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境界の地を進む二人の前に、歪な形の巨大な都市が姿を現した。それは、エルナたちがハッキングした際に現実が混ざり合い、アステリア王国の王都と、全く別の世界の異形な建築物が癒着して生まれた「混沌の都パンドラ」であった。
かつてエルナが歩いた石畳の道は、空中にねじ曲がり、美しい噴水からは水ではなく光の粒子が噴き出している。そこには、世界の変化に順応できず、あるいは狂ってしまったアステリアの貴族や民たちが、亡霊のように彷徨っていた。
「……見覚えのある顔がいますわね。私を断罪の場へ引き立てた騎士たち……。今は、ただのエラーデータの塊みたい」
エルナは、虚空を見つめながらブツブツと呪文を唱える元騎士たちを横目に、都の深部へと足を進める。シオンは彼女の隣を片時も離れず、すれ違う者すべてに殺気を放っていた。
「エルナ、私の外套(マント)を被れ。お前の瞳が、この穢れた連中の視線に触れるだけで不快だ」
「殿下、自意識過剰ですわ。……それより、見てください」
都の中央広場。そこには、かつてエルナが破壊したはずの「運命のクリスタル」の欠片が、不気味な脈動を繰り返していた。その周囲には、ボロボロのローブを纏った集団が膝をつき、祈りを捧げている。
「……再構築を。失われたシナリオを。……悪役令嬢を殺し、世界に秩序を……」
彼らは、世界の修正力が物理的な形を取った「修正の使徒」たちだった。彼らにとって、エルナの生存は世界のバグであり、排除すべき不純物。 使徒の一人が顔を上げた。その瞳には感情がなく、ただ複雑な数式が流れている。
「ターゲット確認。……エルナ・フォン・ラインハルト。……強制排除シーケンスを開始します」
一斉に使徒たちが、空間を切り裂く「消去の光」を放つ。シオンは間髪入れずに剣を抜き、エルナの前に立ちふさがった。 「……消えろ、屑ども。この女の人生を規定していいのは、この私だけだ」
都全体が激しい魔力の衝突で震える。エルナはシオンの背中を見つめながら、自らも禁じられた魔力を練り始めた。胸を刺す痛みすらも、彼女にとっては「生きている証」としての燃料だった。
戦いを経て、混沌の都の廃墟で夜を過ごすことになった二人。 二つの月が重なり合い、不気味な紫色の月光が降り注ぐ中、シオンは壁に寄りかかり、荒い呼吸を繰り返していた。その銀髪は月光を浴びて透き通り、彼の限界が近いことを告げている。
「……殿下、こっちへ。……温めますわ」
エルナは、意地を張るのをやめてシオンを呼び寄せた。シオンはふらつきながらも彼女の膝に頭を預け、冷え切った自分の手を彼女の首筋に回す。
「……エルナ。お前が私を憎んでいるのではないかと、時々怖くなる」 「……今更何を。散々逃げ回ってきた私に対して」
「違う。……私は、お前の自由を奪うために、この力を使っているのではないか。……お前が望んだのは、私からの自由でもあったのではないか、と」
シオンの弱音に、エルナは虚を突かれた。 独善的で、傲慢で、執着の塊のようなこの男が、自分の内側でそんな「正論」を飼っていたことに。 シオンは、彼女が苦痛に顔を歪めるたび、自分が彼女に課した「自由の代償」に罪悪感を抱いていたのだ。
「……勘違いしないでください、殿下。私は、あなたを拒絶して逃げたのではありません。……あなたの重すぎる愛を、受け止められるだけの『自分』になりたくて逃げたのです」
エルナはシオンの凍てつく髪を指で梳き、その冷たい額に自分の額を合わせた。 「今の私は、世界の神様とだって渡り合える悪役令嬢ですわ。……あなたの重たい愛くらい、優雅に背負ってみせます。だから、勝手に絶望しないでくださいまし」
シオンの瞳に、一筋の光が宿る。彼は、壊れ物を扱うような手つきでエルナの顔を包み込み、縋るような口づけを落とした。 「……ああ。……ならば、地獄の底まで連れて行ってやる。……愛している、エルナ。この命が尽き、魂が消滅しても、お前の名前だけは忘れない」
