引きこもり龍人と女傭兵の脱獄マリアージュ

秋雨薫

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5.引きこもり龍人と女傭兵

失意の獄中

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 白いもやがかかる世界。
 その中には、身体を縮こまらせている男と、それを見下ろす男の二人しかいない。
 見下ろす男の金眼は、鈍く輝いていた。

「俺はこれからリュウソウカへ戻る。お前の精神を殺す儀をする為だ」

 自分の身体を守るかのように膝を抱える男は、何も答えない。それに構わず、金眼の男は続ける。

「今まで手に入れた身体では短命で終わったが、お前の身体は一番俺にしっくりくるから少しは生き長らえそうだ」

 ヒスイの精神の一部を埋め込まれたジェードを含む子供達は、ヒスイの身体を捧げる為に育てられた。耐えきれたのはジェードのみ。
  ヒスイがこの世に留まる為には、自身の血を受け継ぐジェードの身体を手に入れなければならない。

「俺の魂をこの身体に定着したら、お前は永遠に表へ出て来られないだろう。実質の死だ」

 死を宣告されたというのに、ジェードは少しも反応を見せなかった。心を許した女に裏切られた傷は、彼の生きる気力を奪ったようだ。

「愛する者が自分を見ていなかった事実がそんなに受け入れられないか? 何て脆い心だ。俺には好都合だがな」

 もうジェードは視界に入らない。ヒスイはゆっくりと歩き出した。自身がこの世で生きる為に。

「じゃあな、ジェード。お前とは二度と会う事も無い」

 ジェードとヒスイの二人だけの精神世界。
 ジェードから返事は無かった。


**

 ヒスイが飛び立った夜は明けた。
 朝日の入ったシャヨメはいつも通りの一日が始まるところだが、セルリアにとっては最悪の一日の始まりだ。
 あれからセルリアは一睡も出来なかった。目は腫れ、擦り過ぎた目尻がひりひりと痛む。泣き過ぎてしまったのと睡眠不足で、思考がうまく回らない。
 自分がどうして牢の中にいるのかも、しばらく理解出来なかった。
 朝日が昇ってから少しして、姿を現したのはヴェニットだった。

「セルリア、落ち着いた?」
「ヴェニット……うん、大丈夫だよ」

 掠れた声はとても大丈夫に聞こえなかっただろう。座敷牢越しに、ヴェニットは心配そうに眉を下げた。
 何かを言いたげな主人に変わり、次に姿を現したハクゲツが声を荒げる。

「何が大丈夫ですか!! 万が一ヴェニット様が怪我をされたらどうするつもりだったんです!?」
「ハクゲツ、私は大丈夫だから」

 憤りが隠せない従者を落ち着かせる主人の様子を、セルリアはぼんやりと見つめていた。
 涙と共に欠落していた記憶が、少しずつ脳裏に蘇ってくる。
 ヒスイが去った後、取り乱すセルリアをリリスが宥めようとした。その顔を、セルリアは――

「リリス隊長は……?」
「貴女に何度も殴られた後、意識を失ったけど、さっき目が醒めたよ」
「そう……」

 全ての怒りを、リリスにぶつけてしまった。
 彼女がジェードに弟の事を話さなければ、こんな事にはならなかったのに。
 しかし、それはただの八つ当たりであると心の何処かでは分かっていた。

(あたしが、ジェードにイチイの事をちゃんと話していなかったから……)

 セルリアの弟イチイは、数年前に病でこの世を去っている。その事実に向き合いたくなくて、ジェードにはイチイとの死別を話していなかった。
 その結果、ジェードに疑心を与えてしまい、心を閉ざしてしまった。

「……イチイが……弟がし、死んだって伝えるのが怖かった……」

 あまりに脈略の無い呟きだったが、ヴェニットはハクゲツの口を押えて黙って聞いてくれる。セルリアの口から、次々に言葉が落ちていく。

「傭兵をしていると、家に帰る事が少ないから……もしかしたら、家でイチイが待っているんじゃないかと思って……そんなわけないのにね」

 初めてジェードと会った時、イチイと重ねてしまったというのは事実だ。

「あたしは、ジェードを……助けられなかったイチイの代わりに助けたのかな……」
「……さっき、リリスに聞いた。イチイの事。……代わりに助けたかは分からないけど、それが無かったら、ジェードは今頃魔王の所だったよ」
「でも、あたし……ジェードを傷つけちゃった……もう二度と会えない……」

