銀蒼界聞録~Deep Lovers~

深楽朱夜

文字の大きさ
13 / 19

12

しおりを挟む
「天界は確かに美しいが、美しいだけじゃない。醜い部分もある・・・俺はその醜い部分を見て生きていた」
「何処の世界でも、綺麗な部分と醜い部分があるよ」
「そうだな・・・天界で俺は『同族狩り』と呼ばれていた。今呼ばれている名前も取って付けた様な意味の無い物だ」
 何処か何時もの秦とは違う自虐的な言葉に洸紀が目を伏せる、秦の低く単調な声に耳を傾ける意識を集中させた。
 光溢れる天界の中で唯一の異質な存在それが、秦・・・いやシンだった。
 気づいた時には与えられた剣、ラピスで天使達を砂に還してした。
 純白の羽根と共に舞い散る砂が流れて消えて行く、最初の頃はこの光景が綺麗だと思っていた、けれどその光景に見飽きてしまったのは何時からだろうか。
「間もなく地界との戦が起きる・・・お前が前線を指揮し天に勝利を齎せ」
「けれど忘れるなお前は『同族狩り』役目も果たして貰う」
 天界を支配する天王は全く同じ容姿を持つ2人の王で成り立つ、2つの声が重なりシンに酷な命を下す。
「地界の魔物を討て」
「地界の魔物を一歩も天に踏み入れさせるな」
 間もなく始まる地界との戦、天と地を繋ぐ境が間もなく地界の王によって完成させられてしまう。
「・・・」
「天に勝利を」
「敗北は認めない」
 そして天王の間の巨大な扉が重い音を立て閉じられる、その巨大な扉を深い蒼い瞳が見つめる。
「シン・・・」
 シンが手にした剣が変化し白い綺麗な鳥の姿を纏い、シンの肩に止まり心配げな声で名を呼び掛ける。
「俺は平気だ」
 同族を狩るのも、魔物を屠るのも変わらない、生命を奪うのはシンの宿命ならばそれに従うのがシンの存在理由。
「平気ではないわ、シン。貴方の心の奥底で泣いているのよ可哀想に。貴方にとって同族の命を奪うのも他の命を奪うのも辛い事なのに、貴方はそれを理解出来ないのよ・・・」
 武器として産まれて来たラピスの方が、余程感情らしい感情を持っている。
 回廊を抜け緑と光溢れる外に出れると、空から純白の羽根が降り注ぐ。
「シン此処にいたんだね、セフィ達が待っているよ」
 シンが上を向くと眩い光と共にシンの傍らに友人のラフィエルが降り立つ、濡れた深緑の明るい瞳と淡い金髪、天王の側近であり特別な力を授かった美しい天使が微笑んでいた。
「ラフィエル・・・」
「どうかした?」
 僅かに表情を曇らせたシンにラフィエルが優しく問う、穏やかな優しい声はシンの心の拠り所の1つだった。
「間もなく地界との争いが始まる」
「そう、地界の王が天界と地界との境を無理に造ってしまったから、戦が始まってしまうね。大勢の天使や魔物が命を落とす事になるんだろうね」
 ラフィエルが哀しげに瞳を曇らせる、何処までもシンとはかけ離れた綺麗な生き物。
「同族と・・・」
「え?」
「同族と魔物を狩るなら、魔物を狩るほうがマシか・・・」
 肩に止まっているラピスの頭を撫でながら、永久に降り注ぐ陽光を仰ぎ見る、闇を知らないこの世界の住人と闇しか知らない地界の住人、魔物達にとってこの世界はどう映るのだろうか。
 そのシンの寂しげに映る瞳にラフィエルが唇を噛み締める、自分の無力さと友の孤独をどうする事も出来ない歯痒さが募る。
「シン・・・僕もっと今より力を付けて、もっと上にいこうと思う。『同族狩り』を、君を普通の天使に・・・」
「ラフィエル・・・」
「君を自由にしたい。同じ天使として生まれたのに君だけがこんな役目を担うなんて・・・君が同族を狩らずに済む世界にしたい」
 深緑の鮮やかな瞳が哀しみの色を浮かべ、握り締めた拳に覚悟を込める。
「今すぐにとはいかないけれど、いつか、いつか必ず『同族狩り』を必要としない世界にしてみせる」
 誠実なラフィエルの覚悟にシンの心は複雑だった、果たして『同族狩り』を必要としない世界に自分が生きる場所があるのだろうかと。
 ラフィエル達を除く他の天使からは忌み嫌われ、恐れられている自分にはそんな世界を生きる資格は無い。
「ラフィエル、『同族狩り』が必要ではない世界に『同族狩り』である俺は要らないだろう。無理はするな、俺は天使の命を奪う為に生まれた天使だ」
「シン!?どうしてそんな事を!君だって僕達と何も変わらない、同じ天使だよ」
この目の前で笑う綺麗な天使と自分が同じ生き物?違う、今までどれだけの罪を犯した天使を狩って来た自分とラフィエルが同じとは思えない。
「シン!」
「セフィ!?どうしたの?」
 2人の目線が絡み合い言葉に出せない気持ちがもどかしく感じていると、背後でセラフィスが鬼気迫りながら2人の元に倒れ込んだ。
 異変を察した2人が素早く動き、ラフィエルがセラフィス傍らに座り具合を確かめる。
「腕が・・・」
「何処にいる?」
「大樹の下で・・・今皆が結界を・・・」
 ラフィエルが顔を顰め腕に付けられ、白い砂を零す切り傷に手を当て怪我を癒す。
 セラフィスが呼吸を乱しながら、なんとか声を絞り出しシンが頷いて、空に向かって翼を広げ天を駆ける。
「後は任せる」
「シン気を付けて・・・」
 不安げな声でシンの背を見送り、セラフィスの怪我の治療に専念した。