夜の静寂の中、二人の体温はかすかに混ざり合い、残酷な運命の中の刹那の平穏を刻んでいた。
かつてエルナが歩いた石畳の道は、空中にねじ曲がり、美しい噴水からは水ではなく光の粒子が噴き出している。そこには、世界の変化に順応できず、あるいは狂ってしまったアステリアの貴族や民たちが、亡霊のように彷徨っていた。
「……見覚えのある顔がいますわね。私を断罪の場へ引き立てた騎士たち……。今は、ただのエラーデータの塊みたい」
エルナは、虚空を見つめながらブツブツと呪文を唱える元騎士たちを横目に、都の深部へと足を進める。シオンは彼女の隣を片時も離れず、すれ違う者すべてに殺気を放っていた。
「エルナ、私の外套(マント)を被れ。お前の瞳が、この穢れた連中の視線に触れるだけで不快だ」
「殿下、自意識過剰ですわ。……それより、見てください」
都の中央広場。そこには、かつてエルナが破壊したはずの「運命のクリスタル」の欠片が、不気味な脈動を繰り返していた。その周囲には、ボロボロのローブを纏った集団が膝をつき、祈りを捧げている。
「……再構築を。失われたシナリオを。……悪役令嬢を殺し、世界に秩序を……」
彼らは、世界の修正力が物理的な形を取った「修正の使徒」たちだった。彼らにとって、エルナの生存は世界のバグであり、排除すべき不純物。 使徒の一人が顔を上げた。その瞳には感情がなく、ただ複雑な数式が流れている。
「ターゲット確認。……エルナ・フォン・ラインハルト。……強制排除シーケンスを開始します」
一斉に使徒たちが、空間を切り裂く「消去の光」を放つ。シオンは間髪入れずに剣を抜き、エルナの前に立ちふさがった。 「……消えろ、屑ども。この女の人生を規定していいのは、この私だけだ」
都全体が激しい魔力の衝突で震える。エルナはシオンの背中を見つめながら、自らも禁じられた魔力を練り始めた。胸を刺す痛みすらも、彼女にとっては「生きている証」としての燃料だった。
戦いを経て、混沌の都の廃墟で夜を過ごすことになった二人。 二つの月が重なり合い、不気味な紫色の月光が降り注ぐ中、シオンは壁に寄りかかり、荒い呼吸を繰り返していた。その銀髪は月光を浴びて透き通り、彼の限界が近いことを告げている。
「……殿下、こっちへ。……温めますわ」
エルナは、意地を張るのをやめてシオンを呼び寄せた。シオンはふらつきながらも彼女の膝に頭を預け、冷え切った自分の手を彼女の首筋に回す。
「……エルナ。お前が私を憎んでいるのではないかと、時々怖くなる」 「……今更何を。散々逃げ回ってきた私に対して」
「違う。……私は、お前の自由を奪うために、この力を使っているのではないか。……お前が望んだのは、私からの自由でもあったのではないか、と」
シオンの弱音に、エルナは虚を突かれた。 独善的で、傲慢で、執着の塊のようなこの男が、自分の内側でそんな「正論」を飼っていたことに。 シオンは、彼女が苦痛に顔を歪めるたび、自分が彼女に課した「自由の代償」に罪悪感を抱いていたのだ。
「……勘違いしないでください、殿下。私は、あなたを拒絶して逃げたのではありません。……あなたの重すぎる愛を、受け止められるだけの『自分』になりたくて逃げたのです」
エルナはシオンの凍てつく髪を指で梳き、その冷たい額に自分の額を合わせた。 「今の私は、世界の神様とだって渡り合える悪役令嬢ですわ。……あなたの重たい愛くらい、優雅に背負ってみせます。だから、勝手に絶望しないでくださいまし」
シオンの瞳に、一筋の光が宿る。彼は、壊れ物を扱うような手つきでエルナの顔を包み込み、縋るような口づけを落とした。 「……ああ。……ならば、地獄の底まで連れて行ってやる。……愛している、エルナ。この命が尽き、魂が消滅しても、お前の名前だけは忘れない」
夜の静寂の中、二人の体温はかすかに混ざり合い、残酷な運命の中の刹那の平穏を刻んでいた。
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