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4.月夜の別れ
存在の消失
しおりを挟むジェードがリリスと対峙している時、セルリアはヴェニットの助けもあり、兵士達をほとんど地に伏せさせていた。
狼狽えるエルデに、セルリアは剣先を向ける。
「さあ、次はあんただよ。エルなんとかさん」
「お前わざと言っているだろう!!」
エルデは剣を構えると、セルリアに突っ込んだ。後ろで指示を出しているだけの男だと思っていたが、戦い方の基本はなっている。エルデに戦いの基礎を教えた者は、かなり生真面目なタイプだろう。エルデの剣術は基本で塗り固められており、自分の型にはうまくはまっていないように見えた。
「ふーん、思ったよりも出来るんだね、エルなんとかさん!」
魔王の弟なので、てっきり魔法を使ってくるかと思ったが、随分と人間らしい戦い方をする。エルデは、冷や汗をかきながら、セルリアの剣技をなんとか防いでいる。一方で、セルリアは涼しい表情だ。
「あんた一人なら楽勝だね」
「くそっ……!」
エルデを気絶させ、ジェードの方へ助太刀したい。リリスは、セルリアよりも死地を乗り越えて来た。戦闘スキルはかなり高いので、龍の力を得ているジェードも苦戦を強いられるはずだ。
そう思っていると――突然黒い影がセルリアの顔面目掛けて飛んで来た。セルリアは瞬時に避け、その正体に驚愕した。
「わ、何!? 鳥が突っ込んで来た!」
セルリアに突っ込んで来たのは鳥だった。偶然かと思ったが、旋回してまたこちらに突っ込んで来る。それを避けながらエルデの攻撃を受け止めるのはセルリアでも苦しい。
「あんたの能力って、動物を操れるって事?」
「さあ、どうだろうな!」
鳥は明らかにエルデに味方をしている。否定しないという事は、その通りなのだろう。
加勢によって、エルデの剣に勢いが出る。セルリアは何とか受け切っていたが、ジリジリと劣勢になっていく。
しかし焦る事はせず、セルリアはエルデを観察する。
(さっきから、こいつは鳥に向かって口を動かしている。まるで話しかけているかのような――)
エルデは、セルリアが聞いた事の無い独特な言語を扱っている。
(これは操っているというよりも――)
「……もしかして、動物と喋れるの?」
そう尋ねると、エルデは口を動かすのをピタリと止めた。その瞬間、彼の味方をしていた鳥はセルリアを攻撃するのを止め、何処かへ羽ばたいて去ってしまった。そんな中、エルデの顔がみるみるうちに真っ赤になる。
「そっ……んなわけないだろうがぁ!」
どうやら図星のようだ。
動物への対話が途切れれば、その動物を使役出来なくなる。そして、その対象数は1体。もし複数羽で攻撃されていれば、セルリアも危なかった。
「そうなんだ。可愛い能力だね~」
「てめぇ! 笑うな!!」
顔を真っ赤にしたままのエルデが、考え無しに剣を振り上げる。こういう短気を相手にするのは楽だ。怒ると動きが大振りになる。
セルリアはそれを避けると、肘でエルデの手を強く突いた。その拍子に、エルデの手から剣が離れる。
それに気を取られたエルデの隙を突き、セルリアは彼の鳩尾を剣の柄頭で強く突いた。咳き込んで上半身を屈めたエルデの背後に回り、彼の両手を掴むと、体重を乗せて地面へと倒れさせる。顎を強く打ち付けたらしいエルデから「いぎっ」と鈍い悲鳴が聞こえた。
「よっし、大将ゲット!」
「は、離せこの……!」
もがくエルデを面倒くさく思い、セルリアは彼の後頭部を思い切り殴った。エルデは乾いた声を漏らすと、白目を剥いて気絶した。
「また動物に援護されたら困るしねーっと」
常備している細い縄で両手を後ろに縛り、起きても喋れないように口元を布できつく縛る。
エルデがこの状態ならば、兵達もこれ以上剣を振るわないだろう。とりあえず安堵していると、ヴェニットがいつもの澄ました表情で近寄ってきた。少しばかり怒りが見える気がする。
「その男がハナちゃんに変な事をしたの……?」
「あ、うん。多分この男の能力で操られていたのかもしれない」
セルリアは、ヴェニットにエルデが動物と話せる能力がある事を説明した。
「まだ分からないところもあるけれど、大体こいつのせいだと思う」
鳥に対しては言葉が途切れると術は消えたが、エルデの話し方からして、ハナの術はすぐに消えていなさそうだった。彼の能力は分からないところが多いが、とにかくハナに何か術をかけたのはこの男だ。
「許さない……」
ヴェニットは表情を変えないが、殺気がひしひしと伝わってくる。今にも殺しかねないと少々焦ってまさかのエルデを擁護しようと思ったが、彼女の殺気を止めたのはハクゲツだった。
「ヴェニット様、落ち着いてください! ハナはロクショウ様が何とかしています!!」
兄の名前を聞いたからなのか、ヴェニットは殺気を放つのを止めた。
「……うん、お兄ならどうにかしてくれる。その前にやるべき事があるね」
言いながら、ヴェニットはセルリアに目を向けた。
「あたしは、ジェードに加勢してくる。ヴェニットとハクゲツはここでこいつと他の兵士達を見張っていてくれる?」
ヴェニットが頷くのを見てから、セルリアはジェードの元へ加勢に行こうとした。しかし――
「その必要はねぇよ、セルリア」
ジェードと対峙していたはずのリリスが現れた。彼女は無傷で涼しい表情をしている。嫌な予感がしたセルリアは、額から冷や汗が伝うのを感じた。
「た、隊長……! ジェードはどうしたんですか!?」
