ワイルドロード ~獣としての道~

エルセウス

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1章 ギルドでの日々

第十七話 月の歌姫

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人々の楽しそうな声があちこちから聞こえてくる。昼前の暖かな日差しが彼等を外へと誘っているようだ。


ルーフは今日は非番のため、師匠に頼まれ買い出しに町に出ていた。


“ゲンシンカした遺物がある遺跡を探索する。”という目的のため、ルーフはいち早く強くなりたいと考えていたが、「焦りは禁物だ。」
と海斗に言われ、非番の日はしっかり休めと諭されてしまった。


(海斗の言うことも一理あるしなぁ…。まぁこういう日ぐらいゆっくりするか…。)


ルーフは師匠に渡されたメモ通りに商品を手に取っていく。


一通り買い物を終わらせると、時計は12時を指していた。


「お昼食べてきて良いって言われたしどっか店入るか。」


財布の中で小銭がジャラジャラと音を馴らす。


出店通りに出ると予想通り活気に溢れた声があちこちに飛び交っている。


休みの親子連れが多いのか、子供の可愛げのある声も少しばかり耳に届いてくる。


ジャンキーに脂っこい揚げ物を食べるか、はたまた少しヘルシーなランチセットにするか。ルーフは目移りしながら店の旗を見つめる。


すると、


(…ん?)


風で揺れる旗の裏に一瞬、女性の物であろう美しい金髪が路地裏に入っていくのが見えた。


(路地裏に1人だけで?)


ルーフはこの世界に来たばかりの時、路地裏の洗礼をきっちりと受けた。路地裏はギルドの警備が行き届きにくい。その為違法魔術具を売るようなゴロツキがたまっているのだ。


(女性1人でなんて危険すぎる!)


ルーフは女性が入っていった方へと走り出した。


◇◆◇◆


路地裏は個の時間帯でも薄暗い。いりくった建物によって日の光などほとんど射し込まない。埃っぽい風が喉を刺激してくる。


(まだ奥に行ってないはずだ!)


ルーフは歩を早める。


すると次の曲がり角から話し声が聞こえてきた。


(こっちか!?)


カツアゲ等に引っ掛かってないと良いがと考えながら角を曲がる。


しかし、そこには想像とは違った光景が広がっていた。


「Oh~!ナンテキバツナファッション!ツギノブタイニトリコミタイデスネ!」


「何だテメェ…?」


そこにはカタコトの言葉で話す金髪でメガネをかけたウサギの女性を睨み付ける馬のチンピラの姿があった。


(…へ?)


「ンー!ココノヤブレグアイモイイデスネェ!」


ウサギの女性は物凄い早さで全身の服のチェックをしていく。


「テメェ?なめてんのか?」


チンピラが殺気立った目で睨む。


しかし、


「ンー?タニンノカラダナメルナンテヘンタイデスヨ?」


彼女は一切怯まなかった。


それを聞いたチンピラは一瞬で沸点に達した。


「テメェ!ぶっ殺してやる!」


そして右手を大きく振りかぶった。


(まずい!)


それを見ていつもの棍棒を出そうとする。しかし、今日は非番のため持ち歩いていなかった。


「何か使えるもの…」


咄嗟に回りを見渡す。すると地面に古びた鉄パイプが転がっているのを見つけた。


考えるよりも早く身体が動いた。すぐさまそれを手に取る。


「オラァ!」


チンピラの拳が振り下がる。


その瞬間、


ガァァァァン!


「あん?」


拳と女性の間にギリギリで鉄パイプが割り込んだ。


ルーフはすぐに女性の前に出て、胸元からバッチを取り出す。


「マリンシアギルドだ!大人しくしろ!」


「くそっ!めんどくせぇな!」


すると腰からグローブの様な物を取り出した。


腕にはめカチッと音を出すと、チンピラの腕に異様な魔力が溜まっていった。


(違法魔術具か!)


「オラァ!」


力強い踏み込みから拳が放たれる。


「ふっ!」


ルーフはギリギリまで引き付けてかわす。


「次だ!」


「くっ!?」


しかし、魔力で速度が上がったに2撃目が飛んでくる。


ガァン!


