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第1章
25 侯爵令嬢は上の空
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ローザと離れて私の心には、ぽっかりと穴が空いてしまった。
ヘンリクの店にローザを預けると、私はアルミラに連れられて薔薇の不死城に向かってとぼとぼ歩いた。
ああ…。
ため息ばかり出る。
私は紐で縛ったローザの髪の束を握り締めてジャケットの内ポケットに仕舞う。
心臓なんか動いてないはずなのに、最新のコルセットでぎゅうっと締め付けられたように胸が苦しい。
こういう感覚は恋の苦しみなのだと何かで読んだ記憶があるけど、そんなことはない。
とにかくローザが心配なのだ。だから、そんなはずはない。
茨の街の大通りを歩いていると、中心部に近付くにつれて人通りは増えていった。往来の人間はアルミラに怯えてその場にひれ伏し、アンデッドと思われる者は「アルミラ様、ごきげんよう」などと次々に声をかけた。
私はそのどちらにも視線を送ることなく、ただアルミラのあとを歩いた。
ローザ。
私が眠れない昼にずっとそばにいてくれたローザ。
抱きしめて髪をなでてくれたローザ。
なんだか最近怒りっぽくなってしまった私にもいつも優しいローザ。
…それが本心なのか、私の魔力で洗脳されているせいなのかはわからない、けど。
とにかく優しくて明るくて柔らかくてあたたかいローザ。
きっと、すぐにまた会える。
城に行って『あの方』とやらに会って、私を吸血鬼にした理由など、できる限りの情報を聞き出したら城を抜け出てまた会えばいい。
でもきっと『あの方』とやらは私を簡単に自由にはしないだろうし、もちろんそれでも私は力づくでも出てやるつもりだけど、その間にローザに何かあったらと思うと、また胸が苦しくなる。
私をチラチラ見ながらアルミラが何か言っている。
「いいか、『あの方』にお会いする前に、いくつか言っておくべきことがある」
はいはい、何よ。
「まず、吸血鬼は不死ではない」
下を向いて歩き続けていると、どうやら薔薇の不死城の入り口に着いたようで、白い薔薇のような植物が絡みついた城門がけたたましい音とともに開いていく。
「半人の貴様は例外かもしれんが、どんなに上位の吸血鬼でも直射日光を長時間浴びれば灰になって死んでしまうし、銀の杭で心臓を貫かれれば傷は再生されず死んでしまう」
城門が開ききると、アルミラは靴音を高く響かせて城の中へ歩みを進め、侍女と思われる美しい女性にマントや帽子を手渡していく。私もとぼとぼとそのあとをついていく。
「そしてここファルナレークで何よりも注意すべきことは、自分より上位の吸血鬼に心臓を破壊されたり大量の血を吸われたりすれば、吸収され消滅してしまうということだ」
歩きながら私がちらりと侍女を見ると、目があった侍女は怯えた表情を浮かべて頭を下げる。その侍女の口の中にも鋭い犬歯が見えた。
「また、かつてアタシは『あの方』御自らに血を吸って頂いて吸血鬼になったわけだが、自分の親である吸血鬼の命令に背いた時にも吸血鬼は灰になって消滅してしまうのだ。つまりアタシは『あの方』の命令に背けば死んでしまうということだな」
城門をくぐると、広大な空間が広がっていて、建物の中とは思えないほど無数の白い薔薇が咲き乱れている。花畑のような広間の奥に上階への大きな階段がある。
「聞いているのか、リリアスよ」
アルミラが私の肩に手を置いてそう言った。
「聞いてるわよ。さっきから『あの方』『あの方』って。そろそろ名前くらい言えばいいじゃない」
アルミラは眉根を寄せて言う。
「すまないが、『あの方』のいないところで『あの方』の御尊名や固有能力などの情報を言うことは許されていないのだ」
それを聞いた私に「ふ」と笑みがこぼれる。
