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2.翼なら 前編
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大和への恋心を自覚したあの日は、胸がざわめいて仕方なかった。
駅まで大和と一緒に帰ったけれど、何を話したのか覚えていられない程だった。
ただうわの空で返事をする僕に、大和が「具合悪い? 大丈夫?」と心配そうな顔をしたのが申し訳なくて、胸がきゅっと締め付けられたんだ。
あの資料作成の時間から、僕の心は大和でいっぱいだ。
大和が落としたペンを僕が拾い、それを渡したときの大和の笑顔。
「水瀬、ノート見せてくれてサンキュな」と軽く肩を叩かれた感触。
それらが、頭から離れない。
でも、二人の距離はちっとも変わらなかった。
ううん。ちょっと違う。
大和が前より話しかけてくれてる気がするんだ。
「よ、水瀬! 今日も天気いいな!」
ーーうん、気持ちいい天気だね。
ーーあ、新しいスニーカーだね。青いライン、如月くんに似合ってる。
大和の気さくな笑顔に、僕の心のなかで色んな言葉が渦巻く。
それなのに、僕は「おはよう……」としか言えなかった。
最近はずっと、大和の優しさにうまく応えられない自分にうんざりしていた。
けれど、大和の笑顔が頭から離れなくて、ゼミの日が待ち遠しい気持ちを抑えられなかった。
いつも一日の終わりにベッドの上で、その日の大和との会話を思い出すのが日課になっていた。
「あの時、『天気いいね』って言う大和の言葉に、『海行きたいね』って返せたら、もっと話せたかな。翼ならきっと……。でも、僕が突然そんなこと言ったら、如月くんだって反応に困るよね……」
枕を抱きしめて、ため息をつく。一人反省会ばかりだ。
六月最終日の朝、翼がリビングでコーヒーを飲みながら話しかけてきた。
「碧依が取り寄せた本、バイト先の本屋に届いたって。学校帰りに寄ってみなよ。」
翼の向かいに座り朝食を食べていた僕は、胸がドキッとした。
翼のバイト先に行くことなんてしょっちゅうあるのに、なぜか今日は特別な予感がしたからだ。
僕が食べかけの食パンを持ったまま動かずにいると、翼が飲んでいたコーヒーをテーブルに置いた。
それから、ちょっと心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたの、碧依? なんかぼーっとしているよ、大丈夫?」
その優しい声に、僕は慌てて首を振った。
「う、ううん、考え事してただけ。」
翼はくすっと笑い、椅子に背を預けた。
「そっか。碧依はいつもじっくり考えるもんね。母さんもよく言ってるじゃん、『碧依は落ち着いてて良い子』って」
翼はコーヒーを一口飲み、楽しそうに続けた。
「そうそう、僕、夏休み入ったらすぐ美大の合宿で一ヶ月いないんだ。水彩画にどっぷり浸かってくるよ。その前に課題も終わらせなきゃだし、忙しくなるな。来月からのバイト、代わってくれてありがとね」
「ううん。本は大好きだから、気にしないで」
本に囲まれたあの空間を思い出して、僕は小さく笑った。
「バイト、半年ぶりだろ? 店長も『碧依なら安心だ』って楽しみにしてるよ。」
「半年ぶりかぁ……僕、ちゃんとできるかな……」
翼はいつもの明るい笑顔で、僕の手を握ってきた。
「できる、できる! 碧依の優しいとこや気遣い、店長も前に褒めてたよ。去年店長が風邪でダウンしたときもさ。碧依が棚卸し手伝ってくれたこと、店長めちゃくちゃ感謝してたじゃん。だから、もっと自信持っていいってば。
とりあえず、今日の本屋で僕を見かけたら声かけてよ。スタッフは新顔ばっかだし、碧依を紹介したい。僕も今日がバイトの最終日だから、ちょうどいいだろ?」