咄嗟に鉄パイプで受ける。


しかし、その瞬間鉄パイプはバキンと音を立て真っ二つに折れてしまった。


「なっ…」


「ハン!そんなんじゃ俺の拳は受けきれんぞ!」


チンピラは啖呵を切る。


だが、


「…御託はいい。かかってこい!」


ルーフは鉄パイプを投げ捨てチンピラを挑発する。


「じゃあお望み通り粉々にしてやるよ!!」


チンピラは思惑通りにすぐに顔を真っ赤に染め上げた。


「オラ!オラ!オラァ!」


怒濤のラッシュがルーフを襲う。しかし、それらがルーフを捉えることはなかった。


「動きが単調だ!」


そう叫ぶとルーフは思い切り姿勢を低くしてチンピラの視界から消えた。


「足元がお留守だぞ!」


「ツッ!?」


そして波動を纏った足で鎌のように鋭い足払いを放つ。


「どわっ!」


たまらずチンピラは足を飛ばされ宙に浮く。


「歯ぁ食いしばれよ!」


そしてルーフは青く輝く右手を振りかぶった。宙に飛ばされたチンピラにはそれはかわせない。


「『パワー…ナックル』!!」


「くがぁぁぁあ!」


そして、チンピラの顔面を巨大な拳が撃ち抜いた。


◇◆◇◆


ムラサキテンソウを使いながら、ルーフはウサギの女性の方へ向き直る。


「…今回みたいに裏路地は危険なんです。なるべく立ち入らな…」


ルーフはいつもの注意喚起をしようとしたが、


「 Oh~!クールボーイ!!」


「んむぅ!?」


女性の熱烈なハグに遮られてしまった。


豊満な胸に顔が埋もれてしまう。鼻腔に微かな花の良い香りが抜けていく。


「アリガトウゴザイマス!トッテモカッコイイモノヲミレマシタ!」


「そ…そうですか…ちょっと離して…。」


ルーフはグッと力を入れるが、女性の力には何故か敵わなかった。


「コノマチニハコンナカッコイイヒトガイルトハ…。アノ!モシヨカッタラコノマチノコトオシエテクレマセンカ?」


そして、キラキラと輝く目で唐突に提案される。


いつもであったらあまり乗る提案では無かったが、今日は非番ということで断る口実が無い。しかも、こんな期待に満ちた瞳に見詰められては、断るなんて事は出来なかった。


「…わ…わかりました…」


ルーフは渋々その提案を受け入れた。


「オット…ジコショウカイマダダッタネ!ワタシハロゼッタ!ロゼッタ・ムーンヨ!」


「ル…ルーフです…。」


ルーフはロゼッタの勢いに押されっぱなしであった。


空を見上げると、いりくんだパイプの間から微かにまだ高い太陽が見えた。


案内する時間は十分残されてしまっていた。


◇◆◇◆


「…コレトッテモオイシイネ…ハジメテタベタ…。」


「良かった…。お口に合いましたか。」


それからルーフは町の広場や出店街、ギルド本部など様々な場所を巡り、最後に以前ルナの提案で訪れた甘味処に腰を落ち着けていた。


「キョウハイロイロアリガトネ!タノシカッタヨ!」


「いえいえ、これもギルドの役目ですから。」


ロゼッタは団子を頬張りながら笑顔でお礼を言ってくる。


「…そういえば、ロゼッタさんってここら辺のヒトじゃ無いですよね?観光か何かで来たんですか?」


ルーフは会ったときから感じていた疑問を投げ掛ける。


「ンー…。カンコウデハナイネ。チナミニシュッシンハシロノタイリクヨ!」


「白の大陸って…。」


それを聞いたルーフは心臓に衝撃を感じた。


何故なら、ルーフはその国が抱える事情を授業で学んでいたからだ。


「ソウ、シロノタイリクはトナリノクロノタイリクトゴネンマエカラセンソウシテル…。」


白の大陸は5年前から、敵対関係にあった隣の黒の大陸に侵略されてしまっていたのだ。


一方的な侵略として他の大陸からも批判が相継ぎ、マリンシアも含め多くの大陸から白の大陸に支援が送られている。


その中にはギルド団員による兵力増強も含まれていた。


「…ワタシハミンナニシロノタイリクヲシッテホシイノ。ダカラコウイウカツドウヲシテルノ。」


そう言うとロゼッタはポーチから1枚のチケットを取り出す。


それは劇場への入場チケットで、中心には豪華な衣装を身に纏うロゼッタの姿があった。


「へ?役者さんなんですか!?」


「ンーソウヨ。コレデモユウメイナンダケドネ。」


そう言いながらロゼッタは立ち上がった。


