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プロローグその1

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「勝てる」
 湖からにゅうと首だか胴体だかを出した巨大な化け物を目の当たりにしながら、俺は勝利を確信していた。鯰と水竜を足して二で割ったような異形の怪物は完全に初見で、視界の右端にチラチラ表示されるランクやステータスの表示は俺のいた世界とまるで異なるためあまり参考にならないのにも関わらず。URのUMAって何のことだよ。知らん。

 事前に知らされていたところによると俺は白煙の中から登場するという。
 両端が半球状で小さな円筒のような形をしたカプセルと呼ばれる密閉容器を、誰かが地面に叩きつけて割る。そして爆発音と共に白煙が巻き上がり、鏡面仕上げのプレートアーマーをまとった魔法剣士——つまり俺のことだが——が現れる。
 磨き上げられた表面の剣と盾、そして全身を覆う鎧は銀の光沢。鏡面が反射するのは光のみではない。物理的、魔法的な攻撃はそのまま相手に反射する。呪いに関しては少々別で、術者への呪い返しに加えて呪いの依頼者にもきっちり報いを受けてもらうことになっている。

 さて、登場時の白煙が風に散っていくのと同時に、カプセルを割った男の叫び声が聞こえてくる。
「皆を守れ! 怪物を殺せ!」

 守るべき「皆」というのは、いかにもお貴族様といった感じの皆さんだろう。元気のある者は二本足で走って、その次に元気のある者は四つん這いで、慌てて逃げていく。結構多いのが、ただ立ちすくむ者や、尻餅をついたような格好のまま動けない様子の者。どうやら屋外の宴会だったようで、敷物の上に料理や酒が置かれ、座ったり寝転んだりしていた者たちが起き上がれなくなっていた様子が見てとれた。

「防御壁!」
 隊商の護衛をやってたときと同じ要領でいいだろう。あ、おまけで光の網をかぶせる仕様は勇者パーティーに参加するようになってからだな。同僚の魔術師の特訓を受けた日々が懐かしい。

 一方、湖の怪物は天に向かってグルルガオーッと吠えた。かと思うと奴の周囲に水の壁が迫り上がってくる。

 カプセル割り男が叫ぶ。
「神殿に逃げ込めぇーっ!」

 水の壁が矢のように変形し、恐ろしい速さで人々を襲おうとするが、俺の防御壁に跳ね返される。水の塊が鮫もどきや鰐もどきの形になって突撃してくるも、光の網がうまく絡め取ってくれる。多分、あれだ、水の塊だから普通の剣ではうまく切れないとか、魔法剣で切るなどしてタダの水に戻すと今度は大量の水による被害が出るとか、そういうことになっているのだろう。

「とりあえず凍らせればいいか」
 剣と盾と鎧の属性を反射から氷結へと変更する。
 俺は湖の怪物に向かって走る。凍らせた道を足場にして。
 襲ってくる水の触手を剣でなでて凍らせ、盾で打ち砕く。
 鮫もどきを盾にぶつけて凍らせて、剣を二度三度と振るって粉砕する。
 怪物がジェット噴流のように吐き出す水は、剣に盾に、そして鎧に触れた途端に氷と化す。そこを全速前進。怪物に近づけば近づくほど、視界に占める怪物の姿の割合がどんどん大きくなっていく。
 充分近づいたところで、ジェット噴流の出口の少し下を狙って全身で体当たり。当たった箇所から凍っていく怪物に剣を突き刺し、ガンガン砕いていく。使うのは剣だけじゃない。盾でも叩き、足でも蹴る。兜があるから頭突きもありかもしれなかったが、それはやめといた。

 怪物の頭部?がいい具合にぐらついたところで、俺は怪物からおよそ九十五メートル——俺の身長の五十倍ほど——の距離をとる。湖面は大荒れ。水中から突き出している部分はすっかり凍っているが、まだ凍り切っていない部分が水面下で悪あがきしているのだと思う。
 もう少し待てば全部凍りついてくれるはずだが、時間が惜しい。俺がここにいることができるのは三分間だけ。視界上方に表示される赤のゲージによると、すでに一分ほど経過している。カプセル割り男に確認したいことがあるのだが間に合うかどうか。
 だから、とどめを刺す。
「獣、爆発しろ!」
 剣先から光のビームを出す。
 当たった怪物はその場で爆発し粉々となった。周囲に氷の肉片を撒き散らすこともなく静かに沈んでいく。
 沈み終わると湖面の波は鎮まり、怪物のいた場所には水を吸い込む巨大な丸い穴——グローリーホールとかダム穴とか言うんだっけ。湖の水位が下がったら、きっと水の吸い込みもおさまるだろう。……おさまるんじゃないかな。
 いや、そんなことより、カプセル割り男に確認しなければ。
 足場にしていた氷の道は怪物の喉元?に迫る都合で硝子の坂のようになっている。俺はその坂を滑り落ちるようにして男のもとへ急ぐ。赤のゲージはもう半分近くまで減っている。

「おいっ!」
「あ、ああ。怪物を殺してくれたんだね。ありがとう」
「殺すには殺したけど、あれを召喚した奴らが生きている限り、また同じような化け物が現れるぞ。いいのか?
 あんたが神殿と言っていた、あそこにも何人か潜んでいる」
 何本かの白い柱に彫刻の刻まれた屋根。遺跡のようなその建物は高台にある。あそこにいれば多少の水害はものともせず、高みの見物ができることだろう。
「あんたは『皆を守れ』と言ったが、怪物の召喚者は守る『皆』には含まれない、むしろ殺すべき対象。それでいいか?」
「いいとも。殺ってくれ」
 カプセル割り男は、「殺すべき対象」という俺の言葉にピクリと反応した。殺す相手が怪物から人間に変わったからな。それを承知の上で、殺せと男は言った。残り時間は一分を切っている。

 では、と俺が神殿の方を向いた途端、火球が飛んできた。怪物を殺した俺は敵ということか、わかりやすい。ちなみに、盾も鎧も氷結の属性は解かれていて本来の反射機能を百パーセント発揮。そのため火球はそのまま攻撃者に跳ね返って、彼を丸焦げにする。残り四十五秒。あと二人。
 次は雷の矢だ。大方、俺の盾が火球を弾いたと思ったんだろう、頭と脚を重点的に狙ってきた。でも残念、盾だけじゃなく兜を含む鎧全体が攻撃を反射するんだよねぇ。自身の放った雷の矢を何十本も受けて射手は絶命し、俺のいる場所から神殿へと続く階段を転がり落ちてくる。残り三十七秒。あと一人。
 そして、雷の矢の男を追って、必死の形相で階段を駆け降りてくる少女がいる。こいつこそがメインの召喚者だ。半端じゃない憎しみのこもった目で俺を睨みつけながら呪文を唱え始める。俺の剣は怪物にとどめを刺したときのまま、光のビームが出るモードになっている。出力をそのときの数百分の一に絞って少女の首に当てる。爆発はしない。ただ首が千切れ、頭が胴体から離れてゴロンと転がっただけ。

「うわああああああ! ユッキィーっ?
 貴様、なぜ!? なぜ彼女を殺したああ」
「そいつがあの怪物の召喚者で、性懲りもなくまた何か呼び出そうとしてたから」
 すっかり取り乱したカプセル割り男と少女の関係や、結局彼がその後どうしたのかは俺は知らない。
 赤のゲージの示す残り時間はゼロ。ちょうどそこで時間切れだったからだ。

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