シロクロユニゾン

エルセウス

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シロクロユニゾン 克服の頁(前編)

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時は流れ6月の半ば。


「黒崎!こっちにも頼む!」


「わかりましたー!」


凛は両手いっぱいにタオルを抱えながらあちこちを走り回る。


梅雨になりジメジメと蒸し暑くなる中でも、バスケ部は日々の練習に打ち込んでいた。


「ごめん遅くなった!」


凛はそう言いながら翔と遥にタオルを渡す。


「サンキュー」


「ん、助かる」


2人はタオルを手に取ると2人は滝のように流れる汗を拭う。


凛はあの日の翌日、すぐさま明王の元へ入部届けを渡しにいっていたのだ。


明王もこんなことは今まで無かったのであろう。少し驚きの表情を浮かべたものの、快く快諾してくれた。


入部理由の欄に、「今まで触れてこなかったバスケの世界を知りたい」というもっともらしいことを書いたが、実際は「翔や遥という大学内の数少ない友人と一緒にいたいから」というものが凛の本音である。



「そーいやココには慣れてきたか?」


茶川がそう凛に聞く。


「んー…まだ大変なこともあるけど…結構楽しいよ!」


凛はそれに笑顔で返した。


「そうか」


翔は安心したような顔をする。


「これでやめられたらまた俺に仕事降ってくるから頼むぜ?」


遥は凛の肩に手をのせる


「お前そればっかだな…」


翔は呆れたような表情を浮かべる。


「いくら俺の顔が良いからってマネージャー探し一任されんのもきついの!」


それに遥は反論する。


「冗談か知らんけど最初はできれば女子が良いなんて言われてさ…」


「お前がやったらナンパだもんな」


「うるせー!」


凛は相変わらずの2人のやり取りに妙な安心感を覚えていた。


大学に入って2ヶ月ほど経っていたが、図書室やいつものベンチで1人過ごすよりも、ここにいて2人と共にいるのが自分自身の居場所ということに気がついてきていた。


そうしていると、


「集合!」


明王の大きな声が体育館に響いた。


すぐに部員が部長のもとへと駆け寄る。


凛達も話を止めすぐに走り出した。


「…よし、今から大切な話をするぞ」


全員が集まったのを確認すると、明王は話し出す。


「2年生以上ならわかるだろうが、7月…夏休み直前に新人戦がある。今回はその話だ」


そこまで話すと隣の大和がバインダーの紙を捲る。


「一応新人戦ってことでなるべく1年生に出てもらおうってことでな。部長の明王は確定だが他はまだ決まっていない」


名前が埋まっていないオーダー表をヒラヒラとさせながら大和は真剣なまなざしを皆に送る。


「選考方法だが…こればかりは普段の練習の中で俺と明王が評価する。練習だからって気を抜くなよ?いいか?」


「「「「「ハイッ!!」」」」」


凛は周りにいる部員の顔をちらりと除く。


不安そうな顔、決意に満ちた顔、余裕そうな顔…様々な表情が混ざりあっていた。


「話は以上だ。練習に…」


「…あ!1つ言い忘れたことがあった!」


そして、解散の合図を明王が出す前に大和が制止をかけた。


「今回の試合日だがな…実は補講の日と被ってるんだよ。だから必修の単位取れないと実質的にこの試合には参加できんから気を付けろよ!」


部活動というものは常に成績の二の次だ。やはり試合に出れるような者は文武両道でないといけないものなのだろう。


「…マ…ジか…」


凛は、それを聞いたとたんに余裕そうな顔が崩れていく遥に気が付いていた。





◇◆◇◆





「だーもうなんだよ英語って!!」


8時が過ぎ、ほとんど人がいなくなった店内に遥の頭を抱えながら心からの訴えが響く。


