氷の魔女の二度目の人生は落ちこぼれ聖女〜今度は愛されるために魔法を極めたら、神獣たちと最強の家族に溺愛されました〜

平山和人

文字の大きさ
1 / 20

1

しおりを挟む
その日、世界から一人の怪物が消えた。  北の果て、永久凍土にそびえ立つ氷の塔で、千年もの間、真理を探究し続けた魔女アイリス。彼女の人生は、ただひたすらに孤独だった。触れるものすべてを凍らせる強大すぎる魔力は、人々に畏怖され、忌避された。


(ああ……最後に誰か、温かい手を差し伸べてくれたらよかったのに)


 薄れゆく意識の中で、彼女はたった一つの願いを抱いた。次は、魔法なんてなくてもいい。誰かと笑い合い、誰かを守り、愛される人生を。  それが、彼女の「終わり」だった。


 ――そして。


「……っ、はあ!」  飛び起きた時、視界に飛び込んできたのは、ひび割れた石造りの天井だった。  体が重い。いや、あまりにも「小さい」。アイリスは自分の手を見た。白く、枝のように細い子供の手だ。 「ここは……?」  記憶が流れ込んでくる。今の彼女の名は、エルサ・ヴァン・アデレイド。  アデレイド公爵家の末娘。しかし、その扱いは無惨なものだった。


 この世界には「魔力測定」という儀式がある。五歳の時、エルサが測定石に触れても、石は一切の光を放たなかった。 『魔力ゼロの無能。我が公爵家の恥晒しだ』  厳格な父、ヴィルフリート公爵は冷たく言い放った。母は早くに亡くなり、二人の兄もまた、無能な妹に背を向けた。エルサは屋敷の隅にある古びた離れに押し込められ、使用人からも忘れ去られるような日々を送っていた。


(……魔力がない? 私が?)  エルサはふっと自嘲気味に笑った。今の自分の内側を探ってみる。  確かに、この世界の人間が使う「魔力」というエネルギーの奔流は見当たらない。だが、代わりにそこにあるのは、前世で極めた「根源」そのものだった。  あまりにも膨大で、純粋すぎる魔力。それは、この世界の安っぽい測定石では、認識することすら不可能なほど高次元な代物だったのだ。


「ふふ、面白いわ。魔力ゼロの落ちこぼれ……。望むところよ。今度は静かに、平穏に暮らしましょう」  エルサはベッドから降りた。栄養失調でふらつく体。だが、彼女の瞳には千年の知恵が宿っている。  まずはこの貧弱な体を治すことからだ。彼女は指先で空中に複雑な魔法陣を描いた。本来なら数人の魔導師がかりで描くような高位の治癒術式。それを、彼女は瞬きする間に完成させる。


 淡い光がエルサを包み、細胞の一つ一つが活性化していく。  千年の孤独を経験した魔女にとって、この程度の逆境は「自由」への招待状に過ぎなかった。


 転生から一ヶ月。エルサは離れの塔での生活を、驚くほど満喫していた。  食事は日に一度、冷めたパンとスープが届くだけだが、彼女には関係ない。植物の成長を促す「緑魔法」を応用し、庭の片隅で最高級のハーブや野菜を密かに育てている。水は空気中の水分を凝縮すればいい。


「さて、今日は少し遠くまで歩いてみようかしら」  体調は万全だ。エルサは公爵邸の広大な敷地内にある、人跡未踏の森へと足を向けた。  そこで彼女は、奇妙な気配を感じる。  強大な魔力の揺らぎ。そして、濃厚な血の匂い。


 茂みをかき分けると、そこには一頭の巨大な狼が横たわっていた。  全身が雪のように白い毛並み。しかし、その脇腹には黒い霧を放つ忌々しい「呪いの矢」が突き刺さっている。 「……神獣、シルバーフェンリル?」  前世の知識が、その個体の正体を告げる。神話に語られる、森の守護神。それがなぜ、こんな場所で死にかけているのか。


『……人間……去れ。さもなくば、喰らう……』  狼が低い声で唸る。だが、その瞳には諦念のいろが混じっていた。  エルサは躊躇わなかった。彼女は狼の前に膝をつき、その大きな頭をそっと撫でた。 「大丈夫よ。痛いのは、今すぐ消してあげるから」 『なっ……!? 小娘、この呪いは人間が触れれば――』


「【概念解体】」  エルサが静かに呟く。彼女の指先から放たれた銀色の光が、狼の傷口にまとわりついていた呪いを「定義ごと」消滅させた。  矢は崩れ落ち、傷口が急速に塞がっていく。  狼――フェンリルは驚愕に目を見開いた。人間に解けるはずのない神の呪いが、たった一言で消し飛んだのだ。


「お腹、空いてる? 私の特製スープ、飲むかしら」  エルサは魔法の鞄(前世で作った空間収納)から、温かいスープを取り出した。  伝説の神獣は、目の前の小さな少女が放つ「あまりにも温かく、底知れない力」に圧倒され、思わず鼻先を近づけた。  千年の魔女と、伝説の神獣。孤独な二つの魂が、この時、運命的に交わった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が

和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」 エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。 けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。 「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」 「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」 ──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

旦那様、愛人を作ってもいいですか?

ひろか
恋愛
私には前世の記憶があります。ニホンでの四六年という。 「君の役目は魔力を多く持つ子供を産むこと。その後で君も自由にすればいい」 これ、旦那様から、初夜での言葉です。 んん?美筋肉イケオジな愛人を持っても良いと? ’18/10/21…おまけ小話追加

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

処理中です...