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5.引きこもり龍人と女傭兵
故郷へ
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幾つもの高峰に囲まれた村は閉塞的であり、村人以外の侵入を阻む。気候が変わりやすい為、ここを居住区にしようなどと考える人も少ない。
そんな場所に存在する村が、リュウソウカ。ヒスイという龍の魂を祀り、住みにくい環境でもこうして存在し続けられた。
その地に、足を踏み入れたのはヒスイだ。自身をジェードという器に定着する為に舞い戻ってきた。
「リュウソウカの地を踏むのはいつ振りか」
前任の身体が朽ちてから、ジェードの身体を一時的に奪うまでは、自分の五感による外の情報は一切入って来ていない。
リュウソウカの風を、地を感じるのはおよそ二十年振りであった。
「……ヒスイ様」
名を呼ばれ振り返ると、そこには老齢の男が立っていた。皺が深くなり、白髪になっていたが、ヒスイには見覚えがあった。
「カワセミか。見ない間に随分と年老いたものだ」
この地を治める男。地位はかなり上だというのに、素朴な着物姿のままなのは昔から変わらない。赤い瞳は、孫であるジェードと同じ色だ。
「ジェードは見事成し遂げられたのですね。これで、リュウソウカは安泰です」
「お前の息子の身体はすぐに朽ちてしまったが、この身体なら少しはもちそうだ」
カワセミの息子であり、ジェードの父はヒスイの依り代となった。ジェードが幼少期の頃に身体が朽ちたので、末っ子だった彼に父の記憶は無いだろう。
「ここも随分と変わった。もう龍はいないのだろう?」
「……ええ。ヒスイ様が息子の肉体を失った後、老いた龍達は次々と息絶えました。ここはもう、ヒスイ様無くては繁栄が不可能となっています」
「あいつらは死んだか。……まあ、俺も同じようなものだが」
何をおっしゃいます、とカワセミは微笑んだ。
この村も、昔は魔物の巣窟となっていた。龍という強大な力を借りられたからこそ、今まで生き長らえる事が出来た。
恩恵を忘れたキオ島の島民達と違い、リュウソウカの村人は未だに信心深い。肉体を失ったヒスイをこの世に繋ぎ止める為に犠牲を払い、敬い続ける。
(やはり、人間は愚かだ。なあ、毒龍よ)
「それでは儀式の準備をします」
カワセミは軽く会釈をして去ろうとしたが、ヒスイは口角を上げて呼び止めた。
「ジェードを取り返そうとしている奴等がいる」
「は……!?」
カワセミは足を止めて勢いよく振り返る。柔和な面を被るのも忘れてしまう程の驚愕なのか、とヒスイはくつくつと笑った。
「ここを脱走してから、この男には仲間が出来た。そして、愛する者も」
「あり得ません……! ジェードは何の取り柄も無い子です。そんな者がいるなど――」
カワセミにとってジェードは、落ちこぼれで使えない孫というイメージが強いのだろう。庵で閉じこもって一人無く、無力な少年。
珍しくカワセミは取り乱していたが、ヒスイの金色の瞳に射抜かれて言葉を切った。
「いえ、ヒスイ様が嘘を言うはずがありません。そのような不届き者がいるのなら、私自らが殺してみせましょう」
「中にはホンビアントという少女の鬼もいたぞ。その者達は殺せぬだろう?」
「ホンビアント……それは厄介ですね」
「まあ、そいつは殺さなくても良い」
情事にそれ程詳しくないヒスイでも、ホンビアント家は手出ししない方が良いと感じる。ヒスイが欲しいのはあくまでもジェードの肉体。ホンビアントの命ではない。
「あいつの愛する女——セルリアは俺の手で殺す。邪魔はしないでもらおう」
「かしこまりました」
カワセミは恭しくお辞儀をすると、この場を後にした。
一人になったヒスイは、眼前に広がるリュウソウカを見下ろす。
あの夜、絶望の表情を浮かべていたが、セルリアはこの身体を取り戻す為、絶対にやって来る。
「お前の言葉は、果たしてジェードに届くかな?」
奥に閉じこもってしまったジェードの気配は、微かにしか感じられない。もう風前の灯火だ。
ヒスイは鼻で笑うと、皮膜の翼を羽ばたかせて目的地へと向かった。
**
旅支度を終えたセルリア達は、陽が一番高く昇った頃に出立する事となった。
数時間だけ仮眠をとったが、少々だるさは残っている。しかし、それくらいの不調に構っていられない。ジェードの心の消失は刻一刻と迫っている。
「ヴェニット、気を付けて」
ロクショウはそう言って妹の頭を撫でた。飄々としていて掴みどころのない男だが、ヴェニットの身を案じているのはひしひしと伝わってきた。ハナもロクショウの隣で心配そうに見上げている。
「うん。頑張る」
ヴェニットは力強く返事をした。
この旅に無理矢理付き合う事となったエルデは、ずっと仏頂面で腕を組んでいた。
「この馬に乗れ」
