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第3話 ミステリーは突然に 前編
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探偵に必要なもの。それは「栄養」だ。
エネルギーがないと、いかなる依頼も遂行することはできない。 そう。ぼくは今、探偵に必要な『栄養』を製作中なのだ。
「探偵さーん。猫探しの依頼、終わりましたよー」
「ありがとう、葵くん。ご苦労様」
「いえいえ。……で、今日のお昼ご飯は?」
「特製オムライスです」
「やったー!! 探偵さんの作るオムライス、卵がふわふわで美味しいんですよね!」
女子高生イタコ・葵は、年相応の無邪気な笑顔で歓声を上げた。
あれから一ヶ月。 ぼくたちの探偵事務所は、平和そのものだった。 一本桜の事件以降、ぼくたちは奇妙な共同生活(といっても日中だけだが)を続けている。 仕事はといえば、迷い猫の捜索や、不倫調査の尾行といった、地味で小さな依頼ばかり。 だが、収入は安定してきた。「イタコ助手」である葵の能力を使えば、猫の居場所も、浮気相手の隠れ家も、霊視一発で特定できるからだ。
「なんて清々(すがすが)しい朝なんだ……今日も平和な探偵ライフを」
ぼくは温かいお茶を啜り、窓から外の景色を眺めていた。 ――その時、事件は唐突に始まった。
ガンガンガン!!
探偵事務所のドアを叩く音は、乱暴そのものだった。
「ひぃっ!?」
ぼくはお茶を吹き出しそうになりながら、慌ててドアへ向かう。
「ほ、本日の営業は終了しましたー……」
ぼくが追い返そうとしたその時、ドアが勢いよく開かれた。
「相変わらず、シケた事務所ね」
入ってきたのは、パリッとしたパンツスーツに身を包んだ、スタイルの良い女性だった。 ちなみに、ぼく好みのナイスバディである。
「今は『探偵さん』と呼んだ方がいいのかしら?」
彼女はぼくを見て、呆れたように鼻を鳴らした。
「……なんだ、凛か。てっきり家賃の催促かと思ってヒヤヒヤしたぜ」
言葉では冷静を装っていたが、内心ものすごくビビっていた。心臓が早鐘を打っている。
「失礼ね。市民の安全を守る警察官が、家賃の回収なんてしないわよ」
彼女の名前は、安倍 凛。 県警捜査一課の刑事であり、ぼくの元彼女である――というのは嘘で、ただの古い友人だ。 奥の部屋から出てきた葵が、煎餅を食べる手を止めて首を傾げた。
「依頼人ですか? 探偵さん」
「この人は違うよ。俺の古い友人でね。顔は怖いけど、一応これでも市民の安全を守る警察官なんだ」
ドスッ!!
鈍い音が響き、ぼくは脇腹を押さえて悶絶した。凛の鋭い肘打ちが綺麗に決まったのだ。
「顔が怖いのは余計よ」
凛は冷ややかに言い放つと、葵の方へ視線を向けた。
「その子が新しい助手さん?」
「うぐ……そ、そうだよ……」
「ふーん。あなたが助手を雇うなんてね」
凛は興味なさそうにソファに座ると、長い足を組んだ。その仕草だけで、狭い事務所が一瞬にして取調室のような重苦しい空気に変わる。
「で? エリートな刑事さんが、こんなオンボロ事務所に何のご用ですか?」
ぼくが痛む脇腹をさすりながら尋ねると、彼女はバッグから一枚の写真を取り出し、テーブルに放った。
「仕事よ。……警察じゃ、手が出せなくてね」
「警察が手を出せない?」
写真を見て、ぼくは眉をひそめた。 写っていたのは、いかにも高級そうなオフィス。そこで倒れている男性の遺体。その胸には、深々とナイフが突き刺さっていた。
「死因は心臓への刺突。ほぼ即死ね」
「この事件の犯人を捜して欲しいってことかい? でも、なぜ警察でやらない? 殺人事件なんて警察の十八番だろう」
ぼくが尋ねると、凛は悔しげに唇を噛んだ。
「……上からの指示で、捜査が打ち切りにされたのよ」
「打ち切り?」
「ええ。この被害者は、ある政治家の不正を握っていたらしいわ。おそらく、圧力をかけられる立場の人間が、犯人か黒幕にいる」
凛は鋭い眼光でぼくを見据えた。
「警察は動けない。だから、外部のあなたたちに頼みたいの」
「なるほど。俺らが真犯人を捜し出し、証拠を突きつけて認めさせればいいわけだ」
「話が早くて助かるわ」
凛は期待を込めた目でぼくを見た。 だが。ぼくはビシッと指を突きつけ、言い放った。
「だが断る!!」
「は?」
「危険すぎる! 政治家の闇とか、そんなサスペンスドラマみたいな案件、命がいくつあっても足りないよ! ぼくは平和に猫を探していたいんだ!」
「……そう」
凛はため息をつくと、懐から封筒を取り出し、チラつかせた。
「報酬は弾むわよ? 警察の機密費から出るから、非課税でこれくらい」
彼女が指を『6本』立てて見せる。 六万? いや、この危険度なら六十万……まさか、六百万!?
