34 / 43
5.引きこもり龍人と女傭兵
作戦開始
しおりを挟む馬を定期的に地面に下ろし、休憩を取りながら旅路を急ぐ。ロクショウがくれた地図を頼りに進んでいくと、幾つもの高峰に囲まれた村が見えてきた。
「ここがリュウソウカか……山に囲まれていて、攻めにくい地形だな」
崖上からリュウソウカを見下ろしながら、エルデが呟いた。
少しすると、エルデの元に眼光鋭い猛禽類が翼を羽ばたかせてきた。エルデの腕に乗り、何かを伝えるかのように彼を見つめてから、すぐに何処かへと飛んで行った。
エルデはその後ろ姿を見送りながら頷いた。
「ヒスイは、北の方角にいるようだ。カワセミはこの村で一番でかい家にいるらしい」
先程の鳥がヒスイの居場所を教えてくれたらしい。
セルリア達の行方を探していた時も動物達に聞いて回っていたのだろう。
「では、ここからは二手に別れましょう」
ハクゲツが眼鏡を指で直しながら言った。
二人が別行動なのは好都合だ。ジェードの元へはセルリアとエルデ、カワセミの元へはヴェニットとハクゲツが向かう。
エルデをどちらに向かわせるか迷ったが、ハクゲツの「試してもらいたい事がある」という案に乗ってセルリアと共に行動してもらう事となった。
「ヴェニット、本当に大丈夫なの?」
「うん。私はあくまでもヒスイとカワセミを合流させない事に徹する。私は絶対に殺されない。セルリアの方こそ、気を付けて」
「ありがとう、ヴェニット」
「次に会う時は、ジェードを連れて来て」
セルリアは大きく頷き、ヴェニットと握手を交わした。
ヴェニットとハクゲツがカワセミの元へ向かう後ろ姿を見送ってから、セルリアはエルデと向き直った。
エルデは馬のキメラ達に話しかけているようだった。心なしか、表情がいつもより優しい。セルリアの視線に気が付くと、すぐにしかめ面になった。
「今生の別れは済んだか」
「一時の別れ、ね。あんた、ここで待っている事も出来るけど、本当に良いの?」
「龍の救出が成功して、このまま逃げられても困るからな。俺の目的を分かっているだろう?」
エルデの目的は、ジェードを魔王ネイジュの元へ連れて行く事。彼との協力関係はジェード救出までだ。
「分かっているよ。まあ、あたしとジェード二人をあんたが止められるかどうかだけど」
「フン、俺には秘策がある」
エルデの言う秘策とはハクゲツの言っていた「試してもらいたい事」だろう。うまく行くといいが、エルデは自信があるようだ。
「まあ、良いや。ジェードの元へ連れて行ってくれる?」
「……ついて来い」
エルデが東の国まで連れて来た兵達はロクショウ達の元で監視されている。少しでも人手が欲しいと思ったようで、エルデは文句を言わず歩き出した。
追う者と追われる者。まさかこんな形で共闘する事になるとは思いもしなかったが、今はジェード奪還の為気にしていられない。
(ジェード、待っていて。あたしが必ず助ける)
セルリアは確固たる意志を持ち、力強く足を踏み出した。
**
ヴェニットとハクゲツは、リュウソウカの村を堂々と歩いていた。表向きはホンビアント家の使者として訪れた事にしているから、こそこそと隠れながら行動する方が怪しい。
普段は頭巾で隠している鬼の角もさらけ出している。この方が鬼のホンビアント家だという信憑性が高いからだ。
村に足を踏み入れた瞬間、何処からか黒い頭巾で顔を隠した男が現れて「何用か」と尋ねて来た。ホンビアント家の者だと告げると、男は「入れ」と低い声で言うと、煙のように消えた。
「案内くらいしても良いんじゃないですかね」
ハクゲツは消えた男に文句を言いながら、周りに警戒しながらヴェニットの少し前を歩く。
住居の数は少ないが、所々殺気のようなものを感じる。ヴェニットは特に動じず、カワセミがいる屋敷へと足を進める。
ホンビアント家がリュウソウカへ入ったのは、先代ホンビアント家当主以来だろう。ロクショウですら、足を踏み入れた事が無い。それくらい、この村は閉ざされている。
「ハクゲツ、ここまで私に着いて来てくれてありがとう」
「突然何を仰います」
「今回は私の我儘で旅を中断してここまで連れて来てしまった」
「何を今更……。ヴェニット様の我儘ならもう慣れています」
ヴェニットとハクゲツは東の国でも旅をしていたが、ヴェニットのマイペースな性格で目的地へなかなか辿り着けなかった経緯がある。それを経験していたハクゲツは慣れっこだった。
