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5.引きこもり龍人と女傭兵
敵の敵は味方
しおりを挟む目的地はリュウソウカ。外との繋がりを絶ち、閉鎖的な村である。その地の出身であるカワセミは、リュウソウカの当主をしている。
カワセミが領地とする大部分はリュウソウカとは随分と離れているのだが、彼は決してリュウソウカ当主の座を譲らなかった。
カワセミの目的は不透明だが、恐らく彼は孫ではなくヒスイを重要視している。ヒスイからジェードを取り返すのは、カワセミの思惑とは別だろう。
セルリアは牢から出してもらい、今後の指針についてその場にいる者達と話し合っていた。
「将軍カワセミを相手にする可能性もありますね。それを踏まえて、慎重に行動するべきです」
「リュウソウカに外部の者は入れないから、戦力は大分削られているとは思うよ~」
指針の土台を作ってくれたのは、頭の回転が速いハクゲツとロクショウだ。
「とはいえ、リュウソウカに手練れは多い。真正面からジェードを強奪するのはほぼ無理だ」
「じゃあ、ジェードを取り返しに来た事を悟られずにリュウソウカに入らないといけないよね。一体どうしたら……」
「私が行けたらいいんだけど、生憎シャヨメからは出られなくてね。私の代わりはヴェニットに任せようと思う」
「うん、私がお兄の使者としてカワセミに会う」
ロクショウの提案に、セルリアはギョッとした。
「それって危険じゃない? ヴェニットはヒスイに顔が割れている。カワセミがヒスイと情報を共有していたら、何をするか分からないよ」
それに、ヴェニットは外見から十代前半のように見える。東の国で名を轟かせているカワセミの相手をさせるのは荷が重すぎるのではないか。
セルリアの心配をよそに、兄のロクショウはからりと笑う。
「大丈夫。ヴェニット達はあくまでも交渉という名の足止め。ヴェニットはホンビアント家の娘だから下手な真似は出来ない。それに頭が回るハクゲツがいれば大丈夫だろう。ハクゲツ、゙あの件゙は任せたよ」
「ロクショウ様!! 私にお任せください!!」
尊敬するロクショウから信頼を寄せる言葉を聞けたハクゲツは、にやけた顔を隠せないくらい喜んでいた。
それから、リュウソウカへの地図を受け取り、最適な順路を教えてもらった。
目立たないようにする為、人数は最低限にすると話をした後に、ロクショウがわざとらしい笑顔を見せた。
「リュウソウカへ行くのに適任がいる」
そう言って手を叩くと、猫又のハナが現れた。素朴な見た目をした少女だが、眉間に皺が寄り、怒っているように見える。
そんな彼女が連れていたのは――縄で上半身を拘束されたエルデだった。何度か殴られたのか、両頬が腫れて瞼の上が切れて血が滲んでいる。
「え? ロクショウさん、適任ってまさか……」
「このエルデを連れて行くといい」
ロクショウは満面の笑みで有り得ない提案をしてきた。
「おい! 俺が一緒に行くわけがないだろうが!!」
ボロボロ状態のエルデだったが、反論出来る余地はあるようだった。ハナはエルデに操られた事を恨んでいるようで、ずっと睨んでいる。
「エルデ……」
「お前ようやく名前を言ったな! だが呼び捨てにするな!!」
魔王にジェードを引き渡そうとしていた、この脱走劇の根源。逆を言うと、彼がいなければセルリアとジェードは出会わなかった。
子供のようにギャーギャーと騒ぐエルデを見て、セルリアは複雑な感情を抱いた。
ロクショウは喚くエルデの脳天を鷲掴みにし、自分に無理矢理寄せる。
「この男が使役している馬のキメラを使って後を追うといい。流石に徒歩じゃ間に合わないからな」
「俺がそんな事するわけないだろう!?」
「ふうん、いいのかなー? 私の言う事を聞かないと、虫の毒が君を蝕むよー?」
エルデの首筋には、毒々しい色をした蜂のような虫が止まっている。尻にある針は、明らかに毒を含んでいそうだ。ロクショウが使役する虫の一種なのだろう。
「なんつーもんをくっつけたんだよ!」