「オカイケイスマセテクルワ。キョウツキアッテクレタオレイヨ。」


「あっ…ありがとうございます。」


そうして2人は夕日が射し込む店を後にした。


 ◇◆◇◆


夕日で赤く染まった道を2人はゆっくりと歩いていた。


「サッキノチケットハアゲルワ。」


「え?良いんですか?」


「エエ。ワタシノファンヲフヤスイイキカイダシネ!」


ロゼッタの顔には笑顔が宿っていた。


「マァチケットナクテモチカイウチニアエルカモシレナイシネ!」


「え?それってどういう…」


ルーフは質問しようとする。


しかし、


「アラッ!モウコンナジカン!」


ロゼッタが街の時計を見てそう叫ぶ。


「ゴメンルーフ!ワタシカエラナイト!」


そう言いながらロゼッタの手が延びてくる。


そして、



手の甲に軽いキスをされた。



「へ?」



「マタネ!クールボーイ!」


そしてロゼッタは足早に去ってしまった。


ルーフの頬が赤いのは、夕日の光のせいではなかった。


◇◆◇◆


「…てことがあったんだよね。」


「何か凄いヒトやったんやな。」


ルーフはその次の日、教室で海斗達にその話をした。


「そのチケットって持ってるの?」


「あぁ。これこれ。」


ルーフはルナにチケットをヒラヒラとさせて見せる。


すると、



「えぇぇぇぇぇえ!!??」



ルナが物凄い声を出した。



「…ルナ?」


急な反応にルーフは困惑する。


「…これ…ロゼッタのチケットじゃない…。」


「うん。確かに昨日ロゼッタって自己紹介されたよ?」


次の瞬間、


「ロゼッタってめちゃくちゃ有名な女優さんよ!!幾つも賞をとってる超実力派の!!」


ルナは興奮した口調になった。


「チケットは毎回即完売…。私も抽選何回も応募してるけど当たったこと無いもん!」


ルナの話は続く。


「最初期はアクション系の舞台が多かったけど、その後メロドラマ系の舞台をしたら大当たりして有名になったのよ!!」


「へ…へぇ…。」


ルーフは興奮したルナに思わず押されてしまう。


すると、


「おい。そろそろ時間だ。席につけ。」


午後の依頼を伝えにシアンが教室にやって来た。


「あーん…良いとこだったのに…。」


そうして彼等は自分席へ次々と座っていった。


全員の着席を確認したシアンが口を開く。


「今日の依頼なんだが…少し特殊なものだ?」


「特殊?」


海斗が首をかしげる。


「何でも依頼主がここの2つの班に依頼をしたいと言っていてな…。いわゆる指名ってやつだな。」


シアンは手元の資料から1枚の紙を取り出した。


「依頼主はここにいるそうだ。準備ができ次第向かうように。」


そう言い残すと、相変わらずの仏頂面で教室を去っていった。


◇◆◇◆


「…ここって…。」


ルーフ達は地図の通り街を歩いた。そして到着した場所にあったのは、巨大な劇場だった。


「セントラル劇場…この街で一番大きい劇場やな。」


見上げると屋根は尖塔型で、荘厳な雰囲気を醸し出していた。


「あの…もしかしてギルドの方達でしょうか?」


その時、不意に声をかけられる。


声の主は、初老の羊の男性だった。


「そうやけど…。」


海斗が答える。すると、羊の男性はビシッと背筋を伸ばした。


「お待ちしておりました。私、クリスチャンというものです。」


その男性…クリスチャンは自己紹介をすると、すぐに劇場の扉を開けた。


「さぁさぁこちらへ…。貴方達をお待ちしている方がいますので。」


そうして彼等はセバスチャンと共に劇場の中へと入っていった。


(中…凄い豪華だな…)


扉を抜けて中を歩いていると、様々な絵画や装飾品が壁や天井に所狭しと飾られていた。


「…こちらです。」


そして、かなり奥の方。役者の楽屋の前についた。


「失礼します。」


クリスチャンが扉をノックしゆっくりと開ける。


その中にいたのは、


「Oh!クールボーイ!!キテクレタノネ!!」


「えぇ!?」


その身を緻密な装飾品で着飾ったロゼッタであった。


ルーフの後ろでルナが気絶しかけていたのに一切気付かないほど驚愕してしまった。
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