「セルリアは数少ない友人になったから、どうしても助けたかったの」
「ええ、ヴェニット様の友人になる者など、貴重な存在ですからね」
「……ハクゲツは友達いないくせに」
「私に友人はいらないので」
拗ねた様子のヴェニットに、ハクゲツはキッパリと言った。
緊迫した状況だというのに、日常会話をしている姿は周りの者から見たら奇妙に見えただろう。
エルデの言っていた屋敷が視界に入り、ヴェニットは金色の目を細める。
「行くよ、ハクゲツ」
「ええ、何処までも」
ヴェニットとハクゲツはカワセミがいる屋敷へ入った。
屋敷に入ると、顔を布で隠した女性が「ホンビアント様ですね、お待ちしておりました」と深々とお辞儀をし、中へと招き入れた。
ホンビアントの屋敷と比べて随分と年季が入っている。廊下は歩く度にミシミシと悲鳴を上げる。
通されたのは、広々とした和室だった。畳の香りを感じながら、用意された座布団の上に正座をする。
顔を隠した女性にお茶を出され、カワセミがやって来るのを待つ。外から水の流れる音がし、小鳥のさえずりが聞こえる。
静かな空間の中、ヴェニットとハクゲツは会話をせずに待っていると、数分して老齢の男が現れた。
質素な着物に身を包んだ、穏やかな表情をした男だ。一見すると何処にでもいる老人のようだが、皺の奥に見える赤い瞳は鋭くヴェニットを見据えている。
「お待たせしてすまないね」
男はそう言ってヴェニット達の対面に座った。
彼がカワセミだ、と普段動じないヴェニットの額から薄らと汗が滲んだ。
「ホンビアント家ご令嬢のヴェニット殿か。随分と異国かぶれの服装だ」
「初めまして、カワセミ将軍。ヴェニット=ホンビアントです。今回は、兄のロクショウの遣いとして参りました」
「ロクショウか。ホンビアントの治めるシャヨメはよく訪れているが、あの子供が当主になってからはまだ会っていないな」
「……兄は忙しい身でして。お察し頂けると……」
「シャヨメも色々あったようだからな」
カワセミは顔の隠れた女が持ってきた茶を一口啜った。
「それで? ホンビアント家ご令嬢がわざわざこの辺鄙な土地に来た理由は何だ?」
ヴェニットはハクゲツに目配せをする。
「こちらロクショウ様からです」
ハクゲツは白い封筒を取り出すと、カワセミに差し出した。
カワセミは無言で受け取り、封書の中を確認する。中身はカワセミの治める土地との交易についてなど、当たり障りの無い事が書かれている。
カワセミが手紙を読んでいる間、静かな時が流れる。ヴェニットとハクゲツは、カワセミの表情をずっと見つめていた。
カワセミは深く息を吐くと、手紙から目を離した。
「御託はいい。お前達の狙いは、ヒスイ様だろう?」
その場の空気がひりつく。カワセミの赤い瞳は老人とは思わせない気迫を感じさせた。
ハクゲツが一瞬怯むが、ヴェニットは小さく首を振る。
「いいえ、ジェードです」
そしてキッパリと言う。ヴェニット達の目的は、ヒスイではなくジェードだ。
殺気を感じ、ハクゲツはハッとして辺りを警戒する。先程まで感じなかった視線が、障子の向こう側から幾つも向けられていた。
囲まれている。カワセミは畳に置いた刀に手を掛けながら、穏やかに微笑む。
「貴殿とは争いたくはない。ただ、龍下ろしの儀を邪魔されぬよう、少しの間拘束させてもらう」
静寂の中、誰かの足が床を踏む音がした瞬間——ヴェニットとハクゲツは瞬時に後ろへと跳んだ。それと同時に、目の前の机が真っ二つに割れる。カワセミが刀を抜いた姿が目に入った。
ヴェニットはハクゲツと共に背後の障子を蹴り倒しながら奥へと走り出した。顔を隠した男達が何人も立ちはだかったが、軽々とかわして先を進む。
「まあ、こうなるよね」
「私の話術少しも発揮出来ないじゃないですか!!」
交渉に入る前にカワセミに核心を突かれ、ハクゲツは自分の見せ場が無くなったと嘆く。
何部屋も蹴り進んでいくと、砂利が敷き詰められた庭へと辿り着いた。ヴェニット達は立ち止まって振り返る。
少しして、顔を隠した男達を何人も引き連れてカワセミが現れた。手に持つ刀は鈍く輝いている。
ヴェニット達の目的は、カワセミの足止めだ。敵の数を目視しながら、ヴェニットは微笑んだ。
「……ハクゲツ、よろしくね」
「ええ、命に代えても」
0
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる