懇願するような、誘惑するような、キスを求めるような、女の喜びに溢れた、自分の裸を捧げるような、心も差し出すような、いま絶頂に達しているような、自身に満ちた、スケベな瞳だ。
すごい目を手に入れた。
これからはこの、
色目で惑わせる。
熱視線で口説く。
見つめて洗脳。
見上げて官能。
潤んだ瞳で心配させる。
デレた目線で支配する。
気になる男は目で殺せ。
襲い来る男は狂わせろ。
――意識が戻った。
ボオオオオッ。
スサノが両手から放つ波動がこんなにも気持ち良い。
「ああぁぁああっ! 気持ちいいぞぉぉおおおおっ! あっあーっ!]
私の声はまるでエロアニメの声優の喘ぎ声のようだ。
[うふ、あは、あはあっ、すっごい。すっごく良いぞ! 大好きだーっ!]
「なんて……可憐な女なのだ!」
スサノの攻撃スキルが終わる。両手を下げた。
私の目を見て、彼は恋をした少年のように頬をピンク色に染めていた。目で殺してやったのだ。殺しきった。彼の顔には私への好意がありありと浮かんでいた。
狂わせてやった。完全に。ふふふ。これからは私を欲してあがくが良い。切ない夜を過ごすが良い。だけど残念、私はシグレ様の女なのだ。他の男など眼中にない。
「いかん、いかんっ! いかんのであーるっ!」
スサノは自分の頭をたたいて首を振る。
「い、いくら可憐であろうと、て、手加減はせんぞ。ま、ま、まだ死なないのであーるか? で、ではここで! みなさん! て、て、手拍子で行ってみよう! さんはいっ! ミッドナーイ、ド、ド、ドラマティックスマッシャー!」
ドカンッ。
[あはっ!]
私の顔面に拳がめり込み、吹き飛ばされた。瞬間、脳裏にシグレ様のお顔があった。ああ神よっ!
新しい自分の誕生だった。
NPCが張る結界の壁に激突し、HPが再びゼロになる。身体が地面にどすんと落ちた。全身が汗ばんでいて、赤い服がぐっしょりと湿っていた。すごい匂いがした。
あの時、貴方が優しさをくれたから。
今。レイプの恐怖を忘れることができた。
貴方が私をあきらめなかったから。
私も自分をあきらめない。
新たな自身が汚くとも。
醜くとも。
幼い頃から、輝くものが何も無かった自分。
たった一つだけ存在していた一ミリグラムのエロの才能が、光に手を伸ばして開花した。
ドM女が狂い咲く。
どんな暴力を受けても、巨大な色気で反撃するメス。
身体がウズウズとした。今の私なら、リリイ殿に負けない。
シ、グ、レ、サ、マ! シグレ様、今、おそばに参ろう! イケないものを見せてやるからな! 何度だって求愛してやる。強い敵からは守ってみせる。貴方の心を手に入れてやる!
私の身体は青い粒となり、試合場を退出した。
もう、何も怖くない。
◆◆◆
私は立ち上がり、剣と盾を構えてスサノの元へと歩いて行く。吹き飛ばされて、私の頭がくらくらしている間にカグヤはやられちゃったみたいだ。だったら私が何とかしなきゃいけない。シグレ、お願い、私に力を貸して。
『シールドグラント、ドレインソード!』
シュワーン。
私の前に青い鎧のグラフィックが出現し、被ダメージ半減の効果が付与される。剣の刀身が紫色の光を帯びた。これで攻撃時に相手のHPを吸収できる。
「お、乙女よ、ま、まだやるのであーるか?」
近づいて行くと、相手はどうしてか動揺していた。これは、カグヤが少しでもダメージを与えてくれたってことよね。そのことに感謝しないと。
スサノが落ち着かない様子でタバコをふかしている。だけどこの男マジ強いわ。はっきり言ってナギよりもやりにくかった。だって、その動きが独特過ぎるんだもの。
私は剣の切っ先を相手に向けた。
『かかってきなさい』
「い、嫌であーる。お、お前がかかってくれば良いのだ」
『じゃあこちらから行くわ』
「お、鬼さんこちらであーる」
『ドラゴニックダイブ!』
唱えて、空中から敵に斬りかかる。
「そのスキルは隙だらけなのだ。おおお、せいやー!」
彼は半身ずらして斬撃をかわし、こちらに蹴りを放った。カウンターの勢いに乗ったつま先が私の腹に命中する。
『ぐはっ!』
