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5.引きこもり龍人と女傭兵
作戦開始
しおりを挟む馬を定期的に地面に下ろし、休憩を取りながら旅路を急ぐ。ロクショウがくれた地図を頼りに進んでいくと、幾つもの高峰に囲まれた村が見えてきた。
「ここがリュウソウカか……山に囲まれていて、攻めにくい地形だな」
崖上からリュウソウカを見下ろしながら、エルデが呟いた。
少しすると、エルデの元に眼光鋭い猛禽類が翼を羽ばたかせてきた。エルデの腕に乗り、何かを伝えるかのように彼を見つめてから、すぐに何処かへと飛んで行った。
エルデはその後ろ姿を見送りながら頷いた。
「ヒスイは、北の方角にいるようだ。カワセミはこの村で一番でかい家にいるらしい」
先程の鳥がヒスイの居場所を教えてくれたらしい。
セルリア達の行方を探していた時も動物達に聞いて回っていたのだろう。
「では、ここからは二手に別れましょう」
ハクゲツが眼鏡を指で直しながら言った。
二人が別行動なのは好都合だ。ジェードの元へはセルリアとエルデ、カワセミの元へはヴェニットとハクゲツが向かう。
エルデをどちらに向かわせるか迷ったが、ハクゲツの「試してもらいたい事がある」という案に乗ってセルリアと共に行動してもらう事となった。
「ヴェニット、本当に大丈夫なの?」
「うん。私はあくまでもヒスイとカワセミを合流させない事に徹する。私は絶対に殺されない。セルリアの方こそ、気を付けて」
「ありがとう、ヴェニット」
「次に会う時は、ジェードを連れて来て」
セルリアは大きく頷き、ヴェニットと握手を交わした。
ヴェニットとハクゲツがカワセミの元へ向かう後ろ姿を見送ってから、セルリアはエルデと向き直った。
エルデは馬のキメラ達に話しかけているようだった。心なしか、表情がいつもより優しい。セルリアの視線に気が付くと、すぐにしかめ面になった。
「今生の別れは済んだか」
「一時の別れ、ね。あんた、ここで待っている事も出来るけど、本当に良いの?」
「龍の救出が成功して、このまま逃げられても困るからな。俺の目的を分かっているだろう?」
エルデの目的は、ジェードを魔王ネイジュの元へ連れて行く事。彼との協力関係はジェード救出までだ。
「分かっているよ。まあ、あたしとジェード二人をあんたが止められるかどうかだけど」
「フン、俺には秘策がある」
エルデの言う秘策とはハクゲツの言っていた「試してもらいたい事」だろう。うまく行くといいが、エルデは自信があるようだ。
「まあ、良いや。ジェードの元へ連れて行ってくれる?」
「……ついて来い」
エルデが東の国まで連れて来た兵達はロクショウ達の元で監視されている。少しでも人手が欲しいと思ったようで、エルデは文句を言わず歩き出した。
追う者と追われる者。まさかこんな形で共闘する事になるとは思いもしなかったが、今はジェード奪還の為気にしていられない。
(ジェード、待っていて。あたしが必ず助ける)
セルリアは確固たる意志を持ち、力強く足を踏み出した。
**
ヴェニットとハクゲツは、リュウソウカの村を堂々と歩いていた。表向きはホンビアント家の使者として訪れた事にしているから、こそこそと隠れながら行動する方が怪しい。
普段は頭巾で隠している鬼の角もさらけ出している。この方が鬼のホンビアント家だという信憑性が高いからだ。
村に足を踏み入れた瞬間、何処からか黒い頭巾で顔を隠した男が現れて「何用か」と尋ねて来た。ホンビアント家の者だと告げると、男は「入れ」と低い声で言うと、煙のように消えた。
「案内くらいしても良いんじゃないですかね」
ハクゲツは消えた男に文句を言いながら、周りに警戒しながらヴェニットの少し前を歩く。
住居の数は少ないが、所々殺気のようなものを感じる。ヴェニットは特に動じず、カワセミがいる屋敷へと足を進める。
ホンビアント家がリュウソウカへ入ったのは、先代ホンビアント家当主以来だろう。ロクショウですら、足を踏み入れた事が無い。それくらい、この村は閉ざされている。
「ハクゲツ、ここまで私に着いて来てくれてありがとう」
「突然何を仰います」
「今回は私の我儘で旅を中断してここまで連れて来てしまった」
「何を今更……。ヴェニット様の我儘ならもう慣れています」
ヴェニットとハクゲツは東の国でも旅をしていたが、ヴェニットのマイペースな性格で目的地へなかなか辿り着けなかった経緯がある。それを経験していたハクゲツは慣れっこだった。