「ジェードは……いない」
その瞬間、頭に血が上ったセルリアは、制止の声を上げるリリスに向かって剣を振り上げた。冷静さを欠いた攻撃は、リリスに簡単に防がれた。
「最後まで聞け、セルリア。リアトリス傭兵団は、その男の依頼よりも、別の最重要任務を後から受けたのさ」
「そんな事どうでもいい!! ジェードは何処!?」
いつも冷静に判断出来ていたセルリアが、ジェードの姿が見えないだけでこうも動揺してしまう。リリスは溜め息を吐くと、セルリアの剣を弾いた。
「別の任務とは、お得意様のカワセミという男から受けたものだ」
「カワセミ……!?」
「お前にカワセミ将軍の任務は受けさせた事が無かったから、ジェードに聞くまでは知らない名前だったんじゃないか? 彼はこちらの国にも足を運ぶ事があるから、その時に高報酬の依頼を受けていたのさ」
聞き覚えのある名前に、セルリアは戦慄する。
ジェードの祖父であり、東の国にいくつも領土を持つ男。龍の力を発揮しないジェードを狭い母屋に閉じ込めていた男。そのカワセミがリアトリス傭兵団に何の依頼をしたというのか――嫌でも想像が出来てしまう。
「カワセミ将軍からは――ヒスイを連れ戻せという依頼を受けているんだ」
「ヒスイ……?」
ヒスイは、ジェードの中にいる龍。何故ジェードの名前で依頼を受けていないのか不審に思ったが、一瞬でその意図を理解したセルリアは、怒りで顔を赤くした。
「ヒスイじゃない! ジェードよ!!」
カワセミはジェードを孫として見ていない。ただ、中にいるヒスイを取り返したいだけだ。
ジェードの話しかカワセミの情報を知る事が出来なかったが、その依頼一つで、どんな人間なのか理解出来た。
「まあ、カワセミ将軍的にはこちらの大陸に流れちまったジェードを連れ戻して欲しいって事だったんだろうけど……どうやら依頼通りに出来そうだ」
「どういう事……?」
不穏さを感じ取ったセルリアが聞き返したが、リリスが返答する手間は無くなった。
何故なら、リリスの背後から一人の青年が現れたからだ。
セルリアが脱獄を手助けしてからずっと見てきた顔。——しかし、いつも長い前髪で隠された目元は、二本の角によって露わになっている。赤いはずの瞳は――金色。口元を歪めて笑う彼は、明らかにジェードではなかった。
「ヒスイ……! 貴方どうして表に出ているの!? ジェードは!?」
「あいつはもう表には出ない。この身体はもう俺の物だ」
「何を言っているの!? ジェードを出して!!」
「もう二度と現れない。お前のせいでな」
「あたしのせい……? 何を言っているの……!」
怒りで身体が震える。意味が分からない、とセルリアは顔をしかめた。ヒスイが表に出たいが為に嘘を吐いているとしか思えなかった。
だが、ヒスイの言葉に――セルリアは動揺が隠せなくなった。
「お前があの男の奥に――弟を見ているからだ。あの男を、“死んだ”弟の代わりとして見ているのだろう?」
「な、ん――」
怒りで赤かった顔が、一気に青くなる。目の前が一瞬暗くなったような錯覚を受けた。
どうしてその事を。弟が死んでいるのはジェードには言った事が無い。
ハッとしてリリスの方を見ると、彼女はバツが悪そうに目を逸らした。
「自分自身を見られていないと知ったあの男は、絶望から奥へ引っ込んでしまったよ。まあ、俺には好都合だがね」
「そんな事ない! あたしはジェード自身を見ていた!」
「本当か? この顔を間近に見てもそう言えるか?」
瞬時にヒスイの顔が間近に迫り、セルリアは思わず息を呑んだ。瞳の色は金色で、額に二本の角が生え、頬に龍の鱗が生えているが、ジェードの顔だ。ヒスイは、ジェードの表情に寄せ、目を細めて笑っている。その顔が弟であるイチイと重なってしまい、セルリアは思わず目を逸らした。
「ち、違……あたしはジェードを……」
「その目線が答えだろう?」
ヒスイの嘲笑が、遠くで聞こえたような気がした。無意識に目を逸らしてしまったセルリアは、ショックを受けた。自分はジェードを好いてここまでやって来たと思っていた。しかし、奥深くでは死んでしまった弟の影を見ていたのか。
リリスが何かを言っていたが、冷や汗が止まらないセルリアの耳には届かない。
(あたしのせいで、ジェードがヒスイに身体を渡してしまった……? あたしのせいで……ジェードはもう出てこない……?)
その事実が、セルリアにのしかかる。視界が歪む。耳鳴りがして何も聞こえない。ここまで来られたのに、自分のせいでジェードは心を閉ざしてしまった。
何も考えられない。ずっと前を向いていたはずのセルリアは、この旅で初めて下を見てしまった。
沈んだ気持ちに浸っていると――頬に熱い衝撃が。我に返ると、目の前にいたのはヒスイではなく、ヴェニットだった。
「惑わされないで。今は落ち込んでいる場合ではない」
ヴェニットが指を差した方向を見ると、ヒスイが蝙蝠のような翼を広げ、今にも飛び立とうとしているところだった。
「ヒスイ!!」
「俺はリュウソウカへ戻る。少しでも足掻きたいのなら、来るが良い。まあ、もう一縷の望みもないがな」
そう言い残すと、ヒスイは翼をはためかせ、辺りに風が吹き荒れる。その場にいた一同は思わず目を瞑ってしまい、目を開けた頃には――ヒスイは姿を消していた。
「……ジェード!!」
セルリアの悲痛な声が響き渡る。
彼女の隣にいたはずのジェードは、もう何処にも存在していなかった。
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