「その『あの方』っていうのも、ずいぶん小心者なのね」
アルミラは慌てた様子で「ば、馬鹿者…!」と言う。
「お前は本当にアタシの言ったことを聞いていたのか…!いいか、要するに格上の吸血鬼に格下の吸血鬼が逆らうことはできないということだ…!特に『あの方』の陰口などもってのほかだぞ…!」
私の肩に乗せたアルミラの手に力が入り、私はそれが邪魔に感じて手で払う。
「わかってるわよ。逆らわなきゃいいんでしょ」
アルミラは軽く舌打ちをして続ける。
「それは当然として、お怒りに触れるようなことをするなと言っているのだ…!まあ、とにかく、そういったルールは吸血鬼の血の掟と呼ばれるのだが」
アルミラは大階段に向かって広間の薔薇に囲まれた小道を歩いていく。私もそれに続く。
「吸血鬼の血の掟には他にも、親の吸血鬼よりさらに格上の吸血鬼に吸血されることによってその支配を上書くことができるというものがあるが、真祖である『あの方』より上位の吸血鬼など存在しないから、これはアタシには関係ない話だな」
広間の途中、薔薇の花畑の中に突然、騎士風の男があらわれた。
緑色の長い髪に銀色の胸部甲冑。神経質そうに眉根に深い皺を寄せている。
「その娘か、アルミラよ」
「…カミーユ」
「ふん、ずいぶん呆けたツラの娘だな」
「カミーユ、少し話がある」
そう言ってアルミラはカミーユという男とともにどこかへ消えた。
「待たせたな」
しばらくして1人で戻ってきたアルミラに私は無言で頷き、私たちは再び歩き出す。
広間を抜けて階段を登っていく。
「いいか、とにかくこの階段を登りきった最上階に『あの方』はおられる。すべての吸血鬼の始まりである『あの方』に失礼のないように心がけろ」
うつむいてただひたすら階段を登る私に、アルミラが振り返って「わかったか」と言った。
私は事務的に「わかったわ」と答えた。
とにかくまずはこの長い長い階段を登りきることだ。
そうして『あの方』とやらに会って情報を聞きだしたらすぐにここを出て、ローザに会いに行く。
…早く、会いたいな。
早く私も人間に戻って、一緒に陽の当たるお庭とかでおしゃべりしたいよ。
ヘンリクの店にローザを預けると、私はアルミラに連れられて薔薇の不死城に向かってとぼとぼ歩いた。
ああ…。
ため息ばかり出る。
私は紐で縛ったローザの髪の束を握り締めてジャケットの内ポケットに仕舞う。
心臓なんか動いてないはずなのに、最新のコルセットでぎゅうっと締め付けられたように胸が苦しい。
こういう感覚は恋の苦しみなのだと何かで読んだ記憶があるけど、そんなことはない。
とにかくローザが心配なのだ。だから、そんなはずはない。
茨の街の大通りを歩いていると、中心部に近付くにつれて人通りは増えていった。往来の人間はアルミラに怯えてその場にひれ伏し、アンデッドと思われる者は「アルミラ様、ごきげんよう」などと次々に声をかけた。
私はそのどちらにも視線を送ることなく、ただアルミラのあとを歩いた。
ローザ。
私が眠れない昼にずっとそばにいてくれたローザ。
抱きしめて髪をなでてくれたローザ。
なんだか最近怒りっぽくなってしまった私にもいつも優しいローザ。
…それが本心なのか、私の魔力で洗脳されているせいなのかはわからない、けど。
とにかく優しくて明るくて柔らかくてあたたかいローザ。
きっと、すぐにまた会える。
城に行って『あの方』とやらに会って、私を吸血鬼にした理由など、できる限りの情報を聞き出したら城を抜け出てまた会えばいい。
でもきっと『あの方』とやらは私を簡単に自由にはしないだろうし、もちろんそれでも私は力づくでも出てやるつもりだけど、その間にローザに何かあったらと思うと、また胸が苦しくなる。
私をチラチラ見ながらアルミラが何か言っている。
「いいか、『あの方』にお会いする前に、いくつか言っておくべきことがある」
はいはい、何よ。
「まず、吸血鬼は不死ではない」