くぅぅ。相手は気が動転していたみたいだけど、身体を動かすことで平静を取り戻したみたいなの。
「弱い弱いぞ、か弱き乙女! 早く降参と叫ぶのであーる」
どさっ。
私は地面に落ちる。スサノが歩いていてきて、右手で私の首を掴み、宙づりにした。私は盾のはめてある左手で相手の右手を掴む。剣を持つ反対の右手は痺れて動かない。くぅっ、これじゃあ抵抗できないわ。
その時、場外から仲間の声がした。
【リリイ、棄権だ!】
「うむ! リリイさん、無理をすることはない!」
「リリイちゅぅぅん、ここは棄権だよお!」
「リリイ、逃げるのぉ!」
みんなが降参しろと言っている。だけど私は降参なんてしたくない。というか絶対に嫌だ。最後まで戦うんだ。シグレ、貴方と約束したもの。私はシュヴァリエのメンバーで一番強くなってみせる。だから負ける訳にはいかないのよ。約束は約束よね。
スサノが首を締め付ける。その右手のひらにどんどん力が込められる。
私のHPがドクドクと削れていく。ひたすらにどうしようもなかった。スサノが左手でタバコをつまみ、煙を吐き出した。
「お、女よ、降参したくば左手を上げよ」
『……誰が、ずる、もんでずか』
「ご、強情だな女よ。こ、これでは我が輩が、お、お、乙女をイジメているような格好なのであーる。イ、イジメは嫌いなのだ」
彼がまたタバコをくわえる。落ち着かなさそうに足を揺らす。スサノはまた心が不安定になったようだ。まるでそういうデバフにかかっているような様子なの。一体、カグヤに何をされたの?
『ぐ……ぐ……』
「は、早く左手を上げるのであーる!」
『ふ』
私のHPが30%を切った。瞬間である。
ガアアアッ。
オレンジ色の狼が吠えるグラフィックがあり、それをくらったスサノがスタンして頭をピヨピヨと回した。私は地面に落ちて、剣と盾を構える。パッシブスキルが二つ発動している。一つ目は決死。スタンハウルが発生し、一度だけSTRとINTが倍化している。二つ目は女王様とお呼び。相手のSTRとINTを50奪っている。
細かく言えば、サディスティックラブも発生していた。
私は唱えた。
『真空斬り!』
ザクリッ。
STR300越えの大ぶりの一撃がスサノの胸を切り裂く。HPがゴリッと削れて半分以下になった。今だ!
『エクゼキュートペイン!』
ザッキューンッ。
「なんと!」
スサノのスタンは解けたようだった。だけど必殺スキルの斬撃を浴びてHPがゼロになる。否、HP1で生き残っている。この人も致命救済を持っているようだった。そしてHPが20%回復する。彼の身体が白い球状のシールドに包まれた。嘘! ガッツまで持っているの? それはナギと同じパッシブスキルだった。
相手は窮地に立って、また正気を取り戻したようなの。
「油断したのであーる。そんな、凶悪なパッシブスキルを持っていたであーるか? 天晴れ、我が輩の敵として認めてやるのであーる」
戦闘狂よね、この人。言っている言葉がさ。
彼が両手の腕を振りつつ前後左右に足を滑らせる。素早い動きだ。まるで激しいダンスを踊っているみたい。
「チェックメェェェェイトであーる。さあさあさあ、思いきって行ってみよう! 我が輩必殺、金! 剛! 崩! 拳!」
オレンジ色の波動をまとう単純な正拳突きだった。だけどとんでもなく速くて動きがブレて見える。まるで一筋のミサイルだ。そして必殺スキルだった。だっていま必殺って言ったもの。私は唱えた。
『カウンター!』
カーンッ。
私は消えた。相手のシールドに強烈な反撃が繰り出される。スサノはノーダメージだ。
相手の真後ろに着地する。彼の金剛崩拳は思いっきり空ぶっていた。はあ、はあ、逃げたい。もう逃げたい。だけど逃げる訳にはいかない。負けたくない。負けない。振り返って剣と盾を構える。
相手も振り返っていた。
「バルンゴ、ブレスなのだっ」
「ゴァッ!」
空中を飛んでいた竜が火の塊を吐く。私は避けようとしたのだけれど、スサノに睨み付けられた。
「ふぬっ!」
『えっ!?』
ピシンッ。
空気が割れたような音が鳴り、私はスタンしていた。何よこれ!? 睨み付けるだけでスタンさせるスキルって、そんなの有り?
