27 / 50
27
しおりを挟む
新世界を探索し始めたエルナとシオンは、やがて一人の奇妙な男と遭遇した。男はボロボロのローブを纏い、空中に浮かぶ「エラーログ」のような光の断片を拾い集めていた。
「……おや、君たちが『特異点』の令嬢と王子かい? 困るんだよね、君たちが勝手にプログラムを書き換えたせいで、僕の仕事が山積みだ」
男は「バグ取り屋」と名乗った。彼は、かつて世界の意志に雇われていたが、システムが壊れたことで自由契約になったという「元・神の使い」だった。
「エルナ、下がっていろ。こいつ、人間ではない」 シオンが剣を抜き、殺気を放つ。しかし、男は軽やかに肩をすくめた。
「まあ待ちなよ、氷の王子様。戦うつもりはない。ただ、忠告しに来たんだ。……エルナ嬢、君が書き換えた『自由』のコードは完璧じゃない。システムの『修正力』は、今度は物理的な形を取って君を襲う。……例えば、君の命を削ることでしか魔法が使えなくなるとかね」
エルナは自分の手を見た。確かに、魔力を使うたびに胸の奥が焼けるような痛みを感じていた。 「……代償、ということかしら?」
「そうだ。そしてシオン王子、君の『執着』も代償を払っている。君がエルナを愛し、彼女を守ろうと力を振るうたびに、君の『時間』は削られ、急速に死へと向かっている。……物語を壊した報いさ」
シオンの表情が一瞬だけ強張った。しかし、彼はすぐに不敵な笑みを浮かべ、エルナをさらに強く抱き寄せた。
「……それで? 私の命が尽きるのが先か、お前が救われるのが先か……。面白い賭けではないか。エルナ、お前を自由にするためなら、私の寿命など塵と同じだ」
「殿下! 勝手に自分の命をチップにしないでくださいまし!」
エルナはバグ取り屋の胸ぐらを掴んだ。 「ねえ、その代償を無効化する方法も、どこかに書いてあるんでしょう? 教えないなら、あなたのその『ログ』とやらを全部燃やしてしまいますわよ!」
悪役令嬢、執着王子、そして世界のバグ。 壮大な旅路は、世界の裏側を知る新たな仲間を加え、代償を巡る残酷で美しい舞台へと突き進んでいく。
「……っ、あ……」
銀色の草がそよぐ「境界の地」を歩む最中、エルナは突如として襲いかかった激痛に、その場に膝を突いた。胸の奥が、熱した鉄を押し当てられたかのように焼ける。彼女が書き換えた世界の理(コード)——「自由」。その自由を行使するための魔力を練るたび、彼女の生命力は確実に削り取られていた。
「エルナ!!」
背後から、影が滑り込むように彼女を抱きとめた。シオンだ。彼の腕は、以前よりも切迫した力で彼女を締め上げる。シオンの肌は、触れれば凍傷を負いそうなほどに冷たい。彼もまた、エルナを保護するために「禁忌の魔術」を乱用し、その代償として命の灯火を急速に消費していた。
「……触らないで、殿下。あなたの体、氷のように冷え切っていますわ。私の魔力を分けるから……」 「馬鹿なことを言うな。お前が魔力を使えば、それだけお前の死が近づく。……いいか、エルナ。これからは指一本動かすな。お前が呼吸すること以外のすべては、私が代行する」
シオンの瞳は、底知れない闇を湛えていた。彼はエルナの首筋に顔を埋め、その脈動を確かめるように深く吸い込む。彼の執着は、今や生存本能と不可分になっていた。
「嫌ですわ、そんなの。私は『自由』を求めて世界を壊したんです。あなたの腕の中に閉じ込められるために、シナリオを書き換えたわけではありません!」
「ならば、私を殺してから行け。お前を失う恐怖に耐えながら生きるなど、私には不可能だ」
シオンの言葉は、脅しではなく切実な告白だった。二人は、自由という名の果実を口にした代償として、互いを「救うために殺し合う」という残酷な矛盾に陥っていた。 エルナは、震える手でシオンの頬に触れた。彼の端正な顔立ちは、代償による苦痛を微塵も見せず、ただ狂おしいほどの愛だけを自分に向けている。
