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五十鈴りく

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3◆ワイルドなハチさん

◆5

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 怪我をしてからしばらくして、ハチさんは弟と一緒に外へ出かけた。行先はいつもの商店街だ。
 ハチさんの顔を見るなり、商店街の人々は嬉しそうに話しかけてきてくれたそうだ。

「おっ! ノラ、久々じゃねぇか。ほら、あれだろ。イカしたメス猫の尻でも追っかけてたんだろ?」

 ガハハ、と笑っている。

 にゃあ! 
 のん気なもんだな。そんな皮肉は伝わらない。

「笹カマでよけりゃあるぜ。待ってな」

 それを聞いては何も言えない。
 ハチさんは表面のちょっと乾いた笹カマを食べながら感謝したそうだ。
 もう、自力で獲物を獲るのは難しいから、こうして生きていくしかないのかって、胸の奥がモヤモヤしたのだそうだけど……


 そのまま商店街の平らな道を歩いていると、鈴の音がした。振り返った先にタマキがいた。

 にゃあっ。
 人間にヤラレタって噂になってたけど、元気そうでほっとしたって。

 ハチさんはフン、と鼻で返事をした。そう元気ではないけど、一見しただけではわからない。
 無事ではあるが、負傷した。俺もまだまだだ、と。

 そこでタマキはハチさんの足の怪我に気づいた。
 にゃぁ、と力なく鳴くと、慰めの言葉を探していた。それがわかったから、ハチさんは先回りして言ってやったんだって。

 下手な慰めなんぞいらん。俺はもう野良とは呼べないタダの猫だ――って。
 すると、タマキはハッとしてにゃあにゃあとまくし立てた。

 あんたのことだから、人間に飼われるのは嫌だとか言うんだろって。それなら働きなよ、なんて言われた。
 噂なんだけど、猫の言葉がわかる不思議な人間が、働いてくれる猫を探してるんだって。そこへ行ったらどうだい? 三食昼寝つきだって話だよって。

 ――あはは、タマキって子から僕のことを聞いたんだね。

 足の悪い俺が働けるのか? もう、ネズミも獲れやしないような猫なのに。
 ハチさんは渋ったそうだ。でも、タマキは続けた。

 特別何かができなくてもいいみたいだよ。駄目でもともとなんだからさ、一度行くだけ行ってきたら? って、タマキに後押しをされたそうだ。なるほどね。


 でも、ハチさんの気がかりは弟だった。
 ハチさんがいなくなっては弟が困るだろう。事実、タマキからその話を聞いてから、弟はにゃあとも口を開かなかったそうだ。

 隠れ家に戻ると、ハチさんは弟に言った。
 俺はその人間のところで世話になるかもしれない。お前はどうする? 一緒に行くか? って。

 それが一番いいような気がした。何匹雇い入れてくれるのかは知らないが、もしかすると一緒でもいいと言ってもらえるだろうかって。

 弟は、ハチさんと別れることを不安に思い、そうして沈んでいるんだと思った。だから、こう切り出せば安心するって、ハチさんはこの瞬間までは思っていたそうだ。
 ところが、弟の返答は真逆だった。

 ――ううん、オイラはここに残るよ。
 そう、言ったのだそうだ。
 その時の弟の目は、今までに見たどんな時よりもまっすぐだったって。

 にゃあ?
 来ないのか? お前は野良として一匹でやっていこうって考えているんだな?

 ハチさんが問うと、弟はしっかりとうなずいた。
 オイラは野良として生きていく。兄ちゃんの分まで。

 オレの? 首を傾げたハチさんに、弟は言った。

 兄ちゃんは野良であることを誇っていた。本当は、ずっと野良でいたかったんだろ? それなのに、オイラの敵討ちで怪我をして野良でいられなくなったんだ。それなのに、オイラがどこまでも兄ちゃんについていって甘えてたんじゃ、オイラ、他の兄妹にも母ちゃんにも顔向けできないよ。

 そんなことを言い出した。
 馬鹿だな。そんなこと、気にするもんじゃない。そう言いながらも、ハチさんは、本当は弟を残していくのが不安なのは自分の方だって気づいたらしい。
 目の届くところにいてくれないと、心配のし通しだって。