『シン・・・嫌な気配ね』
「ああ」
 雲など存在しない澄み切った空を純白の翼を広げ、何処までも広がる空を駆けていくのが好きだった。
 この空と溶けている間だけは『同族狩り』として、存在しなくても好い気がするからだ。
「あそこか」
 緑に満たされた明るい大地に似つかわしくない澱んだ空気が、シンの視界に入り大地へ降り立つ。
「ああ、きょ、狂天使が・・・」
「どうか、どうか慈悲を」
「シン、今結界を張ったよ」
 数人の天使達がラピスを携えたシンに駆け寄る、その中にいた馴染みの天使がシンを呼ぶ。
「分った」
「気を付けて、1人喰われてしまって・・・」
 濃い琥珀色の瞳をした天使が薄く半透明な膜を張った所を指す、その内で狂った天使が罪を犯しているのだろう。
「シン・・・」
 黙って結界を見据え静かに中へと入るシンを心配げに見送り、同族を狩らねばならない友の身を案じた。

 結界の中心部で天界最大の禁忌が行われていた、最も罪が重くそして最も自分の欲望に従った結果が・・・。
『共食い・・・何時見ても嫌な光景ね』
 天使が天使を喰らう、天使を喰う天使を狂天使と呼び狂天使を狩る事が出来る唯一の存在を『同族狩り』と呼ぶ。
 眩しく光溢れるこの世界にだって、闇の部分は存在する。
「ああ、止まらない。止まらない、私はどうして」
 純白の翼が盛大に散り涙を流しながら、横たわる天使の羽根を引き千切りそれを口に含み飲み込む。
 横たわった天使の身体の半分が砂になり、既に事切れていた。
「止まらない、誰か・・・だれかぁぁ」
 自分の意思ではもうどうにもならない、身体が満ちるまで食事は続く。
「楽にしてやる」
 シンが狂天使の背後に立ちラピスを首筋に当て、その蒼い双眸で悲惨な光景を見据える。
「助けて・・・どうして」
 後ろを振り向きシンの服の裾を握り、助けを求め縋りながら幾度も同じ言葉を繰り返す。
「自分に呑み込まれたんだ。もう戻れはしない、目を閉じろ」
 狂天使が救済される手段は『同族狩り』に狩られる事、それは犯した罪を贖う罰でもあり唯一の救い。
「楽になりたい・・・喰いたい・・・終わりたくない・・・楽にして・・・喰いたい・・・嫌だ、嫌だ!喰いたい・・・」
 本能と理性が鬩ぎ合い、シンの服を掴む手に力が篭る、幾度も見て来た狂天使の末路。
「終わりだ、これで・・・もう喰わなくて済む」
 シンがラピスを構え振り下ろす、狩られる側の狂天使は涙を流しながら笑っていた。
「ありがとう・・・」
 最後の自我でシンに感謝の言葉を口にし、砂になり風と共に流れて消えて行った。
『お疲れ様』
 ラピスが労いの言葉を掛け結界が解かれ、待っていたラフィエル達が心配げに見ていた。
「シン」
「怪我とかはしていない?」
「お疲れ」
 それぞれがシンを労う、並んで自分を待つ友人達と自分の間に存在する、境界がはっきりとシンには見える。
「いつもと同じだ」
 それだけを言いその場を立ち去る、後に残された3人が各々シンの背を見送る、安全な場所にいる自分達に掛ける言葉が無かった。

