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第二章 人間の国で

第二十三話 長い一日の終わり

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 店の窓から外を見ている。
 自らの”保護者”を名乗った覆面の男は、声と背丈からウィンズだとわかる。
 純粋にすごいと思った。ウィンズは相手をコントロールしている。勇者の取り巻きを相手になるべく長引かせるような戦い方をしている。
 勇者も気が気でなくて、そちらに気を取られている。

「おい! ジット! ちょっと行ってヨークを起こして、フンドルを助けてこい!」
 ジットという女魔道士が舌打ちしながら店を出ていく。
 これが最初で最後のチャンスだ。
 ここまでアシストをしてもらった。勇者を振り切るのは今しかない。勇者が自然に手を放すように仕向ける。
 勇者は片手にワイングラス、もう片方に私の手を握っている。
 だから、無造作に聖剣に向かってつかまれていない方の手を伸ばした。聖剣は勇者を勇者たらしめている一番重要なアイテムなのだ。他の奴に触らせるわけがない。

「おい!? 何してんだ! やめろ馬鹿!」
 思った以上の効果があった。突き飛ばされるような勢いで払いのけられる。
 それを利用して、一足飛びで一気に距離を取る。

「それでは勇者様、迎えも来ましたので、本日はここまで、私は帰ります」
 一方的に人の手をつかんで離さないような奴だ。同じ失敗は二度としない。
 失礼しますと一方的に頭を下げて、店の外に飛び出す。

「おい、まて!」
 立ち上がろうとした勇者がつまずいてよろける。
 勇者自身もしこたま飲んでいて、まともに立てないようだ。
 店の外で人垣を盾にして、一気に店から離れる。
 振り返る必要はない。町の地理ならこちらに一日の長がある。一直線ではなく、ジグザグに進んで逃げた。
 昼間の三倍以上を走って逃げて、ようやく一息つく。

「ぜっ、は、ぜっ、はは、あ~助かった」
 胸に手を当てて、少しだけ反省をする。
 カテイナの手前、格好をつけたのが祟った。見栄を張る前に、周りの警戒をして、いなきゃいけなかった。追いかけてくる奴がいるならきちんと振り切らないといけない。
 深呼吸する。
 ガサリと背後で音がした。
 咄嗟に走り出す。相手に追いつかれるへまはもうたくさんだ。
 後ろの気配は遅れずに私に付いてくる。
 魔力で体を強化する。骨格の強度を上げ、神経の反応速度を上昇、そして筋力のアップ。すべての能力をバランスよく引き上げて一挙に加速する。
 オリギナの魔道士なら、総合三倍以上の能力アップができる。その速度をもって町を駆け抜ける。
 恐ろしいことに追跡する気配が全く離れる気配がない。それどころか差を詰めてくる。
 お、オリギナの魔法技術を上回る連中なんて聞いたことがない。それとも単純に魔力が高いのか?
 振り返って姿を確認する。布を大量にまとっているが恐ろしく小さい奴だ。こんな子供で私より速いのは一人しかいない。
 急停止する。すると追いかけてきた相手も急停止した。

「カテイナちゃん?」
「まぬけが! ようやく気が付いたか!」
 なんだかどっと力が抜ける。布を取り去って自信満々の顔でカテイナが現れた。

……

「おい! 目付! ウィンズの部屋はどこだ!?」
 ウィンズ商会に急行した俺は、少年を捕まえてウィンズの部屋に案内させる。
 あいつの部屋は大量の酒瓶と床に粗雑に置かれた日用品によってお世辞にも整っているとは言いがたい状態だった。

「うっ! どこに変装セットが、あるんだ?」
「変装セット? そんな物、師匠が持ってたかな?」
 俺が命令して少年と一緒に部屋をあさる。出てくるのは紙と酒瓶、それに洗濯前の服だけだ。

「早くしないと! クラウディアがまずいのに!」
「クラウディアさんが!?」
 俺の言葉で目付役の少年がさらに真剣になる。
 このままではらちがあかないと、少年は自分の部屋に戻って服と仮面を抱えて帰ってきた。

「とにかく布を体に巻いて! 僕は仮面をつけて師匠の服を着るから!」
 二人して大急ぎで変装を行う。とにかく顔がばれなきゃいいのだ。
 布を全身に巻き付けて、二人で店を飛び出す。

「屋根づたいに行こう!」
 目付役の提案で都市の上部から一直線に店を目指す。少年は俺に魔法で浮いてしがみつく。
 俺は筋力を引き上げてジャンプする。屋上まで一蹴りで到達する。

「ははっ、すげぇ!」
「当然だ! 振り落とされたら、そのまま無視するからな!」
「わかったよ!」
 しがみつかれたことを無視して自分の全力で店に向かう。
 たどり着いた先はクラウディアがとらわれている定食屋の向かいの建物の屋上だ。
 眼下で不審者と勇者の取り巻きの男が殴り合っている。罵声と怒声が交錯する中、店の中から女魔道士が加勢のために出てきたところだ。
 よく見れば取り巻きの一人ががすでにたたきのめされている。

「今、勇者とクラウディアが残っているだけか?」
「そうだと思う。それにしてもあの不審者どこかで見たような――」
「あんな奴、どうでもいい。今がチャンスだ! クラウディアを助けるぞ!」
「わかった。慎重に行こう。隅から降りるよ」
 二人して建物角から、連中の死角になるように路地に降りる。人だかりを後ろからまわりこむと、店からクラウディアが飛び出してきた。

「おお!? あれクラディアじゃないか!?」
「よかった! クラウディアさん!」
 クラウディアはこっちの声に気がつかずに走って行ってしまう。

「俺はクラウディアを追うぞ!」
「わかった、僕はここで顛末を見てるよ」
 少年とはそこで別れて、クラウディアに追いすがる。
 一度追いつきかけたのだが、さらに逃げていったので少しスピードでからかってやった。そして、今クラウディアが立ち止まった。

「君さ、声をかけてくれれば止まったのにさ」
「声はかけたぞ。お前が気付かなかっただけだ」
 ちょっと追いかけっこが楽しかったとは言わない。相手の必死の全力を少しずつ追い詰めていく……魔王の楽しみみたいなものだ。

「声が小さすぎたんじゃないの」
「はは、馬鹿め。そんなことしたら、居場所がバレるぞ。
 それより、無事だな? もう、帰ってねるぞ。俺はねむい」
 クラウディアを少しだけからかって、俺の意見を押しつける。クラウディア自身は反論しようとしていたが、その言葉を飲み込むと「わかった」とだけ言って、手を自然に伸ばしてきた。
 迷わず手を重ねて二人で公舎に向かう。ウィンズ商会で借りた布は明日返せばいい。
 それにしても、勇者が来たとたんにこれじゃ明日から思いやられる。ま、仕方ないものは仕方ない。明日は明日の風がふくさ。
 夜も遅くに公舎に戻り、二人して風呂に入って寝た。
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