用意されていた馬は、毛色と同じ翼を持っていた。エルデが追って来た時に乗っていた馬だ。セルリアは物珍し気に馬を撫でた。
「この馬は……キメラなの? 天馬ではないよね」
「ああ。とある貴族によって実験動物にされていた奴等だ。貴族は不慮の事故により亡くなったから、俺が引き取った」
「あんたがこんな風にしたんじゃないんだね」
「当たり前だろうが! こんな非道な事、俺はしない!」
魔王の弟であるから、てっきりエルデの実験動物なのかと思っていたが、違うようだ。馬達はエルデに懐いているようにも見える。
「動物には優しいんだね」
「にはって何だ、にはって!!」
エルデは憤慨して地団太を踏んだ。
全員馬に乗ると、エルデの合図で空へ飛び立った。
乗馬経験はあるが、空を飛ぶなど初めてだったので、セルリアは手綱を強く握り締めた。地面が遠くなり、見送るロクショウ達も小さくなっていく。
最初は緊張していたセルリアだったが、側で感じる羽ばたきの音と頬を撫でる風の感覚に慣れ、景色を楽しめるくらいになっていた。
近くにエルデがいたので、それとなく会話を試みる。
「そういえば、銀髪の……ビアンさんだっけ? 来ていないんだね」
「……何でビアンの名前は一発で覚えているんだよ。あいつは姉上直属の家来だから好き勝手に動かせなかったんだ」
「なんだ、あの人がいたら心強かったのに」
「フン、ビアンがいなくても俺がいれば良いだろ」
あたしに負けたくせに、と言おうと思ったが、彼の馬に乗っている手前、下手な事は言わない方が賢明だ。
そんな中、ヴェニットとハクゲツが乗った馬が近付いてきた。
「セルリアは優しいね。こんな人と喋れるなんて」
ハクゲツに手綱を引いてもらっているヴェニットは、恨めしそうにエルデを見つめていた。ハナの事を相当引き摺っているようだ。
ヴェニットの敵視に影響されたエルデは喧嘩腰に声を荒げる。
「お前の兄は何なんだ!? こんな虫をくっつけやがって……」
エルデの首には、毒々しい色をした蜂のような虫がずっと引っ付いたままだ。彼が裏切る行動を取れば、鋭い針から毒が注入される。本当は気が気ではないだろう。
「これくらいで済んだ事に感謝すべき」
エルデは怒りに身を震わせたが、自身の立場を理解しているようで、強い言葉を引っ込めて深く息を吐いた。
「……お前はいいな。兄と仲が良くて」
「ネイジュとは不仲なので?」
「誰がお前らなんかに言うか」
ヴェニットの代わりにハクゲツが尋ねたが、エルデはそっぽを向いた。それを見て、セルリアは眉を下げて笑う。
「言わなくてもいいけどさ、兄弟は大切にした方が良いよ。いついなくなるか分からないんだから」
「あの姉上がいなくなるわけないだろう」
「あたしだって、ずっといると思っていたよ。でも、弟は死んだ」
「それは……」
エルデは言葉を詰まらせた。
イチイは病弱だったが、自分の前からいなくならないと思っていた。だが、弟は死んでしまった。あの時ああしていれば、という後悔はいつまでもセルリアを襲う。
その後悔が、ジェードを牢から出してあげたいという思いに繋がった。そう、全てを投げ打ってでも。
「あたしは、ジェードを最初に助けた時、弟を助けたような気持ちで浮かれていたのかもしれない」
自分が彼の道を照らし、導いていきたいと思った。しかし、ジェードと過ごしていく内に、彼は弟と違う事に気が付いた。内向的に見えて、プロポーズをしてしまう行動力。毒龍を止めようと必死にしがみつく姿。
弟ではない。一人の愛しい男。
「あたしは今、ジェードを見ている。誰かの代わりなんて決していない。あたしの旦那になる人は、ジェードだけ」
もう決して迷わない。再会した時には、プロポーズの返事をする。
エルデは理解出来なかったようで、怪訝な表情を浮かべたが、ヴェニットはそっと微笑んだ。
「理解しがたい世界です」
ハクゲツは眼鏡の蝶番を指で上げながら表情を渋くさせた。
「ハクゲツさんは……結婚興味無さそうだよね」
「まあ、私優秀なので一人でも生きていけますから」
真剣な表情で恥ずかしげもなく言うハクゲツに、セルリアは苦笑いを浮かべた。
「ふふ」
「どうしたの? ヴェニット」
「ジェードを助けに行くっていうのに、緊張感が無くて楽しい」
確かに、今からヒスイという強大な力を持つ龍と対峙する為に向かっているとは思えない。だが、今はそれがちょうど良い。
「ずっと緊張感あると疲れちゃうからね。それに、ジェードは絶対助かるから。ヴェニット達がいたら百人力だよ!」
「うん、私も頑張るよ」
セルリアとヴェニットは、顔を見合わせて笑った。
ジェードと逃げ出さなければ無かった縁。この旅で全てを投げ打ったと思っていたが、かけがえのない友人が出来た。
セルリアは、この縁をずっと大事にしたいと強く思った。
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