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③
9-7 関羽と紀美恵 side巧人
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中庭について……というか玄関出てすぐに横を見れば、関羽の姿が確認できた。けど関羽はこっちには気づいてないようだ。
関羽はしゃがんで何やらしている。俺は角度を変えてみてみる。すると、軍手をして雑草を抜いていた。……草むしり? 何故?
「関羽さんは……優しい人ですよね」
疑問に思っていると、突然そんな声をかけられた。驚いて目を向けると、紀美恵さんがいた。手にはスーパーの袋とバッグ。利莉花の言っていた用事とは、買い物のことだったのか。
紀美恵さんは関羽を見て続ける。
「関羽さんは、私たちの家庭のことを知って、こうやって色々と手伝ってくれています。頼んだわけでもないのにですよ? それにまだまだ、他人だった私を……」
紀美恵さんは懐かしむように目を細める。同時に、大切なものを確かめるように。
俺はたずねた。
「紀美恵さんは関羽とはどういった関係なんですか?」
それはずっと気になっていたこと。そして、関羽にははぐらかされてしまったこと。
紀美恵さんは話し始める。
「関羽さんには、道を歩いていたら、突然声をかけられました。確か……『そこのお美しい方お待ちください』だったと思います」
おい。関羽おい。もっとマシな声の掛け方できないのか。アホ丸出しだぞ。
「それで、そのときは変な人だなって思いつつも立ち止まって、『なんですか?』と聞き返しました。すると、『とても疲れた顔をしていますね。それでは、あなた本来の美しさが半減ですよ?』と言ってきました」
キザすぎだろ。つーか何様? キモ。
「私は苦笑いしつつ、『そうですか』とだけ返しました。でも……どうしてでしょうね。それが私の心を少しだけ軽くしてくれたんです。
私は……本当に疲れていたんだと思います。だから、関羽さんのその態度が私の心をほぐしてくれたんでしょうね。そしてそのままお話を続けて、関羽さんにつられるように軽いノリで言ったんですよ。確かに疲れてるってことを。そうしたら、『何かできることはありませんか?』ってそう言われたんです。初対面なのにですよ? 私はもちろん遠慮したんですが、『それじゃ俺の気がすみません!』、『気になって夜も眠れなくなります!』と、言いきられる形で、家まで連れて行きました」
強引だな。でも、聞いていた限りじゃ、正解だったんだろうな。
……相手のことを気遣っての行動か。関羽らしくない……って普段は思うところだけど、これなら納得だな。
「その間にどうしてそんなに、疲れているようなのかを聞かれました。私は少し話をして、気を許したのでしょうか。言われたままに答えていました。私はこの家に住んでいて、娘も二人いる。けれど、夫はいないんです」
語る紀美恵さんの語尾が弱くなる。
そして、その意味を何となく、理解してしまった。……亡くなってしまったんだ。
理由は知らなくても、結果が変わることはない。悲しみもあっただろう。大変なこともあったんだろう。その中で、紀美恵さんは生きてきたんだな。
「夫はいなくなってしまって……それでも、夫の両親たちは関係を持ってくれて、女手一人じゃ大変だろうと、支援もしてくれました。そうして、どうにかやってこれていたんです」
自分たちだって、息子を失って悲しいはずなのに、その嫁さんのことを心配してあげるなんて……優しい人たちだな。
「けど、やっぱりそれは『どうにか』で、私自身のパートも増やして、どうにか成り立っていたんです。本当に毎日忙しくて……。そのことを関羽さんにはすべて打ち明けました。そして言ってくれたんです。無理をしないで、もっと人を頼ってくださいって。それで私は、関羽さんに甘えてしまいました」
……なるほどな。いいところ、あるじゃないか関羽。
「やっぱり、男手ってすごいなって感心しました。力仕事ではとても活躍してくれますし、私自身の負担もかなり減りました。それに、関羽さんは頼み事を笑って、『分かりました』って、嫌な顔一つせずに引き受けてくれます。……本当に優しい人です」
「……そうですね」
ずっと黙って聞いていた俺だったが、話の終わりを感じて口を開き、同意する。
きっと、関羽はこれを言うのが照れ臭かったんだ。
いっつも、馬鹿なことばっかり言ってるのに、今回はこんなにも真面目な内容だ。
今日だってそうだ。性的に、ってことを念押ししてきた。
知られたくなかったんだろうな。それは俺の知っている関羽じゃないし。お前のキャラがぶれるもんな。
「もうずいぶんと長い間、お世話になっている気がします」
そうして、草むしりする関羽を見つめる。関羽は、まだまだ草が多く残っている庭を一所懸命に、抜いていく。見ているだけで、その大変さは伝わってくる。
