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第一章

第五話 魔王城にて、フランシスカ登場

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 朝、尻を叩かれた割には軽快な寝起き。朝日が部屋に入って、普段より早く起きれた気がする。
 クラウディアを探す。彼女はベッドに寄り掛かって寝ていた。
 う~ん、布団の一枚ぐらい恵んでもよかったかな?
 今更ではあるが布団を体にかぶせる。
 それで逆にクラウディアが起きてしまった。

「あ……別に起こすつもりはなかった」
「いえ、いいです。それより早く帰して下さい」
 流石に寝起きの顔で母の前には出られない。
「ついてこい」と言って魔王城の中を二人で歩いていく。
 洗面所で顔を洗って、手洗いも済ます。それから母の部屋に向かう。
 母の居室は俺の部屋より下層に存在する。階段を下りて、でかくて荘厳な扉の前で深呼吸する。
 母の前で粗相をしてはならない。尻叩きだけではない。頬を容赦なく引っぱたくだろう。これほどの緊張感は中々味わえないし、味わいたくない。
 それはクラウディアも同様だ。昨日一度味わったとはいえ、念押し、確認してくぎを刺す。

「いいか、あの鬼母を絶対に刺激するなよ? 絶対の絶対だからな?」
 クラウディアもその言葉に頷いている。
 そこまで念押しをしてから扉をノックする。
 返事があるまで待つ。緊張の一瞬だ。
 ……ありゃ? 反応がない? クラウディアに対して首をかしげる。もう一度、今度は少し強くたたく。

「シヲウルお母さま! カテイナです。
 ……あの? お母さま?」
 待っても扉が開く気配がない。
 ここは慎重な判断を下さなければならない。
 勝手に扉を開けてはならない。
 まさか……まだ寝ている!? た、直ちに撤退しよう! あの鬼母の睡眠を妨害する……万死に値する! 魔王城の前で公開尻叩きの刑に処されてしまう。
 大慌てで回れ右をして、クラウディアを連れて扉の前から撤退する。階段の登り口から扉を観察する。良かった。開く気配はない。
 ほっと胸をなでおろす。

「ねぇ、どうしたの?」
「お前にはわからないだろうが、今鬼母はねている。お前に起こせるなら別だが……ねおきの鬼母のレベルはけた違いだぞ?」
 クラウディアが自身の両腕をつかんで身震いしている。鬼母のことは身をもって知っている。あの酷さがけた違いになるってことはクラウディアならショック死すらあり得る。

「も、もう少し待ちましょう。ね? 私、一、二時間ぐらいなら待てますから」
「当然だな」
 二人でため息ついて俺の部屋に戻ろうとする。
 かつかつとこちらに向かってくる足音が聞こえた。二人で飛び上がる。

「え? 誰かこっちに来る?」
「まて、あせるな。この足音なら……フランシスカか?」
「誰ですか? その人は?」
「魔王城の女メイドだ。城の最上部のこのエリアには、あいつしか入れない」
 クラウディアが警戒する顔になる。……魔王城の最深部に行き来できる、俺からしたらその程度なのだが、人間は違うのか?
 確かに人間の国なら最深部を守るのは最上級兵だろう。その国最強の屈強な兵士がいると言うのは理解できるが……う~ん、魔王は違う。

 そもそも自分自身が最強、護衛兵なんかいらないのだ。もし、この最上部エリアに要求されるものがあるとしたら、第一に魔王を怒らせない丁寧さと第二に癇癪に耐えうる耐久力であろう。
 人間の兵士に要求されるような攻撃力は持たなくていい。
 フランシスカはたまたまその能力を有し、かつ、俺が考えただけでも奇特な……異常と言っていい、シヲウルに仕えるという決断をした人物だ。
 銀髪が見えた。相変わらず腰まで届く長い髪をしている。迷いなく俺の元に歩いてくる。

「カテイナ様、お加減はいかがでしょうか?」
 フランシスカが低頭して俺の調子を聞いてくる。

「フランシスカ、いいわけないだろう? 最悪だぞ。あの鬼母に尻を叩かれたんだぞ?」
 クラウディアが“どういう関係か?”と、いまだ警戒した形で俺とフランシスカを見比べている。

「カテイナ様、ご生母さまに鬼母などと言ってはいけません。シヲウル様はほかの人よりほんの少し苛烈なだけです。それにカテイナ様は次の魔王になられるお方、立派な魔王にするためにも厳しくされているのでしょう」
 フランシスカはわかってない。あれはただのストレス発散だ。絶対、かけてもいい。「ほんとにそうか?」と腕組みして尋ねれば、笑顔で「そうですとも」と答える。
 こいつのこのシヲウルに対する妄信的な許容力はどこから来るのだろう?

