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第18話 だってあの子の保護者ですもの
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室長が脅した通り、翌日からセルアにはさらに多くの仕事が回されることとなった。
だが彼女はその悉くを、完璧に――時には完璧以上のクオリティで――しかも超短時間でこなしていった。
無論、アンナとしては面白くない。
彼女のやり口は、まだ仕事に不慣れな新人を徹底的にこき下ろし、精神的に追い詰めることによって、徐々に自身の思い通りに動く手足へと調教していくというものだからだ。
「だ、だったら明日はもっと仕事を増やしてやる!」
なのにまったく新人が隙を見せないので、アンナはその度に仕事量を増大させていくしかなかった。
やがて気づけば、チームに与えられている仕事の大半を新人一人に押し付けられているという、とんでもない状況となっていた。
「あ、アンナ様……今日もセリーヌがどこかにいなくなってしまいました……」
「仕事は……」
「す、すべて終わっています……しかも、完璧に……」
「ほ、本当に何なんだよ……あいつは……」
十人分の王宮メイドたちの仕事のうち、七割以上をたった一人で。
しかも早朝から僅か二時間という早さでやり遂げたセルアは、他のメイドたちに気づかれることなく、いつの間にか姿を消していた。
この日だけではない。
毎日である。
一体彼女はどこに行っているのかというと……。
言わずもがな、可愛い息子、勇者リオンのところである。
もちろんその息子はというと現在、王宮地下に存在しているダンジョンに挑戦中なので、彼女もまたその後を追ってダンジョンに潜り込んでいた。
当然ながら無許可である。
「だってあの子の保護者ですもの、許可なんて要りませんよね♪」
……などと本人は主張しているが。
そもそも保護者同伴のダンジョン攻略など前代未聞だろう。
ちなみに他のメイドたちよりもさらに早く起き、一日分の仕事をたった二時間で終わらせているのは、息子がダンジョンに行く時間までに片付けておきたいからだ。
「最近ちょっとさすがに仕事量が多過ぎる気がしますが……でも、あの子のためならお母さん、頑張っちゃいます!」
ところでその熱い視線の先にいる勇者は今、階層ボスと激戦を繰り広げている最中だった。
「はぁっ!」
「グモオッ!?」
渾身の一撃が決まり、ミノタウロスが悲鳴を上げる。
さすがリオンちゃん!
あと少しです!
そこです、そう!
今です!
「モオオオオオオオオオッ!?」
母の応援が伝わったのかは分からないが、勇者はミノタウロスを撃破し、次の階層へと歩を進めたのだった。
「よう、遅かったじゃねぇか」
息子のストーキ……もとい、応援を終えて戻ってきたセルアを待ち構えていたのは、猫かぶりをやめて完全に素を晒したアンナだった。
彼女の傍には同室のメイドたちが緊張の面持ちで控えている。
背後の扉が自動的に閉まった。
メイドの一人が回り込んで閉めたらしい。
そしてここから逃がさないとばかりに、扉の前に陣取っている。
「何かご用でしょうか? 与えられた仕事の方はすべて終えていたかと思いますが」
セルアはこの状況にまるで動じることなく問う。
その反応にアンナは軽く舌打ちし、それから口端を歪めて嗤った。
「まどろっこしい真似はやめちまおうと思ってなァ」
直後、アンナが腕を振るうと、その手に隠し持っていた鞭がヒュンッと唸り、セルアのすぐ横を擦過する。
「この部屋ではアタシが王様だ。テメェは今日からアタシの下僕。逆らうなら痛い目みることになるぜ?」
なるほど、とセルアは頷く。
「その鞭でわたしを調教しよう、というわけですか」
「ハッ、物分かりがいいじゃねぇか? 言っとくが、エリザベスに告げ口でもしてみろ。二度とまともな夢が見れねぇくらい、酷い目を見ることになるぜ?」
「ふ、ふふふっ……ふふふふふっ……」
突然、堪え切れなくなったかのようにセルアが笑い出す。
「な、何だよ、テメェ? 何がおかしいっ?」
「いえ、まさかこのわたしを調教しようなどと言う方が現れるだなんて……ふふ……」
不気味な笑みとともに意味深なことを呟く新人に、メイドたちが思わず後ずさった。
アンナに命じられてこの場に集まってはいるが、実は彼女たちは、この得体の知れない新人に恐怖を感じていた。
本当は今すぐにでも逃げ出したいというのが、彼女たちの本音である。
大人しくアンナの言いなりになってしまった自分たちと、この新人は何かが違う。
下手に突いてしまえば、手痛いしっぺ返しを食らうのではないか。
そんな彼女たちの不安は、現実のものとなったのだった。
「ではせっかくですので、その調教とやらをしていただく前に――
――本物の調教というものがどんなものなのか、ぜひあなた方にわたしが教えて差し上げましょう」
「「「~~~~~~っ!?」」」
強烈な殺気がその場にいた全員の身体を貫いた。
ドサドサドサッ、と気の弱いメイドたちが次々と意識を失って倒れていく。
それなりに心の強さがあり気絶こそ免れた者も、立っていることができずにその場にしゃがみ込んだ。
それはアンナも例外ではない。
「な、な、な……」
腰が抜けてしまい、尻餅をついたまま情けなく後ずさる。
顔は血の気を失って真っ青になり、先ほどまでの威勢は見る影もない。
「何なんだ一体……テメェはよぉ……?」
彼女ははっきりと悟った。
目の前の女は、他のメイドたちのように、裕福な家庭でぬくぬくと育ってきたような貴族の子女たちとは根本から異なる。
自分の思い通りに動く手足にしようなど、とんでもない。
絶対に手を出してはいけない化け物だったのだと。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。できる限り痛くない方法でシてあげますから♪」
