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第二章 人間の国で
第十三話 狼、襲来
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遅い! この俺が、次期魔界王のこの俺がよだれを垂らして待っているのに! クラウディアの奴、帰ってくる気配がない!
窓の外を見ろ! 星が瞬いている。手紙を出すだけでいったいどれだけかかっているのだ!
あのくそバカ女! この怒りはスープ三杯では収まらない、五杯はいくだろう。それでスープがなくなっても、クラウディアのせいだ!
せっかく温めたスープが冷えると言うのを三回は繰り返している。もうクラウディアが帰ってきてから温めるのを決めた。
ようやく扉がガサゴソしている。公舎の共同食堂は一階でアクセスしやすいように中庭に接している。夜も遅くで俺のほかには誰もいない。つまりここに来るとしたらクラウディアだけだ。
迷いなく扉を開ける。そして閉じた。迷わず部屋の隅の窓にダッシュする。窓から中庭を見れば、白いオオカミがいる。
い、いつの間にウルフキングが来たんだ? ダメだ。逃げられない! あいつの追跡能力は魔界一! そして魔法が使えないなら相手にできるわけがない!
明らかに手で無いもので扉がギシギシ音を立てている。
「待って、今、私が開けるから」
クラウディアの声が聞こえた。声と一緒に扉のきしむ音がやむ。ガチャリとドアノブをひねって登場したのはクラウディアだ。そして続いてウルフキングの頭が扉から入ってくる。
思いっきり警戒してテーブルに隠れる。しかしすべてが無意味、ウルフキングに居場所をつかまれた以上、叩きのめす以外の逃走方法はない。そしてそれは不可能だ。
恐怖の視線でウルフキングを見ている脇で、平然とクラウディアが流し台の前に立つ。迷いなく食堂の包丁を取り出すと、鶏肉をさばいて、スープに投下している。そして鍋を温め始めた。
しばらくスープを見ていたが、俺を手招きして椅子に座る。
「カテイナちゃん、椅子に座って」
「お、お前はウルフキングが来ているのに!」
「うん、そのお話をしようか」
こ、この女どんな神経していやがる! ウルフキングの目の前でのんびりと会話なんてできるものか! 目も頭も腐ってんじゃないだろうな!?
クラウディアは一向に座らない俺を待てなくなったのか勝手に話しだした。
「ウルフキングと少し話したんだけど」
この女の頭は腐っている。確定した。ウルフキングはしゃべれない。みりゃわかるだろう?
「カテイナちゃんを魔王城に連れ帰るって」
そんなこと、わかっておるわっ! 視線をウルフキングに向ければ、首を縦に振っている。
「なに?」
思わず声に漏れてしまう。クラウディアがそんな俺に相槌を打った。
「そうそう、私もびっくりしたんだけど、しゃべれないだけで、会話はわかるのよね」
驚愕することにウルフキングがさらに深く頷く。俺は開いた口が塞がらない。……だってお前、俺の言うことひとっつも聴かなかったじゃないか。
「カテイナちゃん、あまりウルフキングを馬鹿にしちゃだめだよ? 彼は変な命令をきくほど頭悪くないよ。
で、カテイナちゃんのことだけど。ここでお別れじゃダメかな?」
「なんだと?」
思わず声から怒気が漏れる。ウルフキングが怖くても、お前にそんなことを言われる筋合いはない。お前は俺に約束を守らせない気か?
ギリッと手に力が入る。つかんでいたテーブルの脚に手痕が残る。
「俺は、俺は約束を守るぞ。俺は“約束の守れない魔王”なんて言われたくない! なんでやぶらなくちゃいけないんだ!」
俺の自尊心が吠えている。男として、魔王として口に出したことは守るのだ。俺のプライドなんだ。ウルフキングとかお金とかお前如きに邪魔されたくない!
そこまで聞いて、ウルフキングが動いた。ドアがメリメリ言ってウルフキングの体を阻んでいるが、時間の問題だ。
「まって、あと少しだけ私に任せて、カテイナちゃんを説得するから」
「出来るものならやってみろ!」
ウルフキングはクラウディアの説得も、俺の言葉も聞く耳持たない。鼻先を抑えようとしたクラウディアを押しのける。顔を横に軽く振った。それだけの威力でクラウディアを壁に吹っ飛ばす。
クラウディアが驚いている。そりゃそうだ。本来、ウルフキングはシヲウル以外の命令をきかない。
握りこぶしを作って突撃する。扉に挟まっている今が最初で最後のチャンスだ。鼻先を狙ってパンチ――。
突き出した拳を噛まれた。瞬間的に引き抜かれる。この野郎! 挟まったふりをしていたのか!? そのまま、ウルフキングが食堂を出て、公舎を飛び出す。
「あっ!? 馬鹿っ!! 止まれ!!!」
もはやここに用はないぐらいの勢いで、都市を一直線に走り抜ける。都市の防壁すら一気に飛び越えた。もう、人目につこうが関係ない。
そして、飛び出した後は魔王城に向けて全力加速が始まる。ほとんど一瞬で加速して、シャッカのような速度で移動する。空中で景色が遠かったのとはわけが違う。
手を噛まれたまま地面をこするような高さなのだ。景色がかっとんでいく。体感速度であればシャッカをはるかに上回る。
そして、史上最悪はまだこれからと言わんばかりに、首が締まり始めた! 正確にはクラウディアの首が締まっているのが伝導しているんだろう。ウルフキングがシヲウルの設定した“多少なら離れても”を超えて移動しているのだ。
「げ、げぶっ、ま、て ウルフ、きんぐ とま れ、とま って」
か細くなった俺の声を無視して走り抜ける。
限界が近い。俺の右手も痛いし、首が締まる感覚でクラウディアが死にかけているのもわかる。
「お、おねが い、します。と、まって、く、くだ しゃい」
ほとんど虫の息、多分、クラウディアの首が限界以上にしまっている。俺はそれの二倍だ。このまま、意識を失ったら多分、死ぬ。クラウディアが倒れて魔法が解除されれば別だが、鬼母の魔法がそんな甘いレベルでないことは想像に難くない。
だめだ、意識が保てない。こ、こんな情けない死に方はしたくなかった。もう抵抗する力がわかない。
ウルフキングが急停止する。普段なら暴れるはずの俺が死にかけて戸惑ったのだ。
手を放してもらうが、動く体力がない。ウルフキングが俺を覗き込んでいるがどうしようもないのだ。
精一杯右手を伸ばす。声を出すことがもうできない。ウルフキングが鼻先に右手を乗せるので精いっぱいだ。
クラウディアがウルフキングが馬鹿でないと言った事実に賭けた。シヲウルの、あの鬼母の魔力を感じてくれれば原因がわかるはず。
再び、俺をくわえると来た道を駆けて戻る。
徐々にだが呼吸ができるようになる。た、助かった。
ドラフトの明かりが見えるところまで近づいてようやく安どの一呼吸。
「ぜっ、っは、は、はは。すぅう、はぁ~。
あの鬼母めっ! 俺を殺す気か! 後、お前もだ! ウルフキング!
俺は止まれと、何度も言ったはずだぞ!」
ウルフキングは無言でこちらを見ている。くそっ、こいつ、やっぱり何を考えているかわからない! 仕方ないから、俺とクラウディアの関係を説明する。コネクトペインのこと、クラウディアと俺の目的のこと。だから、魔王城には帰れないと言うことを告げる。
「いいか、俺があいつをオリギナに届けるまで、邪魔するんじゃないぞ!」
ウルフキングが鼻を鳴らした。目の前から瞬時に移動する。俺が振り返った先でドラフトに向けて駆けて行った。
……あいつはやっぱり馬鹿だ。多分、クラウディアを連れてくる気だ。あの野郎、俺のプライドより、鬼母の命令を優先しやがった! 人の思いも理解できないならやっぱりあいつはただの獣だ。たとえ言葉を理解しようと断じて同じモノではない!
しばらくして白いオオカミが戻ってきた。案の定、クラウディアをくわえている。
女は「……やだ、ヤダ……」と言って泣いている。この状況を最悪と言わずして何と言おう。
「ウルフキング、一度しか言わないからよく聞け。今すぐ、お前一人で魔王城に帰れ! 俺はこいつをオリギナに届けて、母が戻る前に帰る!」
ウルフキングが鼻先で笑った。どんな奴であれ、馬鹿にされたのだけはわかる。……ならばもういい。例え右手が落ちようとも、魔力を全開にする。如何にウルフキングが強敵と言えど、全魔力の一撃が当たれば倒せる!
勝負は一瞬だ。ウルフキングの移動速度を考えれば、外れる可能性が高い。油断しているこの瞬間に当てる。
歯を食いしばる。右手の痛みに備える。相手を見逃さないように視線を集中する。反動に備えて足を広げて……。
ウルフキングが跳ね飛んで距離を取った。クソッ、そんなに離れたら命中率がぐっと下がる。多分当たらない!
