一人息子が勇者として旅立ちました。でもお母さん、心配なのでこっそり付いていっちゃいます [壁]ω・*)

九頭七尾

文字の大きさ
19 / 30

第19話 この武具たちのお陰ですよ

しおりを挟む
「こ、これがダンジョンか……」

 初めて足を踏み入れるダンジョンというものに、僕は酷く緊張していた。

 王宮の地下にあった扉の先に広がっていたのは、薄暗い遺跡めいた通路だ。
 ひんやりとした空気が流れ、静寂の中に自分の足音がやけに響く。

〝勇者の試練〟と呼ばれているこのダンジョンは、全部で二十の階層からできているらしい。
 当然、幾多の魔物が徘徊していて、侵入者を排除しようと襲い掛かってくる。
 これも試練の一環だと思うけれど、トラップもあるそうだ。

 これから僕はたった一人で、そんな場所を踏破していなくちゃいけない。

「一応これがあればいつでも脱出できるって話だけど……」

 僕は右の掌に載せた淡い光を放つ石に視線を落し、呟く。
 これは転移石と呼ばれる特殊なアイテムで、使用すると一瞬でダンジョンの外に出ることができるらしい。
 万一の場合に備えて、宰相のモダロさんから戴いたものだ。

 ……すごく高価らしいけど。

 おいそれとは使えないよねと思いつつ、勇者の袋へと仕舞って、僕はダンジョンの奥へと歩みを進めた。




 そんな感じでおっかなびっくりスタートさせた初ダンジョンだったけれど、思っていた以上に順調に攻略を進めていくことができた。

 初日で一階層、二階層を突破すると、二日目には三階層を、三日目には四階層を、そして五階層、六階層も無事に突破して、一週間目となる今日は七階層をクリア。
 八階層まで辿り着いていた。

 ちなみに各階層には〝ボス〟と呼ばれる魔物がいて、そいつを倒せば階層クリアとなり、次からはその階層から再スタートすることができた。

 正直、今のところ出てきた魔物はそれほど強くない。
 もちろん階層が上がるにつれ少しずつ厄介になりつつあるけれど、それでもまだ単体ならすんなりと倒すことができるレベルだ。
 一度に何体もとなると、さすがにちょっと苦戦してしまうけれど。

 むしろ大変なのは迷路のようになっている内部構造かもしれない。
 散々迷ったり、引き返したり、スタート地点に戻ったりしているので、なかなか進めない。
 ……今僕は進んでいるのか、それとも戻ってしまっているのか、それすら分からない感じ。

「なかなかのハイペースだ。歴代の勇者たちに勝るとも劣らない」

 それでも今日の攻略を終えて戻ってきた僕へ、騎士団長のブラットさんはそんなふうに言ってくれた。

「こ、この武具たちのお陰ですよ」

 謙遜じゃなくて、実際、武具の力は大きかった。

 勇者の剣のお陰で硬い皮膚や殻を持つ魔物でもさっくり倒せるし、勇者の鎧は強烈な一撃であっても衝撃の大半を吸収してダメージを押えてくれる。
 勇者の袋は、ポーションとか保存食なんかを沢山いれておいてもまったく重くないし嵩張らないので、身軽に動くことができた。

「いや、歴代の勇者も同じものを装備してダンジョンに臨んでいたはずだが」
「あ、そういえばそうですよね……」

 それでもまだまだ攻略は始まったばかり。
 気を引き締めていかないと。

「……ところで、ブラットさん」
「何だ?」
「あの……レイさんっていう、僕と戦った人のことなんですが……」

 実を言うと、あれ以来ずっと気になっていた。
 敗北して立ち去るレイさんの頬を伝っていた涙のことが……。

 武術大会で優勝したレイさんが、本当なら勇者として認められるはずだった。
 なのに遅れてやってきた僕が、それを横取りしてしまったんだ。

 憶測でしかないけれど、あれは単なる悔し涙じゃない。
 もしかしたらレイさんにとって、あの一戦に、あるいは勇者になるということに、もっと大きな意味があったのかもしれない。

 そして騎士団長のブラットさんなら、何か知っているかもしれないと思ったのだけれど、

「すまない。これから会議があって、すぐに戻らなければならないのだ」
「え? あ、はい……」

 ブラットさんはそそくさと去っていってしまった。
 僕は一人取り残されてしまう。

 さっきまでは全然急いでいる感じじゃなかったんだけど。
 なんというか、あからさまにレイさんの話題を避けたような……?

