のろまな『亀』を手に入れた俺が、その『亀』で最強に上り詰めるまで~ギャルゲー要素てんこ盛り、ラブコメソースにバトルを添えて~

雨音 休

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419 大健闘

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 準決勝だった。私たちの前にはたった一人の男がいる。名前はスサノ。格好はピンク色のスーツの上下だった。この男は昨日、受付窓口へエントリーをしに来た時にちらっと見た。ギルド、アイギスの盾のメンバーのはずだ。だけどペアの人間がいない。彼の仲間が何かいるとすれば、頭の上に一頭の竜が乗っかって止まっているだけだ。ヤバい雰囲気がしていた。リリイ殿の方を向くと、彼女も表情を硬くしている。


[リリイ殿、どうする?]

『どうするって、やるしか無いでしょ。相手はたった一人よ』

[しかし、ビーストがいるぞ?]

『関係ないわ。カグヤ、プレイヤーからやるわよ。竜は、飛べると思うから。私たちじゃあ攻撃が届かないわ』

[分かった]


 その時、スサノがこちらへ歩いてきた。右手をズボンのポケットに突っ込んでいる。


「貴公ら、降参するのであーる。我が輩は乙女を殴りたくないのだ」

『殴りたくないって、貴方素手なの?』


 彼が三メートルほどの間隔を空けて立ち止まった。フリースタイルで両手を構え、ゆっくりと動かす。


「素手が我が輩の武器であーる。ジョブはビーストテイマーからランクアップし、拳闘士になったのだ」

『ふーん、カグヤ、相手を囲むわよ』

[了解だ]


 すでに二人ともポーションを持っていた。


「「使用!」」


 お互いに持っていた二つの瓶が消える。ヘイストとアタックだ。


[アクセレーション]


 私の足下に紫色の陣が灯った。


 リリイが動いた。


『女だと思って見くびらないでよね』

「やるのであるか?」

『ソードアサルト!』


 リリイが剣を突きの姿勢で直線上に五メートル突っ込む。何て勇気だろう。やはりリリイ殿はすごい。そしてスサノは避けることもせずに受けた。瞬間、竜が彼の頭から飛び立つ。


 バサッ。


「仕方無いのであーる。よって死刑なのだ。さあさあさあ、我が輩を倒してみるが良い。おなごどもよ!」


 スサノが地面を滑るようなステップ踏んで前後に動く。なんだこいつは!? まるでのたうつ蛇のようだ。私は恐怖に駆られて鳥肌が立った、ぞぞぞぞっ。


『カグヤ! 一気に決めるわよ』

[分かった! オーバーロード!]


 唱えた瞬間、私の両目と髪が真紅に染まる。身体と剣が炎に包まれて、自身に継続ダメージが入った。STRとINT、そして動体視力と速度を急上昇させる効果である。持続時間は30秒。


 私とリリイ殿が前後から切り裂こうとした。瞬間、スサノは左に滑るように移動して、そして歌うように叫ぶ。


「さあさあさあ、おなごが相手だとしても、思い切って行ってみよう! ミッドナーイ、ドラマティックスマッシャー!」


 ドカンッ。


 超速の正拳突きがリリイ殿の腹にお見舞いされていた。


『ぐはっ! ええぇぇぇぇえええええええ!?』


 彼女が激しくノックバックされて吹っ飛んでいく。NPCの張っている結界の壁にぶち当たり、地面に落ちた。おい嘘だろ。あんなに遠くまで……。


 スサノが私を向いて、手のひらをちょいちょいと振る。どうやらかかってこいということだ。私は正直びびっていた。だが、リリイ殿が離れているいま、私が頑張るしかない。昨日覚えたばかりのスキルを唱えた。


[陽炎!]


 私の姿に霧がかかる。効果は、敵の攻撃を三回まで回避判定にできるというものだ。クールタイムは5分。


 私は勇気を持って剣を振りかぶった。


[このっ!]

