シロクロユニゾン

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シロクロユニゾン 出会いの項

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 不幸の象徴。そう言われて何を思いつくだろう?

 カラス、蜘蛛、黒ヤギ、


────黒猫。


挙げれば様々なものがある。


そして、もしそれが“自分”に当てはまるとしたらどうなるだろうか?


無論、その答えは悲惨なものである。


「もう…やめてよ…」


黒猫獣人が、夕日に染まる高校の校舎裏で壁を背に泣きながら訴えた。


身体の所々には傷やアザが目立ち、普段からどんな扱いを受けているのかを生々しく表している。


「うるせぇぞ“黒猫”!!」


それを聞いた鰐獣人がそう吐き捨てる。


「お前が不幸にならないようにしてやるんだよ…」


そして、その隣にいるハイエナ獣人がそう言うと、


「……これ重いから早くやろーぜ」


その後ろからだるそうにイノシシ獣人がゆっくりと近づいてきた。


その手には大きなバケツが握られている。





その中には、白い絵の具を溶かした真っ白な液体がたっぷりと入っていた。





「お願い…やめて…」


彼にはもう抵抗する力もでない。


「お前を真っ白にしてやるよ…感謝するんだな!」


そう鰐の少年が言ったのを合図に、3人でバケツを支える。


「あ……あ…」


黒い毛の上からでもわかるぐらい黒猫の少年の顔は真っ青に染まった。


そして、


「「「せー……の!!」」」


3人の声が揃い、バケツが傾くと勢い良く中身が飛び出した。


「あっ…」


黒猫獣人の視界は、白1色に支配された。





◇◆◇◆





 「うわぁぁぁあ!!」


ある日の朝、そんな声と共に1人の黒猫獣人がベットから飛び起きた。


「ハァ…夢……か…」


彼の上半身は汗でぐっしょりと濡れていた。


(昔のこと…忘れたつもりだったんだけどな…)


父親譲りの青い目を擦りながらそんなことを思いながら低血圧でボーッとする頭を動かしベットを降りる。


そんな中彼はメガネを手に取り薄暗い部屋の中を出口の扉を目指しふらふらと歩き出した。


廊下の明かりが扉の隙間から漏れ出ている。


あと少しで扉に手がかかると右手を伸ばす。


その瞬間、





ガン!





「いっ…!?」


小さな衝突音が部屋の空気を揺らした。


彼の顔が痛みに歪む。


その音は、扉の隣にある本棚に突き刺さっている小指が原因であった。


「…朝からこれかぁ……」


この不幸体質が何から来ているものなのか。彼の頭にはいつもの同じ答えがちらついていた。





◇◆◇◆




五月半ば、


 彼…黒崎 凛(くろさき りん)は朝から憂鬱な気分で満員電車に身を任せていた。身長165cm、体重53kgの小柄な彼はビールっ腹を揺らすサラリーマンに埋もれてしまう。


実家暮らしの彼は、自転車で15分ほどで着く最寄り駅から1時間ほどかけて都心からはずれた大学に通っている。


地元にも幾つか有名な大学はあったが、彼はあえて遠方の大学を選んだ。


それは昔の自分を無理矢理にも断ち切ろうとしたか故の行動であった。『彼らには会いたくない。』その一心で。


1時間電車に揺られていると、ついに大学の最寄り駅に到着した。満員電車の中ではこの1時間は何倍にも長く感じてしまう。


「…ふぅ。」


アナウンスが鳴り響く駅に足をつけると、解放感からか思わずため息が出てしまう。猫獣人のリラックス方法である尾をピーンと伸ばしながらの背伸びをしてからゆっくりと駅の中を歩き出した。





◇◆◇◆





駅から少し歩くと、凛の通う大学である『T大学』が見えてきた。


偏差値は高くもなく低くもなくといったものであるが、資格取得に関するサポートが手厚くそれを目的に遠方から通う学生も少なくない。


また、サークルや部活動も盛んで、特にサッカーとバスケ部はそれなりの成績を修めている。


時計は8時57分を指している。1限が始まるまであと3分であるが、凛は教室に向かわずに外のベンチに腰を降ろしバッグから本を取り出す。


朝に弱い彼はなるべく1限に授業を入れないようにしているのだ。しかし、月曜日の朝は決まって早く学校に向かいベンチでの読書をする習慣をつけていた。


そうして時計が59分に針を進めた瞬間であった。


(ん?)


