【完結】言えない言葉

未希かずは(Miki)

文字の大きさ
5 / 42

2.5 翼なら 後編

しおりを挟む
 学校が終わり、僕は電車に乗って本屋に向かった。
 夕暮れの街は茜色の空に染まり、駅前の雑踏が、まるで遠くの波の音のように響く。
 本屋のガラス扉を押し開けると、紙とインクの匂いがふわりと香り、本が好きな僕の口元は思わず緩んだ。
 カウンターで本を受け取り、翼はいるかな、とレジの奥に目をやる。
 そこには、思いがけない人ーー大和がいた。
 青いイヤーカフが蛍光灯の光に反射して、きらりと光る。
 彼は本を整理しながら翼と楽しそうに話していた。
 大和は今日がバイト初日なんだと、翼との話から聞こえてきた。
 翼の明るい笑い声と、大和の気さくな声が重なり、店内に響く。

「如月くん初日なのに、お客様対応がめちゃくちゃ落ち着いてて凄いね! っていうか、僕が隣にいるのに、なんでみんな如月くんにばっかり声かけるんだよ」

 翼が少し頬を膨らませて笑うと、大和が照れたように前髪をかき上げた。

「去年飲食店でバイトしてたから、慣れてるだけだよ。てか、背が高いと目立つんだろ」  

 その時の大和の表情は、僕に向ける優しく伺うような笑顔じゃなくて、弾けるように明るい、まるで太陽みたいな笑顔だった。
 翼の冗談に肩を揺らして笑うその姿は、僕が知る大和とは少し違って、もっと自由で輝いている気がした。
 胸がチクッと痛んだ。
 あんな笑顔、僕には見せてくれない。
 絆創膏を貼ってくれた時の優しい視線や、「水瀬の声、もっと聞きたかったんだ」と言った時の照れた笑顔とは、別のものだ。
 それから、二人がたくさんの本を抱えて売り場に向かおうとする中、小さな子が大和に話しかけてきた。  

「この本、お母さんに買ってもらったのか? 良かったな」

 大和がしゃがんで、小さな子の目線に合わせて笑顔で返す。
 その優しい声が、本屋の静かな空気をそっと震わせ、僕の指先に温もりが広がる気がした。  

「そっち、重いだろ? 俺が持つから」

 大和が翼の倍の本を抱える。
 その自然な気遣いに、僕は心臓がドクンと跳ねた。
 翼の白いシャツ、サラサラの髪が蛍光灯の下で眩しい。
 翼がお客さんに「また来てくださいね」と笑顔で言う姿も、どこか羨ましく思えた。  
 僕には、あんな笑顔は出せない。
 まして、大和のあの弾けた笑顔を引き出すなんて、僕には絶対に無理だ。  

 僕は二人に見つからないように、本を握りしめながら、そっと出口へ向かう。
 ドアを出る前、入り口でぶつかりそうになった客にそっと道を譲り、そのまま店を出て扉を静かに閉めた。

 外に出た途端、車のクラクション音が、雷鳴のように僕の頭に響く。
 夕暮れの街のざわめきが、僕の心のざわめきと重なる。
 大和の翼に向けた弾けた笑顔が、頭から離れない。
 あんな笑顔、僕には見せてくれない。
 その事実に、胸がチクチクと痛んだ。
 でも、それ以上に、僕の心を占めるのは別の思いだった。

 できるなら、僕にもあんな笑顔を向けてほしい。

 絆創膏を貼ってくれた時の大和の優しい手つき、指先に残るあの温もりが、僕の心を締め付ける。
 あの瞬間、僕だけを見ている気がしたのに、今、翼に向ける笑顔はもっと眩しい。
 胸が熱くて、苦しくて、でもこの好きだという気持ちは止められない。
 こんな気持は初めてだ。
 ふと、頭に浮かんだのは、翼のあの自然な笑顔だった。
 翼なら、きっと大和ともっと近づける。
 誰とでも打ち解けられる翼なら、大和の心を掴めるかもしれない。
 僕にはそんな笑顔も、軽やかな言葉も出せない。

 でも、もし翼の力を借りたら……?
 たとえば、翼の口調で、翼みたいな明るさで大和に話しかけたら、もっと近くでその笑顔を見られるかもしれない。

 それは、僕には大胆すぎるアイデアだった。
 自分でもバカバカしいと思うくらい、突飛な考えだ。
 翼のふりをするなんて、良くないかもしれない。
 もしバレたら、大和に笑われるか、嫌われるかもしれない。 
 それでも、大和の笑顔を思い出すたび、胸の奥が熱くなって、怖いくらいの勇気が湧いてくる。


 大和が、好き。

 この恋心が、僕をどこか新しい場所に連れて行こうとしている気がした。
 翼の力を借りるなんて、僕は馬鹿なことをしてると思う。
 でも、大和に少しでも近づきたい。
 僕のことを好きになってもらいたいわけじゃない。
 ただ、大和と笑って過ごしたい。
 ただそれだけを叶えたいんだ。
  握りしめた本の感触が、僕の決意を後押ししてくれるてる気がする。
 歩き出した足取りは、いつもより少しだけ軽かった。

しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

処理中です...