「クラウディア! 立てよ! 手伝え! あいつを追っ払うぞ!!」
クラウディアが半べそ状態で立ち上がる。懐から銀貨を取り出した。合計十六枚、俺の見ている目の前で魔力を込める。一気に十一枚、六芒星と五芒星の頂点を描くように空中に舞いあげた。
特性の異なる二重結界を張る。いまさら防御壁を張ったところで焼け石に水なのだが……、まあいい。ウルフキングが警戒してさらに距離を取った。
「あいつが、内側の結界を踏んだら外側と内側の結界が同時に作動するよ。体を浮き上がらせるから、動きが止まるはず」
「わかった」
その一瞬が勝負だ。魔力を体の中で高める。このリストバンドは魔力を体の外に漏らしさえしなければ絶対に反応しない。体の中という感知させない方法で魔力を集中する。
ウルフキングから笑みが消える。目を細めている。オオカミが姿勢を低くして、周りをゆっくりと回る。
こちらの隙を探しているのだ。
クラウディアが残りの銀貨に魔力を込める。指先を噛んで血を少しつけて、銀貨を核にして魔力を染み込ませている。
こんな時だが、すげぇと思った。絵本で読んだ魔法剣を銀貨に応用したものだ。なるほど聖剣だろうが銀貨だろうが金属は金属、剣でできるなら銀貨だってできるだろう。
クラウディアも攻撃態勢を整えた。キッとウルフキングをにらむ。
ウルフキングとのにらみ合いが続く。しかし、しびれを切らせたのかオオカミが間合いを詰め始めた。
ゆっくりと回りながら、だんだんとオオカミが一歩一歩距離を詰めてくる。
この緊張感に負けて、先に動けば確実な敗北が待っている。クラウディアも相手への攻撃タイミングを待っている。
俺が動けるのはあいつが結界を踏み込んで体が浮いた一瞬のみ。クラウディアも同じだ。その体が浮いた一瞬の隙をできうる限りの一撃で引き延ばす。残りの五枚の生活費が欠片も残さず吹き飛ぶが仕方ない。これ以外に魔法の同時五発撃ちなんて超高等テクはできないのだ。
目端でとらえたクラウディアは手が白くなるほど強く銀貨を握っている。この女の緊張具合を如実に示しているが、オリギナ皇族親衛隊は大したものだ。戦略的に待つことができる。俺はこれで少しだけ落ち着くことができた。勝機が見える。
あいつが結界を踏み込めば、確実に打ち抜ける。さあ、来てみろ!
窓の外を見ろ! 星が瞬いている。手紙を出すだけでいったいどれだけかかっているのだ!
あのくそバカ女! この怒りはスープ三杯では収まらない、五杯はいくだろう。それでスープがなくなっても、クラウディアのせいだ!
せっかく温めたスープが冷えると言うのを三回は繰り返している。もうクラウディアが帰ってきてから温めるのを決めた。
ようやく扉がガサゴソしている。公舎の共同食堂は一階でアクセスしやすいように中庭に接している。夜も遅くで俺のほかには誰もいない。つまりここに来るとしたらクラウディアだけだ。
迷いなく扉を開ける。そして閉じた。迷わず部屋の隅の窓にダッシュする。窓から中庭を見れば、白いオオカミがいる。
い、いつの間にウルフキングが来たんだ? ダメだ。逃げられない! あいつの追跡能力は魔界一! そして魔法が使えないなら相手にできるわけがない!
明らかに手で無いもので扉がギシギシ音を立てている。
「待って、今、私が開けるから」
クラウディアの声が聞こえた。声と一緒に扉のきしむ音がやむ。ガチャリとドアノブをひねって登場したのはクラウディアだ。そして続いてウルフキングの頭が扉から入ってくる。
思いっきり警戒してテーブルに隠れる。しかしすべてが無意味、ウルフキングに居場所をつかまれた以上、叩きのめす以外の逃走方法はない。そしてそれは不可能だ。
恐怖の視線でウルフキングを見ている脇で、平然とクラウディアが流し台の前に立つ。迷いなく食堂の包丁を取り出すと、鶏肉をさばいて、スープに投下している。そして鍋を温め始めた。
しばらくスープを見ていたが、俺を手招きして椅子に座る。
「カテイナちゃん、椅子に座って」
「お、お前はウルフキングが来ているのに!」
「うん、そのお話をしようか」
こ、この女どんな神経していやがる! ウルフキングの目の前でのんびりと会話なんてできるものか! 目も頭も腐ってんじゃないだろうな!?
クラウディアは一向に座らない俺を待てなくなったのか勝手に話しだした。
「ウルフキングと少し話したんだけど」
この女の頭は腐っている。確定した。ウルフキングはしゃべれない。みりゃわかるだろう?