猫科特有の聴力がとある音を捉えた。


せわしない足音…どうやら遅刻しそうになり走りだした学生がいるようだ。


いつもだったら気にしない音であるが、何故かその日は足音の主が異様に気になってしまった。本から目を上げて音のする方を見る。





その刹那、彼の視線は音の主に吸い寄せられた。





音の主は白馬の青年であった。白色の毛並みを風になびかせ、金色のたてがみを激しく揺らしている。身長は180cmを超えているほどで、長い足で地面を踏み抜く姿は圧巻であった。





(モデルさんみたい…)


男ということは見ればわかったが、それにも関わらず見惚れてしまう。


すると、





ポスッ





「あっ」


彼のポケットから黒い何かが滑り落ちたのが見えた。


すぐに声をかけて止めようとしたが、そうしようとした時には彼の姿は教室棟の中に消えてしまっていた。


凛はその落とし物に近付き拾い上げる。


(財布か…)


普段であれば学生センター等に落とし物として預けるだろう。


しかし、彼はあの白馬の青年に対してどのような人物なのかと好奇心を抱いていた。


「後で返せばいいよね…」


そして、学生センターに進もうとした足を止め、先程まで座っていたベンチに再び腰を落ち着けた。


読書をしている時は時間の進みはあっという間に過ぎてしまうが、この日は何度も時計を見てしまいものすごく長く感じてしまった。





◇◆◇◆





キャンパス内に1限終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。


教室棟からぞろぞろとヒトが出てくるのを凛は眺めていた。


財布の持ち主が出てくるのを今か今かと待ち構える。


そして、


「いたっ」


見違えるはずもなく、金のたてがみを揺らす白馬の青年を見つけた。


隣には友人と見られるウサギ獣人がいる。ベージュの毛色が太陽の光を優しく反射していて、ロップイヤーの垂れ下がる長い耳にはいくつかピアスがつけられている。


「しっかしお前が遅刻なんて珍しいよなー」


ウサギ獣人が聞く。


「電車で非常停止ボタン押されたんだ」


そう返した白馬の青年の声は、低く透き通るような声で、聞いた者を安心させる。そんな声であった。


「原因は?」


「リーマン同士の喧嘩」


「うわきっつ…」


そうして2人がワイワイと話しているのを見て、話しかけようとした凛の足は止まってしまっていた。


陰気な彼にはどうも会話に割って入るのが難しいと感じてしまう。


目の前にいる2人が少しずつ離れていくのに焦りを感じるが、依然として足は動かない。


すると、


「…わりぃ、飲み物買っていいか?」


自販機の前にさしかかると、ウサギ獣人がそんなことを言った。


「んあ、じゃあ俺も買うわ。」


そして白馬の青年もそう呟きポケットに手を入れる。


その瞬間、


「…あれ?」


ポケットを探る彼の手が止まった。


「どした?」


そこ様子を見ていたウサギ獣人が顔を覗き込む。


「…財布…落としたかもしれん…」


「はぁ!?」


ウサギ獣人が批判めいた声をあげる。


「お前またかよ…今月入って何回目だ?」


「3回目だ」


「覚えてんじゃねぇよドアホ!」


彼の質問に真顔で答える白馬の青年に思わず頭を抱えてしまう。


「うわー…また駅とかだと面倒だぞ…」


「そうだな」


「他人事じゃねぇぞ!?」


そのやり取りを見た凛は、


(今だ!)


