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地界で玉座に座り悠然と遥か遠い世界を見据えていた王の表情が僅かに変わり、始めてその玉座から身を離す。
「冥王の介入で先が変わった・・・」
「王!」
 傍らにいたケルベロスの表情もまた変わる、王の見据えた未来が変わろうとしている事に驚愕する。
「かの少年がロットを屠り、他者の命を奪う事で完全なる覚醒を遂げる筈が、冥王の助力により過ぎた時を呼び戻す事で真の覚醒の時が遠退いた・・・」
 黄金の瞳を瞬かせ古き友の出現に想いを馳せる、約束を叶える為にこの世界に還ってくる未来を王は視ていた。
 未来が変わり王の瞳の先には闇しか見えない、路が外れ洸紀が自力で未来を切り開こうとしている。
「・・・何故この世界を拒む?何故私を拒む?私の望みを叶えると誓ってくれた。なのに何故かの少年に未来を委ねた?」
 哀しげに宙に手を伸ばす、その先には誰もいない、待ち続けた相手はその手を取らず、代わりに王の手を取ったのは・・・常に王の傍らにいたケルベロスだった。
「ケルベロス・・・」
「王、私がいます。必ず、必ずあの方を連れ戻します。あの方の生きる世界は此処しかないのですから」
 王の手に恭しく口付け跪く、全ては王の為にとケルベロスの灰色の瞳が鈍く輝いた。
 王の視線の先は遥か遠く、王が求めた未来とは別の未来を選んだ友の姿を見ていた・・・。

「セラフィス・・・シンが戻らねば、お前が次の『同族狩り』だ」
 天界の支配者が在る天界の城の中枢でセラフィスは、苦手な人物達と対峙していた。
 何処も彼処も白で造られた眩いばかりの天界を支配する王が2人、セラフィスに秦が天へ戻るように求めていた。
「はい・・・」
 セラフィスの返事は重く、いつも此処に来ると息苦しさを感じてしまう。
「秦が中央界へ堕ちた後に産まれた狂天使達は皆、檻の中で凍結させているが・・・」
「それも最早時間の問題、生かせておく時間が長ければ長いほど狂天使の力は増すばかり」
秦がいなければ狂天使達即ち元同胞達が狩られずに済む、でもこのままにしておける筈もない。 
「分っています」
 早く中央界に戻ってこの息苦しい場所から離れたい、何時からかセラフィスにとってこの天界が居心地が悪い場所になってしまったのか、美しいだけの空っぽな世界、大切な友人達がいた頃は輝きに満ちていた自分の在るべき場所。
「ならば、お前のやるべき事は既に決まっている」
「使命を果たせ、在るべき本来の天に戻す為に」
 2人の王が同時に手を翳し、何も無い空間から一本のナイフが現われる、セラフィスがそれを手にし、何人たりともその温もりを拒む冷えた感触に身震いをしてしまった。
「討つべきは」
「分っているな」
 白い刃は秦の相棒のラピスを連想させ、すうとセラフィスの手の中で消えてしまった。
「・・・失礼します」
 深々と礼をしその場を退出する、兎に角今はラフィエル達に会いたくて堪らなかった。
 洸紀の何処か寂しげなけれど強さを感じる笑顔、ラフィエルの何処までも自分を受け入れてくれる心の深さ、秦の無愛想だが誰よりも仲間を想う気持ち、どれもが羨ましさを感じ自分には無いものを持つ彼らに会いたくて仕方がなかった。
「みんな・・・ごめん、俺は・・・」
 孤独を独りを嫌うセラフィスが選ぼうとしている未来に、果たして誰もが望む幸福な結末が待っているのだろうか・・・。

「・・・始めまして。もし貴方に会う事が出来る時が来たら、最初に何て言おうかずっと考えていました」
 無限に広がる闇の空と大地、此処が今目の前にいる『白銀の魔物』が本来居るべき筈の地界なのだろう。
 彼の記憶の中の世界、今洸紀達は自分の内に存在する精神世界で対峙していた。
「お前はこの世界をどう思う?」
「冷たくて暗い・・・です」
 白銀の髪が揺れ銀灰色の瞳が遥か彼方まで広がる空を眺める、乾いた大地生命を生み出そうとはしない環境に洸紀の心が痛む。
 この世界がやがて自分が帰るべき場所ならば余りにも、この光景は寂しすぎる。