ドーンッ。
炎の塊が私に命中して地面が燃え盛る。HPがどんどん削れて行く。あとちょっとしか残ってない。これじゃあ死んじゃうわ。
スサノがまた不安定にならないかしら。そう願うんだけど、現実はそうも上手く行かないみたい。
「仮面の女騎士よ。敬意を持って葬らせてもらうのであーる。それではみなさん! ご機嫌良く行ってみよう! ミッドナーイ、ドラマティックスマッシャー!」
蛇が獲物に噛みつく時のような変速起動を描き、スサノの拳が迫ってくる。
スタン効果が切れた。
『インビジブル!』
私は唱えた。
超速の拳が腹にめり込むんだけど、私はノックバック効果もダメージも受けない。すぐさま反撃に出た。
『スタンスラスト!』
「おおっとー!」
ヒュンッ。
くそっ、地面を滑って回避された! だけどもうやるしか無い。リアルの神経が消耗して、私はへとへとだった。だから、これが最後の超必殺よ!
『ツキオボロ!』
一瞬、空が夜になりお月様が出た。観客席がオオッと沸いた。私の姿は消えて、問答無用の突きの連続攻撃が繰り出される。
ズドズドズドッ。
「大放屁離脱なのあーる!」
ブオンッ!
スサノはオナラをぶっこいて、凄いスピードでぶっ飛んで後退した。ツキオボロの効果範囲は半径五メートル。その外へ逃げる。私の連続攻撃の突きのほとんどが空を斬った。くそ、避けられた。これで倒せると思ったのに! やっぱりスタンを決めないとダメみたいなの。
というか今の回避スキル何なのよ? ただの凄いオナラじゃん!? しかもすごい臭いし。ごほっ、ごほっ、と咳が出る。三秒後、空が明るくなった。スキル効果の切れた私は元の位置に出現する。スサノを走って追いかける。ちょっと離れた場所で、相手は余裕そうにタバコを吸って煙を吐いている。
いま、ヘイストポーションが切れているのよね、私。五分経っちゃったからさ。でも、インベントリを出そうか? ただその瞬間を狙われるかもしれない。そして、この男もヘイストが切れているはずなのに、なんで使わないの? というか彼は最初の時ポーションを使ってたっけ? もう覚えてないわ!
私は気づいた。彼のくわえているタバコが薄黄色に光っている。何かのバフが発動していた。たぶん、速度上昇の効果だ。これじゃあ私の不利じゃん! ヘイストポーションを使わない限り、敗北は確定だ。
仕方無く唱える。
『インベントリ』
「バルンゴよっ!」
「がりゅうあー!」
竜が飛んで襲いかかってくる。かぎ爪で攻撃をしてきた。私はインベントリを出したのだけれども、ポーションを取り出せない。剣を振り上げて竜を追い払う。
『このおおおおっ』
「せいはー!」
地面を滑るステップでスサノが急接近し、上半身を回転させて私の腹に両手の拳を打ち込む。
『うああああっ!』
私は血を吐いて後退し、地面に膝をついた。HPが1になった。致命救済が発動して五秒間無敵になる。今のうちにヘイストポーションを取り出さないといけない。だけど今更よね……リアル集中力も残って無い。それならばこっちにしよう。
私が取り出したのは閃光弾だった。
「バルンゴよ! ブレスなのだ!」
「ゴァッ!」
空中高く舞い戻った竜が火の塊を吐く。
私は『使用』と言って、閃光弾を地面に放った。
ドッ!
辺りがまばゆい光に包まれる。
私は目をつむって、スサノに襲いかかった。盾を前にして、体当たりをかます。シールドバッシュを決めてやる! だけど、タックルが命中した感触がない。嘘、どこへ行ったの!
ボーンッ。
ブレスが地面に命中し、辺りが火の海になった。だけど私はもうHPが1しかない。被ダメージ無効の五秒間がやがて経過していた。急いで逃げるんだけど、最後のHPが減ってしまう。
「ちいっ! 勝利ではあるが、何か変な気分であーる。ま、全く、それにしても、可憐な乙女だったのであーる。カグヤと言ったか? あの美女は?」
膝を地面について、そして私は倒れて行った。スサノ声はよく聞こえない。
私は叫び声を上げる。
『あああああぁぁあああああっ!』
悲鳴ではない。悔しさからの泣き声だった。負けてしまった。シグレの期待をまた裏切った。私は強くなったはずなのに! それなのに、負けちゃうなんて、貴方に嫌われちゃう。ごめんね、ごめんねシグレ。またウザい姿を見せちゃった。私、ダメだったよ。ごめんね。ウザくてごめんね。
だけど。
【リリイ、良くやった!】
「うむ、リリイさん、大健闘だ!」
「リリイちゅぅぅぅぅん、頑張ったよー!」
「リリイ、頑張ったのー!」
みんなが、みんなが褒めてくれている。シグレも褒めてくれた。それこそスタンディングオベーションだった。そっか、私、頑張れたのかな? それなら、良かったな。本当に、次こそは、絶対に負けないんだから。今回は許してくれるよね、ね? ダーリン。
私は青い粒になって試合場を後にする。
「勝者、アイギスの盾の、スサノ!」
審判が告げた瞬間、会場からワッと拍手が起こる。まるで緊張の糸が切れたようだった。
[リリイ殿、どうする?]