そう思い彼らに駆け寄る。


「あ…あの!」


少し震えた声で彼らに声をかける。


「ん?」


それに反応したウサギ獣人がこちらを見る。


彼も白馬の青年にほどではないが体格はしっかりとしていて、小柄な凛を上から見下ろす。


「あの…これ…落としませんでした…?」


凛はそれに一瞬身構えるが、必死に彼の伝えたいことを言葉にして財布を差し出す。


「…ってこれ!」


すると、ウサギ獣人がそう声をあげ白馬の青年を呼ぶ。


「俺のだ…」


その財布を受け取った彼の表情は、心なしかほっとしたような顔に見えた。


「助かった…ほんとこのバカがすまねぇな…」


それを確認したウサギ獣人が頭を下げる。


「いえいえ、見つかってよかったです。」


それに対して凛ははにかむような笑顔で答えた。


そして、


「ありがとう。助かったよ」


白馬の青年から目を見つめられながら不意に礼の言葉を言われる。


「いっ…いえ…当たり前ですから…」


顔が良すぎる。そう感じた彼はついつい視線をずらしてしまう。


初対面の会話なのもあって、彼の黒色の毛の下で頬の温度が上がったのを感じた。


「じゃっ…じゃあ僕授業あるので!」


それにいたたまれなくなった彼は、その場から逃げるように駆け出した。





この日の出会いが、彼の大学生活を大きく変えることとなる。





◇◆◇◆





その出会いから3日後、凛は教室の最前列の席に座っていた。


視力の悪い彼は、どんな授業であっても最前列を陣取り黒板を張り付くように見ていた。


「ハーイミナサンカケマシタカネ?」


今受けているのは4限の外国語の授業である。凛とは対照的な白い毛色の猫獣人教師が呼びかける。


「ジャアミナサンスキナヨウニペアヲツクッテキョウユウシテクダサーイ!」


そして始まるのは陰キャ殺しイベントだ。


高校の時のクラスにはまだ数名友人がいた。しかし、クラスの中での交流が圧倒的に少ない大学ではそうもいかない。


おまけにこの授業は様々な学年や学部の学生がとっているため尚更たちが悪い。


(今日もペアワークした前提で提出するか…)


そんなとを考えながらため息をつき、ボーッと曇天の外を見つめる。


そうしていると、





「隣いいか?」





低く透き通るような声が凛の鼓膜を揺らした。


彼ははっとしてすぐに窓から声の方へと視線を移す。





そこには、あの時の白馬の青年が立っていた。





「財布拾ってくれた人であってるよな?」


「はい…」


そう言いながら翔は凛の隣に座る。


その瞬間、香水の爽やかな香り…甘く、そして爽やかな花の香りが凛の鼻孔を通り抜けた。


あまりに突然の出来事で凛の脳内はフリーズすしてしまう。


「俺もペアがいないんだ。一緒にやってくれるか?」


それをよそに彼の口からそう放たれる。


「ウサギの…あの人は?」


「アイツはこの授業とってないんだよ」


「あー…なるほど…」


何か会話をしようにも口が震えて言葉を紡げない。


「そーいや名前聞いてなかったな?」


「あっ…1年の黒崎 凛って言います」


「凛か。よろしくな」


さらっと下の名前を呼ばれむずがゆい感覚を覚える。


「俺も1年だ。名前は白城 翔(しらぎ しょう)。よろしく」


「白城くん…よろしく……」


「んじゃ自己紹介も終わったしさっさとやるか」







そこから彼らはペアワークとしてお互いに英語で質問をしあった。


最後に回答をまとめる欄があったが、凛は緊張のあまりなにも覚えていなかった。


欄には適当に書いた文字列が並んでいた。





◇◆◇◆





「はぁ…」


授業が終わり多くのヒトがサークルに向かったり帰路についたりしている中、凛はいつものベンチに座りため息をつきながら手元の資料を見つめていた。


授業が終わり勇気を出して翔に話しかけた凛であったが、「部活がある」と言って彼は手を振りながら駆け出してしまったのだ。


凛の手元の資料の表紙には『サークル、部活一覧 我らの仲間を求む!』と大きなフォントで書かれていた。


(サークルかぁ…全然考えてなかった…)