「そうか・・・だが、あの方の温もりを感じる。お前は感じないのか?」
 白く長い手を空へ『白銀の魔物』が翳し、地界の生命を感じそれを洸紀にも伝える。
「あ・・・」
 『白銀の魔物』を介して自分に流れ込んで来る、冷たいが確かにこの世界を思う王の気持ちが洸紀を満たしていく。
「お前は此処で見ていると良い。お前が望んだ事だ、私が行く」
 『白銀の魔物』と洸紀の視線が交わり洸紀が静かに頷く、この状況を打破出来るのは目の前にいる彼にしか出来ないからだ。
 『白銀の魔物』の姿が淡くなり消えていく、それを見つめながらこの暗く冷たくも居心地の悪くは無い過去の地界で静かに洸紀は待った。
 『白銀の魔物』が秦達を救ってくれるのを、同胞を討つ時を・・・。

「ロット」
「よう、久しぶりじゃねえか」
 球体を風で吹き飛ばし黒い水飛沫を上げ現われたのは、洸紀では無く『白銀の魔物』だった。
「な!」
「まさか!?」 
 秦とラフィエルが驚愕し、ロットがゆっくりと振り返り凶悪な笑みを浮べた。
「冥王の助力だ。彼の助けが無ければ此処に私はいない」
 クロードを呼び出し構えながら雄大の方へと移動し、その小さな身体を風でラフィエルの元へ運んだ。
「その子を頼む」
 灰金色の瞳を瞬かせラフィエルに目線を送り、ラフィエルが頷いて雄大の身体を調べる。
「洸紀はどうしている?」
 乱れた呼吸を整え『白銀の魔物』を秦が睨み付ける、表情の読めない顔で『白銀の魔物』が秦の傍らに立つ。
「見ている、私の内で」
「そうか」
生きているしっかりと存在しているならばいい、兎に角今は目の前の魔物を屠る事だけに意識を集中させた。
「魔物と天使が手を組む、最悪な裏切りだなあー」
 心底楽しげに秦と『白銀の魔物』の姿を嘲笑う、ロットが背を撓らせ翼を『白銀の魔物』に向ける。
「ロット、地界へ戻れ。此処はお前がいるべき世界ではない」
「ああ!帰ってやるよ!テメェをやって天使どもを食い殺したらなぁ!!」
 『白銀の魔物』がクロードで翼を受け止め、風の力でロットを弾き飛ばし秦が蒼い炎でロットを追い詰める。
「フン、お前弱くなったなあ」 
 吹き飛ば去れたロットが壁を使いその勢いで『白銀の魔物』に襲い掛かり、翼で秦を弾き飛ばし距離を取らせ、『白銀の魔物』の首を掴み上げる。
「あーはは!マジよえぇ」
「それがお前の強さか・・・」
 特に苦しげな表情を浮べもせず、クロードを手から離しそのまま『白銀の魔物』を掴み上げていた残りの腕に突き立てた。
「ぐああ!てめ」
「終わりだロット、眠れ永久に」
「ふざけるなああっ!!!」
 黒い水がロットの周辺に広がり両腕から流れる黒い血を吸収し、生き物の様に蠢く。
「道連れにしてやるよ!何もかも!」
 狂気を含んだ笑い声、『白銀の魔物』や秦達の足元を呑み込んでいこうとする。
「2人とも!?」
 ラフィエルが雄大を抱え、秦が黒い水を蒸発させようと炎を最大限に増幅させるが水は勢いを衰えず3人を呑み込もうとしていた。
「憐れだな・・・私もか・・・」
 白銀の睫に縁取られた瞳を閉じ、クロードでロットの首を刎ね飛ばす、首と両腕の無い身体がゆっくりと自ら生み出した黒い水の中へと倒れ込む。
「終わったのかな」
 雄大を抱えて立ち上がり秦の側に駆け寄り、受けた腕の傷を癒しながら、『白銀の魔物』から目が離せない。
「そうだな、あいつに助けられたな」
 秦と『白銀の魔物』の視線が絡む、『白銀の魔物』がクロードを空間に消し、辛うじてまだ息のあるロットの首を拾い上げた。
「クソ・・・お前だけは俺がやりたかったぜ・・・あの時も本気出してれば、天使共に簡単にはやられはしなかっただろうよ・・・」
 身体の方は既に灰となり、最早ロットの時間は残り僅かと言うにも関わらず、最後まで皮肉な言葉を残す。
「ロット、敗者には終わりしかない。私もまた過去の者・・・あれが私の終わり・・・」
「ああ・・・そう、だな・・・。お前はもういない・・・俺ももう消える・・・」
 口元に笑みを浮かべ徐々に顔が灰になり、やがて『白銀の魔物』の手には何も残らなかった。
「ん・・・」
