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それすらも逆ハーヒロインの日々 (3)

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「確認するわ。
 あなたは当社のホムンクルスの出荷前の情景と納品情報を覗き見した。
 対象のホムンクルスはアリスと名付けられた一体のみ。
 そこから所有者であるバーバラ・ロバーツさんにたどり着いた。
 覗き見した情報を捜査機関に直接提供はしていない。
 覗き見した理由は人命救助のため」
「相違ありません」

「あなたの人命救助とやらの基準はどういうものなの?
 たとえばここに殺人犯がいたとして——」
「仮定の話に時間を割くことに、お付き合いする義務はないと考えます」


「公務以外の行動と見做してガーンズバック国は関知しないそうよ。
 何だか見捨てられたみたいでお気の毒。支援もなくたった一人で全てに立ち向かわなければならないなんて怖いわよねえ。心から同情したくなる」
「あの国の支援は、無料の昼食ではありません。
 弁護士や代理人の費用負担、必要に応じた人的資源の提供と引き換えに、執拗な叱責と恐ろしい分量の報告書提出、無料奉仕の義務がついてきます。
 見捨ててもらえたことを心から嬉しく思います」

「じゃあ、あなたの言う弁護士だの代理人だのその他諸々の費用は、今度はどこが負担してくれるのやら。次はベルヌ国がスポンサーになってくれるということ?」
「わたしの個人資産で全て賄える見込みです」


「世界中から声が上がるかもしれない。何の動機で何をやらかすかわからない恐ろしい化け物がここにいるって」
「慣れています」



 ホムンクルス製造元であるクローリー社の「担当者」とのやり取りが、レイアの脳裏に浮かんでは消える。とにかく押しの強い女性だった。

 詳細な事情を知らない者たちへの説明を兼ねてレイアは言う。
「時間切れの去り際に『あたくしの負けね』と悔しそうに言われましたが、わたしは直接会談にまで持ち込まれた時点で自分が負けたような気がしていました。
 超能力者が関与しているというだけで捜査の合法性や証拠の正当性を執拗に突いてくる人たちは珍しくないですが、今回はバーバラさんの積極的な自白に始まり、超能力抜きの通常捜査で裏が取れているのに、引っ張り出されてしまいました。
 『覗き見』自体を糾弾するにしても、それによってクローリー社が経済的被害を受けたわけでもなく、せいぜいが『覗き見』されたことによる精神的被害の慰謝料請求ですが、性的被害以外でそれを認めさせるのは困難なはず。捜査妨害一歩手前の勢いでの情報開示要求さえなければ、直接会うなどという選択肢はありませんでした」

 ジュールが引き継ぐように言う。
「間接的な接触はこちらにもありました。結局、お金の問題だったんですよ。
 バーバラ・ロバーツがアリスの身体に閉じ込められてしまった件について、原因調査への協力要請。不運なバーバラ・ロバーツに救済の道をとか何とか。具体的には費用の負担ですね。
 ブレイロック社はクローリー社と協力して調査にあたる一方で、クローリー社のホムンクルス排除の方向に動いているようです。クローリー社の製品の欠陥が原因である可能性が否定されない限り、疑わしきは罰する方針みたいです。利用規約違反でバーバラを切り捨てることも視野に入れてますし。
 そこでクローリー社の『担当者』は、同様に調査費稼ぎに必死なバーバラの獄中手記の執筆に協力を申し出て、さらになりふり構わず僕やレイアさんにも接触してきたようです」

 皆の視線がオットーに集まる。気まずそうにオットーが口を開く。
「ティムは——担当者の息子の名前です——費用の負担を頼みたいのではなく、謝罪と弁明の機会を与えて欲しいと言っています。あわよくば情報交換して知恵を借りることができれば——という下心のあることは否定していません。
 ティムによると、彼の母親は苛烈さと面倒見の良さを併せ持つ性格でして、バーバラさんと話をするうちに、顧客の枠を超えて真剣に保護する対象とバーバラさんのことを考えるようになり、それが間違いの元だったと言うのです。
 アリスというホムンクルスの製造元保証の寿命は残り一年、平均寿命は残り三年という哀れな境遇で、それなりに仲良く交流していた皆さんの助力が得られても良いではないか、得られるべきだと思い込んでしまったと嘆いていました。
 ティムは母親の秘書的業務も担当していて各種報告書に目を通しています。
 バーバラの手記の構想の中に、友人である僕の名前を見つけて慌てて連絡してきました。彼女は『信頼できない語り手』ではないかと。まあ信用するとロクなことにならないだろうとは答えておきました」

 ローズマリーがため息をつく。
「わたくしのところに助力の要請が来なかったのは、単に伝手がなかったせいか、あるいはお父様たちがわたくしの耳に入れないようにしているのかしら。
 我ながら薄情だと思わないこともないのです。あれだけ仲良くしておきながら、余命が数年ですって、まあお気の毒ねとしか思えないのですから」

 ジュールは言う。
「バーバラの実年齢が四十代半ばということを考慮すると、よくも騙してくれたなと厳罰を加えないだけマシと思ってもらわないと。余命数年というのは不幸な境遇だろうけど、それがあるからこちらも冷静になれていると思いますよ。ちょうど罪と罰の釣り合いが取れているから、こちらは何もしなくとも良いんです。
 それはさておき、そのティムさんを招待することについては僕は反対はしません。バーバラさんに振り回された被害者仲間のようにも思えるし、手記の情報はもっと欲しい気がしますしね。もちろん最終決定権はレイアさんにありますが」

「では次回のサロンにご招待することにしましょう。
 手記の構想に関してはわたしも興味があります。
 ホムンクルス覗き見に関する苦情についても、前回の話し合いで物別れに終わってから音沙汰がないのが多少気になっていましたので、情報の提供は歓迎します」
 レイアの言葉がサロンの閉会の辞となった。


 婚約者同士が寄り添いながらの帰り道、オットーはシャルロッテが何か考え込んでいるのに気がついた。
「どうしたの? 何か心配事でも?」
「ティムさんがあのサロンに参加することになって本当に大丈夫かしら。
 今日のお話からすると、レイアさんに寄ってくる男性が追加されるのは歓迎されない事態なのよね。
 お母様が何かと難しい人のせいで婚約者がなかなか決まらないのが悩みだとティムさんは言ってたでしょ? そのお母様とレイアさんが対決したときの会話記録を読んだ感想が、レイアさんはカッコよくてすごいなという印象だったとも言っていたわよね。今思うと、エリザベートを崇拝する男性たちが、エリザベートについて語るときと似たような態度だったような気がするの」
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