彼らは中学からずっと帰宅部であったため、全くサークルにも興味がなかった。


しかし、依然として大学内にろくな友人がいないことに彼は焦りを覚えていた。


地獄のような高校生活を終え、折角環境が変わったというのにこれでは大学生活を謳歌できないと彼はパンフレットを眺め自分に合いそうなサークルを探す。


その時、





「なーにしてんの?」





「ひゃっ!」


後ろから急に声をかけられ驚きそんな声が出てしまう。


後ろを振り返ると、垂れ下がる耳ににいくつかピアスをつけたウサギ獣人が立っていた。


翔の隣にいた人物だ。


「ん?それサークルのやつか?」


そう言って彼は凛の真隣に座る。


「その様子だと入るサークルがなくて困ってんのか?」


「まー…うん、そんな感じですけど」


「ほーん…」


それを聞いたウサギ獣人は少し考える。


そして、


「それならちょっと着いてきてくんね?ちょっといい“部活”を紹介するからさ」


彼の口から思いもよらない誘いが飛び出した。


「紹介…ってどんなのですか?」


「まぁまぁ来ればわかるって!善は急げだ!行くぞ!!」


「えっちょ!!」


そうして凛はウサギ獣人に手を引かれ、跳ねるような彼の走りに振り回されてしまった。





◇◆◇◆





「ゼェ…ハァ…」


ウサギ獣人に振り回された凛は肩で息をしながらずれたメガネをなおす。


彼の目の前には体育館がそびえ立っていた。


中に入ると、スポーツ自慢と一目でわかるような屈強な学生たちが練習に精を出しているが見える。


バレーや剣道、バスケなどあらゆるスポーツが混在していた。


それを眺めていると、


「茶川(さがわ)!!遅いぞ!!」


唐突に怒鳴り声がこちらに飛んできた。


一瞬肩が跳ねるが、顔を上げ声の主を見る。


そこには、運動服にバスケのゼッケンをつけた獅子の男が立っていた。


身長は190cmあるのではないかというほどの巨体で、腕と足にがっちりついた筋肉が彼がどのような獣人かを物語っていた。


「すみませーん」


それに対し茶川と呼ばれた隣のウサギ獣人は頭をかきながら間延びした声で応える。


「まったく……ん?隣のやつは誰だ?」


呆れながらこちらに目線をやった獅子は凛の存在に気が付く。


「あぁ、ここのマネージャしたいってやつっすよ」


(…へっ!?)


そして、茶川の言葉に思わず動揺してしまう。


「あのー…そんなことを一言も…」


凛はそれに反論しようとするが、


「ム、そうだったか。ならこちらに来なさい」


獅子がすぐに返事をしたせいでその前に言葉をねじ込むことができなかった。


「…は…はい…」


疲れきった彼は、獅子の手招きに反抗する気は起きなかった。





◇◆◇◆





「…じゃあここに学籍番号と名前を書いてくれ」


「はい…」


体育倉庫の中にある机で凛は仮入部届けを書いていた


「…よし、これで今日から1週間仮マネージャーとして仕事をしてもらう。よろしくな」


「はぁ…」


「…そう言えば自己紹介してなかったな。俺は3年の黄羅 明王(きら あきお)だ」


「黒崎 凛です…」


明王という名前がこれ程似合うヒトがいるのかと頭によぎる。


「まぁ折角だ。無理矢理連れてこられたとしてもここの活動を楽しんでくれ」


「…え?無理矢理ってわかるんですか?」


「茶川は強引なところがあるからな。そして何より…」


明王が凛の身体を見回す。


「明らかにスポーツ好きなやつには見えないからな」


「ハハ…まぁそうですけど…」


明王のその答えに凛は反論できない。


「まぁ無理せず活動してくれ。何かあったら部長の私に言うように。仕事はコートにいる熊に聞くといい」


そう言って彼は体育倉庫を後にした。


(以外と優しいヒトなんだな…)