 それなのに、弟はハチさんから少しも目を逸らさなかった。いつものおどおどとした様子がない。
 オイラは、兄ちゃんが誇れる立派な野良猫になるよ。だから、兄ちゃんもどうか元気で。

 弟は、別れを決めたんだ。そのことを、ハチさんは痛いほどに感じたそうだ。

 目は逸らさず、まっすぐだったけれど、足の先は震えていた。
 けれど、そんな弟の決意をハチさんは否定するものではないと思ったって。

 にゃあ!
 そうか。お前ならもう大丈夫だ。オレの自慢の弟だからな。
 その代わり、堕落した野良にはなるなよ。オレが覗きに来た時に情けない猫に成り下がっていたら、首根っこ咥えて連れていくからな。

 ハチさんがそう言うと、弟はにゃあと苦笑した。気をつけるよって。


 生まれて初めて、二匹は離れた。
 でも、それは悲しいことじゃない。互いの将来が幸多からんことを願って別れたって。

 そうして、ハチさんはゆっくりと歩いてここへ来たと――


     ◆


「うん、よくわかったよ。あのね、最初にハチさんがここに来た時に、実はちょっと引っかかってたんだ。それがなんなのか、よくわかっていなかったんだけど、話を聞いてわかったよ。足が悪かったんだね。普通に歩いていたらわからない程度なんだけど」

 にゃあ!
 まあ、そういうことだ、と。

「そっか。大丈夫だよ。猫カフェの仕事には差し障りないからね」

 それならよかったって、ハチさんはここへ来て一番ほっとした様子だった。

「たまにね、自分が抱えた鬱憤うっぷんを他にぶつけてしまう人間がいるけど、そういう人は弱いんだ。ごめんね、人間を代表してとかおこがましいけど、同じ人間として謝るよ」

 すると、しょんぼりと言った僕の言葉をハチさんは鼻で笑った。
 オレは同類の猫が粗相をしても謝らんぞ。お前が謝ることじゃないって?

「そうかな。ありがとう」

 にゃあ。

「え? 怪我はしたけど、これといって悔いることはない?」

 ハチさんはうなずく。そうして言った。

「……ああ、そうか。ハチさんはそう思うんだね」

 ハチさんは弟と離れるタイミングを初めて得た。ただ離れたのでは、弟は臆病で駄目なままだった。それがああもしっかりとした目をするようになったんだから、足一本分の価値くらいはあったと。

「きっとさ、ハチさんに代わってその辺りの縄張りを治めるボス猫になるよ。ほら、そのうちに可愛いメス猫と子供なんか作ってるんじゃないかな」

 すると、ハチさんはニヒルに笑った。――笑った気がした。
 かもしれないなって。

「ええと、ハチさん。名前どうしようか? ハチさんにとってそのショーゴくんっていう男の子が恩人みたいだし、ショーゴくんがつけてくれた名前で呼ぼうか? 散々ハチさんって呼んでおいてなんだけどさ」

 でも、ハチさんは首を横に振った。

 にゃあ。
 ショーゴがつけてくれた名前は、野良の自分だ。今のオレはもう昔のオレとは違う。だから、新しい名で呼んでくれって?

「名前ってさ、すっごくすっごく大事だからね? 慎重に考えていいんだよ?」

 やたらと力を込めて言うじゃないかって?
 ……え? そんなに力を込めたつもりはないけど。ないはずだけど。
 い、いや、まあハチさんがいいならいいんだ。

「わかったよ、ハチさん。ハチさんも採用です。そうだなぁ、トラさんが猫スタリーダーだから、ハチさんはサブリーダーをお願いしようかな。トラさんの補佐をお願いできるかな?」

 ハチさんは黙って話を聞いていたトラさんの方をちらりと見た。お互いの視線が絡み合う――でも、この二匹の相性はいいんじゃないかと思う。

 にゃあ。
 了承してくれた。これでよし。

 ええと、名前はハチさん。
 生粋の野良猫。弟思い。後ろ足に傷がある。年は人間でいうと青年ってところかな。……僕と一緒くらい?

 順調に三匹目の猫スタッフを得た。
 なんとなく渋めに偏ってるけど、まあいいか。
 次に来た猫も渋かったら、その時に対策を考えようか……

  *To be continued*
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