「遅い遅い、遅いのだ!」


 ヒュンヒュンッ、カーン、ヒュンッ。


 拳と剣が交差し、すぐに陽炎は効果を無くした。三回の回避に役立ったのだが、こちらの攻撃も全然命中しない。しかし! あと二回避ければ蝶舞蜂刺が発動して背後を取れるはずだ!


「さあさあ乙女よ。我が輩に一撃でも決めてみるが良いのであーる!」


 彼は独特なステップで地面を滑り、私の攻撃をヒラリヒラリと回避する。くそ、攻撃が当たらないじゃないか! まるで遊ばれているようだった。こいつはアレだ。ナギ殿と同じで、現実での武術経験者だ。


 彼が唱えた。


「さあさあさあ! 乙女が相手だとしても、割り切って行ってみよう! ファンタズィー、ロマンティック、ブローウィング!」


 ドドンッ。


 彼の右拳が私のみぞおちに決まる。


 瞬間、真上に吹っ飛ばされた。


[ぐあああぁぁぁぁああああああ!]


 天井の結界にぶつかってバウンドし、私の身体が落下する。


 彼は紙タバコを取り出してライターで火をつけた。


 シュボッ。


「さあ、バルンゴよ、乙女を焼き殺すのだ」

「がうあうっ」


 宙を舞っている私に、飛行していた赤い竜がブレスを吐いた。


「ゴァッ!」

[うっ、うっ、うわああぁぁあああああっ!]


 私の身体は激しく燃え盛り、HPが一気にゼロになった。瞬間、必殺スキルが発動する。スキル名、恋する乙女は無敵なの。HPが全回復し、全ステータスが倍化した。腰の周りにピンク色の蝶が舞う。スキルクールタイムが全て冷却した。テンションゲージが消費されてゼロになる。


 私は着地に失敗した。両手両足で地面につき、バウンドして地面を転がる。


 顔を上げると、スサノが見下ろしていた。


「乙女よ、生き返るような必殺スキルを持っていたのであーるか?」

[ひ、ひいぃぃぃぃ!]


 私はおびえて地面に尻をつけて後ずさる。このピンク色の蝶々は自身の視力を限界まで高める効果であった。スサノの顔が鬼神のように見えてとても恐怖だ。背筋に悪寒が走る。ぞくぞくぞくぞくっ。


 いつしかオーバーロードの効果が切れて、身体と剣から炎が消える。両目と髪も元の色に戻っていた。継続ダメージも無くなる。


「さあさあさあ、トドメを刺してやろう。カカト落としであーる」


 心が完全にすくみ上がっていた。見えるはずの攻撃なのに、身体に力が入らない。


 ガンッ!


[ぐああぁぁああっ!]


 相手のカカトが私の頭に直撃し、顎がガクッと下がる。いまVITがリリイ殿並に高くなっているおかげで、HPが五分の一ほどしか減らない。だけど、だけど私はもうダメだ。まるであの時のようだ。そう、カバネにレイプをされている時と同じ気分だった。


 一瞬、視界が砂嵐になった。


 既視感。


 マゾヒスティックなテンションが私の心を支配していく。


 同時にイケない快感が飛来した。


「うぬ? HPが硬くなったのであーる。それでは、これでどうなのだ? 波動滅去離夜はどうめっさりや!」


 ボオオオオオッ。


 相手の両手から破壊の波動がほとばしる。まるでカ○ハメハだ。それを浴びて、私のHPと心がめちゃくちゃになっていく。


 髪から、脇から、膝裏から、足の指から、汗ともつかない水しぶきが溢れ出た。


 痛みと快感がせめぎ合う。スサノの両手の波動から、逃げたいけど逃げたくない。心が痛くて気持ち良い。このままダメージを受け続けていれば、私は変われる気がした。どうしてか分からないのだけど、強い自分に生まれ変われる。マゾの直感だった。


 自然と背中が弓なりにしなる。背中がキツいっ! 背中が折れてしまうっ!


