シロクロユニゾン

エルセウス

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シロクロユニゾン〜勇気の頁〜

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 蝉の声が耳を刺す。さんさんと陽光が照らす中、凛は遥から渡されたチラシの通りに道を進んでいた。真夏の昼過ぎ、この暑さでは外を歩く影も少ない。汗が頬を伝う中、少し重くなった足取りで凛は少し古びた商店街の前についた。

魚屋の店主の猫獣人が魚のさまざまな調理法を披露して主婦から感嘆の声が漏れていたり、雑貨屋では狸獣人が実演販売を行っていて、飛ぶように商品が売れていたりと商店街は先程まで歩いていた道とは打って変わって非常に賑わっていた。
凛の目的地は、商店街の中程にあった。老人の井戸端会議の隣を通り、活気あふれる雑貨屋の人だかりを避けて進むと、目の前にはこれまた年季の入った外装の服屋があった。

 店の前には様々な服がかけてあり、黄色い紙でできたポップに商品の特徴と値段が勢いのある太字で大きく書いてあった。

「こんにちは~」

凛はそう言いながら店に入る。すると、奥からゴソゴソと荷物をかき分ける音がし、ひょっこりとロップイヤーの女性が顔を出した。

「おっ!いらっしゃい!!」

威勢のいい声。あのポップからからなんとなく察していたが、まさしく豪胆。と言ったら様子の女性だった。170cmほどのスラットした体にジーンズと丈の短いシャツによるヘソ出しスタイル、ヘアバンドで髪をかきあげ、凛々しい相貌が凛を見つめていた。


「今日は色々安くなってるぞ!何を探しにきたんだい?」


「えっと…遥くんにここに来るようにって言われて」


そう言われて遥の名前を出すと、女性は嬉しそうな顔で尾を揺らす。


「おっ!遥の友達か!名前は?」


「あっ…自己紹介遅れてごめんなさい!遥くんと同じバスケ部の黒崎凛です!」


凛は慌てて自己紹介すると、それを聞いた女性が目を丸くする。


「あぁ!凛って君のことか!遥がよく話してるよ~いいマネージャーだって!」


「そっそうなんですね…なんか照れるなぁ」


凛は恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかく。


「だが…生憎遥は出かけてるよ。ったく人呼んどいて出掛けるとはいい度胸してるなぁ…!」


「あ…あはは…」


さっき会って先にここに来るように言われたことを伝えようとしたが、「なら1人で歩かせず一緒に来ればいいだろう!」と所詮火に油だろう。取り敢えず遥が来るまで店の中をのんびり見て回ろうと凛は店を見渡す。


外から見ると小さく見える店舗だったが、中は奥行きがあり至る所に衣服がある。子供用の小さな服から凛と同年代の大学生が着そうな流行りのデザインの服、奥には和服も見える。遥がいつもファッションに気を遣っているのはこの空間に身を置いているからであろう。


そんな事を思っていると、店の外から足音が聞こえてくる。


「悪いな凛!遅くなっちまった!」


そんな声と共に、汗を滴らせた遥が店の中に入ってきた。


「遥くん!」


「こらぁ遥!!友達待たせてどこほっつき歩いてんだい!!」


凛の声の後ろで、店主の怒号が飛ぶ。


「ちょっと道混んでたんだって!」


店主の顔すら見ずにそう言うと、遥はずんずんと店の奥に入り、いくつかの和服をささっと選び脇に抱えた。


「ちょっとこれ借りる!凛!俺の部屋行くぞ~!」


「えっちょっ!?」


すると遥は凛の手を半ば強引に取り、そそくさと店の前に出て2階の住居スペースに繋がる階段を登って行った。


少しずつ小さくなる足音を聞いて、店主…「茶川 玲奈(れな)」は呆れたようなため息をつく。


「道が混んでたって…こんな真夏の外が混むわけないだろっての」


店に入ってすぐ出て行った遥の顔。玲奈に見えないように少し伏せていたが、目元が少し赤くなっていたのほど彼女は見逃さなかった。


(何があったか知らないけど…それも青春だよなぁ…)