『どうするって、やるしか無いでしょ。相手はたった一人よ』
[しかし、ビーストがいるぞ?]
『関係ないわ。カグヤ、プレイヤーからやるわよ。竜は、飛べると思うから。私たちじゃあ攻撃が届かないわ』
[分かった]
その時、スサノがこちらへ歩いてきた。右手をズボンのポケットに突っ込んでいる。
「貴公ら、降参するのであーる。我が輩は乙女を殴りたくないのだ」
『殴りたくないって、貴方素手なの?』
彼が三メートルほどの間隔を空けて立ち止まった。フリースタイルで両手を構え、ゆっくりと動かす。
「素手が我が輩の武器であーる。ジョブはビーストテイマーからランクアップし、拳闘士になったのだ」
『ふーん、カグヤ、相手を囲むわよ』
[了解だ]
すでに二人ともポーションを持っていた。
「「使用!」」
お互いに持っていた二つの瓶が消える。ヘイストとアタックだ。
[アクセレーション]
私の足下に紫色の陣が灯った。
リリイが動いた。
『女だと思って見くびらないでよね』
「やるのであるか?」
『ソードアサルト!』
リリイが剣を突きの姿勢で直線上に五メートル突っ込む。何て勇気だろう。やはりリリイ殿はすごい。そしてスサノは避けることもせずに受けた。瞬間、竜が彼の頭から飛び立つ。
バサッ。
「仕方無いのであーる。よって死刑なのだ。さあさあさあ、我が輩を倒してみるが良い。おなごどもよ!」
スサノが地面を滑るようなステップ踏んで前後に動く。なんだこいつは!? まるでのたうつ蛇のようだ。私は恐怖に駆られて鳥肌が立った、ぞぞぞぞっ。
『カグヤ! 一気に決めるわよ』
[分かった! オーバーロード!]
唱えた瞬間、私の両目と髪が真紅に染まる。身体と剣が炎に包まれて、自身に継続ダメージが入った。STRとINT、そして動体視力と速度を急上昇させる効果である。持続時間は30秒。
私とリリイ殿が前後から切り裂こうとした。瞬間、スサノは左に滑るように移動して、そして歌うように叫ぶ。
「さあさあさあ、おなごが相手だとしても、思い切って行ってみよう! ミッドナーイ、ドラマティックスマッシャー!」
ドカンッ。
超速の正拳突きがリリイ殿の腹にお見舞いされていた。
『ぐはっ! ええぇぇぇぇえええええええ!?』
彼女が激しくノックバックされて吹っ飛んでいく。NPCの張っている結界の壁にぶち当たり、地面に落ちた。おい嘘だろ。あんなに遠くまで……。
スサノが私を向いて、手のひらをちょいちょいと振る。どうやらかかってこいということだ。私は正直びびっていた。だが、リリイ殿が離れているいま、私が頑張るしかない。昨日覚えたばかりのスキルを唱えた。
[陽炎!]
私の姿に霧がかかる。効果は、敵の攻撃を三回まで回避判定にできるというものだ。クールタイムは5分。
私は勇気を持って剣を振りかぶった。
[このっ!]
「遅い遅い、遅いのだ!」
ヒュンヒュンッ、カーン、ヒュンッ。
拳と剣が交差し、すぐに陽炎は効果を無くした。三回の回避に役立ったのだが、こちらの攻撃も全然命中しない。しかし! あと二回避ければ蝶舞蜂刺が発動して背後を取れるはずだ!
「さあさあ乙女よ。我が輩に一撃でも決めてみるが良いのであーる!」
彼は独特なステップで地面を滑り、私の攻撃をヒラリヒラリと回避する。くそ、攻撃が当たらないじゃないか! まるで遊ばれているようだった。こいつはアレだ。ナギ殿と同じで、現実での武術経験者だ。
彼が唱えた。
「さあさあさあ! 乙女が相手だとしても、割り切って行ってみよう! ファンタズィー、ロマンティック、ブローウィング!」
ドドンッ。
彼の右拳が私のみぞおちに決まる。
瞬間、真上に吹っ飛ばされた。
[ぐあああぁぁぁぁああああああ!]