それに、もう夏も近くなってきて、今は昼時。暑さもあり、相当汗を流している。それでも……関羽は楽しそうに続けていた。
「今やっているあの草むしりも、あとで花壇を作るため、だそうです。『いい生活を送るためには、心を明るくすることです。そのためにも、家を華やかにして気分を良くしましょう』って言ってました」
花壇……か。それはまた途方もないな。この状態から整備するのなんて、一筋縄ではいかないだろう。
「ただ、最初は自費でやろうとしたので、慌ててお金を渡しましたが」
紀美恵さんは困ったように笑う。でも、それは嫌なわけではなく、むしろ嬉しそうだった。
……俺は、少し関羽のことを下に見過ぎていたのかもな。性癖が真逆なこととか、馬鹿なところとかで、お前のことをちゃんと考えたことなんてなかった。熟女好きってだけで、敬遠していた。
でも、根本は俺と同じだったんだな。人のことを想っていた。相手を労わることを知っていた。相手の幸せも考えていた。
……見直したぜ。本当にな。
でも、お前はちょっと、かっこつけすぎだ。いや、恥ずかしがっているだけか……。紀美恵さんの話を聞いていてそう思った。
だから……これくらいは、俺から言わせてもらうぜ? お前の友人として――。
「紀美恵さんは、どうして関羽はあなたを手伝ってくれたんだって思いますか?」
「……正直なところ、よくわかりません。聞いてもはぐらかされてしまって……」
「それでも、何か思う時がありませんか? そうなんじゃないかって期待だったり、不安だったり」
「不安になんてなりません。関羽さんのことは信じていますから。でも……」
紀美恵さんは顔を沈ませる。
不安じゃないなんて言っても、理由を話しもしないんじゃ、気にもなる。話してくれない理由を知りたくなる。そのことに対する不安は、絶対にあっただろう。もっとノリよく、いつものように直球で伝えればいいのにな。
(……いや、違うか。できなかったんだよな)
だから関羽は恥ずかしがってるって思ったんだ。
そしてその気持ちを、今の俺は理解できるから。
余計なことかもしれないけど……この人がお前のことで悩んでいる。それこそ、今は一番の問題だろ?
「関羽はただ、あなたのことが好きなんですよ。それだけの……そして一番大切な理由です」
紀美恵さんは俺の言葉を聞いて、顔を上げこちらを見てくる。そして、数秒してまた関羽に視線を移す。
「そう……ですか」
紀美恵さんはさっきまでと同じように、それでいてほっとした目で関羽をずっと見つめていた。
関羽はしゃがんで何やらしている。俺は角度を変えてみてみる。すると、軍手をして雑草を抜いていた。……草むしり? 何故?
「関羽さんは……優しい人ですよね」
疑問に思っていると、突然そんな声をかけられた。驚いて目を向けると、紀美恵さんがいた。手にはスーパーの袋とバッグ。利莉花の言っていた用事とは、買い物のことだったのか。
紀美恵さんは関羽を見て続ける。
「関羽さんは、私たちの家庭のことを知って、こうやって色々と手伝ってくれています。頼んだわけでもないのにですよ? それにまだまだ、他人だった私を……」
紀美恵さんは懐かしむように目を細める。同時に、大切なものを確かめるように。
俺はたずねた。
「紀美恵さんは関羽とはどういった関係なんですか?」
それはずっと気になっていたこと。そして、関羽にははぐらかされてしまったこと。
紀美恵さんは話し始める。
「関羽さんには、道を歩いていたら、突然声をかけられました。確か……『そこのお美しい方お待ちください』だったと思います」
おい。関羽おい。もっとマシな声の掛け方できないのか。アホ丸出しだぞ。
「それで、そのときは変な人だなって思いつつも立ち止まって、『なんですか?』と聞き返しました。すると、『とても疲れた顔をしていますね。それでは、あなた本来の美しさが半減ですよ?』と言ってきました」
キザすぎだろ。つーか何様? キモ。
「私は苦笑いしつつ、『そうですか』とだけ返しました。でも……どうしてでしょうね。それが私の心を少しだけ軽くしてくれたんです。
私は……本当に疲れていたんだと思います。だから、関羽さんのその態度が私の心をほぐしてくれたんでしょうね。そしてそのままお話を続けて、関羽さんにつられるように軽いノリで言ったんですよ。確かに疲れてるってことを。そうしたら、『何かできることはありませんか?』ってそう言われたんです。初対面なのにですよ? 私はもちろん遠慮したんですが、『それじゃ俺の気がすみません!』、『気になって夜も眠れなくなります!』と、言いきられる形で、家まで連れて行きました」
強引だな。でも、聞いていた限りじゃ、正解だったんだろうな。
……相手のことを気遣っての行動か。関羽らしくない……って普段は思うところだけど、これなら納得だな。