僕は小さく頷く。
翼の「自信持っていいよ」という言葉が、なぜか大和の気さくな笑顔と重なって、そわそわと落ち着かなかった。
駅まで大和と一緒に帰ったけれど、何を話したのか覚えていられない程だった。
ただうわの空で返事をする僕に、大和が「具合悪い? 大丈夫?」と心配そうな顔をしたのが申し訳なくて、胸がきゅっと締め付けられたんだ。
あの資料作成の時間から、僕の心は大和でいっぱいだ。
大和が落としたペンを僕が拾い、それを渡したときの大和の笑顔。
「水瀬、ノート見せてくれてサンキュな」と軽く肩を叩かれた感触。
それらが、頭から離れない。
でも、二人の距離はちっとも変わらなかった。
ううん。ちょっと違う。
大和が前より話しかけてくれてる気がするんだ。
「よ、水瀬! 今日も天気いいな!」
ーーうん、気持ちいい天気だね。
ーーあ、新しいスニーカーだね。青いライン、如月くんに似合ってる。
大和の気さくな笑顔に、僕の心のなかで色んな言葉が渦巻く。
それなのに、僕は「おはよう……」としか言えなかった。
最近はずっと、大和の優しさにうまく応えられない自分にうんざりしていた。
けれど、大和の笑顔が頭から離れなくて、ゼミの日が待ち遠しい気持ちを抑えられなかった。
いつも一日の終わりにベッドの上で、その日の大和との会話を思い出すのが日課になっていた。
「あの時、『天気いいね』って言う大和の言葉に、『海行きたいね』って返せたら、もっと話せたかな。翼ならきっと……。でも、僕が突然そんなこと言ったら、如月くんだって反応に困るよね……」
枕を抱きしめて、ため息をつく。一人反省会ばかりだ。
六月最終日の朝、翼がリビングでコーヒーを飲みながら話しかけてきた。
「碧依が取り寄せた本、バイト先の本屋に届いたって。学校帰りに寄ってみなよ。」
翼の向かいに座り朝食を食べていた僕は、胸がドキッとした。
翼のバイト先に行くことなんてしょっちゅうあるのに、なぜか今日は特別な予感がしたからだ。
僕が食べかけの食パンを持ったまま動かずにいると、翼が飲んでいたコーヒーをテーブルに置いた。
それから、ちょっと心配そうに顔を覗き込んできた。
「どうしたの、碧依? なんかぼーっとしているよ、大丈夫?」
その優しい声に、僕は慌てて首を振った。
「う、ううん、考え事してただけ。」
翼はくすっと笑い、椅子に背を預けた。
「そっか。碧依はいつもじっくり考えるもんね。母さんもよく言ってるじゃん、『碧依は落ち着いてて良い子』って」
翼はコーヒーを一口飲み、楽しそうに続けた。
「そうそう、僕、夏休み入ったらすぐ美大の合宿で一ヶ月いないんだ。水彩画にどっぷり浸かってくるよ。その前に課題も終わらせなきゃだし、忙しくなるな。来月からのバイト、代わってくれてありがとね」
「ううん。本は大好きだから、気にしないで」
本に囲まれたあの空間を思い出して、僕は小さく笑った。
「バイト、半年ぶりだろ? 店長も『碧依なら安心だ』って楽しみにしてるよ。」
「半年ぶりかぁ……僕、ちゃんとできるかな……」
翼はいつもの明るい笑顔で、僕の手を握ってきた。
「できる、できる! 碧依の優しいとこや気遣い、店長も前に褒めてたよ。去年店長が風邪でダウンしたときもさ。碧依が棚卸し手伝ってくれたこと、店長めちゃくちゃ感謝してたじゃん。だから、もっと自信持っていいってば。
とりあえず、今日の本屋で僕を見かけたら声かけてよ。スタッフは新顔ばっかだし、碧依を紹介したい。僕も今日がバイトの最終日だから、ちょうどいいだろ?」
僕は小さく頷く。
翼の「自信持っていいよ」という言葉が、なぜか大和の気さくな笑顔と重なって、そわそわと落ち着かなかった。
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