当て馬令嬢は自由を謳歌したい〜冷酷王子への愛をゴミ箱に捨てて隣国へ脱走したら、なぜか奈落の底まで追いかけられそうです〜

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数日後、二人はついに伝説の霊峰「エターナル・ハイ」の麓へと辿り着いた。 そこは、世界の重力が乱れ、巨大な岩石が空中に浮遊する異様な山域。頂上には、天を衝くほどの巨樹「命の樹」が、黄金の葉を輝かせて聳え立っていた。


「あそこに行けば、代償は消える。……行きましょう、殿下」


だが、登山道の入り口で、二人の前に一人の少女が立ちはだかった。 彼女は、アステリア王国の衣装を纏っているが、その顔立ちはエルナを驚愕させた。


「……えっ？ ユリ……さん？」


それは、かつての「ヒロイン」ユリ・フォン・アステリアの姿をしていた。しかし、その雰囲気はあまりにも異質だ。彼女の背後には、幾万もの「物語の残滓」が蠢いている。


「……お久しぶりです、エルナお姉様。いえ、『プレイヤーの意志』を奪い取った反逆者さん」


少女は、歪な微笑みを浮かべた。 「私は、捨てられたヒロインたちの嘆き。……あなたが自由を手に入れたせいで、結ばれるはずだった私の幸せは消えてしまった。……ねえ、返して。私のハッピーエンディングを返して！」


少女が杖を振ると、かつての乙女ゲーム『クリスタル・ローズ』で語られた「凄惨なエンディング」の数々が、物理的な攻撃となって二人を襲う。 それは、エルナが克服したはずの「過去の自分」からの復讐でもあった。


「……殿下、下がっていてください。これは、私の落とし前ですわ」


「断る。……お前の過去がどんなに暗かろうと、それを切り裂くのは私の役目だ」


シオンは剣を構え、少女……世界の恨みの象徴へと向かって疾走した。 悪役令嬢、執着王子、そして怨念のヒロイン。 霊峰の麓で、過去と未来が交錯する激闘の幕が上がる。



「……返して。私の、選ばれるはずだった未来を！ 私を愛してくれるはずだった、皆の眼差しを！」


怨念のユリが叫ぶたび、彼女の背後に浮かぶ無数の「没エンディング」の断片が、鋭いガラスの破片となって飛来する。それは物理的な攻撃であると同時に、精神を汚染する「運命の強制力」を孕んでいた。掠めるだけで、エルナの脳内に「自分が断罪される悲惨な光景」が強制的にフラッシュバックする。


「……っ、これが、システムが私に見せたい『正解』だと言うのですか……！」


エルナは膝をつきそうになりながらも、シオンに贈られた銀のバングルを握りしめた。手首に食い込む金属の冷たさが、これが「今」という現実であることを彼女に思い出させる。


「エルナ、耳を貸すな。奴はただの残像に過ぎない。……お前の未来を決定づけるのは、あの安っぽい神ではない。この、私だ」


シオンが咆哮し、氷の剣を一閃させる。絶対零度の斬撃が、飛来する運命の破片を次々と凍らせ、粉砕していく。しかし、シオンの体にも異変が起きていた。魔力を解放するたび、彼の指先から徐々に「透明な氷」へと変質し、感覚が失われていく。代償としての「存在の消失」が始まっていた。


「殿下、もう止めてください！ それ以上はあなたの体が……！」


「黙れ。……お前を守るために消えるなら、それは私の本望だ。だが、その前に……この不愉快な『物語』を終わらせる」


シオンの執着が、空間そのものを凍らせる。エルナはその背中を見つめ、自らの中に眠る「悪役」としての魔力を練り上げた。彼女は気づいたのだ。システムが自分を悪役と定義したのなら、その「悪」の力こそが、この管理された世界を壊すための最強の毒になることに。


「……いいでしょう。私があなたの望む『聖女』になれなかったように、あなたも私の『運命』を操ることはできませんわ、ユリさん！ 私は、自分の手で選んだこの『執着』と共に、地獄まで駆け抜けてみせます！」


エルナが放った真紅の魔力が、シオンの氷と混ざり合い、巨大な螺旋となって怨念を飲み込んだ。悲鳴を上げながら消滅していくユリの幻影。しかし、それは勝利ではなく、さらなる過酷な登頂への合図に過ぎなかった。