 ヒスイは、セルリアのせいでジェードは表に出てこないと言っていた。魔王からは救えたかもしれないが、その先に死が待っているのなら、ジェードの運命は変えられなかったという事。

「そんな事ないんじゃないかなあ?」

 そんなセルリアの考えを否定したのはヴェニットではなく、ロクショウだった。
 いつもと変わらない笑顔で軽く手を挙げて挨拶し、囚われたセルリアの目の前にドカリと座った。

「カワセミはヒスイが戻る事をリアトリス傭兵団に命令していた。そしてヒスイは素直に応じた。どうしてだと思う?」
「……どうしてって……」

 ぼんやりとした思考では、考えが纏まらない。本調子でないセルリアの代わりに答えたのは、得意げなハクゲツだった。

「私が見たところ、あの龍は自尊心が高く、素直に誰かの言う事を聞くように思えません。ヒスイはリュウソウカに戻らねばならない理由があるのではないですか?」

 自尊心の高いハクゲツだからこそ気付けるのか。ロクショウが「ふむふむ、それで?」と先を促すと、目を輝かせながら続ける。

「彼の狙いはジェードの身体を手に入れる事だったと思います。あの時点で身体が手に入ったのなら、わざわざリュウソウカに戻らなくてはいいのでは?」
「ジェードの一族は、先祖の龍であるヒスイの精神を埋め込まれる儀式をするって言っていた……」

 セルリアは、ジェードが唯一ヒスイの精神に耐えられた事、ジェードが龍の力を使いこなせるようになったのはセルリアと共に脱獄した時だった事など、自分が知る限りの情報をその場にいる全員に伝えた。

「人の事言えないけど、何とも壮絶な家系だねえ……」

 ロクショウが普段の笑みを少し引きつらせながら、含みを持たせた。

「ハクゲツ、自尊心高い者代表としてはどうなの? ヒスイは何でリュウソウカへと戻ったと思う?」
「ちょ、ロクショウ様……。代表って……」

 尊敬するロクショウにはきつく言い返せないハクゲツは、気を取り直して咳払いをして自分の意見を告げる。

「あの時の貴女への言動や行動は、中にいるジェードに言い聞かせているようにも聞こえました。……ジェードは、まだ中にいるのでは?」
「!!」

 ヒスイは、黙って去れば良いのに、セルリアがジェードとイチイを重ねて見ていると強調していた。
 ハクゲツの言葉が、セルリアの沈んだ心を引き上げる。後悔に浸っている場合ではない。まだ、ジェードには未来がある。

「もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。セルリア、君はリュウソウカへ行くべきだ」

――足掻きたいのなら、来るがいい。

 ヒスイはそう言っていた。ジェードを救いたいのなら、リュウソウカへ。
 セルリアの気持ちはただ一つだった。

「あたし、行くよ。リュウソウカへ。ジェードを助ける為に」

 ジェードが共にいられないと言っても、彼の命は絶対に助けたい。例え彼の隣にいられないとしても――

「……うん、分かった」

 今まで黙っていたヴェニットが、兄のロクショウへ身体を向けた。

「お兄、私はセルリアに同行する。いいよね?」
「ああ、勿論」

 ロクショウは少しも考えずに返事をした。

「ヴェニット……!」
「貴女達の旅を最後まで見届けたくなった。きっと、二人で旅の終着地点に辿り着けるよ」
「ちょっとヴェニット様! 旅の目的があるというのに、これ以上の寄り道は――!」
「ハクゲツは嫌ならついて来なくても良いよ」
「そんな事、出来るわけがないでしょうが!!」

 ヴェニットとハクゲツが着いて来てくれるのは心強い。
 ふと、ヴェニットがセルリアの入る牢に手を当てる。

「セルリア。私の目には、貴女がジェードを亡くなった弟として見ているようには見えなかった。ちゃんと好きな人を見る目だったよ。貴女の気持ちは、偽りじゃない」
「ヴェニット……ありがとう」

 ヴェニットの言葉に、セルリアの目に涙が溢れる。哀しみに満ちた涙は枯れ果てた。ジェードを取り返すまでは、もう決して泣かない。
 涙を袖で乱暴に拭うと、セルリアはゆっくりと立ち上がった。

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