「移動中はこの子にちゃんと花の蜜を与えてね。食事を怠ったら、怒って刺しちゃうかも」
「はぁ!? そんな事するわけ――します」
首筋に針の先が触れる感覚があり、エルデは一気に威勢を失い、か細い声で返事をした。
「お前ら……俺にこんな事をしていいと思っているのか? 俺は――」
「魔王ネイジュの弟だからって? 魔王って君らの国の話だろう? こっちには全く関係無いよね~」
怖いものなしと言わんばかりの煽りだ。その理由を、代わりにハクゲツが説明する。
「しかも、この東の国では魔法が使えません。だからネイジュもこの地に侵略出来ない」
圧倒的強者と言われているネイジュが東の国を手中に収めようとしないのは、これが理由だ。東の国では、何故か魔法を使う事が出来ない。
初耳情報にセルリアは一人で納得した。
「ああ、だからエルデは魔法を使わなかったんだ」
「つ、使っただろうが! 動物を服従させる魔法を!」
「動物とお話出来るのは魔法というより、天性の能力でしょ?」
「う、うるさいっ!」
東の国でその力が使えたのなら、魔法ではない。その事実が嫌なようで、エルデは最後まで「自分の力は魔法」だと言い張っていた。
話が逸れてしまったので「話を戻すよ」とロクショウが手を叩いた。
「エルデ君。セルリア達と同行してくれるかな?」
「絶対に嫌だ!!」
「えー、じゃあ君を生かす理由が無いんだけど」
「え……?」
物騒な言葉に、エルデは顔色を変えた。
「魔王の弟をずっと手元に置いておくのは嫌だなあ。エルデ=ルッド一行は東の国へ来る前に大嵐に巻き込まれて死んでしまった事にしよう。死体は海の中に沈めればいいか」
「お、お前……!」
ロクショウは、唇を青くして震わせるエルデの肩に腕を回した。
「まーまー、聞きなさいよエルデ君! 君はジェードをネイジュの元へ持って行きたいんだろう? このままじゃリュウソウカに戻ってしまうよ! 命の危機は君なんじゃないか?」
「ぐっ……そうだが……」
「とりあえず協力してさ、ジェードがこちらに戻って来たらブン取ってお家に帰ればいいのよ! どう、この作戦!」
ロクショウは声を潜めているつもりのようだが、所々声量が大きくなるので、セルリアにはダダ漏れだった。彼はこちら側なので、わざとだろう。
セルリアに聞かれていると気付かないエルデは、悔しそうに歯軋りしてから舌打ちをした。
「……くそ、あの龍を取り戻すまでだからな!!」
こうして、ジェードを取り戻す旅にエルデが加わる事となった。
「ロクショウさん、あたしコイツいらないよ。弱いし」
丸く収まったところ申し訳ないが、セルリアはエルデを旅に同行させる気はさらさら無かった。
「弱い言うな!!」
「まあまあ、セルリア。この男単体だと弱いけど、動物を使役出来るのは便利な能力だから、連れて行って損はないと思うよ~」
「だから弱い言うな!!」
気は乗らないが、ロクショウの言う通りだ。ジェードを救うまでは協力関係にあった方が良さそうだ。
セルリアは渋々了承した。
エルデの同行はヴェニットも否定的だったようだ。可愛らしい顔からは想像できない眼光の鋭さでエルデを睨んでいる。そして、指をコキリと鳴らしながら一言。
「……今度ハナちゃんに変な事したら、潰す」
あまりの迫力に、セルリアでさえも背筋が凍ってしまった。殺気に当てられたエルデは、先程の威勢も忘れて何度も頷いた。
「わ、分かっているよ……。もうお前の仲間に変な事はしない」
それを聞き、ヴェニットはピタリと殺気を止めて、心配そうに眉を下げているハナの頭を撫でた。
自分よりも小さいので忘れがちだが、彼女は鬼だ。そう改めて感じさせられた。
ジェード奪還の計画を練り終わり、それぞれが支度へ取り掛かる頃、セルリアは地下室で膝を抱えて思いを馳せていた。
自分の気持ちが本当なのか怖くて、ジェードに想いを伝えられなかった。自分が、ジェードの中に弟のイチイを見ているような気がして。
だが、ヴェニットの言葉を受け、自分の気持ちに自信がついた。