彼の背中を見ながら凛はそう感じていた。











凛は体育倉庫を出てバスケコートの方を見る。


少し探してみると、ベンチでバインダーを抱えたどちらかというと横に身体が大きい熊獣人がいた。


「あのー…」


凛がおそるおそる声をかける。


「あ?なんだ?」


熊獣人は首にかけたタオルで汗を拭いながら目線をこちらに移してきた。


「僕…さっきマネージャーとして仮入部して部長さんに仕事を聞いてこいって…」


それを聞いた瞬間、


「なにっ!マネージャーか!」


熊獣人の目に光が宿った。そして力強く凛の両手を握る。


「今マネージャーやりたいってヒトが少なくてな…まさしく猫の手も借りたいってやつだったんだ!」



そう言ってガハハと大きな口を開けて笑う。


「俺は熊茂 大和 (くましげ やまと)ってんだ。歓迎するぜ!」


そう言いながら大和の手が伸びてくる。


「くっ…黒崎 凛です!」





「それじゃ早速色々やってもらうぞ!」


「はいっ!」


凛は彼の声につられいつもは出ないような大きな声を出しながら仕事を始めた。





◇◆◇◆





「ふぅ…」


凛は体育館の裏で洗濯板を使いながら部員の汗に濡れたゼッケンを洗っていた。


本来なら体育館の中にある洗濯機を使えばいいのだが、あいにく剣道部が占領していたためしかたがなくこちらに移動してきたのだ。


洗濯板を使うのは中々に力がいる。日差しが射し込まない場所に関わらず彼の背中は汗でびっしょりと濡れてしまっている。


さらにT大学のバスケ部と言うだけあって部員数も多く、手元にはまだ20枚以上のゼッケンが残っていた。


凛は1枚1枚丁寧に捲り洗濯板にのせていく。


すると、


(ん?)


彼の鼻孔を、甘くて爽やかな花の香りがつついた。


彼の手には1枚のゼッケンが握られている。


(この匂い…白城くんの…)


中心に7の数字が刻まれたそのゼッケンからは翔とそっくり…いや、同じ匂いが漂っている。


(いい匂い…)


凛はその香りに誘われる。


ヒトが着た汗だくのゼッケン…それにかかわらず凛の鼻が近付いていく。



そして、彼の鼻がゼッケンにつく瞬間、



「おーい!洗濯終わったかー?」



「ツッ!?」



凛の全身の毛が逆立った。大和の声が、凛を自分の世界から引き戻しのだ。


「もっもう少しです!」


凛はすぐさまそう返す。


危うくヒトとしての道を外れかけた凛は心臓をバクバクと激しく鼓動させながら残りの作業に取りかかった。


香水の匂いが残っていたゼッケンは、擦りきれるのではないかというほどの力で凛に洗われ、他のゼッケンに比べて若干色が薄くなってしまっていた。





◇◆◇◆





凛は小走りで体育館の廊下を走っていた。


その理由は作業が遅れたということだけでなく、もう1つあった。あのゼッケンの持ち主…もしやと思った凛は走り出さずにはいられなかった。


凛は勢いそのままの勢いで扉を開け放つ。


中ではスポーツマン達の威勢のいい声が飛び交っている。耳のいい凛はとっさに耳を塞ぎ、必死にバスケコートに視線を合わせる。


そして、


(あっ!!)


