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第5話 探偵、パパになる 後編
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凛に案内され、ぼくたちは警察署の一室へ向かった。 部屋の隅で震えていた女性――赤ちゃんの母親の姿を見て、ぼくは言葉を失った。 長袖長ズボンで素肌を隠してはいるが、動くたびに覗く服の隙間から、どす黒いあざが見えたのだ。 彼女が受けてきた暴力の凄まじさを物語っていた。
「……あの子!!」
ぼくが抱いていたカゴを見ると、彼女は泣きながら駆け寄った。
「よかった……本当によかった、無事で……! もしかして、探偵さんですか? この度はこの子を救っていただき……!」
彼女は涙を流しながら、我が子を強く抱きしめた。
「あの、大変失礼ですが……そのあざは一体?」
ぼくが尋ねると、彼女はビクリと身体を強張らせた。
「ちょっと探偵さん!」
葵が止めようとするが、凛が口を開いた。
「DVよ。半年前くらいから、旦那が彼女に暴行を加えるようになったらしいわ」
「旦那さんは、昔から暴力を?」
ぼくが彼女に尋ねると、彼女は震える声で答えた。
「いいえ……昔は本当に優しい人だったんです。でも、半年前に新しい仕事に就いてから、人が変わったように暴力を……」
「新しい仕事?」
「私、怖くなって……この子だけは守らないとと思って、夜中に家を飛び出したんです。行く当てもなく歩いていて、見つけた看板が……」
「『探偵事務所』だったということか」
ぼくは納得し、そして核心を突いた。
「その、旦那さんの新しい仕事というのは?」
「確か……金融関係で、『花崎コンツェルン』系列の会社だと……」
「花崎コンツェルン!?」
ぼくたちは顔を見合わせた。 御曹司による殺人事件。そして今回のDV夫の豹変。 ここでも花崎コンツェルンの名が出てくるのか。やはり、あの会社には何か裏がある。
ひとまず母子の安全は確保された。ぼくたちは警察署を出て、タクシーに乗る母親を見送ることにした。
「本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
母親は深々と頭を下げ、タクシーに乗り込む。
「またな、相棒」
ぼくは赤ちゃんの小さな手を握り、別れを告げた。 タクシーのドアが閉まり、車が走り出す。
「これで一件落着ですね。……探偵さん? どうしたんですか?」
葵が不思議そうにぼくを見る。ぼくは腑に落ちなかった。もしこの事件にも花崎コンツェルンが関わっていたら? 一体奴らは何をしようとしているんだ? 嫌な予感がする。まだ、終わっていない気がした。
その時だった。 走り去ろうとするタクシーの行く手に、ふらりと男性が現れた。
「……俺の家族を……連れて行くなぁぁ!!」
「旦那よ!!」
凛が叫ぶ。男は獣のような目をして、タクシーの前に立ちはだかった。
「探偵さん! あの人の後ろ!」
葵が指差して叫ぶ。
「黒いオーラが見えます! 黒い『何か』が、彼を操ってます!」
「なんだって!?」
ぼくは男の顔を見た。充血した目。引きつった表情。そこにあるのは、人間のそれではない狂気だった。
「凛! 彼女の保護を! 俺はあいつを止める!」
「わかったわ!」
凛がタクシーへ走り、ぼくは旦那めがけて全力でタックルを喰らわした。
ドガッ!
「いでっ!」
ぼくの肩に激痛が走る。まるで岩にぶつかったようだ。
「離せ……離せぇぇ! また俺を家族から離すのか! 許さん、許さーん!!」
旦那は狂ったように叫び、暴れる。人間離れした馬鹿力だ。
「葵! これ祓えるか!?」
ぼくは必死に男を押さえ込みながら叫んだ。
「できれば早めに頼む! このおっさん案外力が強い! 俺の体力はあと二分しか持たん!」
「情けないこと言わないで! もう少し頑張りなさいよ!」
凛からの叱咤が飛ぶ。
「やれるかわかりませんが……やってみます!」
葵は数珠を構え、何かを小声で唱え始めた。 静かな、だが力強い祝詞が紡がれる。
「……ッ!!」
葵が男の額めがけて、数珠を鋭く突き出した。 数珠が触れた瞬間、男の背後から黒い煤のようなものが噴き出した。
『グオオオオオ……ッ!!』
耳障りな断末魔が響き、黒いオーラは霧散して消えた。 同時に、男はその場で糸が切れたように崩れ落ちた。
「……あれ? 俺は……何を……?」
旦那さんは正気に戻っていた。 駆け寄った母親を見て、彼は涙を流して謝罪した。
「すまなかった……俺、なんてことを……ごめんな……」
憑き物が落ちた彼は、かつての優しい夫の顔に戻っていた。 これから罪を償うことになるだろう。だが、少なくとも、かけがえのないものを永遠に失うことだけは防げたはずだ。
警察に連行されていく姿を見送り、ぼくは安堵の息を吐いた。
「ふぅ……。もうクタクタだ」
「ええ、本当に疲れたわね」
凛も同じように肩の力を抜く。 だが、葵だけは険しい表情をしていた。
「探偵さん……」
「ん? どうしたの?」
「あの黒いオーラ……私、以前見たことがある気がします」
「どこで?」
「わかりません。でも……どこかで……」
