オタク病

雨月黛狼

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第21話 目を瞑るわけにはいかなかった

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 その後、卓球やテニスもやったが同様の結果になったので、ラケット競技をするのはもうやめようということになった。

「うーん、宅也たちが楽しめんのってなんだろうな」
「ふたりとも想像以上だったね……」

「想像よりはできてただろ?」
「私なりによくできたと思うわ」

「ふたりのその自信はどこから来るの?」
 一ノ瀬は目を細めて言う。

 そこからビリヤードとダーツもやったが俺と久遠は相変わらず特に楽しめなかった。
 そして、最後にカラオケに来た。

「うわーカラオケとか久しぶりだなー」
 一ノ瀬がわくわくとしながらソファに腰を掛ける。

「俺は先週来たばっかだな」

 空馬も座り、デンモクを操作する。
 俺たちも座り、コの字型で一ノ瀬、空馬、俺、環の順で座る。
 空馬と一ノ瀬が曲を選択し、歌う。空馬が上手いのは知っていたが、一ノ瀬も上手いとは思わなかった。

「なあ環、お前何歌うんだ?」
「……人前で歌うのはちょっと」

「まあ、気持ちはわかるがな。うーん、じゃあ、一緒に歌うか? それなら負担は半分だろ?」
「……いいの?」

 環は俺を上目遣いで見る。

「良いも何もそうじゃなきゃ歌えねえんだろ? じゃあ、『手持花火』とかどうだ?」
「え、ええ。それならいけるわ」
「おっけ。そんじゃ、いれるぞ」
「え、ええ」

「お! ふたりはデュエットか! いいな!」
 空馬は笑顔で言う。
 一ノ瀬は軽く微笑む。

 曲がカラオケデッキに出力され、曲が始まる。イントロが流れる。

 環の手が震えている。
 俺はその手にマイクを持たせる。

「せっかくなんだし楽しもうぜ」
「ええ」

 環は微笑む。環の手の震えは治まったようだ。
 Aメロは女性パート、すなわち環の歌う箇所だ。
 環は口を開く。

 鳥肌が立った。
 こんな声、出せたのか。
 環は透き通った声に、いつもの小さな声とは違い、適度な大きさの声を出し、音程もひとつもずれていない。それに――
 とても、活き活きとしている。

 ふと横を見る。
 環は笑っていた。

 なんだよ、心配して損した。
 曲がサビに入る。ここは女性と男性のコーラスだ。

 環が楽しんでんだ。俺も、楽しまなきゃな。俺は歌が得意という訳ではない。というかむしろ苦手だ。でも、環が楽しそうに、活き活きと歌っている姿を見たら、どうしてか嬉しくて俺の口角も上がった。

「おおー!」
「いいな!」

 サビに入り、セッションで歌っているところを一ノ瀬と空馬は楽しそうに見てくれている。
 気持ちがいい。
 横を見ると環と目が合った。
 環は笑った。馬鹿にしている笑いじゃない。楽しいわね、と言っているような気がした。
 俺も笑顔を返した。そして、歌う。



「すごかったよー! ふたりとも歌上手いんだね!」
「いや、俺はべつにそんな」
「謙遜すんなって。中学の頃、カラオケに連れてった甲斐があったぜ」

 中学の頃、俺はしょっちゅうカラオケに付き合わされていた。当然、空馬の方が上手いので常に劣等感を抱き、歌に苦手意識を持っていたが、こうして褒められるとは思ってなかったので素直に嬉しい。

「誰かと歌うのって楽しいのね」

 環が微笑みながら言った。

「そうだな」
 今日初めて、本当に楽しそうに笑う環を見た。
 その後も何度かセッションして、慣れてきたところで環がひとりで歌いだす。
 知ってる曲だったので俺はオタ芸を披露し、お株を奪ってやったりもした。
 そうやってみんなで楽しく歌いあい、ふざけあった。

 カラオケが終わり、ちょうど良い時間になったので俺たちは『レウンドワンスタジアム』を後にした。



「うーん、ちょうど良い時間にやってる映画ねえな」
 空馬が映画館の入り口にある上映スケジュールが映るモニターを見て呟く。
「先に映画観た方がよかったかもね」
「……(ちら、ちら)」

 環がモニターをちらちらと見ている。

「どうした?」
「い、いえ、なんでもないわ」
「?」

 俺はモニターを見上げる。
 10分後にアニメの映画がある。
 ああ、なるほどな。

「よし、決まり」
「お、なにがだ?」
「あれ見る。『木漏れ日のスポットライト』」

 俺はモニターを指さし、その下にある宣伝用パネルも指さす。

「ほんと猪尾くんはアニメ好きだねー」
「いいな。ちょうど10分後だし。それにすっか」

「…………」
 環が俺の脇をつつく。
「いてえな。ほら、行くぞ」

「…………あ、ありが――」
「え? なんだって?」
「……」
 環が再び脇をつついてきた。
「いてえな。だからつつくな」

 空馬と一ノ瀬はチケット購入売り場に行き、俺も行く。その後ろに環が付いてゆく。

 映画の内容は、都会よりかは田舎に近い町が舞台で、アイドルを目指す女の子とその女の子を応援し、背中を押し、手助けする男の子の物語だった。

 主人公の男の子の前でのみ輝いていた女の子のヒロインは主人公に背中を押され、努力を重ねたうえ、アイドルとしてステージに立ち、輝きを見せた。

 その輝きは眩しく、みんなに夢と希望を抱かせる最高のものだった。

 しかし、少年はそれで自分は役目を果たしたと言い、女の子のもとから去って行ってしまった。なんだか、少し寂しい終わり方だった。

 エンドロールが流れる。

「うぅ、ううぅ」
「おう! どうした?」

 隣に座る環が号泣している。

「だって、だってぇ……」

 映画の内容に感動しているようだった。

「ああ、猪尾くん、また環ちゃんを泣かせたの?」
「無理あるだろ。普通に映画観て泣いたんだよ」

「環ちゃんは感受性が豊かなんだね」

 一ノ瀬はよしよしと環の頭を撫でる。
 感受性が豊か、か。たしかにそうだろうな。
 人より傷つきやすく、影響されやすくて、それでも強い意思を持ったりもする。
 俺とは正反対だ。

 べつにクールを気取っている訳じゃない。
 傷つくことも、影響されることも、強い意思を持つこともない。

 それが、俺。
 俺の、はずなんだが。

 俺は環に会ってからそんな自分が不確かなものになっていた。自分が見ていなかった自分の一面を見ることになった。俺はリアルに何も求めていない人間だと思っていた。でも、違うのかもしれない。でも、それを認めたくなかった。認めてしまったら、俺は俺自身を否定することになるから。
 だから俺は、今もリアルでは目を瞑っている。
 

 でも――
 ずっと目を瞑るわけにはいかなかった。
 それを許してくれないやつがいた。
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