「セルリアは数少ない友人になったから、どうしても助けたかったの」
「ええ、ヴェニット様の友人になる者など、貴重な存在ですからね」
「……ハクゲツは友達いないくせに」
「私に友人はいらないので」
拗ねた様子のヴェニットに、ハクゲツはキッパリと言った。
緊迫した状況だというのに、日常会話をしている姿は周りの者から見たら奇妙に見えただろう。
エルデの言っていた屋敷が視界に入り、ヴェニットは金色の目を細める。
「行くよ、ハクゲツ」
「ええ、何処までも」
ヴェニットとハクゲツはカワセミがいる屋敷へ入った。
屋敷に入ると、顔を布で隠した女性が「ホンビアント様ですね、お待ちしておりました」と深々とお辞儀をし、中へと招き入れた。
ホンビアントの屋敷と比べて随分と年季が入っている。廊下は歩く度にミシミシと悲鳴を上げる。
通されたのは、広々とした和室だった。畳の香りを感じながら、用意された座布団の上に正座をする。
顔を隠した女性にお茶を出され、カワセミがやって来るのを待つ。外から水の流れる音がし、小鳥のさえずりが聞こえる。
静かな空間の中、ヴェニットとハクゲツは会話をせずに待っていると、数分して老齢の男が現れた。
質素な着物に身を包んだ、穏やかな表情をした男だ。一見すると何処にでもいる老人のようだが、皺の奥に見える赤い瞳は鋭くヴェニットを見据えている。
「お待たせしてすまないね」
男はそう言ってヴェニット達の対面に座った。
彼がカワセミだ、と普段動じないヴェニットの額から薄らと汗が滲んだ。
「ホンビアント家ご令嬢のヴェニット殿か。随分と異国かぶれの服装だ」
「初めまして、カワセミ将軍。ヴェニット=ホンビアントです。今回は、兄のロクショウの遣いとして参りました」
「ロクショウか。ホンビアントの治めるシャヨメはよく訪れているが、あの子供が当主になってからはまだ会っていないな」
「……兄は忙しい身でして。お察し頂けると……」
「シャヨメも色々あったようだからな」
カワセミは顔の隠れた女が持ってきた茶を一口啜った。
「それで? ホンビアント家ご令嬢がわざわざこの辺鄙な土地に来た理由は何だ?」
ヴェニットはハクゲツに目配せをする。
「こちらロクショウ様からです」
ハクゲツは白い封筒を取り出すと、カワセミに差し出した。
カワセミは無言で受け取り、封書の中を確認する。中身はカワセミの治める土地との交易についてなど、当たり障りの無い事が書かれている。
カワセミが手紙を読んでいる間、静かな時が流れる。ヴェニットとハクゲツは、カワセミの表情をずっと見つめていた。
カワセミは深く息を吐くと、手紙から目を離した。
「御託はいい。お前達の狙いは、ヒスイ様だろう?」
その場の空気がひりつく。カワセミの赤い瞳は老人とは思わせない気迫を感じさせた。
ハクゲツが一瞬怯むが、ヴェニットは小さく首を振る。
「いいえ、ジェードです」
そしてキッパリと言う。ヴェニット達の目的は、ヒスイではなくジェードだ。
殺気を感じ、ハクゲツはハッとして辺りを警戒する。先程まで感じなかった視線が、障子の向こう側から幾つも向けられていた。
囲まれている。カワセミは畳に置いた刀に手を掛けながら、穏やかに微笑む。
「貴殿とは争いたくはない。ただ、龍下ろしの儀を邪魔されぬよう、少しの間拘束させてもらう」
静寂の中、誰かの足が床を踏む音がした瞬間——ヴェニットとハクゲツは瞬時に後ろへと跳んだ。それと同時に、目の前の机が真っ二つに割れる。カワセミが刀を抜いた姿が目に入った。
ヴェニットはハクゲツと共に背後の障子を蹴り倒しながら奥へと走り出した。顔を隠した男達が何人も立ちはだかったが、軽々とかわして先を進む。
「まあ、こうなるよね」
「私の話術少しも発揮出来ないじゃないですか!!」
交渉に入る前にカワセミに核心を突かれ、ハクゲツは自分の見せ場が無くなったと嘆く。
何部屋も蹴り進んでいくと、砂利が敷き詰められた庭へと辿り着いた。ヴェニット達は立ち止まって振り返る。
少しして、顔を隠した男達を何人も引き連れてカワセミが現れた。手に持つ刀は鈍く輝いている。
ヴェニット達の目的は、カワセミの足止めだ。敵の数を目視しながら、ヴェニットは微笑んだ。
「……ハクゲツ、よろしくね」
「ええ、命に代えても」
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