天井の結界にぶつかってバウンドし、私の身体が落下する。
彼は紙タバコを取り出してライターで火をつけた。
シュボッ。
「さあ、バルンゴよ、乙女を焼き殺すのだ」
「がうあうっ」
宙を舞っている私に、飛行していた赤い竜がブレスを吐いた。
「ゴァッ!」
[うっ、うっ、うわああぁぁあああああっ!]
私の身体は激しく燃え盛り、HPが一気にゼロになった。瞬間、必殺スキルが発動する。スキル名、恋する乙女は無敵なの。HPが全回復し、全ステータスが倍化した。腰の周りにピンク色の蝶が舞う。スキルクールタイムが全て冷却した。テンションゲージが消費されてゼロになる。
私は着地に失敗した。両手両足で地面につき、バウンドして地面を転がる。
顔を上げると、スサノが見下ろしていた。
「乙女よ、生き返るような必殺スキルを持っていたのであーるか?」
[ひ、ひいぃぃぃぃ!]
私はおびえて地面に尻をつけて後ずさる。このピンク色の蝶々は自身の視力を限界まで高める効果であった。スサノの顔が鬼神のように見えてとても恐怖だ。背筋に悪寒が走る。ぞくぞくぞくぞくっ。
いつしかオーバーロードの効果が切れて、身体と剣から炎が消える。両目と髪も元の色に戻っていた。継続ダメージも無くなる。
「さあさあさあ、トドメを刺してやろう。カカト落としであーる」
心が完全にすくみ上がっていた。見えるはずの攻撃なのに、身体に力が入らない。
ガンッ!
[ぐああぁぁああっ!]
相手のカカトが私の頭に直撃し、顎がガクッと下がる。いまVITがリリイ殿並に高くなっているおかげで、HPが五分の一ほどしか減らない。だけど、だけど私はもうダメだ。まるであの時のようだ。そう、カバネにレイプをされている時と同じ気分だった。
一瞬、視界が砂嵐になった。
既視感。
マゾヒスティックなテンションが私の心を支配していく。
同時にイケない快感が飛来した。
「うぬ? HPが硬くなったのであーる。それでは、これでどうなのだ? 波動滅去離夜!」
ボオオオオオッ。
相手の両手から破壊の波動がほとばしる。まるでカ○ハメハだ。それを浴びて、私のHPと心がめちゃくちゃになっていく。
髪から、脇から、膝裏から、足の指から、汗ともつかない水しぶきが溢れ出た。
痛みと快感がせめぎ合う。スサノの両手の波動から、逃げたいけど逃げたくない。心が痛くて気持ち良い。このままダメージを受け続けていれば、私は変われる気がした。どうしてか分からないのだけど、強い自分に生まれ変われる。マゾの直感だった。
自然と背中が弓なりにしなる。背中がキツいっ! 背中が折れてしまうっ!
こんなの嫌だ! だめだっ、もう、もうだめなんだ! 背中が折れてしまうんだっ! いやだっ! いっ、いやだあぁぁあああっ!
――瞬間、意識が闇に落ちた。
あの匂いがした。人が恥ずかしい時に発する、あの匂いだ。
カバネのレイプによって砕けた散った私の心のパズル。あの時、シグレ様が懸命にピースを拾い集めてくれた。
そのピースを一枚一枚くっつけてみると、以前とは比べものにならないほどの、男に媚びを浮かべた私が出来上がった。
パズルに映る自分。
誰だ? この女は。
分からない。
しかし、そうか。
これが新しい自分なのだ。
以前とは違う垢抜けた顔つき。
今までとは目力が全然違う。
新しい私の目はまるで、鋭いような、射貫くような、威圧的で、どこか不安に揺れていて、困っているような、今にも泣き出しそうな、それでいて蠱惑的で、色っぽくて、いやらしくて、はしたなくて、恥ずかしそうで、男に懇願するような、誘惑するような、キスを求めるような、女の喜びに溢れた、自分の裸を捧げるような、心も差し出すような、いま絶頂に達しているような、自身に満ちた、スケベな瞳だ。
すごい目を手に入れた。
これからはこの、
色目で惑わせる。
熱視線で口説く。
見つめて洗脳。
見上げて官能。
潤んだ瞳で心配させる。
デレた目線で支配する。
気になる男は目で殺せ。
襲い来る男は狂わせろ。
――意識が戻った。
ボオオオオッ。
スサノが両手から放つ波動がこんなにも気持ち良い。
「ああぁぁああっ! 気持ちいいぞぉぉおおおおっ! あっあーっ!]