「……バグ取り屋が言っていた『命の樹』。そこへ行けば、この代償を無効化できるかもしれません。……行きましょう、殿下。二人で、本当に笑い合える場所へ」
新世界の地図にはない、伝説の霊峰。そこを目指す二人の足跡は、美しくも悲しい銀の粒子となって、境界の地に刻まれていった。
「……おや、君たちが『特異点』の令嬢と王子かい? 困るんだよね、君たちが勝手にプログラムを書き換えたせいで、僕の仕事が山積みだ」
男は「バグ取り屋」と名乗った。彼は、かつて世界の意志に雇われていたが、システムが壊れたことで自由契約になったという「元・神の使い」だった。
「エルナ、下がっていろ。こいつ、人間ではない」 シオンが剣を抜き、殺気を放つ。しかし、男は軽やかに肩をすくめた。
「まあ待ちなよ、氷の王子様。戦うつもりはない。ただ、忠告しに来たんだ。……エルナ嬢、君が書き換えた『自由』のコードは完璧じゃない。システムの『修正力』は、今度は物理的な形を取って君を襲う。……例えば、君の命を削ることでしか魔法が使えなくなるとかね」
エルナは自分の手を見た。確かに、魔力を使うたびに胸の奥が焼けるような痛みを感じていた。 「……代償、ということかしら?」
「そうだ。そしてシオン王子、君の『執着』も代償を払っている。君がエルナを愛し、彼女を守ろうと力を振るうたびに、君の『時間』は削られ、急速に死へと向かっている。……物語を壊した報いさ」
シオンの表情が一瞬だけ強張った。しかし、彼はすぐに不敵な笑みを浮かべ、エルナをさらに強く抱き寄せた。
「……それで? 私の命が尽きるのが先か、お前が救われるのが先か……。面白い賭けではないか。エルナ、お前を自由にするためなら、私の寿命など塵と同じだ」
「殿下! 勝手に自分の命をチップにしないでくださいまし!」
エルナはバグ取り屋の胸ぐらを掴んだ。 「ねえ、その代償を無効化する方法も、どこかに書いてあるんでしょう? 教えないなら、あなたのその『ログ』とやらを全部燃やしてしまいますわよ!」
悪役令嬢、執着王子、そして世界のバグ。 壮大な旅路は、世界の裏側を知る新たな仲間を加え、代償を巡る残酷で美しい舞台へと突き進んでいく。
「……っ、あ……」
銀色の草がそよぐ「境界の地」を歩む最中、エルナは突如として襲いかかった激痛に、その場に膝を突いた。胸の奥が、熱した鉄を押し当てられたかのように焼ける。彼女が書き換えた世界の理(コード)——「自由」。その自由を行使するための魔力を練るたび、彼女の生命力は確実に削り取られていた。
「エルナ!!」
背後から、影が滑り込むように彼女を抱きとめた。シオンだ。彼の腕は、以前よりも切迫した力で彼女を締め上げる。シオンの肌は、触れれば凍傷を負いそうなほどに冷たい。彼もまた、エルナを保護するために「禁忌の魔術」を乱用し、その代償として命の灯火を急速に消費していた。
「……触らないで、殿下。あなたの体、氷のように冷え切っていますわ。私の魔力を分けるから……」 「馬鹿なことを言うな。お前が魔力を使えば、それだけお前の死が近づく。……いいか、エルナ。これからは指一本動かすな。お前が呼吸すること以外のすべては、私が代行する」
シオンの瞳は、底知れない闇を湛えていた。彼はエルナの首筋に顔を埋め、その脈動を確かめるように深く吸い込む。彼の執着は、今や生存本能と不可分になっていた。
「嫌ですわ、そんなの。私は『自由』を求めて世界を壊したんです。あなたの腕の中に閉じ込められるために、シナリオを書き換えたわけではありません!」
「ならば、私を殺してから行け。お前を失う恐怖に耐えながら生きるなど、私には不可能だ」
シオンの言葉は、脅しではなく切実な告白だった。二人は、自由という名の果実を口にした代償として、互いを「救うために殺し合う」という残酷な矛盾に陥っていた。 エルナは、震える手でシオンの頬に触れた。彼の端正な顔立ちは、代償による苦痛を微塵も見せず、ただ狂おしいほどの愛だけを自分に向けている。
「……バグ取り屋が言っていた『命の樹』。そこへ行けば、この代償を無効化できるかもしれません。……行きましょう、殿下。二人で、本当に笑い合える場所へ」
新世界の地図にはない、伝説の霊峰。そこを目指す二人の足跡は、美しくも悲しい銀の粒子となって、境界の地に刻まれていった。
0
あなたにおすすめの小説
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~
魯恒凛
恋愛
地味で気弱なクラリスは夫とは結婚して二年経つのにいまだに触れられることもなく、会話もない。伯爵夫人とは思えないほど使用人たちにいびられ冷遇される日々。魔獣騎士として人気の高い夫と国民の妹として愛される王女の仲を引き裂いたとして、巷では悪女クラリスへの風当たりがきついのだ。
ある日前世の記憶が甦ったクラリスは悟る。若いクラリスにこんな状況はもったいない。白い結婚を理由に円満離婚をして、夫には王女と幸せになってもらおうと決意する。そして、離婚後は田舎でもふもふカフェを開こうと……!
そのためにこっそり仕事を始めたものの、ひょんなことから夫と友達に!?
「好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしい」
初恋だった夫。胸が痛むけど、お互いの幸せのために王女との仲を応援することに。
でもなんだか様子がおかしくて……?
不器用で一途な夫と前世の記憶が甦ったサバサバ妻の、すれ違い両片思いのラブコメディ。
※5/19〜5/21 HOTランキング1位!たくさんの方にお読みいただきありがとうございます
※他サイトでも公開しています。
美男美女の同僚のおまけとして異世界召喚された私、ゴミ無能扱いされ王城から叩き出されるも、才能を見出してくれた隣国の王子様とスローライフ
さら
恋愛
会社では地味で目立たない、ただの事務員だった私。
ある日突然、美男美女の同僚二人のおまけとして、異世界に召喚されてしまった。
けれど、測定された“能力値”は最低。
「無能」「お荷物」「役立たず」と王たちに笑われ、王城を追い出されて――私は一人、行くあてもなく途方に暮れていた。
そんな私を拾ってくれたのは、隣国の第二王子・レオン。
優しく、誠実で、誰よりも人の心を見てくれる人だった。
彼に導かれ、私は“癒しの力”を持つことを知る。
人の心を穏やかにし、傷を癒す――それは“無能”と呼ばれた私だけが持っていた奇跡だった。
やがて、王子と共に過ごす穏やかな日々の中で芽生える、恋の予感。
不器用だけど優しい彼の言葉に、心が少しずつ満たされていく。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
断罪されてムカついたので、その場の勢いで騎士様にプロポーズかましたら、逃げれんようなった…
甘寧
恋愛
主人公リーゼは、婚約者であるロドルフ殿下に婚約破棄を告げられた。その傍らには、アリアナと言う子爵令嬢が勝ち誇った様にほくそ笑んでいた。
身に覚えのない罪を着せられ断罪され、頭に来たリーゼはロドルフの叔父にあたる騎士団長のウィルフレッドとその場の勢いだけで婚約してしまう。
だが、それはウィルフレッドもその場の勢いだと分かってのこと。すぐにでも婚約は撤回するつもりでいたのに、ウィルフレッドはそれを許してくれなくて…!?
利用した人物は、ドSで自分勝手で最低な団長様だったと後悔するリーゼだったが、傍から見れば過保護で執着心の強い団長様と言う印象。
周りは生暖かい目で二人を応援しているが、どうにも面白くないと思う者もいて…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる