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57. 親の後悔 エルミナ視点
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「マリアを覚えているか?」
「はい、もちろんです」
マリア。
私が幼かった頃、面倒を見てくれていた侍女。
日常生活はもちろん、私の心を支え続けてくれていた大切な人だ。私が遠く離れた領地に療養に行く際、離れてしまってそれ以来会ってはいない。
「マリアは親の面倒を見るためにこの屋敷を離れてしまったんだが――」
「その時、私たちに言ったの」
『長年勤めさせていただいて、大変お世話になりましたのに恩知らずだと思われるかもしれません。ですが失礼を承知で申し上げます。エルミナお嬢様があまりにも…あまりにも可哀想です。どうか、どうか…抱きしめて差し上げてくださいませ』
(マリア…)
「愚かなことに私たちはその言葉の意味がわからなかったの。何が可哀想なのか知りたくて、屋敷の者やマルコム先生に意見を求めたらみんなマリアの言ったことの意味をわかっていたわ。わかってはいたのに言えなかったんでしょうね…私たち、親が必死だったせいで。やっと気付いたの。私たちがどれだけ心無い言葉を放っていたか。どれだけあなたに寂しい思いをさせていたのか」
母はとても辛そうな顔をしていた。でも私は母も辛い思いをしていたのを知っている。
それもマリアやマルコム先生が教えてくれたことだ。
「私たちがお前のためと思ってやっていたことは、お前の望んでいないものだったのだな。だがお前を愛していることだけは信じてほしい」
「はい。それはわかっています、お父様」
私は寂しかったけれど、それはそれは丁寧に扱われていた。丁寧すぎるぐらいに。決して粗雑に扱われたことはない。一度も。だから誰も憎んだことはない。
「せめてこれからはあなたの思うようにさせてあげたいと思っているの」
「?」
どういう意味だろうか。
「侯爵家当主として、お前には私たちが残せなかった後継を残してもらわなければならない。酷なことを言うが、お前が侯爵家に生まれ、育ったが故の義務だと思ってほしい」
「はい」
そこまで言って父はふっと、表情を和らげた。
「だが父としては…お前には幸せになってほしい。義務だという話をしたが…お前が好きだと思う相手と、お前のいいと思えるタイミングで果たしてくれればそれでいい」
好きな相手――ルディを見ると、なんだか珍しく落ち着かない様子だった。
たしかにルディがいないときにすればいい話題ではある。
普段クールなルディのその様子が、とても可愛らしく思えた。
私には、ルディのいる今だからこそ言わなくてはならないことがある。
「お父様、お母様。私、愛されていることに疑いをもったことはありません。ただとても寂しかった。でもあのときがあったからルディに出会って、ルディに惹かれたのだと思います。私は今でもずっとルディが好きです。このままずっとルディと一緒にいたいんです」
親に自分の好きな人を告白するのがこんなに恥ずかしいとは知らなかった。
なるべく感情的にならないようにしたつもりだが…伝わっただろうか。
「ルディウスの意見も聞いていいかしら?」
母がもう答えは知っているとでも言わんばかりの表情をしている。さっきの顔色の悪さが嘘のようだ。
ルディを見ると、先程そわそわしていた可愛らしさは消え去って、姿勢を正したその姿はとても堂々としていた。
「僕もエルミナを愛しています。彼女のために生きてきた。これからもそれは変わりません」
(私もときめきが止まりません…っ。好き、大好き…っっ)
叫びだしたい気持ちを堪えて、ルディの隣にふさわしいレディを気取る。
父がそっと目を閉じた。そしてとても穏やかな声で締めくくる。
「これからは二人でやりたいようにやるといい。親として意見は言うが…ちゃんと話し合っていこう。もう家族ですれ違わないために」
「はい、もちろんです」
マリア。
私が幼かった頃、面倒を見てくれていた侍女。
日常生活はもちろん、私の心を支え続けてくれていた大切な人だ。私が遠く離れた領地に療養に行く際、離れてしまってそれ以来会ってはいない。
「マリアは親の面倒を見るためにこの屋敷を離れてしまったんだが――」
「その時、私たちに言ったの」
『長年勤めさせていただいて、大変お世話になりましたのに恩知らずだと思われるかもしれません。ですが失礼を承知で申し上げます。エルミナお嬢様があまりにも…あまりにも可哀想です。どうか、どうか…抱きしめて差し上げてくださいませ』
(マリア…)
「愚かなことに私たちはその言葉の意味がわからなかったの。何が可哀想なのか知りたくて、屋敷の者やマルコム先生に意見を求めたらみんなマリアの言ったことの意味をわかっていたわ。わかってはいたのに言えなかったんでしょうね…私たち、親が必死だったせいで。やっと気付いたの。私たちがどれだけ心無い言葉を放っていたか。どれだけあなたに寂しい思いをさせていたのか」
母はとても辛そうな顔をしていた。でも私は母も辛い思いをしていたのを知っている。
それもマリアやマルコム先生が教えてくれたことだ。
「私たちがお前のためと思ってやっていたことは、お前の望んでいないものだったのだな。だがお前を愛していることだけは信じてほしい」
「はい。それはわかっています、お父様」
私は寂しかったけれど、それはそれは丁寧に扱われていた。丁寧すぎるぐらいに。決して粗雑に扱われたことはない。一度も。だから誰も憎んだことはない。
「せめてこれからはあなたの思うようにさせてあげたいと思っているの」
「?」
どういう意味だろうか。
「侯爵家当主として、お前には私たちが残せなかった後継を残してもらわなければならない。酷なことを言うが、お前が侯爵家に生まれ、育ったが故の義務だと思ってほしい」
「はい」
そこまで言って父はふっと、表情を和らげた。
「だが父としては…お前には幸せになってほしい。義務だという話をしたが…お前が好きだと思う相手と、お前のいいと思えるタイミングで果たしてくれればそれでいい」
好きな相手――ルディを見ると、なんだか珍しく落ち着かない様子だった。
たしかにルディがいないときにすればいい話題ではある。
普段クールなルディのその様子が、とても可愛らしく思えた。
私には、ルディのいる今だからこそ言わなくてはならないことがある。
「お父様、お母様。私、愛されていることに疑いをもったことはありません。ただとても寂しかった。でもあのときがあったからルディに出会って、ルディに惹かれたのだと思います。私は今でもずっとルディが好きです。このままずっとルディと一緒にいたいんです」
親に自分の好きな人を告白するのがこんなに恥ずかしいとは知らなかった。
なるべく感情的にならないようにしたつもりだが…伝わっただろうか。
「ルディウスの意見も聞いていいかしら?」
母がもう答えは知っているとでも言わんばかりの表情をしている。さっきの顔色の悪さが嘘のようだ。
ルディを見ると、先程そわそわしていた可愛らしさは消え去って、姿勢を正したその姿はとても堂々としていた。
「僕もエルミナを愛しています。彼女のために生きてきた。これからもそれは変わりません」
(私もときめきが止まりません…っ。好き、大好き…っっ)
叫びだしたい気持ちを堪えて、ルディの隣にふさわしいレディを気取る。
父がそっと目を閉じた。そしてとても穏やかな声で締めくくる。
「これからは二人でやりたいようにやるといい。親として意見は言うが…ちゃんと話し合っていこう。もう家族ですれ違わないために」
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