私の声はまるでエロアニメの声優の喘ぎ声のようだ。
[うふ、あは、あはあっ、すっごい。すっごく良いぞ! 大好きだーっ!]
「なんて……可憐な女なのだ!」
スサノの攻撃スキルが終わる。両手を下げた。
私の目を見て、彼は恋をした少年のように頬をピンク色に染めていた。目で殺してやったのだ。殺しきった。彼の顔には私への好意がありありと浮かんでいた。
狂わせてやった。完全に。ふふふ。これからは私を欲してあがくが良い。切ない夜を過ごすが良い。だけど残念、私はシグレ様の女なのだ。他の男など眼中にない。
「いかん、いかんっ! いかんのであーるっ!」
スサノは自分の頭をたたいて首を振る。
「い、いくら可憐であろうと、て、手加減はせんぞ。ま、ま、まだ死なないのであーるか? で、ではここで! みなさん! て、て、手拍子で行ってみよう! さんはいっ! ミッドナーイ、ド、ド、ドラマティックスマッシャー!」
ドカンッ。
[あはっ!]
私の顔面に拳がめり込み、吹き飛ばされた。瞬間、脳裏にシグレ様のお顔があった。ああ神よっ!
新しい自分の誕生だった。
NPCが張る結界の壁に激突し、HPが再びゼロになる。身体が地面にどすんと落ちた。全身が汗ばんでいて、赤い服がぐっしょりと湿っていた。すごい匂いがした。
あの時、貴方が優しさをくれたから。
今。レイプの恐怖を忘れることができた。
貴方が私をあきらめなかったから。
私も自分をあきらめない。
新たな自身が汚くとも。
醜くとも。
幼い頃から、輝くものが何も無かった自分。
たった一つだけ存在していた一ミリグラムのエロの才能が、光に手を伸ばして開花した。
ドM女が狂い咲く。
どんな暴力を受けても、巨大な色気で反撃するメス。
身体がウズウズとした。今の私なら、リリイ殿に負けない。
シ、グ、レ、サ、マ! シグレ様、今、おそばに参ろう! イケないものを見せてやるからな! 何度だって求愛してやる。強い敵からは守ってみせる。貴方の心を手に入れてやる!
私の身体は青い粒となり、試合場を退出した。
もう、何も怖くない。
◆◆◆
私は立ち上がり、剣と盾を構えてスサノの元へと歩いて行く。吹き飛ばされて、私の頭がくらくらしている間にカグヤはやられちゃったみたいだ。だったら私が何とかしなきゃいけない。シグレ、お願い、私に力を貸して。
『シールドグラント、ドレインソード!』
シュワーン。
私の前に青い鎧のグラフィックが出現し、被ダメージ半減の効果が付与される。剣の刀身が紫色の光を帯びた。これで攻撃時に相手のHPを吸収できる。
「お、乙女よ、ま、まだやるのであーるか?」
近づいて行くと、相手はどうしてか動揺していた。これは、カグヤが少しでもダメージを与えてくれたってことよね。そのことに感謝しないと。
スサノが落ち着かない様子でタバコをふかしている。だけどこの男マジ強いわ。はっきり言ってナギよりもやりにくかった。だって、その動きが独特過ぎるんだもの。
私は剣の切っ先を相手に向けた。
『かかってきなさい』
「い、嫌であーる。お、お前がかかってくれば良いのだ」
『じゃあこちらから行くわ』
「お、鬼さんこちらであーる」
『ドラゴニックダイブ!』
唱えて、空中から敵に斬りかかる。
「そのスキルは隙だらけなのだ。おおお、せいやー!」
彼は半身ずらして斬撃をかわし、こちらに蹴りを放った。カウンターの勢いに乗ったつま先が私の腹に命中する。
『ぐはっ!』
くぅぅ。相手は気が動転していたみたいだけど、身体を動かすことで平静を取り戻したみたいなの。
「弱い弱いぞ、か弱き乙女! 早く降参と叫ぶのであーる」
どさっ。
私は地面に落ちる。スサノが歩いていてきて、右手で私の首を掴み、宙づりにした。私は盾のはめてある左手で相手の右手を掴む。剣を持つ反対の右手は痺れて動かない。くぅっ、これじゃあ抵抗できないわ。
その時、場外から仲間の声がした。
【リリイ、棄権だ!】
「うむ! リリイさん、無理をすることはない!」
「リリイちゅぅぅん、ここは棄権だよお!」
「リリイ、逃げるのぉ!」
みんなが降参しろと言っている。だけど私は降参なんてしたくない。というか絶対に嫌だ。最後まで戦うんだ。シグレ、貴方と約束したもの。私はシュヴァリエのメンバーで一番強くなってみせる。だから負ける訳にはいかないのよ。約束は約束よね。
スサノが首を締め付ける。その右手のひらにどんどん力が込められる。
私のHPがドクドクと削れていく。ひたすらにどうしようもなかった。スサノが左手でタバコをつまみ、煙を吐き出した。
「お、女よ、降参したくば左手を上げよ」
『……誰が、ずる、もんでずか』
「ご、強情だな女よ。こ、これでは我が輩が、お、お、乙女をイジメているような格好なのであーる。イ、イジメは嫌いなのだ」
彼がまたタバコをくわえる。落ち着かなさそうに足を揺らす。スサノはまた心が不安定になったようだ。まるでそういうデバフにかかっているような様子なの。一体、カグヤに何をされたの?