「カテイナちゃんを魔王城に連れ帰るって」
そんなこと、わかっておるわっ! 視線をウルフキングに向ければ、首を縦に振っている。
「なに?」
思わず声に漏れてしまう。クラウディアがそんな俺に相槌を打った。
「そうそう、私もびっくりしたんだけど、しゃべれないだけで、会話はわかるのよね」
驚愕することにウルフキングがさらに深く頷く。俺は開いた口が塞がらない。……だってお前、俺の言うことひとっつも聴かなかったじゃないか。
「カテイナちゃん、あまりウルフキングを馬鹿にしちゃだめだよ? 彼は変な命令をきくほど頭悪くないよ。
で、カテイナちゃんのことだけど。ここでお別れじゃダメかな?」
「なんだと?」
思わず声から怒気が漏れる。ウルフキングが怖くても、お前にそんなことを言われる筋合いはない。お前は俺に約束を守らせない気か?
ギリッと手に力が入る。つかんでいたテーブルの脚に手痕が残る。
「俺は、俺は約束を守るぞ。俺は“約束の守れない魔王”なんて言われたくない! なんでやぶらなくちゃいけないんだ!」
俺の自尊心が吠えている。男として、魔王として口に出したことは守るのだ。俺のプライドなんだ。ウルフキングとかお金とかお前如きに邪魔されたくない!
そこまで聞いて、ウルフキングが動いた。ドアがメリメリ言ってウルフキングの体を阻んでいるが、時間の問題だ。
「まって、あと少しだけ私に任せて、カテイナちゃんを説得するから」
「出来るものならやってみろ!」
ウルフキングはクラウディアの説得も、俺の言葉も聞く耳持たない。鼻先を抑えようとしたクラウディアを押しのける。顔を横に軽く振った。それだけの威力でクラウディアを壁に吹っ飛ばす。
クラウディアが驚いている。そりゃそうだ。本来、ウルフキングはシヲウル以外の命令をきかない。
握りこぶしを作って突撃する。扉に挟まっている今が最初で最後のチャンスだ。鼻先を狙ってパンチ――。
突き出した拳を噛まれた。瞬間的に引き抜かれる。この野郎! 挟まったふりをしていたのか!? そのまま、ウルフキングが食堂を出て、公舎を飛び出す。
「あっ!? 馬鹿っ!! 止まれ!!!」
もはやここに用はないぐらいの勢いで、都市を一直線に走り抜ける。都市の防壁すら一気に飛び越えた。もう、人目につこうが関係ない。
そして、飛び出した後は魔王城に向けて全力加速が始まる。ほとんど一瞬で加速して、シャッカのような速度で移動する。空中で景色が遠かったのとはわけが違う。
手を噛まれたまま地面をこするような高さなのだ。景色がかっとんでいく。体感速度であればシャッカをはるかに上回る。
そして、史上最悪はまだこれからと言わんばかりに、首が締まり始めた! 正確にはクラウディアの首が締まっているのが伝導しているんだろう。ウルフキングがシヲウルの設定した“多少なら離れても”を超えて移動しているのだ。
「げ、げぶっ、ま、て ウルフ、きんぐ とま れ、とま って」
か細くなった俺の声を無視して走り抜ける。
限界が近い。俺の右手も痛いし、首が締まる感覚でクラウディアが死にかけているのもわかる。
「お、おねが い、します。と、まって、く、くだ しゃい」
ほとんど虫の息、多分、クラウディアの首が限界以上にしまっている。俺はそれの二倍だ。このまま、意識を失ったら多分、死ぬ。クラウディアが倒れて魔法が解除されれば別だが、鬼母の魔法がそんな甘いレベルでないことは想像に難くない。
だめだ、意識が保てない。こ、こんな情けない死に方はしたくなかった。もう抵抗する力がわかない。
ウルフキングが急停止する。普段なら暴れるはずの俺が死にかけて戸惑ったのだ。
手を放してもらうが、動く体力がない。ウルフキングが俺を覗き込んでいるがどうしようもないのだ。
精一杯右手を伸ばす。声を出すことがもうできない。ウルフキングが鼻先に右手を乗せるので精いっぱいだ。
クラウディアがウルフキングが馬鹿でないと言った事実に賭けた。シヲウルの、あの鬼母の魔力を感じてくれれば原因がわかるはず。
再び、俺をくわえると来た道を駆けて戻る。
徐々にだが呼吸ができるようになる。た、助かった。
ドラフトの明かりが見えるところまで近づいてようやく安どの一呼吸。
「ぜっ、っは、は、はは。すぅう、はぁ~。
あの鬼母めっ! 俺を殺す気か! 後、お前もだ! ウルフキング!