 こんなの嫌だ! だめだっ、もう、もうだめなんだ! 背中が折れてしまうんだっ! いやだっ! いっ、いやだあぁぁあああっ!


 ――瞬間、意識が闇に落ちた。


 あの匂いがした。人が恥ずかしい時に発する、あの匂いだ。


 カバネのレイプによって砕けた散った私の心のパズル。あの時、シグレ様が懸命にピースを拾い集めてくれた。


 そのピースを一枚一枚くっつけてみると、以前とは比べものにならないほどの、男に媚びを浮かべた私が出来上がった。


 パズルに映る自分。


 誰だ? この女は。


 分からない。


 しかし、そうか。


 これが新しい自分なのだ。


 以前とは違う垢抜けた顔つき。


 今までとは目力が全然違う。


 新しい私の目はまるで、鋭いような、射貫くような、威圧的で、どこか不安に揺れていて、困っているような、今にも泣き出しそうな、それでいて蠱惑的で、色っぽくて、いやらしくて、はしたなくて、恥ずかしそうで、男に懇願するような、誘惑するような、キスを求めるような、女の喜びに溢れた、自分の裸を捧げるような、心も差し出すような、いま絶頂に達しているような、自身に満ちた、スケベな瞳だ。


 すごい目を手に入れた。


 これからはこの、


 色目で惑わせる。


 熱視線で口説く。


 見つめて洗脳。


 見上げて官能。


 潤んだ瞳で心配させる。


 デレた目線で支配する。


 気になる男は目で殺せ。


 襲い来る男は狂わせろ。


 ――意識が戻った。


 ボオオオオッ。


 スサノが両手から放つ波動がこんなにも気持ち良い。


「ああぁぁああっ! 気持ちいいぞぉぉおおおおっ! あっあーっ!]


 私の声はまるでエロアニメの声優の喘ぎ声のようだ。


[うふ、あは、あはあっ、すっごい。すっごく良いぞ! 大好きだーっ!]

「なんて……可憐な女なのだ!」


 スサノの攻撃スキルが終わる。両手を下げた。


 私の目を見て、彼は恋をした少年のように頬をピンク色に染めていた。目で殺してやったのだ。殺しきった。彼の顔には私への好意がありありと浮かんでいた。


 狂わせてやった。完全に。ふふふ。これからは私を欲してあがくが良い。切ない夜を過ごすが良い。だけど残念、私はシグレ様の女なのだ。他の男など眼中にない。


「いかん、いかんっ! いかんのであーるっ!」


 スサノは自分の頭をたたいて首を振る。


「い、いくら可憐であろうと、て、手加減はせんぞ。ま、ま、まだ死なないのであーるか? で、ではここで! みなさん! て、て、手拍子で行ってみよう! さんはいっ! ミッドナーイ、ド、ド、ドラマティックスマッシャー!」


 ドカンッ。


[あはっ!]


 私の顔面に拳がめり込み、吹き飛ばされた。瞬間、脳裏にシグレ様のお顔があった。ああ神よっ!


 新しい自分の誕生だった。


 NPCが張る結界の壁に激突し、HPが再びゼロになる。身体が地面にどすんと落ちた。全身が汗ばんでいて、赤い服がぐっしょりと湿っていた。すごい匂いがした。


 あの時、貴方が優しさをくれたから。


 今。レイプの恐怖を忘れることができた。


 貴方が私をあきらめなかったから。


 私も自分をあきらめない。


 新たな自身が汚くとも。


 醜くとも。


 幼い頃から、輝くものが何も無かった自分。


 たった一つだけ存在していた一ミリグラムのエロの才能が、光に手を伸ばして開花した。


 ドM女が狂い咲く。


 どんな暴力を受けても、巨大な色気で反撃するメス。


 身体がウズウズとした。今の私なら、リリイ殿に負けない。


 シ、グ、レ、サ、マ! シグレ様、今、おそばに参ろう! イケないものを見せてやるからな! 何度だって求愛してやる。強い敵からは守ってみせる。貴方の心を手に入れてやる!