そんな事を思いながら店の前に吊るした風鈴を見つめる。そうしてぼーっとしていると、常連客が店に入るのが見えた。


「おっ!いらっしゃい!!」


息子のことを思慮していたが、目の前の客を見て玲奈はすぐに接客を始めた。遥はまぁ大丈夫であろうと、玲奈の頭から懸念の霧はすっと立ち消えた。





♢♦︎♢♦︎





 階段を駆け上り店舗の2階、住居スペースの扉を遥が開く。


こじんまりとした内装だが、掃除が隅々まで行き届いて床もピカピカだ。そんな廊下を進み、一室の扉を開く。


遥の部屋だ。棚はファッション誌とスポーツ誌でパンパンだ。そこに学術書らしきものは見当たらなかったが…。机の上にはピカピカに磨かれたバッシュ、丁寧に手入れされたバスケットボールといった遥の几帳面さが表れているものが置いてある。


遥は脇に抱えた大量の衣類をバサバサと床に重ねる。


「よしっじゃあ始めるぞ!」


「あの…始めるって何を?」


いまいちこれから何が始まるかピンと来ていない凛に対して、遥は机の上から1枚のチラシを取り出して凛に見せた。キラキラとした花火と屋台のイラスト、チラシの上部には大きく「向日葵祭」と書かれていた。


「…これって…夏祭り?」


「そ!『向日葵祭』っていう祭りでさ、ここら辺じゃ結構有名なんだぜ!」


「へぇ…でもこれとこの和服が関係…?」






「まぁもったいぶってとしょうがないよな…この祭りには毎年翔と来るんだが…そこで!凛にはこの祭で翔との恋を成就させてもらう!今日はそのファッション決めだ!!」






「……へ…?うえぇ!?!?」


あまりに唐突すぎる展開。夏祭りで告白…確かにシチュエーションは完璧だがあまりに突拍子のない話である。


「いやいやいや!確かに翔くんのこと…その…好きだけでさ!なんでいきなり!?」


「うーんと……まぁ単刀直入にいうと…このまま告白しないと他の奴に翔取られるぞ…?」


「……へっ?」


遥の口から伝えられる1つの可能性。凛は呆気に取られてしまう。


「お前ならわかると思うが…あいつはクッッッソモテる。そりゃもう有り得ないくらいにモテる。」


「…はぁ…」


「ビジュよし、成績よし、性格よし…そんなあいつは大学入ってからもう何回も告白されたり言い寄られたりされてるぞ?」


「そうなの!?」


現在は8月。入学した4月から4ヶ月ほどしか経っていないのにそんな状況とは…いかに翔が周りの獣人を魅了しているかがよくわかる。


「中学の時とか卒業式に翔のシャツのボタンの取り合いになったし…あとホワイトデー!バレンタインのお返しづくり終わんないって泣きつかれたしな…」


「えぇ…」


最早漫画の世界。しかし遥の口ぶりから全て事実なのだろう。


「実際向日葵祭一緒に行こうっていう誘いを受けまくってるみたいだけどな…まぁのらりくらりかわしてるみたいだが……こんな感じだとボヤッとしてるうちにマジで取られかねんぞ?」





凛の頭に情景が浮かぶ。翔が他の誰かと、男性でも女性でも…彼の隣を別の獣が歩く。談笑する。手を繋ぐ。口付けをする。





想像しただけで、胸が痛くなる。そんなのは嫌だ。そんな感情が渦巻く。


「…ヤダ…それは…嫌だよ…」


俯いたまま、凛はぼそっと呟く。


「…だろ?だから今回の祭りでお前の想いぶつけるんだよ」


そう言って遥はトンッと凛の胸に拳をつけた。


「夏祭りなんて最高のシチュエーションだからな…ここで決めるぞ!」


ニカッと笑う遥。背中を押してくれる人がいるということの心強さが、その笑顔を見た凛の心に刻み込まれた。


「…うん…わかった!やってみる!」


そうして凛の目には決意の炎が灯った。この恋を燻らせてそのままになんから絶対にしたくない、やらないで後悔はしたくないと言う強い思いが彼の心に灯った。


 そこから彼らは2人きりで、コーディネートを組続けていた。服を合わせては、違うと外し、また別の服を合わせてとひたすらその作業を繰り返していた。


作業を初めて3時間…


「これだ…!」


遂に遥の手が止まった。


「すごい…綺麗…」


姿見を見た凛からは思わず感嘆の声が盛れる。


凛が身に付けていたのは紺色の着物。だがそれはただの紺色の着物ではなく、所々に星絣(ほしかすり)と呼ばれる白い模様が散りばめられていて、凛の黒い体毛と相まって まるで夜空を纏っているような不思議ながらも幻想的な雰囲気を醸し出していた。白い献上柄の帯もコントラストになっていてより美しさを際立たせていた。


着物と帯の色と模様、組み合わせを試し続けてやっとの思いでこのセットにたどり着いた。


「…よし…これで当日も完璧にいけるぞ!」


「すごいよ遥くん…!こんなにおしゃれになったの初めて…!」


やはり経験豊富な者による服選びは凛のセンスと一線を画すものがあった。凛は楽しそうに姿見の前で様々なポーズをとる。


「よしっ!そしたら向日葵祭はそのファッションで決まりだな!」


「うん!」


凛は笑顔で遥の声に頷く。しかしここで彼はとある事を思い出した。


「…ってこれ遥くんのお店の服だよね?ちゃんとお金出さないと…このセットでいくら?」


そう言って凛は床に置いたバッグから財布をゴソゴソと探す。


「いや?金は俺出すぞ?」


すると遥はさも当然といった口調でそう言い放った。


「…え?いやいやいやこれ和服だよ!?しかもこれいいやつだから高いでしょ…そこまでお世話になるには…んむっ!?」


ここまで凛が言ったところで、遥は凛の口に指を当てて言葉を遮った。


「ったく真面目なやつだなぁ…半ば強引にこんなことさせてんだから、俺からの餞別って事で受けとってくれ。」


「え…ホントに…?」


「んじゃ俺下で母さんに金払ってくるから、着替えて待っててくれよ~」


そう言いながら遥は部屋の扉を開けて、階段を降りる。するとその時、


「は…遥くん!!」


凛の言葉が遥の足を止めた。階段の下から見上げるように凛の方へ振り向く。


「その…ホントに…本当にありがとう!!」


投げかけられるのは感謝の言葉。その時の凛の顔は感謝と喜び…そして決意のようなものも満ちた輝かしいものだった。


それを見た遥はニヤリと笑みを浮かべる。


「おう。」


遥はそう一言だけ返事をして階段を下っていった。





♦︎♢♦︎♢





 夕刻の商店街は橙色の光に包まれていて、ひぐらしの鳴く声が遠くから聞こえてくる。むせかえるような暑さも少し落ち着き、微風が頬を撫でるように吹いていた。


和服の入った紙袋を持った凛は、店先で改めて遥に礼を言っていた。


「今日はホントにありがと!向日葵祭で…頑張ってみるっ!」


「おう!その意気だ!」


そんな会話の後、凛は「それじゃあ!」と言って振り返る。


帰路に就くその一歩を踏み出した。その時、


「あっ!凛!」


遥は凛を呼び止めた。その声に凛が振り向くと、遥が紺色の物体をこちらに投げているのが見えた。


「わっと!」


凛は慌ててそれを受け取る。投げ渡されたものを見ると、浴衣の色よりも少し淡い紺色の巾着袋がそこにあった。表面に紫色の花の装飾が施されており、夕日を反射した花が怪しくも優美な光を放つ。


「それ!浴衣とセットのやつ!渡し忘れた!!」


「あっ!ありがと!」


凛は礼を言ってまた前に向き直った。


凛のシルエットが少しづつ小さくなっていく。アーケードの入り口付近では外からの夕陽に照らされそのままみえなくなった。


「……はぁ…」


凛を見送った遥は小さくため息をついた。


(俺…こーゆうとこがモテねぇんだろうなぁ)


その顔に張り付いたのは、自分を嘲笑う乾いた笑み。


先程凛に投げ渡した巾着袋、凛の浴衣とセットのものだと言ったがそれは嘘だった。そんな巾着袋を魅力的に見せていたあの紫の花…その花の種類はクロッカス。


「花言葉は…『愛の後悔』…か…」


我ながら歪んでいると思う。凛にそんなものを持たせても何の意味もないと言うのに、まるで自分の想いを、後悔を凛に託すようなことをしても結局は自己満足に過ぎないのに。










凛に黒い感情をぶつけても、過去は何も変わらないのに。


自分の気持ち悪さと往生際の悪さに反吐が出る。目元に熱が集まってきた気がするが、きっと気のせいだろう。


(ま、約束した以上あいつの告白の手伝いはしないとな)


精一杯、精一杯そう思って黒い感情を押さえ込もうとする。どうして凛が翔と結ばれようとしてるのかという疑念、過去に伝えられなかった想いの後悔、1人の友人の恋を応援したい、結ばれたその先に2人のどんな笑顔が見れるかと思う期待。様々な感情が遥の中を渦巻く。


アーケードのくすんだ透明の天井から見える太陽は揺らぎもせずただ照らしてくる。遥は自分から伸びる影をただ見つめ立ち尽くしていた。









◇◆◇◆










 それから2週間ほどが経った向日葵祭当日。


会場への道を凛と遥は歩いていた。周りにも向日葵祭に向かうなどあろう獣人が大勢いた。はしゃぐ子供を肩車する親子連れ、たどたどしい仕草で手を繋ぐカップル、花火すら上がっていないのにカメラで写真を撮り合い盛り上がる女子高生のグループ…会場に近づくほど喧騒に包まれていったが、遠くから聞こえる風鈴の音やカランコロンとなる下駄の音が風情を演出していた。


凛は遥の完璧な着付けで整えられた着物を着て会場へと進んでいる。そうしていると、会場前に1つの影が見えた。


後ろからの提灯の光を受けて白い体毛を輝いていて、シンプルに着こなしている甚兵衛は彼のスタイルの良さを引き出している。


翔は2人を見つけると、ゆっくりと手を振った。


「おっ!来たな。」


翔はそう言って凛の方を一瞥する。


「準備があるから遅れるって言ったからなんだと思ったら着物着てたのか!綺麗だな~」


凛の装いに気付き、翔は凛の姿をじっと見つめる。


「えへへ…ありがと…」


流石に見つめられるのは少し気恥ずかしい。凛は頬を染めて俯く。


「…あ~はいはい!ほら!揃ったから行くぞ!!」


凛の想いを知っている遥から見るとあまりにももどかしい光景。思わず少し大きな声を出して2人を会場の中へと押し込んだ。


「うまい屋台出てるはずだから!ついて来い!!」


そう言って遥が2人の前に出てズンズンと進んでいく。


遥が前に出た。と言うことは自然に凛とは翔が隣同士で歩くことになる。


しかし祭会場は人でごった返している。そのため2人は広がることができず、少しずつ彼らの間の距離が狭くなっていく。


その瞬間、





2人の指先が、ほんの少し、ほんの少しだけ触れ合った。





「あっ」


触れたのは一瞬だったが、凛は思わず手を引いた。


「ん?」


それに対して翔はさほど気にしていない様子だった。


「ごっごめんね…詰めすぎちゃった…」


正直この程度でもりんにとっては恥ずかしい。そう言って歩きながら手をさする。


「……」





すると次の瞬間、翔は凛の手を掴んだ。


「んえっ!?」


心臓が跳ね上がる感覚。唐突の出来事に凛はドギマギする。


「はぐれちゃいけないからな。しっかり掴んでろよ?」


そして翔はそのまま凛の手を引き遥についていく。


手を通じて感じる翔の体温。心なしか熱いのは夏の気温のせいだろう。


「う…うん!」


凛はそのまま翔に導かれる人混みの中を掻き分けて進んでいく。





今回の告白が成功するかなんてわからない。はっきり言って不安だ。
でも、今は、今はこの優しさと体温を感じていたい。
凛は翔の手を握り返す。


所狭しと吊るされた提灯が彼らの青春を照らし見守っている。少し冷たい夜風がその光を揺らした。



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