「その間にどうしてそんなに、疲れているようなのかを聞かれました。私は少し話をして、気を許したのでしょうか。言われたままに答えていました。私はこの家に住んでいて、娘も二人いる。けれど、夫はいないんです」
語る紀美恵さんの語尾が弱くなる。
そして、その意味を何となく、理解してしまった。……亡くなってしまったんだ。
理由は知らなくても、結果が変わることはない。悲しみもあっただろう。大変なこともあったんだろう。その中で、紀美恵さんは生きてきたんだな。
「夫はいなくなってしまって……それでも、夫の両親たちは関係を持ってくれて、女手一人じゃ大変だろうと、支援もしてくれました。そうして、どうにかやってこれていたんです」
自分たちだって、息子を失って悲しいはずなのに、その嫁さんのことを心配してあげるなんて……優しい人たちだな。
「けど、やっぱりそれは『どうにか』で、私自身のパートも増やして、どうにか成り立っていたんです。本当に毎日忙しくて……。そのことを関羽さんにはすべて打ち明けました。そして言ってくれたんです。無理をしないで、もっと人を頼ってくださいって。それで私は、関羽さんに甘えてしまいました」
……なるほどな。いいところ、あるじゃないか関羽。
「やっぱり、男手ってすごいなって感心しました。力仕事ではとても活躍してくれますし、私自身の負担もかなり減りました。それに、関羽さんは頼み事を笑って、『分かりました』って、嫌な顔一つせずに引き受けてくれます。……本当に優しい人です」
「……そうですね」
ずっと黙って聞いていた俺だったが、話の終わりを感じて口を開き、同意する。
きっと、関羽はこれを言うのが照れ臭かったんだ。
いっつも、馬鹿なことばっかり言ってるのに、今回はこんなにも真面目な内容だ。
今日だってそうだ。性的に、ってことを念押ししてきた。
知られたくなかったんだろうな。それは俺の知っている関羽じゃないし。お前のキャラがぶれるもんな。
「もうずいぶんと長い間、お世話になっている気がします」
そうして、草むしりする関羽を見つめる。関羽は、まだまだ草が多く残っている庭を一所懸命に、抜いていく。見ているだけで、その大変さは伝わってくる。
それに、もう夏も近くなってきて、今は昼時。暑さもあり、相当汗を流している。それでも……関羽は楽しそうに続けていた。
「今やっているあの草むしりも、あとで花壇を作るため、だそうです。『いい生活を送るためには、心を明るくすることです。そのためにも、家を華やかにして気分を良くしましょう』って言ってました」
花壇……か。それはまた途方もないな。この状態から整備するのなんて、一筋縄ではいかないだろう。
「ただ、最初は自費でやろうとしたので、慌ててお金を渡しましたが」
紀美恵さんは困ったように笑う。でも、それは嫌なわけではなく、むしろ嬉しそうだった。
……俺は、少し関羽のことを下に見過ぎていたのかもな。性癖が真逆なこととか、馬鹿なところとかで、お前のことをちゃんと考えたことなんてなかった。熟女好きってだけで、敬遠していた。
でも、根本は俺と同じだったんだな。人のことを想っていた。相手を労わることを知っていた。相手の幸せも考えていた。
……見直したぜ。本当にな。
でも、お前はちょっと、かっこつけすぎだ。いや、恥ずかしがっているだけか……。紀美恵さんの話を聞いていてそう思った。
だから……これくらいは、俺から言わせてもらうぜ? お前の友人として――。
「紀美恵さんは、どうして関羽はあなたを手伝ってくれたんだって思いますか?」
「……正直なところ、よくわかりません。聞いてもはぐらかされてしまって……」
「それでも、何か思う時がありませんか? そうなんじゃないかって期待だったり、不安だったり」
「不安になんてなりません。関羽さんのことは信じていますから。でも……」
紀美恵さんは顔を沈ませる。
不安じゃないなんて言っても、理由を話しもしないんじゃ、気にもなる。話してくれない理由を知りたくなる。そのことに対する不安は、絶対にあっただろう。もっとノリよく、いつものように直球で伝えればいいのにな。
(……いや、違うか。できなかったんだよな)
だから関羽は恥ずかしがってるって思ったんだ。
そしてその気持ちを、今の俺は理解できるから。
余計なことかもしれないけど……この人がお前のことで悩んでいる。それこそ、今は一番の問題だろ?
「関羽はただ、あなたのことが好きなんですよ。それだけの……そして一番大切な理由です」
紀美恵さんは俺の言葉を聞いて、顔を上げこちらを見てくる。そして、数秒してまた関羽に視線を移す。
「そう……ですか」
紀美恵さんはさっきまでと同じように、それでいてほっとした目で関羽をずっと見つめていた。
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