『ぐ……ぐ……』
「は、早く左手を上げるのであーる!」
『ふ』
私のHPが30%を切った。瞬間である。
ガアアアッ。
オレンジ色の狼が吠えるグラフィックがあり、それをくらったスサノがスタンして頭をピヨピヨと回した。私は地面に落ちて、剣と盾を構える。パッシブスキルが二つ発動している。一つ目は決死。スタンハウルが発生し、一度だけSTRとINTが倍化している。二つ目は女王様とお呼び。相手のSTRとINTを50奪っている。
細かく言えば、サディスティックラブも発生していた。
私は唱えた。
『真空斬り!』
ザクリッ。
STR300越えの大ぶりの一撃がスサノの胸を切り裂く。HPがゴリッと削れて半分以下になった。今だ!
『エクゼキュートペイン!』
ザッキューンッ。
「なんと!」
スサノのスタンは解けたようだった。だけど必殺スキルの斬撃を浴びてHPがゼロになる。否、HP1で生き残っている。この人も致命救済を持っているようだった。そしてHPが20%回復する。彼の身体が白い球状のシールドに包まれた。嘘! ガッツまで持っているの? それはナギと同じパッシブスキルだった。
相手は窮地に立って、また正気を取り戻したようなの。
「油断したのであーる。そんな、凶悪なパッシブスキルを持っていたであーるか? 天晴れ、我が輩の敵として認めてやるのであーる」
戦闘狂よね、この人。言っている言葉がさ。
彼が両手の腕を振りつつ前後左右に足を滑らせる。素早い動きだ。まるで激しいダンスを踊っているみたい。
「チェックメェェェェイトであーる。さあさあさあ、思いきって行ってみよう! 我が輩必殺、金! 剛! 崩! 拳!」
オレンジ色の波動をまとう単純な正拳突きだった。だけどとんでもなく速くて動きがブレて見える。まるで一筋のミサイルだ。そして必殺スキルだった。だっていま必殺って言ったもの。私は唱えた。
『カウンター!』
カーンッ。
私は消えた。相手のシールドに強烈な反撃が繰り出される。スサノはノーダメージだ。
相手の真後ろに着地する。彼の金剛崩拳は思いっきり空ぶっていた。はあ、はあ、逃げたい。もう逃げたい。だけど逃げる訳にはいかない。負けたくない。負けない。振り返って剣と盾を構える。
相手も振り返っていた。
「バルンゴ、ブレスなのだっ」
「ゴァッ!」
空中を飛んでいた竜が火の塊を吐く。私は避けようとしたのだけれど、スサノに睨み付けられた。
「ふぬっ!」
『えっ!?』
ピシンッ。
空気が割れたような音が鳴り、私はスタンしていた。何よこれ!? 睨み付けるだけでスタンさせるスキルって、そんなの有り?
ドーンッ。
炎の塊が私に命中して地面が燃え盛る。HPがどんどん削れて行く。あとちょっとしか残ってない。これじゃあ死んじゃうわ。
スサノがまた不安定にならないかしら。そう願うんだけど、現実はそうも上手く行かないみたい。
「仮面の女騎士よ。敬意を持って葬らせてもらうのであーる。それではみなさん! ご機嫌良く行ってみよう! ミッドナーイ、ドラマティックスマッシャー!」
蛇が獲物に噛みつく時のような変速起動を描き、スサノの拳が迫ってくる。
スタン効果が切れた。
『インビジブル!』
私は唱えた。
超速の拳が腹にめり込むんだけど、私はノックバック効果もダメージも受けない。すぐさま反撃に出た。
『スタンスラスト!』
「おおっとー!」
ヒュンッ。
くそっ、地面を滑って回避された! だけどもうやるしか無い。リアルの神経が消耗して、私はへとへとだった。だから、これが最後の超必殺よ!
