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第二十六話 初戦

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 迷路状の第一層を、五十余名の騎士たちは一切迷うことなく進軍していた。

 恐らくあらかじめ冒険者たちから情報を集め、攻略ルートを定めていたのだろう。
 同じくトラップの位置情報も掴んでいたのか、あっさりと回避されてしまう。

 だがそれくらいはこちらも織り込み済み。
 なので冒険者たちがダンジョンに来なくなったこの数日のうちに、俺は新たなトラップを設置していた。

 ……あれ、それも普通に避けて通ってるんですけど?

「進言。マスター、恐らく連中の中にそうしたことを可能にするスキルを持った者がいるのではないかと。先頭を行く部隊の可能性が高いでしょう」

 ミオに言われて改めて調べてみると、確かに先頭部隊の中に〈探知+2〉というスキルを持っている騎士がいた。
 見逃してたけど、このスキル、ちょっと厄介だな。

「先に潰しておくか」

 俺はゴブリンたちに念話で指示を出す。

 しばらくして、先頭部隊の前に数匹のゴブリンが躍り出た。

 連中にとって、ダンジョンに入ってから最初の魔物との遭遇だ。
 すぐさま剣を抜き、身構える。

 ゴブリンたちは彼らに向かって、次々に石を投げ始めた。
 そのうちの幾つかが鎧に当たる。

「ふん、こんな石程度、痛くも痒くも――――っ!?」

 騎士たちが絶句した。
 ゴブリンたちが投げたのは石ではない。

 汚泥の塊だ。

 俺が〈罠作成+7〉で作った汚泥の沼。
 そこから取ってきたものを丸め、投げつけたのである。

 汚泥の塊なので、当然、臭い。
 しかもピカピカの鎧をそんなもので汚されてしまったのだ。

「貴様らぁぁぁっ!」

 憤った騎士たちが怒声を轟かせ、ゴブリンへと突撃した。

 だがそこで一斉に踵を返すゴブリン部隊。
 騎士たちの侵攻ルートから外れる方向へと、一目散に逃げ出したのだ。

「逃がすかっ!」

 怒りで我を忘れた騎士たちは、すぐさまその後を追い駆ける。

「ゲゲッ!?」
「ギィッ!?」
「ギョェーッ!?」

 ゴブリンたちが逃げ込んだ先は、行き止まりだった。

「馬鹿な奴らめ! もう逃がさんぞ!」
「殺れ!」
「おおおっ!」

 騎士たちがゴブリンを殲滅せんと躍りかかる。

 そのときだ。
 行き止まりの天井。そこに設けていた複数の穴から、次々とゴブリンが飛び降りてくる。

「なっ!?」
「上からっ!?」
「いや、壁からもだ!」

 さらに、ダミーの土壁を破壊して、その奥に隠れていたアークゴブリンたちが姿を現す。

 突然の事態に息を呑む騎士たちへ、ゴブリンたちは容赦なく襲いかかった。

 騎士の平均レベルが18であるのに対し、ゴブリンたちは平均で10。
 たとえ同じレベルあっても、ゴブリンのステータスは人族のそれより劣る。
 なのに、このレベル差だ。単体では相手にもならないだろう。

 だからこそ、数で押す。
 俺は計六名の騎士に、四十匹のゴブリンと五匹のアークゴブリンを一度にぶつけてやった。

 開幕戦は短時間ながらも、凄まじい乱戦、そして激戦となった。

 騎士たちが剣を振るう度に、ゴブリンたちはいとも簡単にその命を散らしていく。
 彼らの攻撃を一撃でも喰らえば、ゴブリンでは一溜りもないのだ。

 それでもゴブリンたちは怯むことはなかった。
 騎士たちを取り囲み、仲間の屍を超えながら、一矢でも報いようと必死に槍を突き出す。

 狙いは頭部。

「がっ……」
「くそっ」

 鎧を貫くことは容易ではないが、装甲で覆われていない顔は別だ。
 この騎士たちは、西洋甲冑(プレートアーマー)のように頭部丸ごと保護するような兜を被ってはいないのだ。

 騎士の一人が、ゴブリンの槍を喉に喰らって地面に崩れ落ちた。
 さらに別の騎士が、アークゴブリンの斧を頭部に受けて絶命する。

 その二名の騎士の脱落を皮切りに、未だ十分な数が残っていたゴブリン側が一気に優勢になった。
 騎士が次々と倒れていく。
 奮闘を続けているのは、隊長と思われる男だけだ。

 やがて増援が駆けつけてくる。
 そうなるともはやゴブリン側に勝ち目はなかった。

 残っていたゴブリンたちは成す術もなく騎士たちに殲滅され、気づけば最初の戦闘が終わっていた。







 ゴブリンたちの死骸がダンジョンの中へと戻っていく。
 同時に死亡した五名の騎士たちも、ダンジョンに吸収されていった。

「削ったのは五名か。一方、こっちの損害は四十匹のゴブリンと五匹のアークゴブリン」

「はい。とは言え、元より彼らは捨て駒。それで部隊をほぼ一つ壊滅させたのですから、十分な戦果かと。それに、厄介な〈探知+2〉のスキルを持った騎士を仕留めることできました」

「そうだな」

 ミオの分析に、俺は頷く。

 思っていた以上に俺は冷静だった。
 人を殺したことも、ゴブリンたちの犠牲についても。
 やっぱりダンジョンに生まれ変わったことで、俺の価値観は随分と人間の頃とは変わってしまったようだ。
 そのことに対する忌避感や罪悪感も、別にない。

 そんなことより、今は集中だ。
 まだまだ戦いは始まったばかりなのだ。


    ◇ ◇ ◇


「第一部隊、隊長以外全滅しましたっ……」

 その報告を聞いた時、エルメスは耳を疑った。

「そんな、まさか……」

 まだダンジョンに入り、半刻も経っていない。
 だというのに、もう一部隊がほぼ全滅……?
 しかも選りすぐりの精鋭ばかりだったはず。

「どうやら少々、このダンジョンのことを甘く見ていたようですね」

 テイール公爵が声をかけてくる。
 エルメスと違い、彼は落ち着き払っていた。

「ですがご安心ください、殿下。わたくしがいる限り失敗はあり得ません。殿下はぜひ、堂々と構えておいでください」

「う、うむ。分かった」

 テイールの力強い言葉に、エルメスは素直に頷いた。
 胸の中は不安でいっぱいだったが、今はもう進むしかないのだ。

「先へ行こう」
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