俺は止まれと、何度も言ったはずだぞ!」
ウルフキングは無言でこちらを見ている。くそっ、こいつ、やっぱり何を考えているかわからない! 仕方ないから、俺とクラウディアの関係を説明する。コネクトペインのこと、クラウディアと俺の目的のこと。だから、魔王城には帰れないと言うことを告げる。
「いいか、俺があいつをオリギナに届けるまで、邪魔するんじゃないぞ!」
ウルフキングが鼻を鳴らした。目の前から瞬時に移動する。俺が振り返った先でドラフトに向けて駆けて行った。
……あいつはやっぱり馬鹿だ。多分、クラウディアを連れてくる気だ。あの野郎、俺のプライドより、鬼母の命令を優先しやがった! 人の思いも理解できないならやっぱりあいつはただの獣だ。たとえ言葉を理解しようと断じて同じモノではない!
しばらくして白いオオカミが戻ってきた。案の定、クラウディアをくわえている。
女は「……やだ、ヤダ……」と言って泣いている。この状況を最悪と言わずして何と言おう。
「ウルフキング、一度しか言わないからよく聞け。今すぐ、お前一人で魔王城に帰れ! 俺はこいつをオリギナに届けて、母が戻る前に帰る!」
ウルフキングが鼻先で笑った。どんな奴であれ、馬鹿にされたのだけはわかる。……ならばもういい。例え右手が落ちようとも、魔力を全開にする。如何にウルフキングが強敵と言えど、全魔力の一撃が当たれば倒せる!
勝負は一瞬だ。ウルフキングの移動速度を考えれば、外れる可能性が高い。油断しているこの瞬間に当てる。
歯を食いしばる。右手の痛みに備える。相手を見逃さないように視線を集中する。反動に備えて足を広げて……。
ウルフキングが跳ね飛んで距離を取った。クソッ、そんなに離れたら命中率がぐっと下がる。多分当たらない!
「クラウディア! 立てよ! 手伝え! あいつを追っ払うぞ!!」
クラウディアが半べそ状態で立ち上がる。懐から銀貨を取り出した。合計十六枚、俺の見ている目の前で魔力を込める。一気に十一枚、六芒星と五芒星の頂点を描くように空中に舞いあげた。
特性の異なる二重結界を張る。いまさら防御壁を張ったところで焼け石に水なのだが……、まあいい。ウルフキングが警戒してさらに距離を取った。
「あいつが、内側の結界を踏んだら外側と内側の結界が同時に作動するよ。体を浮き上がらせるから、動きが止まるはず」
「わかった」
その一瞬が勝負だ。魔力を体の中で高める。このリストバンドは魔力を体の外に漏らしさえしなければ絶対に反応しない。体の中という感知させない方法で魔力を集中する。
ウルフキングから笑みが消える。目を細めている。オオカミが姿勢を低くして、周りをゆっくりと回る。
こちらの隙を探しているのだ。
クラウディアが残りの銀貨に魔力を込める。指先を噛んで血を少しつけて、銀貨を核にして魔力を染み込ませている。
こんな時だが、すげぇと思った。絵本で読んだ魔法剣を銀貨に応用したものだ。なるほど聖剣だろうが銀貨だろうが金属は金属、剣でできるなら銀貨だってできるだろう。
クラウディアも攻撃態勢を整えた。キッとウルフキングをにらむ。
ウルフキングとのにらみ合いが続く。しかし、しびれを切らせたのかオオカミが間合いを詰め始めた。
ゆっくりと回りながら、だんだんとオオカミが一歩一歩距離を詰めてくる。
この緊張感に負けて、先に動けば確実な敗北が待っている。クラウディアも相手への攻撃タイミングを待っている。
俺が動けるのはあいつが結界を踏み込んで体が浮いた一瞬のみ。クラウディアも同じだ。その体が浮いた一瞬の隙をできうる限りの一撃で引き延ばす。残りの五枚の生活費が欠片も残さず吹き飛ぶが仕方ない。これ以外に魔法の同時五発撃ちなんて超高等テクはできないのだ。
目端でとらえたクラウディアは手が白くなるほど強く銀貨を握っている。この女の緊張具合を如実に示しているが、オリギナ皇族親衛隊は大したものだ。戦略的に待つことができる。俺はこれで少しだけ落ち着くことができた。勝機が見える。
あいつが結界を踏み込めば、確実に打ち抜ける。さあ、来てみろ!
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