「か、カテイナ君? あの……フランシスカさんを――」
 クラウディアだ。そしてフランシスカの視線が一瞬だけクラウディアを向く。
 “黙れ”と眼光だけで威圧したのがわかる。フランシスカがため息をつく。

「カテイナ様、残念ながら今回の件に関しては、私も憤っております。
 なぜ、この女を連れ込んだのですか? 
 これは次期魔界王の座に吸い寄せられた“羽虫”にすぎません。
 カテイナ様も男です。女を侍らしたいという気持ちがあるのは理解できます。例え自室を女で飾っても、このフランシスカ、何も言いません。
 ですが、ひとこと言わせてください。せめて品定めを! この程度の“蛾”ならはいて捨てるほど――」
 クラウディアが我慢できなかったようだ。言葉の途中でフランシスカを思いっきり引っぱたいた。俺の手の平もジンジンする。というか痛い。それだけの力で頬を張った。

 攻撃を受けてフランシスカが笑っている。正当防衛を盾にとってクラウディアを倒すつもりだ。
 これは非常にまずい。フランシスカは魔王の癇癪に耐えるタフネスを持っている。そしてそれは強固なフレームと柔軟極まるボディによって支えられている。
 何が言いたいかというと、その体を構成するのに必要な最低限度の筋力というものがある。その最低限度は人間をはるかに超えている。
 魔王城最深部に入るのに攻撃力はいらないが、兼ね備えた防御力を支えるための最低限の腕力が人間なんかお話にならないレベルになっているのだ。

「カテイナ様、十分ほどお待ちください。この“雌ゴキブリ”を始末します」
 フランシスカを止めないといけないのだが……“雌ゴキブリ”と揶揄されてキレた女の顔が怖い。母のせいでトラウマになった。触らぬ神に祟りなしである。女同士の諍いの渦に飛び込むほど俺はおろかではないのだ。
 それにクラウディアが悪いわけじゃない。少しだけ、これでガス抜きさせよう。クラウディアが身をかがめて臨戦態勢、フランシスカは普通に突っ立っているだけだ。
 瞬時にクラウディアがハイキックをフランシスカの顔面に決める。フランシスカはよろけもしない。息も切らさぬ連続攻撃も棒立ちですべてを受けて無傷……、力の差は歴然だ。
 フランシスカは笑顔のままだ。あの華奢な体のどこにドラゴンのような体力を有しているのか想像もつかない。

 フランシスカの作戦は簡単だ。魔界一の耐久力で相手の攻勢が落ちるのを待つ。徹底的に何もしないで待つ。素手のクラウディアではフランシスカの体力に手も足も出ないだろう。
 十分と言ったうちの九分五十秒まで相手に攻撃させて残り十秒で反撃するのだろう。
 それをみこしてクラウディアの体力切れを待つ。息切れしたら仲裁すればいい。
 ちょっと待てば、ほら、クラウディアの息遣いが一気に荒くなった。

「クラウディア、もう止めろ。俺の命令だぞ」
 顔を真っ赤にしたクラウディアが振り向く。
 その顔に赤くはれた俺の手を示す。コネクトペインのせいで俺はお前の二倍痛いのだ。
 隙をつくが如くフランシスカが間合いを詰める。無造作に手を伸ばしてのどを締め上げるつもりだろう。

「フランシスカ、止まれ! 俺の命令だ!」
 そして、フランシスカは止まらなかった。「ほんの一分、命令無視をお許しください」とクラウディアの腕をとらえる。ほぼ同時に俺の口から情けない絶叫が飛び出した。クラウディアが捕まれたところを抑えて俺が転げまわる。あまりの事態にフランシスカが慌てて俺を支えた。

「馬鹿! フランシスカの馬鹿! 止まれって言っただろ! 俺を殺す気か!!」
 フランシスカは目を白黒させている。クラウディアが受けた以上のダメージが俺の腕にあざとなって表れている。俺は半泣きでフランシスカを叩く。クラウディアはクラウディアでつかまれたところを歯を食いしばって耐えていた。
 ようやく、落ち着くことができて、クラウディアの事情が説明できた時、フランシスカは蒼白になっていた。

「も、申し訳ありません。か、カテイナ様、事情を知らず。とんだ見当違いを犯してしまいました。どうか気のすむまで、フランシスカに罰をお与えください」
「もういい! フランシスカ、今度、俺が言った命令は、絶対だからな! 二度と逆らうな! 痛かったんだからな!」
 俺の本気の言葉にただ低頭するだけのフランシスカ……クラウディアは廊下の隅に座っていじけている。
 もうこんなことは二度とごめんだ。さっさとクラウディアをオリギナに返してしまおう。

「フランシスカ、絶対にうんと言えよ。今から母様を起こしてこい! 命令だ!」
 恐る恐るフランシスカが顔を上げた。
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