一人息子が勇者として旅立ちました。でもお母さん、心配なのでこっそり付いていっちゃいます [壁]ω・*)

九頭七尾

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第5話 どう見ても仮病ですね

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 今回も彼女は、可愛い息子のことを近くで見守るだけに留めるつもりだった。
 だったのだが……。

「だ、だって。もしかしたら気づいていなかったかもしれないじゃないですかっ。それで万が一にも矢があの子に当たったりしたら……」

 そう思うと気が気ではなく、木の上で息子を弓で狙っていたゴブリンへナイフを投擲してしまったのである。

 実際には息子はちゃんとゴブリンに気づいていたようで、

「かえって怖がらせてしまいました……」

 首にナイフが刺さって絶命しているゴブリンを見るなり、息子は慌てて逃げていってしまったのだ。
 自分も狙われていると思ったのかもしれない。

 セルアは反省しつつ、すぐに息子の後を追った。
 もちろんストーキングは続行である。


    ◇ ◇ ◇


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 僕はいったん足を止めると、肩で息をしながら呼吸を整える。

 背後から何かが追いかけてきている様子はなかった。
 周囲を見渡してみても危険な気配は感じない。

 だからといってまだ油断はできない。
 そもそもさっきだって、木の上のゴブリンがナイフで殺されたというのに、僕は何の気配も感じ取ることができなかったわけだし。
 物凄く気配を隠すのが上手いのかも。

「もしかして、僕を助けてくれたのかな?」

 ここまで全力で逃げてしまったけれど、もしそうだったら失礼なことをしちゃったかもしれない。
 でも助けてくれたのだとしたら、すぐに姿を現してくれたらよかったのに。

「……街だ」

 眼下に街が見えてきていた。
 ともかく懸命に走ったこともあって、予定よりずっと早く着いちゃったみたい。

 僕は街に入った。
 村とは違って人がたくさんいる。

 道の両側には幾つも露店が並んでいて賑やかだし、行き交う人々の服装は華やかだ。
 僕は人にぶつからないよう必死に歩いていく。

 やっぱり街はすごいなぁ。

 といっても、あくまでここは通過点。
 目的地はもっと先だ。

 僕はこれから王都に行く予定だった。

 王都なんて縁もゆかりもないし、行ったこともない。
 師匠によればこの街とは比べ物にならないくらい大きく、人だってもっといっぱいいるらしいけれど……。
 僕にはまったく想像つかないや。

 まぁもちろん王都に辿りつくのがゴールじゃなくて、魔王討伐がゴールなんだけれど。
 本当に僕なんかで大丈夫かな……。
 また不安になってきちゃった。

 ところで魔王とその配下たちが徐々に勢力を増しつつある中、数年前に王様が国中にお触れを出したらしい。
〝勇者紋〟を持つ勇者を見つけ次第、王宮に連れてくるように、と。

 僕らの村はあまりに辺境過ぎて、そのことが伝わってきたのは、ほんの数か月前のことだったけれど。
 ……お触れってまだ有効なのかな?

 今日はこの街に泊まって、明日の朝に出発するつもりだ。
 とりあえず宿を探さないとね。

「あらぼく、何を探しているの?」

 僕がキョロキョロしながら歩いていたからか、後ろからそんなふうに声をかけられた。

 美人のお姉さんだ。
 年齢はたぶん二十歳くらい。

 ちょっと化粧が濃いけれど、色っぽくて、いかにも大人の女性という感じ。
 プロポーションがよく、しかも胸を強調するような服を着ているせいで、すごく目のやり場に困る。

 さすがは街。
 村だとこんなに「女性」を主張する格好をした人いないし。

「いえっ、えっと、そのっ……は、はい」

 僕はドギマギしてしまって、そんな情けない返事しかできなかった。

「それならいいところがあるわ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。泊まると漏れなくお姉さんも付いてきちゃうの」
「え?」

 どういう意味だろうと訝しんでいると、お姉さんがいきなりぐっと近づいてきた。
 そして耳元で囁くように、

「お姉さんと一晩楽しめちゃうの」
「~~~~~~っ」

 その意味を悟って、僕は全身から火が出そうになった。
 顔を真っ赤にしながら慌てて後ずさる。

「うふ、か~わいい~。その反応、きっとまだシたことないのね? いいわ。お姉さんが手取り足取り教えて、あ、げ、る❤」

 そんなことを言いながら、谷間を見せつけるように胸をぎゅっと寄せるお姉さん。
 その一撃にさらなる衝撃を受ける僕。
 心臓はもうバクバクだ。

「だだだ、だめっ、だめですっ! ぼ、ぼ、僕まだ子供ですし!? そういうのはまだ早いっていうか!?」

 ぶんぶんぶんと首がもげそうになるくらい頭を振って、僕は懸命に誘惑を振り払おうとする。

「そそそ、それにお金もっ! お金もあんまりないですし!? 村のみんなから貰ったお金をそんなことに使うのはだめですし!?」
「心配要らないわ。あなたのために出血大サービスしちゃう。今日は格安で――」

 そのときなぜかお姉さんの表情が凍りついた。
 かと思うと、がくがくがくと膝が震え始める。

「――ごごご、ごめんなさいやっぱりやめておくわぁぁぁっ!」

 そう叫んで、慌てて逃げていった。

「……何があったんだろう?」

 でも助かった。
 勇者として村を旅立ったのに、最初の街でいきなり女性の誘惑に負けて……なんてさすがに酷過ぎる。

 僕は宿屋探しを再開することにした。

 と、その途中、今度は別の人に声を掛けられてしまう。

「そ、そこの少年……」
「え? って、ど、どうされたんですかっ?」

 初老の男性が道端に倒れ、苦しそうに足を押えていた。
 もしかして怪我をしているのかもしれない。

「じ、自宅に帰る途中に、ちょっと足を挫いちまってよ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「よかったら少し肩を貸してくれねぇか……?」
「もちろんです!」

 困っているこの人を放っておくわけにはいかない。
 宿探しは後回しにしよう。


     ◇ ◇ ◇


「娼婦の分際であの子を誘惑するなんて……ふふふ、お母さん、つい全力で殺気を飛ばしちゃいましたよ……」

 家屋の陰に隠れながら、一人仄暗い笑いを零す女性がいた。
 もちろん勇者の母、セルアである。

「それにしてもあの男…………どう見ても仮病ですね」
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