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第九話 老竜との邂逅

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 そいつが近づいてきた段階で、俺はすでに異変を感じ取っていた。
 何か途轍もない怪物がすぐ傍まで来ている。
 通り過ぎてくれるを期待していたのだが……

 やがてダンジョンの中に踏み入ってきたのは、巨大な体躯のドラゴンだった。
 や、やべぇ。
 こっちの世界にはマジもんのドラゴンがいるのかよ。
 その圧倒的な気配、そして全身から湧き出す濃密な魔力に当てられ、ゴブリンたちは腰を抜かして震えていた。
 一体、どれくらいのステータスなのか、怖いもの見たさで俺は〈鑑定〉を使ってみた。
 だが、

『〈鑑定〉に失敗しました』

 失敗!?
 脳内に響いた声に、俺は戦慄する。
 まさか、失敗することなんてあるのか……。
 そのときだった。

「我に〈鑑定〉は効かぬ。我と主ではレベルに差があり過ぎるからのう」

 え?
 今、ドラゴンがしゃべらなかったか?
 いやいや、まさか。
 たぶん、気のせいだろう。

「気のせいではない」

 うお、マジでしゃべってる!
 けど、何で俺の考えが読めるんだ?

「お主、先ほどから念話を使っておるだろう?」

 あ、そうか。
 どうやら俺、自分でも気づかないうちに〈念話〉のスキルを発動してしまっていたらしい。

「それより、案ずるな。我はお主らに危害を加えるつもりはない」

 その言葉は、なぜだか信頼しても良い気がした。
 第一、信じようが信じまいが、俺には何もできない。

 それにしても、ドラゴンと会話ができるなんて思わなかった。
 人間、いや、それ以上の知性を感じさせる。

「長く生きた竜は高い知能を持つのだ。我は人間などより遥かに長く生きておるからな」

 へぇ。
 一体、どれくらい生きているのだろう。

「千年……いや、二千年ほどか。若い頃のことはもう、あまり覚えておらぬ」

 二千年……途方もなく長い年月だ。
 西暦始まって現代までじゃん。

「だが、我ももう長くはない」

 そう呟いて、ドラゴンは徐に身を横たえた。
 それからじっとしたまま、動こうとしない。
 大丈夫なのだろうか?

「……心配は要らぬ。生きとし生けるもの、死は平等に訪れる」

 そうか。
 もう長くはないって、そういうことか。

「……ここは、我が物心ついた頃に住処としておった洞窟に似ている。だから、思わず足が向いてしまったのだ。すまぬ。迷惑だというのなら出て行くが」

 迷惑だなんて、そんな。
 そもそもよく見てみれば、彼はもう動くことすら辛そうだ。

「これでも雌なのだがな」

 すいません。
 彼女の方でした。

「そんなことより、お主の方がよほど異常だ。まさか、知性迷宮(インテリジェントダンジョン)だったとはな」

 知性迷宮……?

「お主のように、知恵のあるダンジョンのことだ」

 へー、やっぱ珍しいのか。

「どのダンジョンにも少なからず知性があるとは言われておる。だが、これほどまで他者と流暢に会話ができるダンジョンなど、見たことも聞いたこともない。迷宮主ならいざ知らず、な」

 そうなのか。
 まぁ俺、転生者だからな。

「転生者? なるほど……そうか……」

 俺のことを話すと、彼女は興味深そうに頷いた。
 珍しいってことは、他にもいるってこと?

「我が知るドラゴンの中にもいた。若い竜にしては珍しく知性に満ちていると思っていたら、転生者だった」

 へぇ。
 珍しいことは珍しいが、どうやらいない訳ではなさそうだ。
 会ってみたいな。

 それから俺は、彼女と色々な話をした。
 長い年月を生きてきた老竜である彼女は、やはり知識が豊富だった。

 お陰でこっちの世界のことをかなり知ることができた。
 ドラゴンがいて、魔物がいて、冒険者がいて。
 エルフやドワーフ、獣人などといった様々な種族がいて。
 さらには魔王や勇者、魔法なんてものまで。
 どうやらここは、本当に完全無欠な異世界らしい。

 それにしても。
 人と(人じゃないけど)話ができるって、こんなに楽しいことなのか。
 この世界に来て初めて会話をすることができこともあり、俺はつい熱中して話し込んでしまった。
 あ。
 やべ、あんまり無理させちゃいけなかったかも。

「よい。言葉を話すことくらい、大した労ではない。部屋代の代わりとでも考えてくれ」

 そうですか。
 にしても、ドラゴンとは思えないくらい、できたお方だ。




 だがそんな楽しい時間も長くは続かなかった。

 元より苦しげだった彼女だが、一週間が経過した頃、ついに身動ぎひとつできなくなってしまったのだ。
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