その推理、死者が「違う」と言ってます。~崖っぷち探偵の相棒は、イタコでした~

ズボンハクオ

文字の大きさ
11 / 53

第5話 探偵、パパになる 後編

しおりを挟む
凛に案内され、ぼくたちは警察署の一室へ向かった。  部屋の隅で震えていた女性――赤ちゃんの母親の姿を見て、ぼくは言葉を失った。  長袖長ズボンで素肌を隠してはいるが、動くたびに覗く服の隙間から、どす黒いあざが見えたのだ。  彼女が受けてきた暴力の凄まじさを物語っていた。



「……あの子!!」 

ぼくが抱いていたカゴを見ると、彼女は泣きながら駆け寄った。

 「よかった……本当によかった、無事で……! もしかして、探偵さんですか? この度はこの子を救っていただき……!」

彼女は涙を流しながら、我が子を強く抱きしめた。 

「あの、大変失礼ですが……そのあざは一体?」

  ぼくが尋ねると、彼女はビクリと身体を強張らせた。 

「ちょっと探偵さん!」

葵が止めようとするが、凛が口を開いた。 

「DVよ。半年前くらいから、旦那が彼女に暴行を加えるようになったらしいわ」

 「旦那さんは、昔から暴力を?」

ぼくが彼女に尋ねると、彼女は震える声で答えた。 

「いいえ……昔は本当に優しい人だったんです。でも、半年前に新しい仕事に就いてから、人が変わったように暴力を……」

 「新しい仕事?」

 「私、怖くなって……この子だけは守らないとと思って、夜中に家を飛び出したんです。行く当てもなく歩いていて、見つけた看板が……」

 「『探偵事務所』だったということか」 

 ぼくは納得し、そして核心を突いた。 

「その、旦那さんの新しい仕事というのは?」 

「確か……金融関係で、『花崎コンツェルン』系列の会社だと……」

「花崎コンツェルン!?」

 ぼくたちは顔を見合わせた。  御曹司による殺人事件。そして今回のDV夫の豹変。  ここでも花崎コンツェルンの名が出てくるのか。やはり、あの会社には何か裏がある。

 ひとまず母子の安全は確保された。ぼくたちは警察署を出て、タクシーに乗る母親を見送ることにした。 

「本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」

 母親は深々と頭を下げ、タクシーに乗り込む。 

「またな、相棒」

ぼくは赤ちゃんの小さな手を握り、別れを告げた。  タクシーのドアが閉まり、車が走り出す。

「これで一件落着ですね。……探偵さん? どうしたんですか?」

 葵が不思議そうにぼくを見る。ぼくは腑に落ちなかった。もしこの事件にも花崎コンツェルンが関わっていたら?  一体奴らは何をしようとしているんだ?  嫌な予感がする。まだ、終わっていない気がした。

 その時だった。  走り去ろうとするタクシーの行く手に、ふらりと男性が現れた。

「……俺の家族を……連れて行くなぁぁ!!」 

「旦那よ!!」

凛が叫ぶ。男は獣のような目をして、タクシーの前に立ちはだかった。 

「探偵さん! あの人の後ろ!」

葵が指差して叫ぶ。

「黒いオーラが見えます! 黒い『何か』が、彼を操ってます!」 

「なんだって!?」 

ぼくは男の顔を見た。充血した目。引きつった表情。そこにあるのは、人間のそれではない狂気だった。

「凛! 彼女の保護を! 俺はあいつを止める!」

 「わかったわ!」

凛がタクシーへ走り、ぼくは旦那めがけて全力でタックルを喰らわした。

 ドガッ!

「いでっ!」

ぼくの肩に激痛が走る。まるで岩にぶつかったようだ。 

「離せ……離せぇぇ! また俺を家族から離すのか! 許さん、許さーん!!」

旦那は狂ったように叫び、暴れる。人間離れした馬鹿力だ。

「葵! これ祓えるか!?」

ぼくは必死に男を押さえ込みながら叫んだ。 

「できれば早めに頼む! このおっさん案外力が強い! 俺の体力はあと二分しか持たん!」

「情けないこと言わないで! もう少し頑張りなさいよ!」

凛からの叱咤が飛ぶ。 

「やれるかわかりませんが……やってみます!」

葵は数珠を構え、何かを小声で唱え始めた。  静かな、だが力強い祝詞が紡がれる。

「……ッ!!」

 葵が男の額めがけて、数珠を鋭く突き出した。  数珠が触れた瞬間、男の背後から黒い煤のようなものが噴き出した。

『グオオオオオ……ッ!!』

 耳障りな断末魔が響き、黒いオーラは霧散して消えた。  同時に、男はその場で糸が切れたように崩れ落ちた。

「……あれ? 俺は……何を……?」

旦那さんは正気に戻っていた。  駆け寄った母親を見て、彼は涙を流して謝罪した。 

「すまなかった……俺、なんてことを……ごめんな……」

憑き物が落ちた彼は、かつての優しい夫の顔に戻っていた。  これから罪を償うことになるだろう。だが、少なくとも、かけがえのないものを永遠に失うことだけは防げたはずだ。

 警察に連行されていく姿を見送り、ぼくは安堵の息を吐いた。

「ふぅ……。もうクタクタだ」 

「ええ、本当に疲れたわね」

凛も同じように肩の力を抜く。  だが、葵だけは険しい表情をしていた。

「探偵さん……」

 「ん? どうしたの?」

「あの黒いオーラ……私、以前見たことがある気がします」 

「どこで?」 

「わかりません。でも……どこかで……」

何かを思い出そうとする葵の表情は、どこか切なげだった。

 花崎コンツェルン。  葵のお姉さん。  そして、謎の黒いオーラ。

 これら三つが決して無関係ではないことだけは、確実な事実となったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

側妃に追放された王太子

基本二度寝
ファンタジー
「王が倒れた今、私が王の代理を務めます」 正妃は数年前になくなり、側妃の女が現在正妃の代わりを務めていた。 そして、国王が体調不良で倒れた今、側妃は貴族を集めて宣言した。 王の代理が側妃など異例の出来事だ。 「手始めに、正妃の息子、現王太子の婚約破棄と身分の剥奪を命じます」 王太子は息を吐いた。 「それが国のためなら」 貴族も大臣も側妃の手が及んでいる。 無駄に抵抗するよりも、王太子はそれに従うことにした。

処理中です...