当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

平山和人

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シオンの放つ絶対零度の衝撃と、ザカリアの放つ因果の光が真っ向から衝突した。 衝撃波で礼拝堂が崩落し、王都の地面が大きく揺れる。 爆炎の中、シオンの翼がザカリアの心臓を貫いたかに見えた。


「……がはっ……! 馬鹿な……、人間一人の執念が、世界の法を凌駕するだと……!?」


ザカリアの体が、光の塵となって崩れていく。しかし、彼は今際の際に、不吉な笑みを浮かべた。


「……だが、忘れるな。私が消えても、お前たちの『逃走』は終わらない。……この世界の外側……『上位の世界』から、お前たちを観測する者たちが動き出す……」


その言葉と同時に、中心のクリスタルが砕け散った。 その瞬間、エルナとシオンの意識は、真っ白な空間へと投げ出された。


空も地面もない、無の世界。 そこでエルナが見たのは、無数に浮かぶ「ディスプレイ」のような窓だった。そこには、自分たちの人生を「物語」として読み、楽しんでいる、知らない世界の人々の姿が映し出されていた。


「……これが、世界の真実? 私たちは、誰かの娯楽として生かされていたの?」


絶望しそうになるエルナの肩を、強い力が抱きしめた。 「……関係ない」


シオンの瞳は、この虚無の世界にあってもなお、エルナだけを映していた。


「観測者が誰であろうと、私のやることは変わらない。……エルナ、お前を自由にする。この偽りの箱庭(世界)そのものを飛び出してでもな。……お前の足首に鎖を繋ぐのが世界だというなら、私はその鎖を、お前と私を繋ぐ絆に作り替えてやろう」


「……殿下。あなた、本当にどこまで行っても救いようのないストーカーですわね」


エルナは涙を拭い、微笑んだ。 大司教との決戦は終わった。しかし、それは「世界の管理人」との、さらに壮大な戦いの序章に過ぎなかったのだ。


「……行きましょう、殿下。私たちの物語は、まだ始まったばかり、あなたの愛の重さに耐えてみせますわよ!」


二人の前には、未知なる「外の世界」への扉が開かれようとしていた。



崩落の轟音も、大司教の断末魔も聞こえない。そこは、音も重力も、そして時間という概念すらも希薄な、純白の牢獄だった。エルナが目を開けると、視界の端々には無数の「窓」が浮いていた。そこには、かつての自分の人生、あるいは見知らぬ誰かの日常が、まるで動画サイトの画面のように無数に再生されている。


「……何、ここ。私の人生が、ただの『コンテンツ』として並べられているの?」


エルナの声が震える。前世の記憶がある彼女には理解できた。ここは物語の外側、プレイヤーや読者という「観測者」がキャラクターを消費する場所なのだ。恐怖で膝が笑いそうになったその時、背後から氷のような冷たさと、太陽のような熱量を同時に持った腕が彼女を抱きしめた。


「……見るな、エルナ。奴らの視線をお前に浴びせるな。お前を娯楽として消費するなど、万死に値する無礼だ」


シオンだった。彼の純白の髪は、虚無の世界の光を反射して神々しく、しかしその瞳は狂気的なまでの独占欲で濁っている。シオンにとって、エルナの人生が誰かの覗き見の対象であるという事実は、大司教の裏切り以上に許しがたい侮辱だった。シオンは片手を天に掲げると、虚無の空間に「絶対零度」の魔力を解き放った。


「我が名はシオン・フォン・アステリア。この女を望むのは、運命でも観測者でもない、私一人だ。……お前たちの『画面』ごと、永遠の氷の中に閉じ込めてやろうか?」


シオンの魔圧によって、周囲の「窓」がパキパキと音を立てて凍りつき、砕け散っていく。しかし、砕けた窓の奥から、無機質な音声が響き渡った。


『エラー。重要キャラクターの暴走を検知。システム・パッチを適用します。……対象、エルナ・フォン・ラインハルト。……「自由」という概念を削除し、初期設定「悪役令嬢」へと再構築を開始。』


「……なんですって? 私をまた、あの地獄へ戻そうっていうの!?」


エルナは叫んだ。今度はシオンの胸を借りるだけではない。彼女は手首の「魂の共鳴」を通じてシオンの魔力を逆流させ、自らの意志を虚無へと叩きつけた。
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