練習後に凛達3人は学校近くのカフェに入っていた。


その理由は遥の英語の成績である。彼は昔から英語がとにかく苦手であるらしく、次の期末テストで挽回しないと単位が危ういと言うのだ。


彼は成績優秀な凛と英語が得意である翔に頭を下げ、その結果現在の状況となっている。


「落ち着いて落ち着いて…」


「お前ホントこれ苦手だよな」


「黙れ帰国子女が!」


なだめる凛を隣で翔はいつもの仏頂面で言葉を刺す。


「…え?白城くんって外国いたの?」


その時の遥の反論に凛は疑問を抱く。


「あぁ、父親がイギリス生まれでな。この毛色とたてがみもそれ譲りだ」


「なるほど…」


確かに日本生まれならこのような白や金の毛は基本はないだろう。恐らく翔の高身長も父親の外国の血によるものだと凛は悟る。


「だからお前英語出来るんだよな…テストいっつも良かったし…」


「中学上がる前まではイギリスで暮らしてたからな」


「へー…」


イギリスでの生活…凛はそれがどんな華やかなものであろうかと考える。


翔はそこでどんな生活をしていたのだろうか、顔立ちからやはり牽かれるヒトも多かったのではないかと凛は翔の顔を見つめる。


すると、


「…何か付いてるか?」


「えっ!?」


流石に見すぎたのか翔が顔をぐいと近づけて呟く。


「いっいやいや!何でもないよ!!」


凛は咄嗟に目をそらす。


いつまで経っても翔と目を合わせる事ができず凛は顔を赤く染めてしまう。


「そっか。じゃあ早く終わらせようぜ」


「うっうん!」


「もう嫌だぁ…」


「諦めろ」


こうして凛と翔による2週間後のテストとに向けた猛烈な英語特訓が本格的に始まった。





◇◆◇◆





7月。運命の日が訪れた。


「頼む頼む頼む…」


焼けるような夏風が吹き込む体育館の中、顔を青くしながら遥はひたすら呟き続ける。


彼の手元には2つ折りにされた成績表が握られていた。


T大学の成績はS、A、B、C、Zの5段階で評価されていて、S、A、B、Cのいずれかが評価の欄にあれば単位取得。Zであれば取得できていないことを表している。


「茶川くん…」


凛は遥の隣でまるで自分のことのように強張った表情を浮かべてしまう。心臓はいつもより早く鼓動を打ち鳴らしていた。


「早く見ろよ」


その隣の翔は他人事と言わんばかりにあくびをしながら呟いた。


「あ…開けるぞ…」


遥はそんな翔に目もくれず手を震えさせながら成績表を掲げる。


「お……りゃあ!」


そして、遥は勇気を振り絞って勢い良く成績表を開けた。


3人は成績表の評価欄に視線を刺す。


A、B、B、C……


黒い文字が遥に単位を与え始める。


B…C…B……


英語が一番最後の欄だ。


遥の頬を脂汗が伝う。





そして、





C





最後の欄にはそう記されていた。


「いぃぃぃよっしゃぁぁぁあ!!」


遥はそれを見た瞬間爆発するかのような雄叫びを放った。


「やったね!」


凛は柄になく満面の笑みで喜ぶ。


「でもCか…」


「うるせぇ!取れれば良いんだよ!」


それに対して翔は真顔でそう言うが、遥は機嫌が良いため笑いながら反論した。


「そう言う翔はどうなんだ!」


遥は翔に噛みつくようにぶつかる。


「ほれ」


すると翔は1枚の紙をペラリと遥と凛の目の前に広げた。


「お前…」


「すごい…」


その成績表にはSとAしか欄に書かれていなかった。彼の多才ぶりはしっかりとそこに現れていた。


「…凛はどうなんだ?」


「えっ…僕は…まぁ…」


凛は目を泳がせながらはぐらかす。


「見せてみろって!」


そうしていると、唐突に遥の手が凛の手に握られた成績表に伸びてきた。


「あっ」


すぐに反応できない凛の手からいとも簡単に紙を引き抜くと、翔と2人でそれを覗き込み始めた。


その成績表には翔よりも多いSが刻まれていた。


しかし、


「あーなるほど…」


遥は1つの欄を見て凛が見せるのを渋った理由を悟った。


体育の評価欄、そこには小さなCがSに埋もれて書かれていた。


「うぅ…恥ずかしい…」


凛はそう言ってうなだれてしまう。


すると、


温かく大きな手が凛の頭を包んだ。


手の主は翔だ。


「良いじゃないか、1つぐらいCがあったって…他見たら俺より成績良いぞ?」


そう言いながら凛の頭をゆっくりと撫でる。


「お前は頑張ったんだからさ…そう気を落とすなよ?」


その声は低く優しい声で凛を包み込んだ。


「え…うん……へへ…」


凛は翔に撫でられたことに対して、恥じらいを感じる前に安心感を感じていた。


猫獣人としての本能なのか、撫でられることが嬉しく口角が緩んでしまう。


すると、


「集合!!」


明王の声が響いた。


恐らく試合メンバーのことだろう。凛達も小走りで向かう。


「…よし、それではミーティングを始める」


全員が集まると明王は大和を呼ぶ。


呼ばれた彼の手に握られたバインダーには名簿が乗っていた。


「今回は試合メンバーについてだ。ある程度は決めていたからさっさと発表するぞ!」


そこから次々とメンバーの名前が呼ばれていく。


そして、


「…茶川、そして白城!以上!」


その中に翔と遥の名前はしっかりと入っていた。


「成績が不安なやつもいたみたいだが…」


大和がちらっと茶川の方を見ると、彼は満面の笑みで成績表を広げピースをしていた。


「どうやら心配無いようだな!よし、次の試合メンバーの変更はなしだ!頑張ってくれよ!!」



「「「「「ハイッ!!」」」」」


そしてメンバーの威勢の良い返事でミーティングはお開きとなった。





◇◆◇◆





その日の夜、凛は自室で1人スマホとにらめっこをしていた。


試合は来週の土曜日、T大学近くの公共体育館で行われる。試合前のメンバーのコンディションチェックもマネージャーの務めである。今日の練習風景を収めた動画を見て動きの異常や調子を確認する。


明王の司令塔としての自由自在なパス回し、遥の正確なスリーポイントシュート、そして、翔の馬力溢れるドリブルからのダンクシュート…彼らは自身の能力を惜しみ無く発揮していた。



『ナイス!』


『あぁ』


ダンクを決めた翔に遥が駆け寄りハイタッチをする。この時の翔の表情は決まって滅多にしない笑顔を見せる。このシーンは凛のお気に入りだ。


(かっこいい…)


他のメンバーのチェックをしようとしてもつい画面端に写り込む翔に目線がいってしまい何度も動画を巻き戻してしまう。



そうしているうちに時間は進み、時計は11時をすぎていた。


「凛!お風呂入っちゃいなさい!」


階段の下から母親の声が聞こえてきた。


すっかり時間を忘れていた凛は聞こえた途端に立ち上がる。


「うん!すぐ入るよ!」


そう答えて凛はスマホを机に置き、足早に階段をかけ下りた。










この時、凛はリビングの横を通り過ぎたが、彼の不幸体質が招いた1つの不幸に気が付かなかった。










「まったく…やになっちゃうわね…」


凛の母親…蘭(らん)はテレビを見ながら小さなため息をつく。


『今日の夕方、太平洋側に台風が発生しました…このペースで本州に向かうと来週の土曜日夕方には関東全域を暴風域が包み込むでしょう…』



テレビを通じた無機質なアナウンサーの声が、リビングに憂鬱な知らせを伝えていた。





◇◆◇◆





そこから試合日変更の連絡が来るのはすぐであった。


最初は日曜日にずれるようになっていたが、その日から会場である体育館の点検工事が始まりしばらく使えなくなってしまうということで、急遽平日である金曜日の夕方から行うはこびとなった。


そして、


「…ついに来たね…」


「楽しみだな!」


「おう」


凛達T大学のバスケ部は今日のその日を迎えていた。


会場の中に入ると、バスケットボールを激しく叩きつける音と最後の調整に熱が入るプレイヤーの声が絶え間なく響いていた。


「いっぱいいる…」


凛は目をパチクリさせながらその光景を見つめる。


「新人戦ってこともあって参加校はかなりの数をほこる…特に今年は多いみたいだがな」


その後ろから受付を済ませた明王が現れる。


「よし…集合!」


そしていつもの調子で皆を集めた。


「…1年は初めての試合ということもあって緊張している者もいると思うが…少なくともお前らは俺達先輩陣が見込んだ実力をもっている!いつもの調子でやればなにも問題はないだろう。…以上だ!各自調整に入れ!」


短めのミーティングが終わると、メンバーは一斉にボールを持ってコートに向かった。


凛は大和と共にタオルやジャグを用意する。


そうしていると、


(ここ…トイレどこだろ?)


凛は尿意を感じた。


周りを見渡すが、どうやら体育館の中にトイレは無いようだ。


「あのー…先輩…トイレってどこですか…?」


凛は共に作業をしていた大和に声をかける。


「あぁ、それならここでて廊下を右みれば看板がある。それ見ながらいけばいい」


「わかりましたっ!」


凛は場所を聞くやいなや足早に体育館を去った。





◇◆◇◆





「ふぅ…間に合った…」


凛はそう息を吐きながらトイレから出る。


体育館からトイレはかなり遠く、廊下を走るっていると視線を感じてしまった。


それは走っているからという理由だけでなく、バスケ実力校のT大学のジャージを着ていたからというものもあった。


おまけにそのジャージに似合わない華奢な体格の凛がそれを身に着けていたのだからなおさらである。


(早く戻ろっと…)



凛は依然として感じる視線から逃れるようにそそくさとその場から去ろうとした。










その時であった。










「…お前…もしかして凛か?」










廊下の端からそう呼びかける声…凛はそれを聞いて全身の毛が逆立つのを感じた。










(えっ?)










忘れるはずもない忌まわしき声。凛はその場に固まってしまう。


「え!ホントだ!黒猫じゃねーか!」


「何でお前がT大のジャージ着てんだよ!」


後ろから下品な笑い声と共に2人の足音が重なる。


(何で…どうしてここに…)


そう問おうとしたが口が震えて上手く喋ることができない。


凛は壊れた操り人形のようにぎこちなく首を回して背後を見た。










「よぉ…元気してたか?」










友人のようなノリで話しかけてくる彼…鰐獣人は口角を上げて醜悪な笑みを浮かべていた。


後ろにいるイノシシとハイエナ獣人もニヤニヤと悪趣味な笑みを張り付けていた。










「緑沼(みどりぬま)くん…山里(やまざと)くん……骨牙(ほねきば)くん…」










忘れたくとも忘れられなかったその名前を凛は蚊の鳴くような声で紡いだ。





彼らは紛れもない、高校で凛をいじめていた主犯達だ。





「しっかし驚いたな…お前がこんなとこにいるとは…」


「まさか試合出ようってのか!?お前じゃ無理だっての!」


「そもそもボール持てんのか?」


3人は凛を前に彼を容赦なく侮辱する。


「あ……はっ……」


凛は最早呼吸もままならなくなっていた。反論しようにも喉が空気を受け付けない。


「なんたよ無視か?つれねぇじゃねーか?」


鰐獣人の緑沼がゴツゴツとした鰐の皮膚がついた腕を凛の肩に回す。


「それじゃあこれになら返事するか?」


震える凛の横で緑沼は息を吸う。





そして、










「久しぶりだな…“ホモネコくん”……」





「ツッ!?」










耳に吹き込まれたその言葉は、凛の心臓を除夜の鐘を打つように激しく揺さぶった。





もう決して開けないとしていた凛の記憶の蓋が、ズルズルと音を鳴らして開く。






そこには、凛がいじめを受けていた黒猫という理由以外の“もう1つの理由”が葬られていた。
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