『ツキオボロ!』
一瞬、空が夜になりお月様が出た。観客席がオオッと沸いた。私の姿は消えて、問答無用の突きの連続攻撃が繰り出される。
ズドズドズドッ。
「大放屁離脱なのあーる!」
ブオンッ!
スサノはオナラをぶっこいて、凄いスピードでぶっ飛んで後退した。ツキオボロの効果範囲は半径五メートル。その外へ逃げる。私の連続攻撃の突きのほとんどが空を斬った。くそ、避けられた。これで倒せると思ったのに! やっぱりスタンを決めないとダメみたいなの。
というか今の回避スキル何なのよ? ただの凄いオナラじゃん!? しかもすごい臭いし。ごほっ、ごほっ、と咳が出る。三秒後、空が明るくなった。スキル効果の切れた私は元の位置に出現する。スサノを走って追いかける。ちょっと離れた場所で、相手は余裕そうにタバコを吸って煙を吐いている。
いま、ヘイストポーションが切れているのよね、私。五分経っちゃったからさ。でも、インベントリを出そうか? ただその瞬間を狙われるかもしれない。そして、この男もヘイストが切れているはずなのに、なんで使わないの? というか彼は最初の時ポーションを使ってたっけ? もう覚えてないわ!
私は気づいた。彼のくわえているタバコが薄黄色に光っている。何かのバフが発動していた。たぶん、速度上昇の効果だ。これじゃあ私の不利じゃん! ヘイストポーションを使わない限り、敗北は確定だ。
仕方無く唱える。
『インベントリ』
「バルンゴよっ!」
「がりゅうあー!」
竜が飛んで襲いかかってくる。かぎ爪で攻撃をしてきた。私はインベントリを出したのだけれども、ポーションを取り出せない。剣を振り上げて竜を追い払う。
『このおおおおっ』
「せいはー!」
地面を滑るステップでスサノが急接近し、上半身を回転させて私の腹に両手の拳を打ち込む。
『うああああっ!』
私は血を吐いて後退し、地面に膝をついた。HPが1になった。致命救済が発動して五秒間無敵になる。今のうちにヘイストポーションを取り出さないといけない。だけど今更よね……リアル集中力も残って無い。それならばこっちにしよう。
私が取り出したのは閃光弾だった。
「バルンゴよ! ブレスなのだ!」
「ゴァッ!」
空中高く舞い戻った竜が火の塊を吐く。
私は『使用』と言って、閃光弾を地面に放った。
ドッ!
辺りがまばゆい光に包まれる。
私は目をつむって、スサノに襲いかかった。盾を前にして、体当たりをかます。シールドバッシュを決めてやる! だけど、タックルが命中した感触がない。嘘、どこへ行ったの!
ボーンッ。
ブレスが地面に命中し、辺りが火の海になった。だけど私はもうHPが1しかない。被ダメージ無効の五秒間がやがて経過していた。急いで逃げるんだけど、最後のHPが減ってしまう。
「ちいっ! 勝利ではあるが、何か変な気分であーる。ま、全く、それにしても、可憐な乙女だったのであーる。カグヤと言ったか? あの美女は?」
膝を地面について、そして私は倒れて行った。スサノ声はよく聞こえない。
私は叫び声を上げる。
『あああああぁぁあああああっ!』
悲鳴ではない。悔しさからの泣き声だった。負けてしまった。シグレの期待をまた裏切った。私は強くなったはずなのに! それなのに、負けちゃうなんて、貴方に嫌われちゃう。ごめんね、ごめんねシグレ。またウザい姿を見せちゃった。私、ダメだったよ。ごめんね。ウザくてごめんね。
だけど。
【リリイ、良くやった!】
「うむ、リリイさん、大健闘だ!」
「リリイちゅぅぅぅぅん、頑張ったよー!」
「リリイ、頑張ったのー!」
みんなが、みんなが褒めてくれている。シグレも褒めてくれた。それこそスタンディングオベーションだった。そっか、私、頑張れたのかな? それなら、良かったな。本当に、次こそは、絶対に負けないんだから。今回は許してくれるよね、ね? ダーリン。
私は青い粒になって試合場を後にする。
「勝者、アイギスの盾の、スサノ!」
審判が告げた瞬間、会場からワッと拍手が起こる。まるで緊張の糸が切れたようだった。
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