何かを思い出そうとする葵の表情は、どこか切なげだった。
花崎コンツェルン。 葵のお姉さん。 そして、謎の黒いオーラ。
これら三つが決して無関係ではないことだけは、確実な事実となったのだった。
「……あの子!!」
ぼくが抱いていたカゴを見ると、彼女は泣きながら駆け寄った。
「よかった……本当によかった、無事で……! もしかして、探偵さんですか? この度はこの子を救っていただき……!」
彼女は涙を流しながら、我が子を強く抱きしめた。
「あの、大変失礼ですが……そのあざは一体?」
ぼくが尋ねると、彼女はビクリと身体を強張らせた。
「ちょっと探偵さん!」
葵が止めようとするが、凛が口を開いた。
「DVよ。半年前くらいから、旦那が彼女に暴行を加えるようになったらしいわ」
「旦那さんは、昔から暴力を?」
ぼくが彼女に尋ねると、彼女は震える声で答えた。
「いいえ……昔は本当に優しい人だったんです。でも、半年前に新しい仕事に就いてから、人が変わったように暴力を……」
「新しい仕事?」
「私、怖くなって……この子だけは守らないとと思って、夜中に家を飛び出したんです。行く当てもなく歩いていて、見つけた看板が……」
「『探偵事務所』だったということか」
ぼくは納得し、そして核心を突いた。
「その、旦那さんの新しい仕事というのは?」
「確か……金融関係で、『花崎コンツェルン』系列の会社だと……」
「花崎コンツェルン!?」
ぼくたちは顔を見合わせた。 御曹司による殺人事件。そして今回のDV夫の豹変。 ここでも花崎コンツェルンの名が出てくるのか。やはり、あの会社には何か裏がある。
ひとまず母子の安全は確保された。ぼくたちは警察署を出て、タクシーに乗る母親を見送ることにした。
「本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
母親は深々と頭を下げ、タクシーに乗り込む。
「またな、相棒」
ぼくは赤ちゃんの小さな手を握り、別れを告げた。 タクシーのドアが閉まり、車が走り出す。
「これで一件落着ですね。……探偵さん? どうしたんですか?」
葵が不思議そうにぼくを見る。ぼくは腑に落ちなかった。もしこの事件にも花崎コンツェルンが関わっていたら? 一体奴らは何をしようとしているんだ? 嫌な予感がする。まだ、終わっていない気がした。
その時だった。 走り去ろうとするタクシーの行く手に、ふらりと男性が現れた。
「……俺の家族を……連れて行くなぁぁ!!」
「旦那よ!!」
凛が叫ぶ。男は獣のような目をして、タクシーの前に立ちはだかった。
「探偵さん! あの人の後ろ!」
葵が指差して叫ぶ。
「黒いオーラが見えます! 黒い『何か』が、彼を操ってます!」
「なんだって!?」
ぼくは男の顔を見た。充血した目。引きつった表情。そこにあるのは、人間のそれではない狂気だった。
「凛! 彼女の保護を! 俺はあいつを止める!」
「わかったわ!」
凛がタクシーへ走り、ぼくは旦那めがけて全力でタックルを喰らわした。
ドガッ!
「いでっ!」
ぼくの肩に激痛が走る。まるで岩にぶつかったようだ。
「離せ……離せぇぇ! また俺を家族から離すのか! 許さん、許さーん!!」
旦那は狂ったように叫び、暴れる。人間離れした馬鹿力だ。
「葵! これ祓えるか!?」
ぼくは必死に男を押さえ込みながら叫んだ。
「できれば早めに頼む! このおっさん案外力が強い! 俺の体力はあと二分しか持たん!」
「情けないこと言わないで! もう少し頑張りなさいよ!」
凛からの叱咤が飛ぶ。
「やれるかわかりませんが……やってみます!」
葵は数珠を構え、何かを小声で唱え始めた。 静かな、だが力強い祝詞が紡がれる。
「……ッ!!」
葵が男の額めがけて、数珠を鋭く突き出した。 数珠が触れた瞬間、男の背後から黒い煤のようなものが噴き出した。
『グオオオオオ……ッ!!』
耳障りな断末魔が響き、黒いオーラは霧散して消えた。 同時に、男はその場で糸が切れたように崩れ落ちた。
「……あれ? 俺は……何を……?」
旦那さんは正気に戻っていた。 駆け寄った母親を見て、彼は涙を流して謝罪した。
「すまなかった……俺、なんてことを……ごめんな……」
憑き物が落ちた彼は、かつての優しい夫の顔に戻っていた。 これから罪を償うことになるだろう。だが、少なくとも、かけがえのないものを永遠に失うことだけは防げたはずだ。
警察に連行されていく姿を見送り、ぼくは安堵の息を吐いた。
「ふぅ……。もうクタクタだ」
「ええ、本当に疲れたわね」
凛も同じように肩の力を抜く。 だが、葵だけは険しい表情をしていた。
「探偵さん……」
「ん? どうしたの?」
「あの黒いオーラ……私、以前見たことがある気がします」
「どこで?」
「わかりません。でも……どこかで……」
何かを思い出そうとする葵の表情は、どこか切なげだった。
花崎コンツェルン。 葵のお姉さん。 そして、謎の黒いオーラ。
これら三つが決して無関係ではないことだけは、確実な事実となったのだった。
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