引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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5.引きこもり龍人と女傭兵

届かぬ声

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 セルリアとエルデは村の外れにある洞窟の前に来ていた。鬱蒼とした森の中では、日が昇っていても薄暗く感じる。
 リュウソウカの村人が何処かにいるかと思ったが、視線は感じない。

「この洞窟の中にいるっていうの?」
「あいつが言うにはそうみたいだ」

 あいつ、とは猛禽類の事だろう。洞窟の中は真っ暗で何も見えない。涼しい風が感じられ、セルリアは両腕を擦った。

「暗くて先が見えないね。灯り……」

 セルリアが言い終わる前に、エルデは得意げにランタンを取り出した。エルデが東の国まで追って来た時に使用していた物だ。

「この魔具は魔法が使えない東の国でも使用可能だ」
「へえ、これが魔具……東の国でも使えるのはどんな原理なの?」
「魔具の魔素が枯渇すれば使えなくなる……先へ進むぞ」

 面倒くさかったのか、エルデは簡潔な説明だけして洞窟内へと歩き出した。
 セルリア達の故郷である土地には魔法の源である魔素が溢れているが、ここ東の国では一切検知されていない。魔具は元々原力である魔素を取り込んでいる為、使用できるという事なのだろう。
 魔素を含む道具を東の国に持ち込むのは禁止されている為、魔具がここにあるのはかなりグレーな気がするが、今はそんな事を言っていられない。
 セルリアはエルデの後ろをついて行った。

 洞窟の中は涼しく湿気が多い。セルリアは慣れっこだったが、エルデは初めてのようで、周りを見渡しながら顔をしかめさせた。

「うう……ジメジメしている」
「おやおや、王弟様はこういった所は初めてで?」
「う、うるさい!」

 エルデは顔を真っ赤にして怒鳴った。
 洞窟内には蝙蝠が住み着いているようだった。エルデが蝙蝠と会話をしながら、先を進む。この洞窟は入り組んでおらず、一本道だった。
 このまま洞窟が続くと思いきや、目の前に光が入り込んできた。どうやら出口のようだ。

「あれ? 開けた場所に出た……」

 てっきりヒスイは洞窟内にいると思っていたので、拍子抜けしてしまう。
 洞窟を抜けた先も鬱蒼とした木々が生い茂っており、陽の光はあまり入って来ない。
 入口と違っているのは、小さな祠の前に見知った姿があった事。いつも見ていた顔だが、中身はセルリアの好きな男ではない。
 男は金色の瞳を光らせながら口角を上げた。

「……来たか」
「ヒスイ……!」

 皆の協力のお陰で何とかここまで来る事が出来た。このリュウソウカまで来た目的は、ジェードの奪還。目の前で笑っている龍から、ジェードを取り戻さなければならない。

「何て諦めの悪い……。ジェードには、もうお前の言葉は届かんぞ」
「そんなの、やってみないと分からないでしょ!」

 セルリアはそう言って剣を抜く。対して、ヒスイは構える素振りも見せない。余裕な様子に苛立ちを覚えながらも、セルリアは思い切り息を吸って叫んだ。

「ジェード!! 聞こえるー!? 助けに来たよ!!」
「聞こえていない。助けなど呼んでいないとさ」
「あんたに聞いていない!!」

 セルリアはヒスイに斬りかかる。ヒスイはひらりと浮いて軽くかわした。

「ジェード!! 傷つけてごめん!! あたしは貴方と脱獄した時、確かに弟と重ねていたかもしれない!」

 宙に浮いたジェードの身体に、セルリアは大声で話しかける。

「でも! 貴方と一緒に旅をして! 大変な事もあったけどそれよりも楽しい事がたくさんあって! 貴方を一人の男として見ていた!!」

 自分の想いに嘘は無い。だからはっきりと言える。

「ジェード!! 貴方が好きだよ!! ここから逃げ出して結婚しよう!!」

 ジェードがセルリアを抱いて一夜駆け抜けたあの日にくれたプロポーズの返事。今まで余裕の表情を浮かべていたヒスイが、ピクリと片眉を跳ね上げた。

「だから聞こえていないというだろう。無駄な事はやめろ」

 ヒスイは地上に降り立つと、セルリアに鋭い爪を振り上げる。セルリアは剣で受け止めたが、力負けをし、後ろに飛ばされた。木に激突し、軽く息が漏れる。
 しかし、セルリアは苦しさも忘れて不敵に笑う。

(ヒスイが初めて動いた。きっとジェードにあたしの声が届いているからだ!)

