襲われたい令嬢と紳士になりたい婚約者

壱真みやび

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56. 実家   エルミナ視点

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「もうそろそろ、離れてくれ」

苦しそうな顔でルディがそう言うから、私は元の席に戻った。
ルディとするキスが好き。もっとずっとルディとキスしていたかった。ルディは違うのだろうか。
こんなに嬉しいのは、私だけ――?

「そんな顔すんなって。そろそろ到着するだろ?さすがに――落ち着かせないと…まずいから」
「うん」

そうだった。実家に…父と母に会うのだった。


***


「エルミナ!!」
「エルミナお嬢様!」
「旦那様、お嬢様がお戻りになられました!」

侯爵家へ到着し、ルディに手を借りて馬車から降りた瞬間に気付いたのはその賑やかさ。
今までこんなに賑やかに出迎えられたことがあっただろうか。一体何が…?

「エルミナ!」

呆然と立ち尽くしていた私に、母が体当たりをしてきた。

「!?」

違う。息が苦しい。これは――抱きしめられている…?

「エルミナ…無事なの…?」
「お母様…?」

そして母は私の顔を正面からしっかりと見た。
こんなに間近でお互いの顔を正面から見たのはどれくらいぶりだろう。
母はとても顔色が悪かった。

「さっき学院の先生から連絡をいただいたのよ。あなたが…不審な男に襲われそうだったって…」

母は震えていた。震えながらも、私の手を握るその手は優しく、温かかった。
幼い頃、欲しくて欲しくてたまらなかった母の体温がそこにあって…私は胸がいっぱいになってしまった。

「エルミナ、心配したよ」

そうして屋敷から出てきた父に母ごと抱きしめられて――すぐ近くにいたルディと目が合って、彼のその目がとても優しくて。

「ただいま、帰りました――」

あんまり温かくて、涙がこぼれそうになってしまった。


***


「よくエルミナを守ってくれた。ありがとうルディウス。ケガはないだろうか」
「はい、問題ありません。お気遣いありがとうございます」

「先生のお話だと、他にもエルミナを助けてくれたお友達がいるのよね?改めてお礼に伺わなくてはいけないわ」

実家に帰省して、こんなに穏やかに父と母とルディと一緒にお茶が飲めるとは思わなかった。

「思い切ってあなたにお手紙を書いてよかったわ。エルミナを連れてきてくれてありがとう」
(あ…)

そうだ、手紙――私は母からの手紙に返事を出していない。
どうしよう…せっかくこんなに穏やかな空気を、自分が壊してしまう…

「その手紙の件ですが。エルミナには届いていなかったようです」
「あら…そうなの?」

「今日捕えた男によって、すりかえられていた可能性があります。僕と彼女の今日の動き、指定された時間などにズレがありました。詳しいことはわかりませんが、奥様はとても美しく癖のない文字を書かれます。偽造もしやすかったのではないでしょうか。エルミナですら気付かなかったようですし」

母が絶句している。
私がそっとルディを見ると、ルディも私を見て少し微笑み、小さく、本当に小さく頷いた。
ルディはわかっているのだ――私が返事を出せないでいたことを。わかっていて、かばってくれた。

「では、その男は偶然ではなく最初からエルミナを狙っていたということか?」
「はい。エルミナとその男…ノアとは面識があります」
「それは本当か」

父が厳しい顔をして私に説明を求めている。

「は…はい。療養先の屋敷によく来てくれていました。とてもよくしてくれて…私はずっとマルコム先生のお弟子さんだと思っていました」

「マルコム先生の?」
「でも学院にマルコム先生がいらしたときにお話しする機会があって。その時に彼の話をしたら弟子なんていないと言われました。先生は屋敷で庭師をしていたウッズさんの息子だと思っていたとおっしゃっていました」

この話はイブしか知らない。だからルディウスもとても難しい顔をして聞いている。

「ノアはたまたま学院の調査に訪れていたレヴォーグ公爵の家の者に引き渡しています」
「そうか…公爵の。それなら詳しい話はそちらに聞いたほうがいいな」



そうしてお茶を飲み、一息ついて私に向き合う。

「療養先に選んだ領地で目をつけられたのだな…やはり私たちの行動は親として間違っていた。エルミナ…すまなかった」

「え…」
「ずっと、ずっとちゃんと話をしなければと思っていたの。あなたに謝らなければ…そう思っていたのよ」

父と母が何を言おうとしているのかわからない。
ルディを見ると、小さく頷いた。その目はさっきと同じ、とても優しいものだった。
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