下を向いて歩き続けていると、どうやら薔薇の不死城の入り口に着いたようで、白い薔薇のような植物が絡みついた城門がけたたましい音とともに開いていく。
「半人の貴様は例外かもしれんが、どんなに上位の吸血鬼でも直射日光を長時間浴びれば灰になって死んでしまうし、銀の杭で心臓を貫かれれば傷は再生されず死んでしまう」
城門が開ききると、アルミラは靴音を高く響かせて城の中へ歩みを進め、侍女と思われる美しい女性にマントや帽子を手渡していく。私もとぼとぼとそのあとをついていく。
「そしてここファルナレークで何よりも注意すべきことは、自分より上位の吸血鬼に心臓を破壊されたり大量の血を吸われたりすれば、吸収され消滅してしまうということだ」
歩きながら私がちらりと侍女を見ると、目があった侍女は怯えた表情を浮かべて頭を下げる。その侍女の口の中にも鋭い犬歯が見えた。
「また、かつてアタシは『あの方』御自らに血を吸って頂いて吸血鬼になったわけだが、自分の親である吸血鬼の命令に背いた時にも吸血鬼は灰になって消滅してしまうのだ。つまりアタシは『あの方』の命令に背けば死んでしまうということだな」
城門をくぐると、広大な空間が広がっていて、建物の中とは思えないほど無数の白い薔薇が咲き乱れている。花畑のような広間の奥に上階への大きな階段がある。
「聞いているのか、リリアスよ」
アルミラが私の肩に手を置いてそう言った。
「聞いてるわよ。さっきから『あの方』『あの方』って。そろそろ名前くらい言えばいいじゃない」
アルミラは眉根を寄せて言う。
「すまないが、『あの方』のいないところで『あの方』の御尊名や固有能力などの情報を言うことは許されていないのだ」
それを聞いた私に「ふ」と笑みがこぼれる。
「その『あの方』っていうのも、ずいぶん小心者なのね」
アルミラは慌てた様子で「ば、馬鹿者…!」と言う。
「お前は本当にアタシの言ったことを聞いていたのか…!いいか、要するに格上の吸血鬼に格下の吸血鬼が逆らうことはできないということだ…!特に『あの方』の陰口などもってのほかだぞ…!」
私の肩に乗せたアルミラの手に力が入り、私はそれが邪魔に感じて手で払う。
「わかってるわよ。逆らわなきゃいいんでしょ」
アルミラは軽く舌打ちをして続ける。
「それは当然として、お怒りに触れるようなことをするなと言っているのだ…!まあ、とにかく、そういったルールは吸血鬼の血の掟と呼ばれるのだが」
アルミラは大階段に向かって広間の薔薇に囲まれた小道を歩いていく。私もそれに続く。
「吸血鬼の血の掟には他にも、親の吸血鬼よりさらに格上の吸血鬼に吸血されることによってその支配を上書くことができるというものがあるが、真祖である『あの方』より上位の吸血鬼など存在しないから、これはアタシには関係ない話だな」
広間の途中、薔薇の花畑の中に突然、騎士風の男があらわれた。
緑色の長い髪に銀色の胸部甲冑。神経質そうに眉根に深い皺を寄せている。
「その娘か、アルミラよ」
「…カミーユ」
「ふん、ずいぶん呆けたツラの娘だな」
「カミーユ、少し話がある」
そう言ってアルミラはカミーユという男とともにどこかへ消えた。
「待たせたな」
しばらくして1人で戻ってきたアルミラに私は無言で頷き、私たちは再び歩き出す。
広間を抜けて階段を登っていく。
「いいか、とにかくこの階段を登りきった最上階に『あの方』はおられる。すべての吸血鬼の始まりである『あの方』に失礼のないように心がけろ」
うつむいてただひたすら階段を登る私に、アルミラが振り返って「わかったか」と言った。
私は事務的に「わかったわ」と答えた。
とにかくまずはこの長い長い階段を登りきることだ。
そうして『あの方』とやらに会って情報を聞きだしたらすぐにここを出て、ローザに会いに行く。
…早く、会いたいな。
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