 それならば、この声掛けには意味がある。セルリアは再度ジェードに語り掛けようとしたが――

「もう黙れ」

 ヒスイが音も無く近付き、セルリアの口を手で覆った。セルリアは焦りながらヒスイの腕に剣を突き立てようとしたが、蹴りで剣を飛ばされてしまう。
 龍の力なら、女の頭を砕くのは簡単だろう。このまま顔面の骨を砕かれる――嫌な予感が過った時、ヒスイが微笑を浮かべる。

「人間が龍に勝てるわけがないだろう?」

 ヒスイの手に力が込められていく。セルリアは痛みに呻いてヒスイの腕を両手で引っ搔いた。その時――
 黒い物体がいくつもヒスイに襲い掛かってきた。ヒスイは気だるそうに見上げると、セルリアから手を離して腕を振るった。
 拘束から解放されたセルリアは一瞬力が抜けたが、すぐに気を持ち直して遠くに飛ばされた自分の剣を素早く拾い上げた。
 そしてヒスイに襲い掛かっている黒い物体の姿を確認する。それは蝙蝠だった。蝙蝠が何匹もヒスイに纏わりついていて、ヒスイが鬱陶しそうに払っている。
 蝙蝠が洞窟の外にいるヒスイを狙って攻撃するとは思えない。それならば理由は一つ。

「ここにいるのは、ただの人間だけじゃねえ!!」

 木陰から姿を現したのは、頭に葉を何枚も付けているエルデだった。その背後には、鳥類や鹿などの動物達がいる。
 いつの間にかいなくなっていたと思っていたが、どうやら森の中を駆けて動物達に助力を求めていたらしい。
 エルデが片手を上げると、それを合図に動物達がヒスイに向かって走り出した。

「動物と対話し、使役する力か。くだらんな」

 ヒスイは動物達の猛攻を軽くかわしながら嘲笑する。

「あまり舐めない方が良いぞ」

 エルデは不敵に笑うと、セルリアには理解出来ない言語で叫んだ。動物に命令している時に使用している言語のようだ。
 その瞬間――動物の攻撃をかわしていたヒスイの動きが止まった。

「! これは……なるほど」
「俺が動物だと認識した者は、全て言う事を聞かせられる! お前も例外じゃない!」

 ハクゲツの言っていた“試してもらいたい事”とは、動物を使役させられる能力を龍であるヒスイには通用するか、という事だった。狙いは当たりだったようだ。

「ナイス、エルデ!!」

 セルリアは動物達に噛まれたり突進を受けたりしているヒスイの元へ走り出す。
 動物達の攻撃やセルリアの剣がヒスイの身体に傷を付けられるとは思えない。仮に傷を付けたとしても、驚異的な回復力の前では無駄な事。
 しかし、セルリア達の目的はヒスイ討伐ではない。ジェードを連れ戻す事。セルリアは攻撃ではなく、ジェードに言葉を投げかける。

「ジェード!! 早く一緒に帰ろう!! 二人で住む場所を決めるんでしょ!!」

 ヒスイが動けない今、ジェードに声を届かせるチャンスだ。セルリアは自分の想いをひたすら伝える。
 しかし――ヒスイは口角を上げる。

「人間が龍を使役出来ると?」
「俺は人間じゃねえ! 魔族だ!!」

 癇に障ったのか、エルデは眉間に皺を寄せながら怒鳴った。

「魔族は龍を使役出来る!!」
「これしきの能力で俺を抑えたつもりか」
「なっ……!?」

 動けないはずのヒスイがおもむろに手を挙げた。その瞬間——辺りに突風が吹き、ヒスイに纏わりついていた動物達が吹き飛ばされた。同様にセルリアも足を取られて後ろへ飛ぶ。

「ぐっ……何故……!!」
「お前の能力は、俺の動きを少々鈍らせるだけのようだ」

 もう一度能力を使用しようとエルデは口を開いたが、ヒスイが目の前に現れて首を手で強く突かれた。
 エルデは乾いた声を漏らし、その場に崩れ落ちた。

「え、エルデ……!」

 エルデが気絶した事により、使役能力が途絶えたようで、動物達が一斉に逃げ出していく。
 その場に残されたのは、倒れたエルデと地面に蹲るセルリア。そして――セルリアを見下ろすヒスイ。

「ジェード……!」

 ジェードの顔なのに、表情は彼ではない。ヒスイはゆっくりとした動作でセルリアの首を掴んで持ち上げた。

「フフ、ジェードは少しも反応していないぞ?」
「うっ……!」

 足が浮き、じたばたと動かすがヒスイには届かない。首を掴む手を、両手で強く掴んでもびくともしない。

「首を折ろうか、消し炭にしようか……」

 ヒスイはセルリアの苦しむ姿を見、楽しそうにもう片方の手の上で炎をちらつかせながら嗤う。
 セルリアはどんな窮地であっても、何処かに希望を見出し、切り抜けてきた。しかし、今回はどう考えても助かる方法が思いつかない。
 目の前には好きな男と同じ顔。だんだんと気道が狭まり、苦しくなっていくというのに、セルリアは微笑んだ。

「ジェード……愛してる……」

 呼吸もままならないというのに、その言葉だけははっきりと言えた。セルリアの瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

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