「ひ、ひいいいいいいっ!?」
だが彼女はその悉くを、完璧に――時には完璧以上のクオリティで――しかも超短時間でこなしていった。
無論、アンナとしては面白くない。
彼女のやり口は、まだ仕事に不慣れな新人を徹底的にこき下ろし、精神的に追い詰めることによって、徐々に自身の思い通りに動く手足へと調教していくというものだからだ。
「だ、だったら明日はもっと仕事を増やしてやる!」
なのにまったく新人が隙を見せないので、アンナはその度に仕事量を増大させていくしかなかった。
やがて気づけば、チームに与えられている仕事の大半を新人一人に押し付けられているという、とんでもない状況となっていた。
「あ、アンナ様……今日もセリーヌがどこかにいなくなってしまいました……」
「仕事は……」
「す、すべて終わっています……しかも、完璧に……」
「ほ、本当に何なんだよ……あいつは……」
十人分の王宮メイドたちの仕事のうち、七割以上をたった一人で。
しかも早朝から僅か二時間という早さでやり遂げたセルアは、他のメイドたちに気づかれることなく、いつの間にか姿を消していた。
この日だけではない。
毎日である。
一体彼女はどこに行っているのかというと……。
言わずもがな、可愛い息子、勇者リオンのところである。
もちろんその息子はというと現在、王宮地下に存在しているダンジョンに挑戦中なので、彼女もまたその後を追ってダンジョンに潜り込んでいた。
当然ながら無許可である。
「だってあの子の保護者ですもの、許可なんて要りませんよね♪」
……などと本人は主張しているが。
そもそも保護者同伴のダンジョン攻略など前代未聞だろう。
ちなみに他のメイドたちよりもさらに早く起き、一日分の仕事をたった二時間で終わらせているのは、息子がダンジョンに行く時間までに片付けておきたいからだ。
「最近ちょっとさすがに仕事量が多過ぎる気がしますが……でも、あの子のためならお母さん、頑張っちゃいます!」
ところでその熱い視線の先にいる勇者は今、階層ボスと激戦を繰り広げている最中だった。
「はぁっ!」
「グモオッ!?」
渾身の一撃が決まり、ミノタウロスが悲鳴を上げる。
さすがリオンちゃん!
あと少しです!
そこです、そう!
今です!
「モオオオオオオオオオッ!?」
母の応援が伝わったのかは分からないが、勇者はミノタウロスを撃破し、次の階層へと歩を進めたのだった。
「よう、遅かったじゃねぇか」
息子のストーキ……もとい、応援を終えて戻ってきたセルアを待ち構えていたのは、猫かぶりをやめて完全に素を晒したアンナだった。
彼女の傍には同室のメイドたちが緊張の面持ちで控えている。
背後の扉が自動的に閉まった。
メイドの一人が回り込んで閉めたらしい。
そしてここから逃がさないとばかりに、扉の前に陣取っている。
「何かご用でしょうか? 与えられた仕事の方はすべて終えていたかと思いますが」
セルアはこの状況にまるで動じることなく問う。
その反応にアンナは軽く舌打ちし、それから口端を歪めて嗤った。
「まどろっこしい真似はやめちまおうと思ってなァ」
直後、アンナが腕を振るうと、その手に隠し持っていた鞭がヒュンッと唸り、セルアのすぐ横を擦過する。
「この部屋ではアタシが王様だ。テメェは今日からアタシの下僕。逆らうなら痛い目みることになるぜ?」
なるほど、とセルアは頷く。
「その鞭でわたしを調教しよう、というわけですか」
「ハッ、物分かりがいいじゃねぇか? 言っとくが、エリザベスに告げ口でもしてみろ。二度とまともな夢が見れねぇくらい、酷い目を見ることになるぜ?」
「ふ、ふふふっ……ふふふふふっ……」
突然、堪え切れなくなったかのようにセルアが笑い出す。
「な、何だよ、テメェ? 何がおかしいっ?」
「いえ、まさかこのわたしを調教しようなどと言う方が現れるだなんて……ふふ……」
不気味な笑みとともに意味深なことを呟く新人に、メイドたちが思わず後ずさった。
アンナに命じられてこの場に集まってはいるが、実は彼女たちは、この得体の知れない新人に恐怖を感じていた。
本当は今すぐにでも逃げ出したいというのが、彼女たちの本音である。
大人しくアンナの言いなりになってしまった自分たちと、この新人は何かが違う。
下手に突いてしまえば、手痛いしっぺ返しを食らうのではないか。
そんな彼女たちの不安は、現実のものとなったのだった。
「ではせっかくですので、その調教とやらをしていただく前に――
――本物の調教というものがどんなものなのか、ぜひあなた方にわたしが教えて差し上げましょう」
「「「~~~~~~っ!?」」」
強烈な殺気がその場にいた全員の身体を貫いた。
ドサドサドサッ、と気の弱いメイドたちが次々と意識を失って倒れていく。
それなりに心の強さがあり気絶こそ免れた者も、立っていることができずにその場にしゃがみ込んだ。
それはアンナも例外ではない。
「な、な、な……」
腰が抜けてしまい、尻餅をついたまま情けなく後ずさる。
顔は血の気を失って真っ青になり、先ほどまでの威勢は見る影もない。
「何なんだ一体……テメェはよぉ……?」
彼女ははっきりと悟った。
目の前の女は、他のメイドたちのように、裕福な家庭でぬくぬくと育ってきたような貴族の子女たちとは根本から異なる。
自分の思い通りに動く手足にしようなど、とんでもない。
絶対に手を出してはいけない化け物だったのだと。
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。できる限り痛くない方法でシてあげますから♪」
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