 私の身体は青い粒となり、試合場を退出した。


 もう、何も怖くない。


 ◆◆◆


 私は立ち上がり、剣と盾を構えてスサノの元へと歩いて行く。吹き飛ばされて、私の頭がくらくらしている間にカグヤはやられちゃったみたいだ。だったら私が何とかしなきゃいけない。シグレ、お願い、私に力を貸して。


『シールドグラント、ドレインソード!』


 シュワーン。


 私の前に青い鎧のグラフィックが出現し、被ダメージ半減の効果が付与される。剣の刀身が紫色の光を帯びた。これで攻撃時に相手のHPを吸収できる。


「お、乙女よ、ま、まだやるのであーるか?」


 近づいて行くと、相手はどうしてか動揺していた。これは、カグヤが少しでもダメージを与えてくれたってことよね。そのことに感謝しないと。


 スサノが落ち着かない様子でタバコをふかしている。だけどこの男マジ強いわ。はっきり言ってナギよりもやりにくかった。だって、その動きが独特過ぎるんだもの。


 私は剣の切っ先を相手に向けた。


『かかってきなさい』

「い、嫌であーる。お、お前がかかってくれば良いのだ」

『じゃあこちらから行くわ』

「お、鬼さんこちらであーる」

『ドラゴニックダイブ!』


 唱えて、空中から敵に斬りかかる。


「そのスキルは隙だらけなのだ。おおお、せいやー!」


 彼は半身ずらして斬撃をかわし、こちらに蹴りを放った。カウンターの勢いに乗ったつま先が私の腹に命中する。


『ぐはっ!』


 くぅぅ。相手は気が動転していたみたいだけど、身体を動かすことで平静を取り戻したみたいなの。


「弱い弱いぞ、か弱き乙女! 早く降参と叫ぶのであーる」


 どさっ。


 私は地面に落ちる。スサノが歩いていてきて、右手で私の首を掴み、宙づりにした。私は盾のはめてある左手で相手の右手を掴む。剣を持つ反対の右手は痺れて動かない。くぅっ、これじゃあ抵抗できないわ。


 その時、場外から仲間の声がした。


【リリイ、棄権だ!】

「うむ! リリイさん、無理をすることはない!」

「リリイちゅぅぅん、ここは棄権だよお!」

「リリイ、逃げるのぉ!」


 みんなが降参しろと言っている。だけど私は降参なんてしたくない。というか絶対に嫌だ。最後まで戦うんだ。シグレ、貴方と約束したもの。私はシュヴァリエのメンバーで一番強くなってみせる。だから負ける訳にはいかないのよ。約束は約束よね。


 スサノが首を締め付ける。その右手のひらにどんどん力が込められる。


 私のHPがドクドクと削れていく。ひたすらにどうしようもなかった。スサノが左手でタバコをつまみ、煙を吐き出した。


「お、女よ、降参したくば左手を上げよ」

『……誰が、ずる、もんでずか』

「ご、強情だな女よ。こ、これでは我が輩が、お、お、乙女をイジメているような格好なのであーる。イ、イジメは嫌いなのだ」


 彼がまたタバコをくわえる。落ち着かなさそうに足を揺らす。スサノはまた心が不安定になったようだ。まるでそういうデバフにかかっているような様子なの。一体、カグヤに何をされたの?


『ぐ……ぐ……』

「は、早く左手を上げるのであーる!」

『ふ』


 私のHPが30%を切った。瞬間である。


 ガアアアッ。


 オレンジ色の狼が吠えるグラフィックがあり、それをくらったスサノがスタンして頭をピヨピヨと回した。私は地面に落ちて、剣と盾を構える。パッシブスキルが二つ発動している。一つ目は決死。スタンハウルが発生し、一度だけSTRとINTが倍化している。二つ目は女王様とお呼び。相手のSTRとINTを50奪っている。


 細かく言えば、サディスティックラブも発生していた。


 私は唱えた。


『真空斬り!』


 ザクリッ。


 STR300越えの大ぶりの一撃がスサノの胸を切り裂く。HPがゴリッと削れて半分以下になった。今だ!