「目が覚めたのかい?痛い所は無いかな?」
 ラフィエルの腕の中で目を覚ました雄大に、ホッとし地面に優しく降ろす。
「ううん。此処どこ?」
 見えない目が辺りを探る、見知らぬ人の気配に雄大が怯えている。
「あ・・・お兄ちゃんは?」
「洸紀の事か?」
 秦が雄大に訪ね静かに頷く、何時の間にか2人の背後に立っていた『白銀の魔物が雄大の傍らに立ち、雄大の杖をそっと握らせた。
「お兄ちゃん?ありがとう・・・手冷たいね?寒いの?」
 『白銀の魔物』は何も言わず雄大を見つめていた、雄大は洸紀だと思い込みその手をそっと握る。
「僕が温めてあげる、お母さんも寒いとこうしてくれるんだよ」
 秦とラフィエルが息を呑み、『白銀の魔物』の目が見開かれる、温かい小さな温もりが体温の無い彼の手を温めていく。
「温かい・・・」
 小さな声で『白銀の魔物』が呟き、空いている片方の手を雄大の手に当てる。
「何を!」
「待て」 
 驚いたラフィエルが止めに入ろうとしたが、秦がそれを制止させ行く末を見守る。
「お兄ちゃん?」
 雄大が小首を傾げつつじっとしている、『白銀の魔物』が小さく囁き周辺に風が流れる。
「まさか・・・」
 温かい癒しの風が『白銀の魔物』の手に集まりやがて、手を離すと雄大の目に徐々に輝きが生まれる。
「あ・・・あれ」
 手を離した『白銀の魔物』が雄大から距離を取り、徐々に姿が薄らいでいく。
「待て、聞きたい事がある」
 薄れ行く彼を呼び止めた秦が、今迄ずっと訪ねたかった事を聞く。
「どうして、あの時動きを止めた?止めさえしなければ・・・」
 その先に続く言葉は、『白銀の魔物』の寂しげな笑みを見て呑み込んでしまう。
「私はもういない・・・行く末は彼の少年に委ねる・・・。過ぎてしまった時は戻らない、知った所で何も変わらない・・・」
 そして静かに『白銀の魔物』は消え、洸紀の姿へと戻る。
「見えてる・・・お兄ちゃん僕目見えてる!?」
 洸紀の側で雄大が興奮しはしゃぎ回る、洸紀が笑みを浮かべ秦達が驚きの色を隠せない。
「魔物が・・・人を癒す・・・」
「そうだな・・・これが奇跡なんだろう」
「良かったね・・・雄大君」
 光を手に入れた雄大が始めて見た洸紀の表情は、寂しげな笑みだった。
「お兄ちゃん・・・」
 洸紀を呼びながらふっと雄大の意識が遠退く、雄大を眠らせたのは秦だった。
「ありがとう、秦」
「俺達はお前に助けられた・・・」
 雄大の身体を抱き上げ外へと促す、明るい陽の光りの余りの眩しさに目を閉じる。
「大丈夫かい?洸紀君」
「はい」
「それなら良いけど・・・雄大君の事だけどいきなり目が見える様になったら周りが驚くから、余りやりたくはないけど記憶の改竄をするしかないんだ」
「そうですね・・・」
 『白銀の魔物』が癒した雄大の瞳、心の底から秦達を救ってくれた事と共に感謝しても仕切れない。
「それで、洸紀君・・・記憶の改竄はとても難しいんだ。雄大君が君と出会った記憶も失われるかもしれない」
 その言葉に洸紀の目が見開かれそして静かに頷く、忘れられてしまうのにはもう慣れた、寂しいけれどそれが雄大の為ならと笑顔で受け入れる。
「ラフィエルさん、僕は大丈夫です。雄大君の目が見える様になって嬉しいから・・・『白銀の魔物』に感謝しないと」
 笑みが自然と浮かぶ洸紀を見つめ、ラフィエルは洸紀が徐々に成長しているのを感じる、これからも洸紀はこんな笑みを浮べながら様々な事を諦めていくのかと思うと罪悪感が募る。
「早く行こう」
 軽い足取りで洸紀が秦達の前を歩く、表情の伺えない秦もまた洸紀を見ている、洸紀の在るべき場所を奪い、大切な人達の記憶からも洸紀を消し、そして今もまた小さな友人から思い出を奪おうとしている、酷な事をしている自覚はラフィエルにもある、けれど・・・もう随分長い時を待ち続けた、『白銀の魔物』が転生するのを、気が遠くなるほどの歳月を・・・間も無く訪れるであろう終わりに2人が傷つかない結末を願う・・・。

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