目的の獣人はすぐに目に入ってきた。


バスケコートの真ん中に7番のゼッケンを身につけた翔の姿があった。


彼の回りにはおそらく先輩であろうプレイヤーが囲んでいる。


しかし、彼は一切表情を変えない。


次の刹那、彼の姿はその包囲網から無くなっていた。


すぐに彼らは振り向くが、既に翔はゴールの懐に潜り込んでいる。


体育館に力強く踏み込む音が響いたかと思うと、彼の身体はものすごい跳躍力により飛び上がった。


次いで、最早爆発音に近いような音を鳴らしながらのダンクシュートが放たれた。


「すごい…」


凛はあまりの迫力にその場で立ち尽くしてしまう。


「お前にもすごさはわかるだろう?」


すると、背中にそんな声が飛んできた。後ろから大和が現れる。


「あいつの噂は高校時代から聞いていたが…やっぱ生で見ると身に染みてすごさがわかる」


「…白城くんって有名だったんですか?」


「有名なんてもんじゃねぇよ。バスケやっててあいつの名前知らないほうが珍しい位だ」


そう言って大和は目を細め翔を見つめる。


「それに…すごいのはあいつだけじゃないぞ」


大和の目線の先には茶川がいた。


彼はゴールよりもかなり離れた位置でボールを弾ませながら様子を伺う。


目の前には3人のディフェンスが陣地を固めていた。


その間には、沈黙した空気が流れている。


すると、しびれを切らした1人が茶川に向かって走り出した。


だが、茶川は動かない。


ディフェンスの手が茶川のボールに襲いかかる。


その瞬間、茶川はシュートフォームをとりその手をかわしながらボールを放った。


誰も手の届かない場所まで上がったボールは弧を描きながら宙を舞う。


そしてそのボールはに吸い込まれるようにして、リングに一切触れずにゴールの中心に落下した。


「あんな遠くから…」


「あいつも翔と同じ高校でな。あのコンビの強さはえげつなかったぜ」


呆気にとられる凛の隣で大和は呟く。


そうしていると、スポーツマンの熱気でむせかえる体育館に練習の終わりを告げるホイッスルが響いた。


凛はコート上で汗を拭いながらグータッチをする翔と茶川の姿に釘付けになっていた。





◇◆◇◆





帰り道。それは凛にとって1日で最も静かで少し寂しさを感じるものであった。


しかし、今日はそうではない。


「いやー誘ってみるもんだなって!」


「だからいたのか…」


凛を真ん中に両隣を2人のスポーツマンが固めていた。


「凛。遥(はる)に無理矢理やらされてんならやめてもいいんだぞ?」


翔は茶川…遥を親指で指しながら言う。


「いーじゃねーかよ翔!」


「ハハ…」


騒がしい隣人達に凛は苦笑いを浮かべる。


「僕は…なんやかんや楽しかったしやりたいとは思ってるよ」


「ホントか!よっしゃ!これで大和先輩にどやされずにすむぜ!」


「お前それが目的だったのか?」


「だってマネージャー見つけろってうるさかったからさー」


凛はそんな2人を見ながらフフッと笑いが溢れる。


駅までの帰り道。それは最も静かな時間から最も騒がしい時間に変わっていた。


駅につき、多くのヒトがうごめく中凛はそのまま中に進む。しかし、2人はそこで足を止めた。


「んじゃ俺らここだから」


「え?電車乗らないの?」


「ここら辺のアパートに住んでんだよ。大学デビューからの1人暮らしってやつだ。」


聞いてみると、翔は最寄り駅から歩いて数十分の位置にあるアパートに住んでいて、遥はバスで十分ほどのシェアハウスに住んでいるということであった。


「そーゆーことで!じゃーな凛!」


そして、遥は手を振りながら身を翻して走り去った。


「じゃあ俺も…また明日な、凛」


翔もそう言ってゆっくりと歩きだす。


「う…うん!またね!」


今まで大学内に友人のいなかった凛は、慣れない行動に困惑しながらも、笑顔で手を振った。






普段は早く帰りたいとしか感じず早々にホームに向かうが、今日はこの場から離れるのが少し物寂しかった。





◇◆◇◆





その日の夜。凛は自室で1人今日の出来事を振り返っていた。


翔と受けた授業のこと、遥に連れられて半ば強引にやらされたバスケ部のマネージャー、そして、3人で帰った賑やかな帰り道。


1日でこれだけ思い出に残るような出来事が起きることはいつぶりだったろう。


最初はどれも困惑するものであったが、それは彼の1日に刺激を与えるスパイスのようなものになっていた。


「はぁ…」


凛は大きな疲労感を感じると共に、明日また部活で翔や遥と会えるということが堪らなく楽しみに感じていた。


ただ、


(…白城くん…)



彼に会うのはなぜか緊張してしまい、目線を合わせ続けることができないことを凛は自覚していた。


(まぁ…まだ会ったばっかだし、もう少しすれば慣れるよね…)


凛は微かに花の匂いがついた鼻を擦りながらそう考える。


「…ってそうだ!課題早くやんないと!」


そうしている内に、凛は今日出された課題を思い出した。


今までならすぐに家に帰ってやるため忘れることはまずないのだが、完全なイレギュラーとなった今日は凛の脳内からそれを完璧に除去してしまっていた。


机に広がった資料を片付け、急いでパソコンを立ち上げる。






凛の傍らに跳ね除けられファイルに入れられた資料の中には、バスケ部のパンフレットと必要事項が全て埋められた入部届けがあった。
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