 だけど仕方がない。
 少し気落ちしながら部屋へと戻ろうとしたところ、その途中で知っている二人組と出会った。

「おう、勇者リオンじゃねーか」
「あ、ガルドさん。それにグレンさんも」

 二人は僕が最初に王宮に来たとき、門番をしていた王宮騎士たちだ。
 ガルドさんは騎士歴二十年のベテランで、豪放磊落な性格で親しみやすい。
 グレンさんの方は若手の王宮騎士で、寡黙だしいつも仏頂面だしで、僕はちょっと苦手だった。悪い人じゃないと思うけど……。

「どうだ、調子は?」
「い、今のところは順調だと思います」
「そうか、さすがだな。しっかし、最初に会ったときは驚いたぜ。まさかこんな子供が勇者だなんて、誰も予想してなかったしよ!」

 そう言って、ガルドさんは豪快に笑う。

「まぁしかし真の天才ってのは、大抵は早熟なもんだろうけどな。レーシャちゃんといい、ベテランの数十年をあっさりと追い抜きやがって、少しくれぇ俺のような年寄りにも花を持たせてくれってんだ、はっはっはっは!」
「あの、レーシャちゃん……って?」

 ガルドさんが口にした知らない名前がふと気になって、僕は訊ねる。

「何だ? 名前も知らずに戦ったのか? 俺は小さい頃から知ってるが、すっかり綺麗になっちまってよ」
「それって、もしかして、あのレイさんのことですか……?」
「ああ? そうか。あいつ、今はそう名乗ってるんだったな……」

 いつも快活なガルドさんが唇を歪め、珍しく苦々しげな表情になった。

「やっぱり女性だったんだ……」
「そりゃそうだろ。あんな綺麗な男がいて堪るかってんだ」

 ガルドさんは呆れたように言う。
 そう言われても……。

 って、今はそんなことはどうでもいい。

「お、お願いしますっ」

 きっとガルドさんなら、あの涙の意味を知っているはず。
 僕は頭を下げて頼み込んだ。

「あの人のことを教えてくださいっ」

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

地味な薬草師だった俺が、実は村の生命線でした

有賀冬馬
ファンタジー
恋人に裏切られ、村を追い出された青年エド。彼の地味な仕事は誰にも評価されず、ただの「役立たず」として切り捨てられた。だが、それは間違いだった。旅の魔術師エリーゼと出会った彼は、自分の能力が秘めていた真の価値を知る。魔術と薬草を組み合わせた彼の秘薬は、やがて王国を救うほどの力となり、エドは英雄として名を馳せていく。そして、彼が去った村は、彼がいた頃には気づかなかった「地味な薬」の恩恵を失い、静かに破滅へと向かっていくのだった。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

喪女だった私が異世界転生した途端に地味枠を脱却して逆転恋愛

タマ マコト
ファンタジー
喪女として誰にも選ばれない人生を終えた佐倉真凛は、異世界の伯爵家三女リーナとして転生する。 しかしそこでも彼女は、美しい姉妹に埋もれた「地味枠」の令嬢だった。 前世の経験から派手さを捨て、魔法地雷や罠といったトラップ魔法を選んだリーナは、目立たず確実に力を磨いていく。 魔法学園で騎士カイにその才能を見抜かれたことで、彼女の止まっていた人生は静かに動き出す。

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...