『エクゼキュートペイン!』


 ザッキューンッ。


「なんと!」


 スサノのスタンは解けたようだった。だけど必殺スキルの斬撃を浴びてHPがゼロになる。否、HP1で生き残っている。この人も致命救済を持っているようだった。そしてHPが20%回復する。彼の身体が白い球状のシールドに包まれた。嘘! ガッツまで持っているの? それはナギと同じパッシブスキルだった。


 相手は窮地に立って、また正気を取り戻したようなの。


「油断したのであーる。そんな、凶悪なパッシブスキルを持っていたであーるか? 天晴れ、我が輩の敵として認めてやるのであーる」


 戦闘狂よね、この人。言っている言葉がさ。


 彼が両手の腕を振りつつ前後左右に足を滑らせる。素早い動きだ。まるで激しいダンスを踊っているみたい。


「チェックメェェェェイトであーる。さあさあさあ、思いきって行ってみよう! 我が輩必殺、金! 剛! 崩! 拳!」


 オレンジ色の波動をまとう単純な正拳突きだった。だけどとんでもなく速くて動きがブレて見える。まるで一筋のミサイルだ。そして必殺スキルだった。だっていま必殺って言ったもの。私は唱えた。


『カウンター!』


 カーンッ。


 私は消えた。相手のシールドに強烈な反撃が繰り出される。スサノはノーダメージだ。


 相手の真後ろに着地する。彼の金剛崩拳は思いっきり空ぶっていた。はあ、はあ、逃げたい。もう逃げたい。だけど逃げる訳にはいかない。負けたくない。負けない。振り返って剣と盾を構える。


 相手も振り返っていた。


「バルンゴ、ブレスなのだっ」

「ゴァッ!」


 空中を飛んでいた竜が火の塊を吐く。私は避けようとしたのだけれど、スサノに睨み付けられた。


「ふぬっ!」

『えっ!?』


 ピシンッ。


 空気が割れたような音が鳴り、私はスタンしていた。何よこれ!? 睨み付けるだけでスタンさせるスキルって、そんなの有り?


 ドーンッ。


 炎の塊が私に命中して地面が燃え盛る。HPがどんどん削れて行く。あとちょっとしか残ってない。これじゃあ死んじゃうわ。


 スサノがまた不安定にならないかしら。そう願うんだけど、現実はそうも上手く行かないみたい。


「仮面の女騎士よ。敬意を持って葬らせてもらうのであーる。それではみなさん! ご機嫌良く行ってみよう! ミッドナーイ、ドラマティックスマッシャー!」


 蛇が獲物に噛みつく時のような変速起動を描き、スサノの拳が迫ってくる。


 スタン効果が切れた。


『インビジブル!』


 私は唱えた。


 超速の拳が腹にめり込むんだけど、私はノックバック効果もダメージも受けない。すぐさま反撃に出た。


『スタンスラスト!』

「おおっとー!」


 ヒュンッ。


 くそっ、地面を滑って回避された! だけどもうやるしか無い。リアルの神経が消耗して、私はへとへとだった。だから、これが最後の超必殺よ!


『ツキオボロ!』


 一瞬、空が夜になりお月様が出た。観客席がオオッと沸いた。私の姿は消えて、問答無用の突きの連続攻撃が繰り出される。


 ズドズドズドッ。


「大放屁離脱なのあーる!」


 ブオンッ!


 スサノはオナラをぶっこいて、凄いスピードでぶっ飛んで後退した。ツキオボロの効果範囲は半径五メートル。その外へ逃げる。私の連続攻撃の突きのほとんどが空を斬った。くそ、避けられた。これで倒せると思ったのに! やっぱりスタンを決めないとダメみたいなの。


 というか今の回避スキル何なのよ? ただの凄いオナラじゃん!? しかもすごい臭いし。ごほっ、ごほっ、と咳が出る。三秒後、空が明るくなった。スキル効果の切れた私は元の位置に出現する。スサノを走って追いかける。ちょっと離れた場所で、相手は余裕そうにタバコを吸って煙を吐いている。


 いま、ヘイストポーションが切れているのよね、私。五分経っちゃったからさ。でも、インベントリを出そうか? ただその瞬間を狙われるかもしれない。そして、この男もヘイストが切れているはずなのに、なんで使わないの? というか彼は最初の時ポーションを使ってたっけ? もう覚えてないわ!


 私は気づいた。彼のくわえているタバコが薄黄色に光っている。何かのバフが発動していた。たぶん、速度上昇の効果だ。これじゃあ私の不利じゃん! ヘイストポーションを使わない限り、敗北は確定だ。


 仕方無く唱える。


『インベントリ』

「バルンゴよっ!」

「がりゅうあー!」


 竜が飛んで襲いかかってくる。かぎ爪で攻撃をしてきた。私はインベントリを出したのだけれども、ポーションを取り出せない。剣を振り上げて竜を追い払う。


『このおおおおっ』

「せいはー!」


 地面を滑るステップでスサノが急接近し、上半身を回転させて私の腹に両手の拳を打ち込む。


『うああああっ!』


 私は血を吐いて後退し、地面に膝をついた。HPが1になった。致命救済が発動して五秒間無敵になる。今のうちにヘイストポーションを取り出さないといけない。だけど今更よね……リアル集中力も残って無い。それならばこっちにしよう。


 私が取り出したのは閃光弾だった。


「バルンゴよ! ブレスなのだ!」

「ゴァッ!」


 空中高く舞い戻った竜が火の塊を吐く。


 私は『使用』と言って、閃光弾を地面に放った。


 ドッ!


 辺りがまばゆい光に包まれる。


 私は目をつむって、スサノに襲いかかった。盾を前にして、体当たりをかます。シールドバッシュを決めてやる! だけど、タックルが命中した感触がない。嘘、どこへ行ったの!


 ボーンッ。


 ブレスが地面に命中し、辺りが火の海になった。だけど私はもうHPが1しかない。被ダメージ無効の五秒間がやがて経過していた。急いで逃げるんだけど、最後のHPが減ってしまう。


「ちいっ! 勝利ではあるが、何か変な気分であーる。ま、全く、それにしても、可憐な乙女だったのであーる。カグヤと言ったか? あの美女は?」


 膝を地面について、そして私は倒れて行った。スサノ声はよく聞こえない。


 私は叫び声を上げる。


『あああああぁぁあああああっ!』


 悲鳴ではない。悔しさからの泣き声だった。負けてしまった。シグレの期待をまた裏切った。私は強くなったはずなのに! それなのに、負けちゃうなんて、貴方に嫌われちゃう。ごめんね、ごめんねシグレ。またウザい姿を見せちゃった。私、ダメだったよ。ごめんね。ウザくてごめんね。


 だけど。


【リリイ、良くやった!】

「うむ、リリイさん、大健闘だ!」

「リリイちゅぅぅぅぅん、頑張ったよー!」

「リリイ、頑張ったのー!」


 みんなが、みんなが褒めてくれている。シグレも褒めてくれた。それこそスタンディングオベーションだった。そっか、私、頑張れたのかな? それなら、良かったな。本当に、次こそは、絶対に負けないんだから。今回は許してくれるよね、ね? ダーリン。


 私は青い粒になって試合場を後にする。


「勝者、アイギスの盾の、スサノ!」


 審判が告げた瞬間、会場からワッと拍手が起こる。まるで緊張の糸が切れたようだった。

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