『もうじき繋がるのね・・・』
 『同族狩り』を行った後、此処天界の果てで地界の王が造ってしまった境界を眺めるのが最近の習慣になっていた、最初は小さな点の闇が徐々に近付いて来る、その闇の空がこの壁と繋がる時が戦が始まる時。
「もうすぐ始まるのか」
 天界の果て・・・それは膜の様な頼りない壁で遮られた終わりの場所、滅多に誰も訪れない場所だが大戦が始まれば、天使と魔物が入り乱れる戦場と化す。
「始まるなら早く始まればいい・・・」
『シン!』
 その言葉に剣の姿から美しい純白の鳩の姿に転じたラピスが咎める、戦が
始まれば何が起こるか分らない、狂天使が増えてしまう可能性もある。
 狂天使とは天界に住む天使達の唯一の闇、光が在れば影もある彼らはその影の部分だった。
 何時どんな条件で発祥するか分らない天界唯一の病として、天使達はそれに怯えていた。
 始まってしまえば治す事など出来ない、本能の求めるまま同じ天使の身体を貪り喰らう、飢えが収まらずひたすら同胞を求め命を奪う・・・その狂天使を狩るのが『同族狩り』のシンとラピスであり2人は互いの為に存在している。
「多くの命が消える、誰も彼も死を側で感じるだろう・・・俺の様に」
『シン・・・私は如何なる時も貴方と共にいるわ。貴方の側で私も死を感じる』
「俺が消えたらどうする?ラピス」
『そうね・・・貴方と一緒に消えたい・・・とは言わないわ。貴方以外のパートナーを私は認めない。眠るわ永久に・・・この天界の流れが見える場所で・・・』
「・・・ありがとう」
 共に過酷な路を歩み始めてからの年月、滅多に聴く事が無いシンからの謝辞に、もし彼女に泣く事が出来たなら泣いていただろう、哀しみではなく喜びの感情として彼女は歓喜する。
『互いの存在が消えてしまうまで共に在りましょう』
 優しい声唯一シンと共に在る事が出来る存在、例えそれが他者の命を奪う武器であったとしても・・・。

「秦・・・シン?」
 会話の途中から黙り込んでしまった秦の名を洸紀が何度も呼び、ようやく現実に引き戻される。
「洸紀・・・か?」
「大丈夫?急に黙り込むから、具合でも悪い?」
 目の前のソファに座る洸紀の姿が、あの『白銀の魔物』の姿と重なる、似てなどはいないどちらにも共通点が無いが、確かに通じる部分はある。
「秦・・・?」
「呼ぶな!」
 白銀の長い髪と銀灰色の瞳の魔物が自分の名を呼ぶ、何処までも深く感情の読み取れない精巧な人形めいた顔が唇を静かに動かす。
「お前は・・・何故あの時・・・」
 あの全ての始まりの終わり・・・あの地界と天界との境で起きた出来事、あの時『白銀の魔物』が動きを止めなければ、どちらかは命を落としていたかもしれないが、こんな状態にならずには済んだ。
「秦、一体どうしたの?ラピス、秦が・・・」
 真の側に洸紀が駆け寄り秦の異変にラピスを呼ぶが、応えは返って来ず洸紀の焦りが募る。
「うわっ」
 腕を強く掴まれソファに引き倒され、視界が暗くなり秦の顔が真上に現われる。
「あの時何故お前は止まった?何がお前の動きを止めた?」
 洸紀の姿と『白銀の魔物』の姿が秦を惑わせる、洸紀の喉元に指を這わせ力を込める。
「秦、やめ・・・どうして」
 秦の腕に指を絡ませ引き剥がそうともがく、洸紀の目に映る秦の瞳の色は黒ではなく何処までも深い蒼い色をしていた。
「秦、瞳・・・蒼いね・・・きれい・・・地球の色だ」
 酸素が足りなくなり霞む視界の中でそっと秦の頬に触れる、その手の柔らかい感触に、指に込めていた力が抜ける。
「こう・・・き」
 『白銀の魔物』の姿が消え息苦しさに喘ぐ洸紀の姿が、秦を正気に戻し指を離す。
「ゴホッ・・・ゴホ、秦・・・僕は君を天に還す、だから大丈夫だよ」
 激しく咳込みながらそれでも秦に笑い掛ける、孤独な天使と元魔物の孤独な人間、今は互いしかいないのだから。
「すまない・・・俺は」
「いいよ、平気だから僕は・・・少し外に出て来る」
 その場を逃げるように去って行く洸紀に、秦は何も言えずその頼りない細い背を見送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界異話 天使降臨

yahimoti
ファンタジー
空から天使が降って来た。 落ちたんだよ。転生かと思ったらいきなりゲームの世界「ロストヒストリーワールド」の設定をもとにしたような剣と魔法の世界にね。 それも面白がってちょっとだけ設定してみたキャラメイクのせいで天使族って。こんなのどうすんの?なんの目的もなければ何をしていいかわからないまま、巻き込まれるままにストーリーは進んでいく。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...