「葵くん!! 仕事だ!!」
ぼくは食い気味に叫び、ジャケットを羽織った。
「今すぐ現場に向かうぞ!!」
「……早っ」
葵の冷ややかなツッコミを背に受けながら、ぼくはお金に弱い探偵としての矜持を見せつけるのだった。
エネルギーがないと、いかなる依頼も遂行することはできない。 そう。ぼくは今、探偵に必要な『栄養』を製作中なのだ。
「探偵さーん。猫探しの依頼、終わりましたよー」
「ありがとう、葵くん。ご苦労様」
「いえいえ。……で、今日のお昼ご飯は?」
「特製オムライスです」
「やったー!! 探偵さんの作るオムライス、卵がふわふわで美味しいんですよね!」
女子高生イタコ・葵は、年相応の無邪気な笑顔で歓声を上げた。
あれから一ヶ月。 ぼくたちの探偵事務所は、平和そのものだった。 一本桜の事件以降、ぼくたちは奇妙な共同生活(といっても日中だけだが)を続けている。 仕事はといえば、迷い猫の捜索や、不倫調査の尾行といった、地味で小さな依頼ばかり。 だが、収入は安定してきた。「イタコ助手」である葵の能力を使えば、猫の居場所も、浮気相手の隠れ家も、霊視一発で特定できるからだ。
「なんて清々(すがすが)しい朝なんだ……今日も平和な探偵ライフを」
ぼくは温かいお茶を啜り、窓から外の景色を眺めていた。 ――その時、事件は唐突に始まった。
ガンガンガン!!
探偵事務所のドアを叩く音は、乱暴そのものだった。
「ひぃっ!?」
ぼくはお茶を吹き出しそうになりながら、慌ててドアへ向かう。
「ほ、本日の営業は終了しましたー……」
ぼくが追い返そうとしたその時、ドアが勢いよく開かれた。
「相変わらず、シケた事務所ね」
入ってきたのは、パリッとしたパンツスーツに身を包んだ、スタイルの良い女性だった。 ちなみに、ぼく好みのナイスバディである。
「今は『探偵さん』と呼んだ方がいいのかしら?」
彼女はぼくを見て、呆れたように鼻を鳴らした。
「……なんだ、凛か。てっきり家賃の催促かと思ってヒヤヒヤしたぜ」
言葉では冷静を装っていたが、内心ものすごくビビっていた。心臓が早鐘を打っている。
「失礼ね。市民の安全を守る警察官が、家賃の回収なんてしないわよ」
彼女の名前は、安倍 凛。 県警捜査一課の刑事であり、ぼくの元彼女である――というのは嘘で、ただの古い友人だ。 奥の部屋から出てきた葵が、煎餅を食べる手を止めて首を傾げた。
「依頼人ですか? 探偵さん」
「この人は違うよ。俺の古い友人でね。顔は怖いけど、一応これでも市民の安全を守る警察官なんだ」
ドスッ!!
鈍い音が響き、ぼくは脇腹を押さえて悶絶した。凛の鋭い肘打ちが綺麗に決まったのだ。
「顔が怖いのは余計よ」
凛は冷ややかに言い放つと、葵の方へ視線を向けた。
「その子が新しい助手さん?」
「うぐ……そ、そうだよ……」
「ふーん。あなたが助手を雇うなんてね」
凛は興味なさそうにソファに座ると、長い足を組んだ。その仕草だけで、狭い事務所が一瞬にして取調室のような重苦しい空気に変わる。
「で? エリートな刑事さんが、こんなオンボロ事務所に何のご用ですか?」
ぼくが痛む脇腹をさすりながら尋ねると、彼女はバッグから一枚の写真を取り出し、テーブルに放った。
「仕事よ。……警察じゃ、手が出せなくてね」
「警察が手を出せない?」
写真を見て、ぼくは眉をひそめた。 写っていたのは、いかにも高級そうなオフィス。そこで倒れている男性の遺体。その胸には、深々とナイフが突き刺さっていた。
「死因は心臓への刺突。ほぼ即死ね」
「この事件の犯人を捜して欲しいってことかい? でも、なぜ警察でやらない? 殺人事件なんて警察の十八番だろう」
ぼくが尋ねると、凛は悔しげに唇を噛んだ。
「……上からの指示で、捜査が打ち切りにされたのよ」
「打ち切り?」
「ええ。この被害者は、ある政治家の不正を握っていたらしいわ。おそらく、圧力をかけられる立場の人間が、犯人か黒幕にいる」
凛は鋭い眼光でぼくを見据えた。
「警察は動けない。だから、外部のあなたたちに頼みたいの」
「なるほど。俺らが真犯人を捜し出し、証拠を突きつけて認めさせればいいわけだ」
「話が早くて助かるわ」
凛は期待を込めた目でぼくを見た。 だが。ぼくはビシッと指を突きつけ、言い放った。
「だが断る!!」
「は?」
「危険すぎる! 政治家の闇とか、そんなサスペンスドラマみたいな案件、命がいくつあっても足りないよ! ぼくは平和に猫を探していたいんだ!」
「……そう」
凛はため息をつくと、懐から封筒を取り出し、チラつかせた。
「報酬は弾むわよ? 警察の機密費から出るから、非課税でこれくらい」
彼女が指を『6本』立てて見せる。 六万? いや、この危険度なら六十万……まさか、六百万!?
「葵くん!! 仕事だ!!」
ぼくは食い気味に叫び、ジャケットを羽織った。
「今すぐ現場に向かうぞ!!」
「……早っ」
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