(ごめんね、ジェード。人に言われないと自分の気持ちに自信がつかないなんて、あたしって弱すぎ)
ヒスイの奥に閉じこもってしまったジェードに、自分の気持ちを伝えられていたら、きっと今目の前にいるはずだった。
うじうじしている暇は無い。ジェードを助けたら、彼にきちんと想いを伝える。
よし、と勢いをつけて立ち上がる。さっさと準備をしなくてはと布袋を取った時——階段から猫又のハナがひょっこりと現れた。
「ん? ハナちゃん、どうした?」
ハナは、おどおどしながらも、自身の後ろにいる人に道を譲った。
「……よお、セルリア」
「隊長……!?」
ハナが招いたのは、ジェードを引き渡した元凶であるリリスだった。セルリアに殴られた箇所は不器用ながらも治療が施されている。恐らくハナがしたのだろう。よろけながらもセルリアに近付いて来る。
自分で殴っておいて何だが、その姿に安心した。それと同時に、猜疑心が湧き上がる。
「……何の用ですか?」
「お前、ジェードを追うのか……?」
セルリアは視線を合わせずに小さく頷いた。本当はリリスと話をしたくない。何かの拍子にまた手を上げてしまう可能性があったから。
「うん、そうだよな。お前は決めたら絶対に遂行する奴だ」
やけに優しい声色に、セルリアは一瞬にして頭に血が上る。誰のせいでこうなったと思っている、と掴みかかりたかった。
しかし、リリスの表情を見たら、その思いは消えてしまった。彼女の頬には、今まで見た事の無かった涙が伝っていたから。
「私のせいでこんな事になってしまったのは、すまないと思っている。だが、あくまでも傭兵として動いただけだ」
でも、とリリスは片手で顔を覆う。
「あんたを取ったら……リアトリス傭兵団が解体される恐れがあった。しかし依頼を受ければ魔王に目を付けられる可能性がある。そうしたら、リアトリス傭兵団を東の国に受け入れてもらう手筈だった。他の奴等を路頭に迷わすなんて……出来なかった」
セルリアはハッとした。
リリスは、好きでジェードを売り渡したわけではない。太客であろうカワセミの依頼を受けなかったら、リアトリス傭兵団が壊滅する危機に瀕していたかもしれない。
魔王の弟を欺いてでも、カワセミの依頼を遂行しようとした。リアトリス傭兵団の今後の為に。
冷静さを欠いて、リリスの立場を理解出来ていなかった。彼女にとって、リアトリス傭兵団は家族のようなものだ。彼らを見捨てる事が出来なかった。——そして、セルリアの事も本当は救いたかったに違いない。
「あたしの方こそ、ごめんなさい。感情に任せて怪我をさせてしまった」
「ハハハ。まさかあんたに負かされる日が来るなんてなあ。強くなったな、セルリア」
リリスは苦笑して、セルリアの頭を優しく撫でた。
彼女には、傭兵団に入った時からよくしてもらった。弟の病気に事も親身になって相談に乗ってくれたし、妹のように可愛がってくれた。
それなのに、リリスの気持ちも考えずに大怪我を負わせてしまった。
「隊長によくして貰っていたのに……あたし、恩を仇で返してしまいましたね……」
「冷静に考えられないくらい、彼を本気で愛しているんだろう。弟の事しか考えていなかったあんたが、他の男の為に怒れるなんてね」
セルリアは、静かに泣く。後悔と、今生の別れを前にして。
「もう、戻って来ないのか?」
「すみません、リリス隊長」
「……いいんだ。こんな隊長で悪かった、セルリア。ただ、せめてあんたには幸せに生きて欲しい」
セルリアは首を振る。リリスは先代から引き継いだリアトリス傭兵団をしっかりと守っていた。自分を責めないで欲しいと言いたかったが、喉が震えて言葉が出なかった。
「リアトリス傭兵団は、この件にはこれ以上介入しない。……諦めるなよ、セルリア」
「はい……。今までありがとう、リリス隊長」
ようやく出た声は酷く震えていた。
セルリアは、リリスと固い握手を交わした。もう会う事の無いお互いの幸せを願って。
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